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2016年8月15日 (月)

71年目

━前略━ 作家の保阪正康さんが、特攻機の整備兵だったという老人のことを述べている。

突然訪ねてきた彼が語ったのは、飛び立つ日の特攻隊員の姿だった。

失神する、失禁する、泣きわめく、きれいなことを言って飛んでいった人もいたがほとんどは茫然自失だった

「それを私たち整備員が抱えて乗せたんです」(『戦争と天災のあいだ』) ━後略━  8/15 朝日新聞「天声人語」より

こんな思いを抱き死地に向かった若者に

言葉に表せない深い同情を寄せるとともに、不謹慎だけどホッとする思いもありました。

71年前の今日、

出撃にはほど遠かったとはいえ特攻要員の訓練を受けていた私、

敗戦が分かった瞬間をありありと思い浮かべることができます。

直立した足の裏から「助かった、生きられる」喜びがはい上がってきました、胸が幸福感で一杯になりました。

でも、そっと周りを覗うと悲痛な顔で拳を握りしめている戦友がいます。

俺は女々しいのか?感じたひけ目が尾を引いたのでしょうか。

生き物として当然もっている生存本能を否定しなければ戦争はできません。

子や孫、曾孫・・・ あとあとまでも戦争とは無縁の日本であれ、

71年目の「敗戦記念日」に念じているダンボです。

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コメント

ダンボさんの様な戦争体験者がドンドン少なくなってきています。核先制不使用宣言に反対する被曝国の首相。原発再稼働が経済的理由ではなく核物質の保有、核武装の可能性の留保のためであることは明白です。

ピピちゃんのお父さん
戦争の話を伝えようとする人は、皆さんが素直に得々とはしないと思います。被害者の立場でも加害者の立場でも自分が持っている非人道性と向き会わなくてはなりません。
戦争の実態を語り継ぐ責任をもっと国が持つべきではないでしょうか?
テレビ番組などで私が感心するのは、アメリカの国防省などが保管している文書や映像です。アメリカの印象が悪くなるものでも、事実は事実として残し、それを公開してきました。
日本は敗戦が決まった時から、各部隊や基地で徹底した証拠隠滅に狂奔しました。戦勝国と戦敗国の違いでは片付けられないものを感じます。
今の政府の動きは国民に目隠しして暴走しそうで怖いです。

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