カテゴリー「文化・芸術」の記事

2010年1月11日 (月)

bonの版画

久しぶりに・・・本当に久しぶりにbon君からメールが入った。

版画を続けているらしい。それも、同じテーマを執念深く。

http://hirosi-dambo.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-d5ed.html

今日のブログは無断だけど、彼のメールと版画の作品にする。そして、100字の禁を破る。きっと許してくれるだろう。

 

 

 『さて先生に見てもらおうと今回添付しています銅版画ですが、昨秋のグループ展に出品していました。
 
 その会場で日系二世とかの若い亜米利加人夫婦が私の絵の前に立ち止まり何かを話していました英語で。グループの仲間が「その作者は此処に居ますよ」とかなんとか云わんでもええのに指差しよりました。
 彼等は私に何かを喋ってきたのです英語で。日本に来るなら少しは日本語を勉強Photo して来いと言いたかったのですが云いません。
 相手の片言の日本単語とこちらのハチャメチャなブロークンな英語と電子手帳とでわけのわからん会話が始まりました。どうやら相手さんは絵のタイトルのことを知りたがっているようです。「絵とそのタイトルとは無関係だから気にしないように」と云っても通じず終いには「哲学と宗教の世界が描かれているのか・・」などと恐ろしいことを言い出していたようで、そんなことは日本人同士でも説明できまへんでアメリカの兄ぃちゃん。
Photo_2  最期はこちらから言いました、「貴方達は絵が気に入っているのかそれともタイトルに興味があるのか?」ややあって「絵に魅かれている」という返事。「よっしゃ OK right good fine!」 と熱の入った?会話のようなものを終えました。
 結構おもしろかったのですが、少し考えさせられました。と言いますのはこの絵のタイトルは「沈黙の狭間」としています。なまじ思わせ振りな表題であるのかもしれません。「作品 P」 とか 「無題」 とかでもよいPhoto_3 のかも知れません。 でも この「沈黙・・・」シリーズは今暫く続けるつもりです。』
 彼がこんなに美術に興味をもったのにはダンボも一枚かんでいるようで、その前置きもあったが割愛する。
 アンリ・ルソーの例もある、ガンバレ日曜画家bon
 

2009年6月27日 (土)

みみをすます

002  一昨日の朝刊文化面に『谷川俊太郎さん・喜寿迎え長編詩集』の記事があった。

 へ~喜寿なんだ?!

 戦後日本の代表的な詩人として知らぬ人のない著名人がまだ喜寿だったとは知らなかった。写真の谷川さんは年より老けて見える。

 記事の内容は、宿命のように創造を背負わされた人らしくない軽さがある。

 「日本語の豊かさに分け入って”恐山の巫女”のように人の声を自分の中で如何に編集するかが詩作」「詩を書く時間は息抜きですごく楽しい」「メッセージは何ですかと言われる詩は失敗作」「ナンセンスってすごく大事」「意味が読み取れなければ魅力がないのなら詩じゃない」「本当の美辞麗句は人を動かす」・・・・

 コラムの締めくくりとなっている詩の一文<私は立ち止まらないよ>を読んだら写真が梃子でも動かぬ顔に変わって見えた。

003  谷川俊太郎さんの詩にはほろ苦い思い出がある。

 朗読ボランティアの新入りで音訳のプロI先生の講義を受けた。その時のテキストが俊太郎さんの「みみをすます」と「えをかく」だった。

全文を読みたかったらここで→http://plaza.rakuten.co.jp/00139021/16000

 還暦を過ぎたダンボが一回り以上年下のI先生の前でガマのように脂汗を流した。

 ひらかなばかりで書かれた詩を14・5人が1節ずつ順に読む。アクセント・イントネーション・間のとりかた・主語/目的語/述語の形を守る・・・間違ったり出来なかったら情け容赦なかった。

 人の読んでいるのは耳に入らず、何処を自分が読むのか先読みして声に出さず練習していた。それが狂った時の悲惨!

 今となっては懐かしい思い出となったが、幾つになっても優れた人から学べる自分が見つかり大収穫だと思っている。

  

2009年4月23日 (木)

無形文化財

 演者は小学校1年生から70歳代までの総て素人。仮面をつけて無言で演じ踊る。鳴り物は鐘と太鼓と笛、カンデンデンと単調な音楽だけ、演目は30曲のみ。それでいてこの演劇は「重要無形民族文化財」に指定されている。

 今日初めて「壬生狂言」を鑑賞した。Y新聞主催の鑑賞会に乗っかった。

009_2  壬生狂言についてはネットで山ほど情報が得られるから解説抜きで感想を書く。

 005_2 壬生寺は古刹を見慣れている目には貫禄の無い寺だ。それに、細長い観覧用の建物に遮られ、どこに狂言の舞台があるか分からない。

 舞台は能舞台に似ているが殺風景、観客席は舞台から離れていて屋根が一部にかかっているだけの吹きさらし。今日のように寒風か吹きつのったら冷凍人間になりかけだった。

011_2  「能狂言」と同じ様に「壬生狂言」も一部のひょうきんな所作は面白いが解説書がなかったら全体像がつかめない。

 かの有名な「焙烙割」も大量破壊のク014_2 ライマックスにいたるまで45分間も太鼓売りと焙烙売りと役人の様式化したやりとりがある。

 次に観た「大黒狩」は隠し妻(大黒)のある坊主が旦那にばれて裸にされ追放される「大黒」というより「坊主狩」だが坊さんの慌てぶりが滑稽でよく笑った。

 三幕目の紅葉狩をパスしてお寺の解説と普通は入れてもらえない舞台裏(舞台が高いから舞台下)を見せてもらった。

 これは、驚きの連続で値打ちがあった。大新聞主催の鑑賞会のお陰。

 寒さと闘いながら四幕目の「大原女」を観る。これは文句なしに面白い、現代なら吉本新喜劇といったところ。

 最後の演目「橋弁慶」は、小さい子から大人までが出演し、幼いが真摯な演技に惜しみなく拍手を送った。ゴリラの様な弁慶が出てきて又驚く。演技を増幅しているのは独創的な面の数々で、伊藤若冲が作って寄進したのもあると聞いて驚いた。民衆の力で「壬生狂言」が続いたのだとの説明を実感できた。

 一生一度だろうが、壬生狂言を鑑賞でき心が豊かになった一日だ。

 

 

 

2009年4月20日 (月)

人の顔でも・・

 001同じ人類・日本人の顔でもこんなに違うものか!

  医療を通して世の為人の為に尽くしている鎌田実さん。伝統芸能狂言を通し世の人を笑わせるのに精魂傾ける茂山千作さん。

003  二人の笑顔は、素晴らしい。

 一方、反省などしていないので、仕方なく仏頂面をうつむいて隠す、漢検前理事長、大久保昇。

005  金欲でブクブク膨れた顔は、同じ日本人の顔がこうも異なる見本みたいだ。

 腹の中で「金を儲けるのは悪いことですか?」と、開き直っているからこの顔になるのだろう。

 株式会社にして正当に税金を払って儲けりゃいいものを、下司は手段を選ばず汚い手を使う。

 「漢」のつく熟語には良い使われ方もあれば酷いのも多い。

 「悪漢」「暴漢」「凶漢」「怪漢」「痴漢」「無頼漢」もう一つ「強欲漢」も漢検で加えればよい。

 漢検が、IT時代の漢字文化に貢献したとか、ライセンスとして権威をもたせたとか、華やかな表看板の裏で繰り広げたドロドロは反吐が出るほど気持ちが悪い。

 「漢検」は「管見」(物事を狭くしか見ない)しかできないで「官憲」の手にかかった。

 「」に漢字を入れなさい。検定試験に出したら如何?

2009年2月14日 (土)

受賞するだけのことはある

 YUには「タミフル」が劇的に効いた。一晩で熱が下がり食欲が戻る。まだ2日間は感染させるウィルスの塊らしいから、マスクをしている。

 これで安心して家に帰れる。

 で、今日の記事はRYOの誕生日で後回しになった第140回芥川賞作品、津村記久子著「ポトスライムの舟」について・・・・

002  不思議な作品だ。小説に「愛」と「死」はつきものなのに無い!オードブルから始まり何かこれといったものが出ないのにデザートになったコース料理みたいだった。

 そして、私の想像力不足なのか、風景が見えてこない。代わりに、登場人物とその小道具は底の底まで感じられる。

 特に主人公のナガセは年収を丸々つぎ込んで世界一周したがったり、『今が一番の働き盛り』と彫り物をしたい執念にもえたりするが決して飛んだ女性でない。使った小遣いを細々記録する堅実な派遣社員で、その暮らしがリアルに描かれている。

 ナガセと母親と友人とその子供。浅いようで深く、深いようで淡白に、不思議な暖かさで繋がっているのが心地よい。

 関西弁の会話も上手いを通り越している部分があった。

 一言観音に願い事をする場面、幼稚園児の恵奈が「わたしは小学校にいけますように」とお願いすると決めたら、周りの大人は『小学校はいけるやろ、さすがに』『そやで、べつのお願いにしようよ』と勧める。

 「さすがに」は。関西の人間しか共感できない言葉だと思った。

 無闇と長いセンテンスがあってもそれがリズムを作って読み易いし。雨の休日に恵奈とナガセが二人だけで留守番する場面など大好きだった。

 波乱万丈ではない。ワーキングプアの暮らしに襲いかかる波を、目を吊り上げないでやり過す。やんわりした強かさが緻密に綴られ優しい気持ちにしてくれた。

 愛は無いといったが、やはりこの小説の主題は人間の愛だと感じた。

 私にとって、他の真似や類型が見付からない作品として素晴らしく、受賞したのが当然と思った。

2008年11月30日 (日)

やましろの国

 ひと月間違え、10月30日に出かけようとしたイベント「やましろの国」へ行ってきた。去年も12月2日にあって「束の間の独身」のタイトルでマイブログに紹介している。 

 朗読ボランティア仲間が大勢出演しているので、毎年欠かさず見に行く。

006  このイベントは「きょうと児童青少年演劇まつり」であって、独立行政法人「日本芸術文化振興会」の助成を受けているらしい。

 配られたプリントには政府出資の500億と民間の寄付100億を原資に創設され文化活動を援助しているとあった。

 現在、1社あたり1億円をめどに寄付を受け123の企業から112億が集まったとそのリストが載っていた。

 支援企業に各分野の有名どころは揃っているが、エッあんな大企業が?とそのケチぶりに感動するのもある。

 やましろの国を初めから終わりまで八つの演劇をぶっ通しに見た、プロとセミプロとアマチュアが混在しているが、どれも心打たれたり大いに笑ったりしたので疲れた。

Ca380307001  アマチュアでも暇人の趣味?ではない。誰かの為に技を磨いて役立てたい真摯な気持ちが感動させる。

 中でも、初めて見た手話劇はフィナーレでチョッと涙が出た。聴覚障害者と支えるボランティアの一体感がなんともいえなかった。

11_008 11_011  朗読V仲間が結成したグループのペープサートは、普段のマイクの前よりも落ち着いて演技していた?

 主婦して、おばあちゃんして、ボランティアして、パートまでしている女性に、こんなエネルギーが残してあると見せつけられる「やましろの国」だった。

※ 昨日の答え 1)おおがき  2)いない  3)とこばやし

  4)はんしょうわり    5)へくり  6)はじかみ

2008年10月 8日 (水)

ノーベル賞

 一人は米国籍でも日本人物理学者が3人の枠一杯を使って賞を受けたのだから明るいビッグニュースに違いない。

 オリンピックで日の丸が3本のポールに揚がったようで、F1レースでトヨタとホンダがワンツースリーフィニッシュしたようで何とも心地よい。

009  それにしても、ノーベル賞とは決まる迄に時間のかかる賞だ。最長老の南部教授は87歳、47年前の研究成果に対して与えられたというのだから気の長い話だ。

 「ノーベル賞とかけて、天災と解く。その心は、忘れた頃にやってくる。」

 我ながらつまらん謎かけとは思ったが反射的に出来てしまった。

 技術革新のお陰で、暮らしのハードが日進月歩で変わっていくのに、50年近く変わらぬ価値ある理論があるとは驚きだ。天才が見たことの無い世界の窓を開けたようなものだからだろう。

 普通の知能の持ち主には100年解説されても理解できない難しい理論を、時間と資金をかけ実証できなくては認められないらしい理論物理学。

 南部教授は長生きで幸運を掴まれた方と同じ高齢者として嬉しい。

 TV画面のシャイな小林教授もサービス精神旺盛な益川教授も楽しい。特に、益川教授の妹さんには笑わせて頂いた。

 兄のノーベル賞受賞の感想を聞かれて、「ノーベル賞も地に落ちたものだと思います」と、冗談でかわされた。

 私は1974年のノーベル平和賞を佐藤栄作が受けた時にマジな言葉として聞きたかった。

2008年9月29日 (月)

源氏物語

 1184720604432 京都では源氏物語千年紀事業が盛んだ。

 京都市の観光客数は年々増加して春秋の観光シーズンになったら。観光地は人の波で、京都の住人は外出が億劫になる。

それに追い討ちをかける千年紀のイベント。10月11月はどんな混雑が出現するかと思うと、観光収入の恩恵と無縁の人間は頭が痛い。

 でも、そんな狭い心では紫式部の幽霊が出そうだ。

 講演会・フォーラム・展覧会等で、世界に誇れる長編小説が紫式部の業績と共に紹介され広く認められるのだから、一緒に祭りに参加するのが京都府民の責務かもしれない。

 誰でも知っている「源氏物語」だが、どれだけの人が読んだ本だろう?自分の無知を棚に上げて言うのもなんだが、原文で読んだ人は日本国民の数%ではないかと思う。

 かくいう私は、30代後半に「谷崎源氏」を初めて借りて読んだ。どうも初約だったらしく難解で苦労した、楽しんで読んだ記憶がない。主語述語が混乱し語彙の難しさが加わって物語が頭に入らない。

 それでも意地で読み終えた。

 「桐壺」「夕顔」「末摘花」「明石」などが薄っすら残っただけで、源氏物語のペーパードライバーになった気持ち、こりごりした。

001  ところが、千年紀・千年紀と囃し立てられ、物語を楽しめないかと思っていた矢先、図書館に瀬戸内寂聴訳の源氏物語が並んでいた。

 反射的に2巻だけ借りた。

 空蝉まで読んだが、谷崎訳と別物かと思う易しさだった、面白く楽しめる。世の中には、あまりの意訳に厳しい評価をする向きもあるらしいが、私は分かり易いのが何よりだと思う。

 内容が、下々庶民と縁のない宮廷物語。それも、男なら「この野郎!」と軽蔑と嫉妬と羨望と尊敬とを浴びせたたくなる、パーフェクト人間源氏様のお話なんだから、分かり難かったら読む気がしない。

 読まなくても、生きていくのに差し支えない源氏物語だが、小説として楽しさが味わえたら費やす時間は惜しくない。

 

 

2008年6月18日 (水)

絵の話・その3

 我が家に同じ作家の作品が3点ある。本当は版画も入れたら6点持っていたが、半分を人に贈った。

 作家は、マイブログに何回か登場したN先生。本名を明かすと、行動美術会員の西田秀雄先生だ。亡くなって二昔になる。

 画家としての業績より、教育者としての足跡が輝いていた。児童画指導の著書もある。

 先生と同じ学校に勤務した1958年頃、行動美術展に抽象画を出品されていた。

 その頃、私がひょんなことで手に入れ残していたルフランの絵具があり、それと抽象画を先生の要望で交換した。

6_012 1970年頃から、絵が仏教に関係した具象に変ってきた。

 教師は教壇から離れたらゼロだと、管理職への道を頑なに拒み、教育にますます円熟味を帯びると同時に、創作活動に油がのってきた。そうなる と、画廊を通さなくては我々の手に入らない。

6_013  しかし、梵天像をこれも先生の欲しがったものと交換した。(F3油彩)

 後は、先生をバックアップしていたO画廊を通して購入。普賢菩薩は私とカミサンの守護仏なので・・・(F4油彩)弥勒菩薩はタッチが001 面白かったので・・・(F3油彩)

 校長室に西田先生の版画を架けていた。

 良寛さんの肖像に「焚くほどは風がもてくる落ち葉かな」の句が添えられたもので、学校経営に私利私欲を持ち込むまいとの思いがあった。

 押し付けるつもりは無かったが、そのまま置いて退職した。

 私に量りきれない影響を与えた西田先生である。

 

2008年6月17日 (火)

絵の話・その2

 小学校の同級生Fさんが経営している画廊がある。

 7_002 そこから、個展の案内がきた。そのハガキの写真に惹かれた。

 画家は「東郷正二郎」全国的ではないかも知れないが、滋賀県では有名な画家だ。

 画廊は京都市内の北で、我が家からは遠いが近鉄が京都地下鉄と相互乗り入れしているので、乗り換えなしで行ける。

 会場に着いて実物を見た。

6_014  当然ながらハガキの写真とは比べものにならない、衝動的に予約してしまった。(P6号油彩)

 予約して目的を達したので、会場の他の作品の印象が全くない、20年も前の話だから無理もない。

 明るく派手な絵でないから、玄関に飾るのは季節に合わせ短期間にしている。

 衝動的といえば、1993年フィレンツェのウフィツィ美術館の出口で買ったのが代表的だ。

 画家の卵達が並べてある沢山の絵の中から、カミサンと選ん6_021で買った。三十路?の女性が満面の笑みを浮かべてGrazieと言ったが、帰国して買った額縁の方が遥かに高い値段だった。11cm×22cm水彩ケント紙。

 癒しの間の廊下に何時も架けてある。

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