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2015年3月12日 (木)

傍観者

随分前になります。

孫のRYOと戦中ドラマを観ていました。

耳の悪い少女が後ろから襲ってきた米軍機に気付かず、

機銃に撃たれ膝をつき前のめりに倒れました。


ダンボの記憶の蓋が少し開きました

「機銃掃射を受けたらあんな綺麗に死ねへんのやで」

傍らのRYOに説明し又蓋を閉じました。


ダンボは大規模空爆に会わず、戦闘機の標的になったことのない傍観者でした。

ダンボの居た基地は無傷でした。

海を隔て火の長塀になっている光海軍工廠や

70Kmほど離れた広島のキノコ雲も目にしましたが、

戦場ではありませんでした。

1945年の夏になると訓練はなく裏山で横穴掘りばかりさせられました。

本土決戦に備えるのか?わがもの顔に空を飛んでいるロッキードやグラマンから身を守る為なのか?

命令通り掘るしかありませんでした。

そして、休み時間、

目下に広がる瀬戸内の景色の美しさは記憶に貼りついています。

たとえ、島々の間を燕のように飛び回り人間ハンティングしているグラマンが翼を光らせていても

傍観者の美的感性は、何ら影響を受けませんでした。

帰りに現実を目にしました、

道端に幾つもの骸が転がっていました、

ほとんど人かどうか見分けのつかないほど傷んでいました。

怖いのは

当時のダンボが、その現実を前にして

何も感じなかったことです

戦争は「人を人でなし」にします。

何故ダンボが閉じておきたかった記憶の蓋を開けたか

ドギュメンタリー番組「私の街も戦場だった」を観てしまったからです。

http://www.tbs.co.jp/sengo70/

二度と人でなしにはなりたくありません。

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コメント

わたしも、番組見ました。
米軍のガンカメラ映像を見て、絶句!
今まで戦争の話を聞いてきた事を遥かに越える光景に、本当の戦争の怖さを思い知った感じです。
どちらが悪いとは言えないですね。
同じ事が世界のどこかで繰り返されてるのがつらい。
戦争のない世の中はあり得ないんでしょうか?
自己中と言われるかもしれませんが、せめて日本だけでも二度と戦争をおこさないで欲しい。

keiさん、
私は別の角度からも、あの番組を見ていました。
アメリカの懐の深さというかスケールです。
ガンカメラの映像は明らかに非人道的なものが沢山ありました。普通なら隠したいものです。でも、残してある。
日本人という敵は人間として認めなかったのでしょうか?
私はそれもあると思いますが、マイナスであろうがなかろうが戦争の姿を記録するアメリカの一種の良心にも思えます。
クリントイーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」を観て、こんな映画を何故日本人が作らなかったのだ!とf憤慨しました。
ベトナム戦争を題材にしたオリバーストーン監督の「プラトーン」もそうでした。
事実をリアルに描いて戦争の理不尽さを訴える。アメリカにはマスメディアにその力があり、戦中も戦後も政治家に牛耳られる日本の業界とは違います。
残念です。

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