カテゴリー「旅行・地域」の記事

2014年7月 5日 (土)

古い引き出し④宿

カミサンが整理したアルバムに

ドイツで10泊した宿のレシートが貼ってありました。

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荷物だけ泊っている日も含まれていますが、

二人で1泊80マルク(当時の為替レートで7000円程度)は格安でした。

観光する所もない辺鄙なTegernbach村(グーグルマップで見付けるのも大変、テーガーンバッハと仮名づけしてありました)のゲストハウス「NEUMAYER」ノイマイヤー

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階下は酒場になっていて夜な夜な村の人が集まり酒盛りです(この付近の農家はホップでリッチらしい)

駐車場にはベンツやBMBが並んで飲酒運転に寛大な時代(今でも?)でした。

「ノイマイヤー」さんの古びない記憶は

朝食の味です。

村のパン屋さんが届ける焼きたてのパン、

自家製のハム・ソーセージ

香り高い(まだ鼻がよくきいた)ハーブティー

庭で放し飼いしているニワトリが産んだ卵



後あとまで

カミサンと二人の思い出話に登場しました。

2014年7月 3日 (木)

古い引き出し③アウトバーン

ダンボの夢「ポルシェ911」でアウトバーンを走る。

 

車は違いましたが、67歳にして夢が叶いました。

 

ナレーターの田代君、お言葉遣いは丁寧ですが

 

人使いは荒いです。

 

この後、インゴルスタットやローテンブルグへの観光は

 

ダンボがハンドルを握り、隣で居眠りなどしていました。

 

根城にしたのはス―パーマーケットもない小さな村。

今日は何して過ごそうか?

こんな気持ちになれた海外旅行は初めてでした。

2014年7月 1日 (火)

古い引き出し②美術館

ダンボ夫婦が盛んにヨーロッパを旅した頃

肩越し頭越しに作品を見るほど混んでいた美術館は

ルーブルの「モナリザ」の前だけでした。

ゆったり、のんびり、落ち着いて鑑賞してきました。


中でも、忘れられない筆頭が

ミュンヘンにあった「州立現代美術館」です。

(今では、新築され「ピナコテーク・デア・モデルネ」となっています)

闇雲に歩き、雨宿りのつもりで入った宝の山でした。

美術館ではダンボが主導権を握りました

感動を共有できたあの頃が

埃の中でも光っています。

2014年6月30日 (月)

古い引き出し①

気鬱なことが重なりました。ブログどころではなくなりました。

しかし、こんな時こそブログで気持ちを置き変えないとダメになると

ひらきなおりました。

「二人とも動けんようになっても退屈はせんぞ、思い出ビデオがあるし・・・」

カミサンといつも話していました。

旅の記録数百時間分が、引き出しに入ったまま埃をかぶっていました。

埃を払ってくれたのは、おたまさんのブログでした。

「オーストリア・ドイツ⑳お国柄」で、犬が話題になりました。

ダンボも見聞したヨーロッパの国々で、

ノーリードで散歩している犬を見馴れていましたので

懐かしく思い起こしました。

二人でほっつき歩いたミュンヘンのイギリス庭園

犬の様子だけご覧ください。

残念ながら4代目のコピーで画像は汚いです。

2013年9月11日 (水)

24年前の北海道ドライブ⑧

北海道滞在最後の日

ガイドブックに載っていた有名なラーメン店でお昼をすませました。

食べたことのない魚介味のあっさりスープで美味しかったのを覚えています。

旅の疲れがたまっていたのか、他に、これといった記憶もなく


小樽に向かいました。

帰りも新日本海フェリーを使いましたが

船中一泊で新潟で降りることにしました。



午後遅く出航した船から

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私の生涯で5本の指に入る壮麗な日没に出会いました。

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**** ビデオ画像から ****

来る時は夜空、帰りは夕日。

天空ショーに恵まれた旅だったと思います。

※もしやと思い模様替えしていないカミサンの部屋を探したら、やっぱり旅の資料が出てきた。

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長々とお付き合いして頂きありがとうございました。  おわり

2013年9月10日 (火)

24年前の北海道ドライブ⑦

ホテルの印象は薄くても、チェックアウト前に散歩した朝の層雲峡は覚えています。

何故?

国道(39号線)は、車が高速で行き交います。

そのガードレールにとまっている一羽のカラスが、不審な動きをしていました。

車が途切れたら道に降り何かを剥がして食べています。

見ると蛙の轢死死体でした。

労せずして食を得るカラスの知恵(いや、命がけかな?)に感心したからです。

大雪山系の黒岳に登り、雄大な連山や溶けない雪渓を写真に収めました。

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後は、ひたすら札幌へと走り、グランドホテルに車を停めました。

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マシな姿に衣替えし、札幌の町を歩いて見物しました。

 

こんな旅行記を書くと、果たせなかった約束を思い出します。

 

大通り公園で、

 

「雪祭りは飛行機で来て、見よな!」

 

2013年9月 8日 (日)

24年前の北海道ドライブ⑥

紋別の朝市では、新しい魚介を前にため息が出ました。

少し走るとサロマ湖です、日本で三番目の広さ汽水湖では№1とのこと、

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広さより、湖の向側オホーツク海を遮っている長い長い砂嘴(サシ)に惹かれました。

「行けるとこまで行ってみよか」

何もない砂地に延びた道をひた走り、終点はただの水路。

でも、オホーツク海とサロマ湖が繋がっているを確かめられ満足でした。

距離にして40km近い道草だったでしょう。

網走では、映画の影響で是非見たかった「網走刑務所」

展望台のある「天都山」等を回わり、

層雲峡温泉へハンドルを切りました。

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広々した平地から山間の景色になり、カーブが多い道はほどよい刺激になりました。

泊ったグランドホテルはあまり印象に残っていません。

大浴場がよかったかな~? 程度です。    

                            つづく

2013年9月 7日 (土)

24年前の北海道ドライブ⑤

稚内港から愛車に乗ってドライブの続きです。

名高い宗谷岬まで北上し一気にオホーツク国道(国道238号線)を南下しました。

適当なアップダウンがあり、左にオホーツク海が広がる素晴らしい道でした。

余談ですが、北海道ドライブにはスピード違反に気をつけること!

別の道ですが、周りの車に合わせ100km/h以上のスピードを出していて検問に引っかかりました。

アリャ― ・・・・ 観念しました。

? 信じられないことに、ポロリスが掴まえたのはご当地ナンバーの車だけ、

京都ナンバーのダンボは見逃してくれました。

今では、そうは問屋がおろさないでしょう。

道沿いに、モダンなモニュメントがあり、見付ける度に休憩しました。

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原生花園もサロベツや礼文より花の数も色も賑やかで見応えがありました。

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紋別で泊りました。

「流氷の頃にまた来たいね」

二人で交わした会話を忘れていません。

                                つづく


2013年9月 5日 (木)

24年前の北海道ドライブ④

礼文島は期待外れでした。

何もかも天気が災いしたのです。

泊ったホテルは、三井三菱とは何の関係もない?「三井観光ホテル」

島で唯一エレベータがついているホテルでした。(ググったら今も立派になって繁盛しているようだ)

1泊して次の日がバスを使った観光、終日雨!

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                               後ろが地蔵岩

スコトン岬も元地海岸の地蔵岩も霧と雨で見えたり見えなかったり・・・

寒く、ゆっくり散策できません。

でも、悪いことばかりではありません。

待ち望んでいた「揚げジャガ」を口にできました。

今食べたら、あんな感動はないでしょうが、唸るほど美味しかったです。

「ウミネコ」がやたら沢山、沿道に並んでいたり、バスを追いかけてきました。

皮肉なことに、帰る日の朝、空が晴れ渡りました。

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最高の感動が最後にありました。

船が岸壁を離れる埠頭で、

沢山の若者が歌ったり踊ったりして見送ってくれました。

地球の裏側へ旅立つかのように別れを惜しんでくれました。

終わり良ければすべて良し。礼文はエエとこです。

                               つづく

2013年9月 4日 (水)

24年前の北海道ドライブ③

旭川から稚内へ

稚内から礼文島へ渡る予定です。

その為には途中で一泊する必要がありました。

JAFは手配できませんでした。予約できるホテルがなかったようです。

ダンボが豊富町の観光課へ電話し民宿をみつけました。

安くて、部屋も待遇も食事も満点!放浪風ドライブに似合っていました。

早朝、宿のチラシにあった豊富牧場へ向いました。

搾りたての牛乳が飲める!の惹句を見過ごせなかった二人です。

教えられた一本道を行けども行けども牧場が見えてきません。

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                                              --ビデオ画像より--


羽田空港の4倍の広さとか?北海道の広大を再確認しました。

着いた牧舎には、牛・馬・緬羊が居るだけ?

程なくベンリ―でやってきたオジサンが緬羊に餌をやるのを見物し

牛乳は口にできませんでした。




サロベツ原野はダダっ広いだけで、花も少なく期待外れでした。

それより、オロロン海岸と遠くに見える利尻富士の風景が優っていました。

稚内市であちこち車を走らせ、港の駐車場に愛車を泊めて礼文島へと船に乗りました。

                                 つづく

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