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2015年3月

2015年3月31日 (火)

ヌードでお散歩

気温が20度を越えました。

テルテル一糸まとわぬ姿でお散歩です。(ハーネス無視)

公園は陽気に誘われ、お祭りみたいに人が集まっていました。

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?  テルテルより裸に近い子がいる?

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初対面です。お母さんとお兄ちゃんが一緒でした。

父ちゃん犬種とお名前を尋ねます。

辛抱できない父ちゃんです。

「ドイツ原産のミニチュア ピンシャー」名前は「○☓△☓」

父ちゃん忘れっぽいです。

4ヶ月の遊びたい盛り、

興奮して飛び跳ねていました。

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運動能力は敵いません。



今日、父ちゃんデイサービスで

テルテルに長く留守番させたし、

好きなだけクンクン許可でした。

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やっぱり春はいいですね~

2015年3月28日 (土)

(油)湯断大(敵)変

給湯器のリモコンは

よく目につく所にあっても、一日に何回も見ません。

蛇口のレバー操作で湯が出るものと決めているからです。

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昨日、

午後の散歩を終えてテルテルの足を洗いました。

贅沢ですが、愛娘はぬるま湯でないと嫌がります。

夕食をすませ食器を洗いはじめてエッ?

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給湯器に近いキッチンは10秒くらいで湯が出る筈、

いくら流しても冷水のままです、

反射的にリモコン画面の残湯量を見ました。

ギャ!    

画面表示が消えていました。

軽くパニックになります。

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今夜予定していた風呂に入れません。

三女に手配を頼み、電気屋さんが応援に来ました。

残念ながら、電気屋さんの手に余る基盤の故障らしく、

メーカーに丸投げ、修理は月曜日までお預けとなりました。



思えば人間贅沢に馴れるものです。

30年前、お湯が出るのは小型のガス給湯器のついた台所だけ、

風呂は外釜で沸かしていました。


帰っていく電気屋さんに

「お尻はお湯で洗えるでしょうね」

ダンボが問いかけたら

答えてニヤッと笑われました。

2015年3月27日 (金)

頑健なカメラ

昨日のブログの終わりに

カメラを川に落としたと書きました。

これホントです。

落としたのはここ、大きな溝に見えるけど正真正銘「河川」です。

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門扉の傍に咲いた「レンギョウ」を撮ろうとした時

手から滑りました。

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こんな姿になり、川底で半分水に浸かってました。

一瞬、脳に浮かんだのは

「SDカードのデータは残ってるかな」

「次のコンデジは何にしようかな」

完全にオシャカだと見受けたからです。

熊手で引き揚げ、

水道で洗い、エアコンの下でゆっくり乾かしました。

焦らず詳しく調べました。

落ちた瞬間、大きな金属音がしたのに傷が針で突いたほどしかありません。

SDカードは読み込めて「ダメージ無し」が分かりました。

でも、本体はどこか作動しないとか、ずれた不具合があるに違いないと疑います。

それをテストしたのが下の写真6枚です。本当はこの5倍撮ってます

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サクラは色々、

花盛りのや、やっと一輪のと場所や種類で同じ仲間の樹に思えません。

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花より綺麗に、別嬪のテルテルを写すのは難しくありません。

ちょっとピンが甘いかな?と感じただけでノー・プロブレムでした。

戦場カメラマンが愛したカメラの血脈は、

こんな安価な機種にも受け継がれているようです。










2015年3月26日 (木)

散歩で春拾い

昨日と一昨日は、

一日の中で「晴」「曇」「雨」が交互に顔をだす摩訶不思議な天候でした。

それに、

風が強くて滅法冷たく、テルテルが自分から散歩をカットする有様でした。

一転し、本日は申し分のない日和。

のんびり歩行訓練抜きの散歩をして来ました。

テルテルは、行きつ戻りつ満足するまで嗅げるしご満悦。

ダンボば春到来の証拠集めでキョロキョロしていました。

この辺り春はまだ遠くのようです。

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オッ 歩道脇にムスカリが 雑草みたいに咲いています。

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またモデルかいな! テルテル不満顔。

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これ何という花かな? テルテル知らんわな~

モクレンに上から脅されている?!

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面白いのも見付けました。

横の電信柱をハグしています。

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木肌はサルスベリやけど何の木かな?

テルテル知る訳ないわな~ 

パンジーを侍らせて得意顔してるけど

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テルテルには嫌われてるで!

〆に家のレンギョウを撮ろうとして

3mの高さから川にカメラを落とし水浸しになりました。

道にダンボ腹這いとなり

熊手でカメラと飛び出したバッテリーを救出。

一件落着。





2015年3月24日 (火)

フランくん

他で見かけないビション・フリーゼの「フラン君」

飼い主Mさんは、フラン君の前も

キャバリアなんじゃらかんじゃら・・という珍しい犬を

家族にしていました。

「柴」とか「パグ」とか「チワワ」とか「コーギー」とか「プードル」など

単純な犬種で、よく見かけるのは家に迎えないようです。

そして

頻繁に公園で、トレーナーさんがついて英才教育をしています。

そんな時

お勉強を邪魔するテルテルを引っ張って避けます。



お母さんに連れられた「フラン君」に出くわしました。

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フラン君、人間の年なら中学生?

遊びたい盛りです。

チョロチョロ落ち着きません、

お母さんも普段と違い成すが儘

安心してテルテルを解放しました。

フラン君茂みにマーキングするのに忙しく、

あちこちに顔を押し付けてはちびります、

テルテルは生々しい現場に顔突っ込み、

重ねてマーキング。

「やめてくれ~~~」顔一面にオシッコ塗りつけるのは・・・

フラン君も負けていません、

「やめといた方がええで~~~」

どう見てもホワホワの毛にくっつく尿の量はフラン君が上です。

お母さんニコニコして見るだけでした。

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上は、散歩の後念入りに洗う顔ですが、

フラン君に比べたら手入れし易いテルテルであります。

ちなみにググったら「モップ犬」という項目がありました。

2015年3月22日 (日)

超多忙な日曜日

朝の散歩で肝を冷やしました。

公園で、テルテルをダッシュさせたらビッコをひきはじめたのです。

右前足を地面につけるのが辛そうです。

「今日は休診日だ!」 パニックにミニなりました。

急いで帰りかけて目に入ったのが

テルテル行きつけの美容室です。

シャンプーしてもらったら、身体の異常を教えてくれます。

行き交う自動車をものともせず道を渡り、

抱っこしたまま店に入りました。

「あ~指の間に何か挟まってますわ」

ガム?みたいな固まりを取り出してくれました。

一件落着! 

勿論、お得意様サービス無料でした。

ホッとする間もなく義弟の選挙事務所開きに・・・・

辞める辞めると言いながら4期目の出馬です。

実績を積むほど地域に縛られます。

午後は、25年間お付き合いしているお師匠さんの発表会。

呼んであったタクシーで駆けつけました。

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お師匠さんには悪かったけど

腹空かしてお留守番しているテルテルが目に浮かび、

緞帳が降りたら飛ぶように帰りました。

胸の圧迫感が強くなりましたが、

ダンボやろうと思えば出来る!

妙な自信もつきました。

2015年3月21日 (土)

突然の春

寒い冬でした。

寒さでダンボの枯れ具合も進みました。

それでも季節は律儀です。

春が突然庭に来ました。

今迄ズ~ッと花付きの悪かったウメが名誉挽回しています。

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日当たりが悪くなった庭で喜んでいるアジサイは命をみなぎらせ

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行商のオバチャンから買って植えた玉椿はラストスパートに入っています。

ダンボの年になると、

「今年も見られた(見れた!)」と感動します。

お正月よりも誕生日よりも

春の到来が、時の流れを実感させてくれます。

同時に「これが最後、見納めやろな~」と、ネガ思考します。

これは決して悪くありません。

諦めが「見れた(見られた)」になるのですから。

ラッキーとポジになれます。



昨日の新聞一面

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昭和の影がドンドン薄くなります。






2015年3月19日 (木)

消化不良

命日とは少し外れましたが、

bon君一周忌の偲ぶ会をしました。

去年の10月に集まった会の延長でず。

http://hirosi-dambo.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/bon-cd5c.html

狼君が音頭をとってくれました。

但し、去年と同じで私に負担をかけまいと

午後2時から6時までの4時間でした。

改めて感じます。

同級生や会社の後輩やメル友を吸い寄せるbon君の人徳を!

世話人の狼君が

「こんな友達なんてざらに居ませんよ」と呟き、満足気でした。

bon君を偲ぶと言いつつ話題はあちこち飛び火して会話が炎上、

1秒以上音無しにならない4時間でした。

閉会の前、

生きていたら今日、86歳の誕生を迎えたカミサンに

皆が手を合わせてくれました。

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※全員の了解を得ています

残念だったのは

仕事に追われ念仏寺住職ノリカツちゃんが欠席だったこと。

そして、まだまだ話足りず消化不良で会を閉じることでした。

「未消化の方がええんです。又、集まりますから元気でいてくれなあきまへんで」

ハイハイ

老いては(教え)子に従います。

2015年3月18日 (水)

明日は

今日、ブログを書かなかったら、
明日我が家で予定している「bon君の一周忌」が果たして出来るのか?
心配する向きがあると思い書いています。

ダンボ
ピンピンしシャンと暮らしていませんが、
皆さんと一緒にbon君を偲び、ひととき彼を甦らせる事可能です。
よろしく、お願いします。


先日、テルテルと踏切を越え足をのばしました。


三女が通学に使った道が、かつての面影を止めていました。

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人の手が加わった自然の景色ですが、たまらなく懐かしく癒されました。

人の欲望を満たすために、天然自然に割り込んでできた我が町です。

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でも、自然に救われろ場所あり、
捨てたものではありません。

2015年3月14日 (土)

かぐや姫

昨夜、テレビで放映された「かぐや姫の物語」を見ました。

同じスタジオジブリの作品ですが「風立ちぬ」より優れていたと感じました。

高畑 勲監督の最高傑作ではないでしょうか。

興行成績は宮崎監督の「風立ちぬ」の半分もありませんが、

美意識にこだわり抜いた、日本人にしか作れない作品だったと思います。

興行収入 24.7憶円
観客動員 184万9,467人
公開  2013年
監督 高畑勲

主題歌 「いのちの記憶」
歌「二階堂和美」
https://www.youtube.com/watch?v=2KOKvYDLArg

キャッチコピー『姫の犯した罪と罰』の巧さが納得できる筋立でした。

あの大胆なストーリーを生みだした高畑監督に畏敬の念を抱きます。


ダンボも未完の「かぐや姫」物語があります。

かぐや姫が月に帰らねばならない理由も考えました。

素晴らしい長編アニメを見て、

ダンボ流「かぐや姫」を

プロットだけでも書きたくなりました。

2015年3月12日 (木)

傍観者

随分前になります。

孫のRYOと戦中ドラマを観ていました。

耳の悪い少女が後ろから襲ってきた米軍機に気付かず、

機銃に撃たれ膝をつき前のめりに倒れました。


ダンボの記憶の蓋が少し開きました

「機銃掃射を受けたらあんな綺麗に死ねへんのやで」

傍らのRYOに説明し又蓋を閉じました。


ダンボは大規模空爆に会わず、戦闘機の標的になったことのない傍観者でした。

ダンボの居た基地は無傷でした。

海を隔て火の長塀になっている光海軍工廠や

70Kmほど離れた広島のキノコ雲も目にしましたが、

戦場ではありませんでした。

1945年の夏になると訓練はなく裏山で横穴掘りばかりさせられました。

本土決戦に備えるのか?わがもの顔に空を飛んでいるロッキードやグラマンから身を守る為なのか?

命令通り掘るしかありませんでした。

そして、休み時間、

目下に広がる瀬戸内の景色の美しさは記憶に貼りついています。

たとえ、島々の間を燕のように飛び回り人間ハンティングしているグラマンが翼を光らせていても

傍観者の美的感性は、何ら影響を受けませんでした。

帰りに現実を目にしました、

道端に幾つもの骸が転がっていました、

ほとんど人かどうか見分けのつかないほど傷んでいました。

怖いのは

当時のダンボが、その現実を前にして

何も感じなかったことです

戦争は「人を人でなし」にします。

何故ダンボが閉じておきたかった記憶の蓋を開けたか

ドギュメンタリー番組「私の街も戦場だった」を観てしまったからです。

http://www.tbs.co.jp/sengo70/

二度と人でなしにはなりたくありません。

2015年3月11日 (水)

あの日から

4年経ちました。

先日、知り合いと話していて

「3月11日が近づいたな~」と、嘆息したら

「ナニ?誰かの誕生日?」と、返されました。

ダンボは言葉を失いました。

そして、心から消去できる相手をうらやましくなりました。


災害は身近な「室戸」「阪神」を筆頭に、

あれからも数え切れないほど出会いました。

なのに、東北がPTSDでダンボを安定剤なしに眠れなくしたのは、

カミサンとの別れ、冴ちゃん突然死のショックと続いた後の

KOパンチだったからです

とはいえ、ダンボは傍観者です。

でも、死ぬまで目をそらす気はありません。

あの日から生きのびさせてもらった年数分の

義援金を振り込んできます。


亡くなった方のご冥福と、被災された方々が希望をもって生き抜かれるようお祈りします。

2015年3月 9日 (月)

「ら」と「い」の違い

おたまさんへのレスで

「たな~」と「たな~」の違いを書きました。

両方願望の言葉ですが、ダンボの中では大きく違います。

「焼きたてのパンや炊きたてのご飯の香りを嗅ぐ」

「新しい石鹸の匂こうっとりする」

「テルテルと丘を駆けあがる」

「二人で決めた世界一周船旅に出かける」

これらは望んでも無理で、

諦め肝心、未練の「たらな~」です。

単なる愚痴と分かっていてもこれが増えてきます。

一方、「たいな~」には可能性が残っています。

引っ張ったり押したりしてくれる助け船があり

実現可能です。

にもかかわらず、こちらは日を追って萎んできました。

独り暮らすのはサービスを受けていても大変なことで、

今日を生き通せた!だけで充分幸せを感じます。

それに

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「テルテルを健やかに育てる」使命もあり

「たいな~」と

多くを望むのはダンボの生き方からずれていく気がします。

2015年3月 7日 (土)

オヘンジ デイ

届いたコメントが貯まってしまいました。

レスが遅れに遅れLINEやったら総スカンくうとこです。

という訳で、

皆様に深くお詫びして

本日は「お返事の日オヘンジデイ」集中して記事にします。


☆2/22 「高いわ」

・youkoさんに 

ドイツを除き欧米の電気料金と比べたら日本は断トツですね。

そのドイツも産業用は日本より安い。

為替相場の変動で今はもっと差がついているでしょう。

要するに日本は欧米比較で最も高い電気代をとられている国です。

政府の手厚い保護で大儲けしてきた電力会社。

腹立つけど「断捨離」できても「断電」できひんし、節電しか方法ない。

電力自由化法案が成立するまで生きてられんしな~~


☆2/24 「ニュース」

・ピピちゃんのお父さんへ

テルテルが反省の表情見せるのは一瞬です。

我が国会議員様とそっくりです。

ロケットみたいなピピちゃんと再会できるのを楽しみにしています

。テルテルは見上げて探していますが反応がないので

最近は下で臭いつけをしています。


・おたまさんへ 

手配師に大金払って来た日本は

山羊を盗んで食べ命をつながなければならない

幸な国だったのですね。

アベノミクスのおこぼれは

底辺の日本人にも届きませんから

ベトナムの方には臭いも嗅げないでしょう。

テルテルはダンボが噛んでも提訴しません。

ビスケット2枚で示談解決します。

☆2/26 「思い出すコロッケ」

・ホワイティさんへ

「改進亭」ならダンボも知っていますよ。

「開心亭」は字が間違っていると思います。

大徳寺の家まででっちさんが届けてくれていました。

「改進亭」の支店が帷子の辻にあり

嵐山に住んでいた時はよく買いに行きました。

同じ値段でも美味しい肉が手に入りました。

生協から冷凍肉ばかり買っている今、昭和は遠くになりました。


・風さんへ お久しぶりです、

店の片隅で自家製コロッケを売っている肉屋さんが昔は多かったですね。

市電が来るのをビクビクしながら、コロッケの揚げあがりを待つ風さんの姿が映像になりました。

我が家のコロッケも美味しかったけど、

不思議とコロッケは買い食いの方に分があります。

立ったままとか歩きながら食べる、

紙にはさんだコロッケの温かみも

美味しさに加わっているのですかね?


・youkoさん 

忘れました。古川町商店街の中でしたか?

年とると今を忘れて昔を思い出す。

youkoそろそろやな。

肉屋さんの副業でない間口が1間未満の「コロッケ専門店」が方々にありましたね。

コロッケの種類は少ないけど、これは!という一品を売っている

似たような店舗は今もあるけど風情も味も値段も大違い。



☆3/1 「思い出す『すき焼き』」

・youkoさん、

お寺さんと「すき焼き」にはダンボ鮮やかな記憶があります。

家に時々妙心寺から雲水さんが3人来られました。

雲水さんには、家族もたまにしか口にできない牛のすき焼きでもてなしました。

皿に大盛りにした肉や野菜、おひつ一杯の炊きたてのご飯。

3人の雲水さんが別室で心おきなく食べ、見事に平らげました。

おひつの底に飯粒1個敷きつめたように残してありましたが、

鍋も食器も箸もお茶で使用前のように洗い飲んでありました。

玄関で雲水さんは屈んで草鞋の紐を結ぶのが辛そうでした。

厳しい修行中、粗食の埋め合わせをするのが檀家の役目だったようです。


☆3/5 「お試し外出」

・おたまさん ありがとうございます、

ご助言が身に沁みます。

多分、もうこんな機会はないので行きたい気持ちは変りません。

でも、最近は「なにもない1日」が「これでいいのだ」と思うようになりました。

なにもない一日といっても判で押したような日常は延々と続けています。

それで精一杯です。

要するに「たらな~」の気はあっても「たいな~」が無くなってしまいました。

1字違いで大違いです。

老いては子に従うダンボでありたいとは思いますが、

モチベーションがあがりません。

2015年3月 6日 (金)

ニイタカヤマノボレ

昨日の朝刊1面を読んで、ダンボの脳に浮かんだ文言が

「ニイタカヤマノボレ」でした。

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戦中派なら忘れられません。

太平洋戦争で日本軍が真珠湾攻撃を指令した暗号電文です。

あの時も日本はアメリカの経済制裁で存亡の危機だったのです。

圧倒的に強い相手に勝つには、奇襲しかなかった。

「宣戦布告」が遅れ、

背中から打たれたカウボーイが、卑怯なJap!と本気で怒って日本を廃墟にしました。

そして今


交戦権も憲法で禁じられている日本が

「攻撃受けなくても『存立事態』で反撃できる」?

政府が決めたそうです。

今の国会は政府が決めたことを法律として箔付けするだけ、

あってもなくてもよい場所です。

「国会中継」にチャンネル合わすと、野党の質問なんか聞く耳持たずせせら笑う大臣の顔が見られます。

困ったことになりました。

ダンボには届きます

『ハヤクテンゴクヘノボレ』

何の暗号や?

2015年3月 5日 (木)

お試し外出

三女から旅の誘いがありました。

「四国・高知へ1泊2日でどう?

テルテルは、お姉ちゃんに預けて行けるやろ!」 

二男YUのパスした中学校が全寮制で、

入学式や暮らしの様子を見てやりたい、当分会えないので当然

家族皆で(2女夫婦も便乗)行くそうです。

爺ちゃんとして立ち会いたくない? 

ダンボをアクティブにしてやりたい心根がヒシヒシ分かります。

で・・・

本日お試し外出をいたしました。

京都まで出て、案内を貰った展覧会のハシゴをしました。

偉そうな口をきいても二番目に訪れた会場近くまでは長女が車で送ってくれました。

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スマホに残ったデータによれば

歩数で約2000歩、

乗り物が約2時間ほどの外出です。

スマホの万歩計は少なめに出ますが

たいした負担ではありません。

それにしても疲れました!

本当に疲れたらブログもUPできないのは理屈です。でも、

今日ぐらいUPしなければならぬ訳があります。狼君に心配かけない

疲れたけれど心の収穫は豊かでした。

『汎具象春季展』に出品しているHTさんの絵は

相変わらずの色遣いで描写が緻密になっていました。

一方 『木代先生と土のなかまの会展』のZH君は

ますます子ども返りしていました。

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以前、彼の陶芸は本格的でした、

人間国宝近藤悠三の息子さんに教えを受けたこともあります。

その彼が一転気ままな土捻りに没頭するようになりました。

会場で親友夫婦とも会い4人で楽しく会話が弾みました。

得失を考えたら出た方が良い!に決まっていますが・・・・・

テルテルと別れて1泊2日車の旅!

テスト外出の答えは

どうもNOに傾いています。

2015年3月 1日 (日)

思い出す「すき焼き」

ダンボが幼い頃は「すき焼き」の肉は普通「鶏肉」でした。

後は「青ネギ」「焼き豆腐」「糸ごんにゃく」「焼き麩」ぐらいでシンプルでした。

皿に盛られた鶏肉は

モモやムネや手羽の他に砂肝や卵巣(通称キンカン)もありましたから、1羽丸買いして家の誰かがさばいたのでしょう、

すき焼きの後、大きなアルミ鍋で鶏ガラが美味しいスープを出してくれました。

暫く洋風料理が続いた覚えがあります。

鍋を囲むと、末っ子のダンボが欲しがったので、

ブドウ状になったキンカンの大半はダンボの胃に納まりました。

苦手だったのは「糸ごんにゃく」

噛み切れず喉に詰めてカ~カ~と涙を流しました。

たまには牛肉のすき焼きがありました。

多い兄弟の中で肉を確保するのに苦労しました。

翌日の朝は、すき焼き鍋の煮汁で作った「おじや」が食べられました。

姉がご飯を入れる前、箸で煮汁をかき回すと、

取り残した牛肉の欠片や煮汁色になったネギなどが引っ掛かり、

その美味さの方を鮮やかに覚えています。

別にダンボの家が貧しいわけでも、ダンボがいやしんぼだったわけでもありません。

昭和初期の庶民は、こんな暮らしができたらまだましな方だったと思います。

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