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2015年10月 3日 (土)

文集の原稿

※老人会の文集に寄稿したものです。

「70年たって思うこと」 

昭和20年8月15日、

私は山口県柳井にあった「海軍潜水学校」で、特殊潜航艇「蛟竜」の乗員として訓練を受けていました。

その前は、鳥取県「美保海軍航空隊」で、海軍飛行予科練習生(予科練)の教程を終えていました。

普通は航空隊に配属され、飛行兵になる筈だったのに、特攻を志願して空から海への転進でした。

当時の日本には訓練用も実戦用も使える飛行機がほとんどなかったからです。



潜水学校での4ヶ月間、よい思い出がありません。

まだ子供の面影を残している私達練習生を古参の兵達は「消耗品」と呼んでからかいました。

「日本に連合艦隊なんて、もうないぞ!」

大本営発表にない真実を、海戦生き残りの猛者が教えてくれました。

食事は悪くなる一方です、

来る日も来る日も、清ましの「根深汁」

好き嫌いのなかった私が、戦後長い間ネギを見たら吐き気がして口に入りませんでした。

真実を書いて美保空の友人に送った手紙がもとで(検閲されていた)

同期の練習生から理不尽なリンチを受けました。  

                                  つづく

 

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