« 思い出すコロッケ | トップページ | お試し外出 »

2015年3月 1日 (日)

思い出す「すき焼き」

ダンボが幼い頃は「すき焼き」の肉は普通「鶏肉」でした。

後は「青ネギ」「焼き豆腐」「糸ごんにゃく」「焼き麩」ぐらいでシンプルでした。

皿に盛られた鶏肉は

モモやムネや手羽の他に砂肝や卵巣(通称キンカン)もありましたから、1羽丸買いして家の誰かがさばいたのでしょう、

すき焼きの後、大きなアルミ鍋で鶏ガラが美味しいスープを出してくれました。

暫く洋風料理が続いた覚えがあります。

鍋を囲むと、末っ子のダンボが欲しがったので、

ブドウ状になったキンカンの大半はダンボの胃に納まりました。

苦手だったのは「糸ごんにゃく」

噛み切れず喉に詰めてカ~カ~と涙を流しました。

たまには牛肉のすき焼きがありました。

多い兄弟の中で肉を確保するのに苦労しました。

翌日の朝は、すき焼き鍋の煮汁で作った「おじや」が食べられました。

姉がご飯を入れる前、箸で煮汁をかき回すと、

取り残した牛肉の欠片や煮汁色になったネギなどが引っ掛かり、

その美味さの方を鮮やかに覚えています。

別にダンボの家が貧しいわけでも、ダンボがいやしんぼだったわけでもありません。

昭和初期の庶民は、こんな暮らしができたらまだましな方だったと思います。

« 思い出すコロッケ | トップページ | お試し外出 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

うちの父は、ちょいでかいお寺のおぼっちゃんでしたが、
すき焼きすると何時もあにきに階段に括られて、
匂いだけかがされたわと云ってました。
11歳年上ですでに父が亡くなり
住職だった叔父は、晩年もやさしい楽しいお坊さん
その兄さんが縛り付けるくらいだからさぞや父は
末っ子のやんちゃ坊主だったんやと思います。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 思い出すコロッケ | トップページ | お試し外出 »

2020年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ