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2015年3月11日 (水)

あの日から

4年経ちました。

先日、知り合いと話していて

「3月11日が近づいたな~」と、嘆息したら

「ナニ?誰かの誕生日?」と、返されました。

ダンボは言葉を失いました。

そして、心から消去できる相手をうらやましくなりました。


災害は身近な「室戸」「阪神」を筆頭に、

あれからも数え切れないほど出会いました。

なのに、東北がPTSDでダンボを安定剤なしに眠れなくしたのは、

カミサンとの別れ、冴ちゃん突然死のショックと続いた後の

KOパンチだったからです

とはいえ、ダンボは傍観者です。

でも、死ぬまで目をそらす気はありません。

あの日から生きのびさせてもらった年数分の

義援金を振り込んできます。


亡くなった方のご冥福と、被災された方々が希望をもって生き抜かれるようお祈りします。

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コメント

阪神淡路大震災から20年。東北の震災から4年。その間は16年しかありません。その間にも中越地震など数えればキリがないくらいの地震が起きています。ネイチャー誌は福島原発から地震直後の津波前にすでにキセノン133が出ていたとのノルウェー大気研究所のレポートを掲載しているようですが、それならば電源確保と津波の防御壁を建造しても役にはたたないということになります。
どちらにしてももう一度遅くない時期にまた原発事故が起こる予感がしてなりません。他方、私の周りでもガンの方が増えている気がします。近畿でもそうなんですから福島周辺の方々の不安はいかばかりのものなのでしょうか。

 教室の窓ガラスが割れ、そのうちの一片が窓際にいた私の手を掠り、教室の皆が鉄筋の本館に避難した小2---伊勢湾台風。当時の職場であちこちできた断層と床のひずみと始まった工事、ガス管破裂1週間の我慢、たくさんの戸棚の横倒、鳴り続ける電話、私が行った時には、一人奔走されてた上司---阪神大震災(自分の家から車で15分ほどの同じ京都市内でこんなことが起こっているなんて予想だにしていなかった)。膵臓がんで入院闘病中の娘の義父との最後のお別れに行ったお寺の御堂が揺れ,上の重たそうな吊り飾りが振り子のように揺れる。「えっ?これが余震?誰も逃げない。阪神大震災か?」と思うほどの1ヶ月後の凄い余震、節電の東京の日々---東日本大震災。比較的災害が少ないとされていた京都人の私が目で見て脳裡に焼き付いている3つです。
 東日本大震災は、原発も重なって被災地復興のみならず将来の日本(生きていく人間)にかかってくる大問題で、これも正念場ですね。「原子炉が再開されれば電気料金は下がるかも知れません」と書かれた電力会社の「電気料金値上げのお知らせ」が気になっていました。これをどのように消費者は受け取るのだろうか?
 それにしても現在の被災地、未来の日本を思って発信行動なさっているテルテルのパパに頭が下がります。傍観者じゃありませんね。

ピピちゃんのお父さん&華ちゃんのお母さん

長いコメント頂きながらレスせずに申し訳ありません。
繰り返すようですがipadでレスができなくなり、ズルズルと先送りになってしまいました。

天災は運命と諦め「喉元過ぎれば熱さ忘れる」の諺が通用しますが、東北は喉に引っかかっています。。
天のなす業で諦められない「原発事故」の人災があまりにも大きいからです、チェルノブイリではなかった海洋汚染の恐怖、コントロールできない先行き不明な不安に誰も正解を出せないから喉元に止まるのだと思います。


にもかかわらず、既得権や利権を手離さない政界や業界に絶望します。
負の部分は地方に押し付け首都や大都市は実をとる、代わりに金を出す(税金)
福島と沖縄は似ているのではないでしょうか。

子や孫のため、近く生まれるひ孫のため、ダンボは息している限り何か出来ることをしたいと思っています。

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