カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2017年12月29日 (金)

伸びた手術日

ダンボが白内障の手術を受けると書いたブログに反響多く、感謝と同時に迷いが生まれました。

先ず、M夫人から手術の成功を祈り、合わせてご自身の近況が封書で届きました。

次に、かつてボランティア仲間だったYさんが、転居した大阪から電話してくれました

「入院した方がええよ、安静にできるし治りが早いし・・・」自身の体験にねざしたものだから心が揺れました。

ブログには「ピピちゃんのお父さん」「わんこさん」「YOUKOさん」「ぽこさん」「Keiさん」と次々にコメントが寄せられました。

術後に困ったら助けますよ~とか、身内の方が手術し良い結果が出たからお勧めとか、プラス要素が多く心丈夫でした。

12月9日に我が家で開いたプチ同窓会に後期高齢者に突入した7人の教え子が集まりました。

Photo
                  ※カメラマンが写っていません

驚いたことに中の二人が白内障手術の経験者でした、何の問題もない!見えるようになり良かったとの話でした。

情報を整理すると、「白内障は簡単に手術で治せる。しかも、結果に満足できる」「治療は身体の丈夫な比較的若い時におこない、高齢者になれば入院するのがベターである」に絞られます。

で、 かえり見ると、日常生活すら完全自立できていない今の暮らしです、術後の通院や家事やテルテルの世話は娘達の助けが欠かせません。

それを忖度しないで勝手にスケジュールを組んだ私の落ち度です。

「入院してくれた方がええんやけどな~」嘆きながら決められた診察に長女が付いてきました。

先生とかけあって娘に暇ができる2月に手術日を延ばしてもらいました。

と言う結末で「ダンボ独り言」に体験談をUPするのは日延べいたします。    チョンチョン!


※年賀状まだ印刷もできてません、来年からは「頂いたら送る」方式に完全移行します。ブログやFBやLINEで繋がっている方々にはリアルでお祝い申し上げます。

2017年12月 7日 (木)

鬼も笑わん話

来年の事を言うと鬼が笑うといいますが、

来年まで1ヶ月を切った師走ともなれば、来年は身近にあって鬼も笑えません。

先月中旬でした、半年ほどご無沙汰していた目医者さんに行ってきました、

近頃テレビや新聞が見えにくくメガネのせいにしていました。

検査の結果は「矯正視力右0.6左0.4」

老化によってメガネと関係なく視力が衰えてきたようです。

担当の先生は女医さんで、てきぱきと段取りが速いです。

矢継ぎ早にいろいろな検査を受けさせられました、

「う~んどうしようかな~手術しますか?」

手術といえば言わずと知れた老化による白内障の手術です。

ダンボは少しだけ迷いました、通うのが大変だからです。

タクシー使っても片道¥1000以内ですが、自家用で通院していた時のことを思うと大変な障壁に感じられます。

でも、白内障の手術は1時間足らずでチャチャとでき、入院する必要はないと耳にしていましたし、

鼻はきかない、耳は聞こえにくい、その上見えないとなって、これ以上生活の質落としたくないので思い切って「お願いします」と答えてしまいました。

先生の指示は堰を切ったように早まりました、

「隣のクリニックで感染症の検査を受けてください」「かかりつけのお医者さんにはこちらから問い合わせします」「診察室を出た所に手術した人の注意書きがあるので読んでおいてください」「手術は1月18日一週間前に説明会をしますから来て下さい」「12月中に1回受診して下さい」

ひえ~ッ大変じゃないですか!

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手術後も連続で通院しなければならず娘のサポートが無くてはどうしようもありません。

どうであろうと賽は振られました。

まあ、初体験をブログにUPして、やがて皆様にも訪れるかもしれない事例の参考になればと思っています。

これなら鬼も笑いませんでしょね。

2017年10月31日 (火)

怒涛の12日間

長らくブログUPできなかったのは訳があります。

18日義妹が亡くなりました、終末期医療病院に転院して2日目でした。

ダンボが見舞って今度はテルテルに会わせてやろう!と思い帰った直後でした。

生き物が好きな義妹でした。

ダンボが足を痛めた時、テルテルの散歩を代行してくれたので「散歩のオバチャン」で覚えてしまったテルテルは「散歩のオバチャンとこ行こか」と言うと、彼女の家に向かってグイグイ引っ張って行くほどなついていました。

これでカミサンの三姉妹が全部あの世に逝ってしまいました。

ちょくちょく家に顔を見せ「義兄さんゴメンナほっといて」と、気遣ってくれた義妹の声が後をひきます、淋しいです。

20日お通夜・21日告別式、その狭間19日にダンボが新卒で教えた子の集まりがありました。

ダンボの身体を考え我が家から徒歩5分のイタリアレストランにしてくれました。ダンボを入れて5人でしたが2時間タップリ切れ目のない話のキャッチボールが続きました。ダンボの高齢独居の体験や暮らしのノウハウが役に立ったようです、皆喜寿を迎えるのですから・・・・

通夜も告別式も長女に介添えして貰って無事に乗り切りました。

ダンボと同じ境遇となった義弟の落ち込みは並みではありませんが二人の息子とその奥さん孫達がカバーして盛大な葬儀が行われました。

22日はK小学校の同窓会です。(ダンボは期日前投票をすませた)

この会もダンボの体を思いやって我が町の酬恩庵(一休寺)で開かれました。

降りしきる雨の中、関東からの参加者もいる15人の集まりでした。自己紹介を聴きながら古希となった皆がそれぞれにそれぞれの生き方を確立しているようで眩しく感じました。

送迎は長女がしてくれました、長女のヘルプは身体だけではなく心にも入ってきます、

「家で寝ていられるよりデイサービスで看てもらっている方が安心や、絶対行きや!」とケツ叩かれ、24日疲労困憊してパスしようかと思っていたデイサービスも気合を込めて行きました。

歌ったり、体操したり、自主トレしたり、同席の人にスマホの簡単な操作を教えたり、風呂に入れてもらってスペシャルメニュー(松茸ご飯らしい?嗅覚ないダンボに判別不能)のお昼もいただいてポジティブになれました。疲れは解消していませんが・・・・

28日は『人間ドックでした』

これも行きたくありませんでした。

「人間ドックの最中に気分悪くなったら直ぐ治療してもらえるやん!」長女の発破は強烈です。

杖をついて検査を受けるのはダンボくらいでしたが、全検査をことなく済ませることができました。悪くなっているのは目と耳ぐらいで、脳や胃の中その他もろもろ去年と変わりなしとの結果を聞き「老いては子に従え」は単なる格言ではないと悟りました。

締めくくり昨日29日は、社会福祉協議会とボランティア連絡協議会共催記念講演会、講師は上野千鶴子さんでした。

聞き逃してなるものかと申し込みしてあった待望のチャンスでした。でも、出不精風が吹いています、それを吹き飛ばしたのは長女で一緒に講演を聞くからと送迎してくれました。

送迎はピピちゃんのお父さんにお世話になる予定でした。大物講師の招へいにはピピちゃんのお父さんの奥さん(我が町の市会議員)が尽力されたそうです、講演の中味は残念なことに耳の遠さと目の悪さで半分も入ってきませんでしたが、004

ピピちゃんのお父さんお母さんに紹介され
著書にサインをいただきました。時間がかかりそうですが読後の感想は又UPします。

という訳で自分としては波乱万乗の12日間だったという話です。

お粗末。

2017年9月22日 (金)

テルテルの子守唄

https://www.youtube.com/embed/1C_ydm3KnPI

https://www.youtube.com/embed/0SvkqoyMDUM

三女の作ったおかしな動画です。

思い出引き出し③

集まりの回数は少なかったけれど、強烈な思い出は怪談です。

5・6人が我が家の座敷に集まりました。

八畳の間に電灯が一つ、何故か小さな夏布団が一枚真ん中に置かれていました。

電灯を消すと目をつぶっているのと同じくらいの闇に包まれます、

それだけで十分怖く、互いに身を寄せ合って布団の端を握りしめました。

ゆっくりとリーダーの怪談が始まります。

今から思えば「のっぺらぼう」とか「タクシーで病院から家に帰った幽霊」「化け猫」など、たわいのない話ですが皆真剣に怖がりました。

話の合間にリーダーが

『ほら!床の間にのっぺらぼうが・・・』と脅すと固く目をつぶり潜り込もうと布団の端を引っ張ります、

四方八方から引っ張られた布団は千切れんばかり、

『あっ欄間に化け猫が!』で、恐怖は頂点に達しオシッコをちびりそうな悲鳴をあげる有様でした。

電灯が点けられると涙と汗でクチャクチャになった顔が並んでいました。

そこへ運び込まれたのが、大皿一杯に盛られた、くし形に切ったトマトでした。

白状しますとダンボはトマトが食べられませんでした、

今のトマトと違い昔のトマトは甘みが少なく独特の香りが強過ぎて口にすることができません。

でも、目の前にあるトマトの山が四方から伸びる手でドンドン小さくなっていくと、一人だけ部外者になるのに耐えきれなくなりました。

思い切って一切れ口にすると、皆と一緒になれたという安心感か、それほど嫌うものではありません、

勢いに任せ一切れ二切れ三切れと頬張っているうちにトマト嫌いが嘘のように克服できました。

それにしても、我が子が大嫌いな食べ物で大勢をもてなす昔の親の考えは、情が薄いのか厚いのか?いまもって分かりません。

                                     おわり

                                      

2017年9月16日 (土)

思い出引き出し②

夕暮れには「トンボ釣り」です。(採りではありません釣りです)

60cmぐらいの糸の両端に小さな錘をつけ、飛んでくるトンボの鼻先目がけ投げ上げます、

錘を虫と間違え近づいたトンボの翅に糸が絡まって落ちてきます、生け捕りにできました。

傷をつけないよう糸から外したトンボの翅を指の間に挟んで黄昏が終わるまで粘りました。

トンボの王様は何と言っても「オニヤンマ」です。

他のトンボは放しても、王様は家に持ち帰り蚊取り線香代わりに部屋で飛ばしました。

ホタル狩りは団扇をもって出かけました、

近くの小さな池にもホタルが舞っていました、

団扇ではたき落して捕まえたホタルは蚊帳の中で飛ばして楽しみました。

その、幻想的な情景はカラーで思い出せます。

                                 つづく

2017年9月14日 (木)

思い出引き出し・①

早いもので夏が去ろうとしています。

月一も危なくなった「ダンボ独り言」を開いていただいて有難うございます。

ダンボ何とか生きております。

娘がテルテルと一緒に泊れるホテルを12月中旬に予約しましたので生き延びて89歳の誕生祝いをする予定で自分に鞭打っています。




夏休み中の公園では子どもたちが群れて遊んでいましたが。ダンボの子ども時代と様子が違いました。

ダンボの少年時代は小学校低学年から中学生になりたての兄さん株までが一緒でした。

その縦割りグループのリーダーや先輩から遊び方・遊び道具の作り方・遊びのルール等々を伝授され成長し一人前になりました。

そんなグループにとって夏休みは正に遊びのデパートでした、

習い事や塾とは無縁でしたし門限に厳しい親もいませんから時を選らばず遊び呆けていた気がします。

夜明け前に集まって虫捕りに出かけます、

虫を闇雲に探すのではありません、前もって樹皮に傷をつけ滲み出た樹液を舐めに集まった虫を掴まえました。

人気の高かったのは角の立派な「カブトムシ」と皆がホンゲンジと呼んでいた赤茶色の「クワガタムシ」でした。

昼間はもっぱら水遊びです、

徒歩20分の所にある谷川の淀みで泳ぎました、

そのままでは深さも広さも足りないので、力を合わせ河原の石を積んで水をせき止める堰堤を作りました。

結構立派なプールになり泳ぎの基礎を先輩を真似して身につけました。                         

                             つづく

2017年7月 6日 (木)

笹飾り

お久しぶりです、

ブログが「月刊ダンボ」になりましたが
しぶとく生きております。

ブログねたが沢山ありました。
虎か猫かわからんようになって8連敗したタイガースさん。
毎週楽しみにしていたドラマ「ダウントンアビー」が消し飛んでムッとしたけど、
東京都議選の結果に大満足、一人で喝采叫んだこと。

想いが文字に化けません。


火曜日、デイサービスでのことです。
完成した笹飾りが壁を彩っていました。


Image


短冊に願い事を書いたのは、利用者(私達)と施設のスタッフです。

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ウへつ、
彼女? ガールフレンド?が欲しい!
凄いと思いました。


Image_3

女性だって負けていません。

日本の未来を心配するのや、ささやかなのと、とりどりです。

ダンボはこんな時、殻を破れない自分が情け無くなります。
子や孫・ひ孫・テルテルの無事安全を当たり障りなく願いました。
この願い嘘ではありません。


でも、心の奥の深いところを探ったら、
出てきました。
「最後の晩餐だけでもいい、匂いのわかる鼻で食事がしたい!!!!!」


※PCを開くのが面倒でiPadからの投稿です。

2017年6月11日 (日)

毎日が大変

自分が決めた日々の暮らしを続けていくのが難しくなってきました。

体力の衰えるスピードが急激です。ストレスに弱い心臓が邪魔します。

週1回、掃除と調理を助けてもらい、デイサービスを受け、副菜を週3回届けてもらっていても、

後は自己責任です。

朝は7時過ぎに床を離れます

「エイッ」と気合を入れます。

本音は昼まででも寝床でくすぶって居たいのですが、隣の部屋で腹を空かせているテルテルを思うとそんな身勝手は許されません。

起きて先ず仏壇にお水とお茶を供え欲の深いお祈りをします。

次はテルテル、

ケージから解放し家の外へ出します。

門扉までの道で用を足し部屋に戻ったテルテルに朝食を食べさせた後、

自分の食事の支度をします。

お決まりのメニューは小松菜・リンゴ・バナナ・生姜のスムージーと、6枚切り食パンのトースト、ジャムか蜂蜜入りのヨーグルト。

娘に助けてもらうことがあっても、月に50食分程度は自力でしなければなりません。

生きていくためとはいえ「作って」「食べて」「洗う」を繰り返す調理が近頃ますます負担になってきました。

洗濯もゴミ捨てもあらゆる雑用が重くなりました。

でも、最高に重いのはテルテルの散歩です。

転んだら最後と一人歩きの時は杖をついているダンボが、リードを掴み杖なしで頑張ります。

さて、何時までこの暮らしが続けられますやら・・・・?

2017年5月21日 (日)

ホントに本当

ダンボは、言葉の中で「ホント」に・・・を使うのに神経を尖らせます。

「ホント」を使えば使うほど、中味がウソっぽくなるように思えてしまうからです。

書き言葉には少ないけれど、話し言葉にどれだけ沢山の人が「ホント」を使っているかテレビを見ていると気づきます。

ほとんどの場合「ホント」をウソの対義語でなく、次にくる言葉を強めるのに使われています。

例えば、試合が終わってインタービューを受けたアスリートが

ホントに沢山の人達が、ホントに熱心に応援して下さったので、ホントに頑張ることができました、ホントにありがとうございました」

てな具合です。

アナウンサーや司会者でも原稿を離れたアドリブでホントを耳にすると、「誰もウソやいうてへんわ!」と、毒づいて溜飲をさげます。



しかし、大いなる例外を見つけました。

言葉のプロ中のプロ「倉本聡」大先生が書いたドラマにありました。

私が毎日せっせと視聴している昼の帯ドラ「やすらぎの郷」です。

http://www.tv-asahi.co.jp/yasuraginosato/

この第7話  「石坂浩二」扮するリタイアした脚本家「菊村榮」の部屋に、「五月みどり」扮するかつての大女優「三井路子」が訪ね再会したシーンでした。

何と、三井路子の口から41秒間に6回も「ホントに」が飛び出したのです。

ウソ!ホントに本当?

このシーンだけアドリブで演じさせたのか?それとも嫌がらせ?

倉本大先生の意図が今もって分かりません。

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