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2013年9月

2013年9月30日 (月)

後遺症

28日の同窓会、
後遺症か?思い出引出しが、次々と開き落ち着かない。
年寄りは、同じ話を繰り返す、以前のマイブログで登場していても、お許しをm(_ _)m

思えば、A小学校の前は、腰の軽いダンボが8年居座ったK小学校だった。
私の教師人生で充電の時代だった。
A小学校で放電した。
そこで出会ったのが未曾有のユニークな子ども集団だった。

58のええ年になった皆から小学校の思い出が湧き出す。
ダンボが忘れていたのがほとんど。
でも、共有できたのが、
「おならの王様」と「戦争と生活」の劇。
日の出の位置を月一回、未明に集まり屋上から観測した事。
日記と自由勉強、宿題なし。

一回ではUP出来ないので、ボチボチと・・・

「先生、朝礼の時、Kちゃんに頼み事したやろ!」
ええっ、気づかれてたの? まさか?
経過は・・・
離任職員が朝礼で別れの挨拶をする。
その後で、児童代表が別れの言葉を述べるのがきまりで、代表は各クラス輪番となっていた。
昔々ある朝。
女の用務員さんが挨拶をしている途中、児童代表者の番がダンボの組だったと思い出した。
誰にも気づかれず(と思っていた)Kちゃんの横に立ち誰にも気づかれない(と思っていた)ように
「次、お前、別れの言葉いえ」鳩が豆鉄砲くった顔のKちゃん。(通称キリン)
でも、ダンボの顔に泥を塗る心配はなかった。
堂々とマイクの前で挨拶した、昨日から準備していたかのように!

ある面で、先生の要らんクラスだった。
続く

2013年9月29日 (日)

必需品

生きるために必要な品といえば?
水・食べ物・火(熱源や光源やあらゆる家電の動力源になる電気)衣服や住まい、と続くけど、
今のダンボには、ネットワークシステムは必需品の上位に入る。
昨夜、突然故障した。
光ケーブルの疑いは電話もテレビも異常なしで極めて薄い。
残るは、家じゅうに電波を飛ばし、PCやプリンターやゲーム機を動かしているルーター。
さっきから、サービスセンターに電話するが、混み合っているから後ほどかけ直せ!ばかり。
先の短い年寄りは待てません!
NGルーターでパソコンの機能は1/3・カラオケ出来ない、プリンターだって遠隔操作無理、
こんな環境にしたのは誰や?
ダンボ考えるのが嫌で、買うのも設定も孫任せにしたのが悪かった。
アア~~ン


仕方ないから今日は文集の残りを仕上げ、ゆっくり読書でもするべ〜

※携帯の機種をiPadが外で使えるのにして極めて面倒な方法でUPしている。
だから、休んでも気にしないでね。(^_^)v

2013年9月28日 (土)

百年以上生きられそう

人は二度死ぬといわれる。
肉体の命が無くなった死。
誰かの記憶からダンボが消えてしまう二度目の死。

今日は、前回がいつだったか?思い出せないほど間が空いたA小学校の同窓会だった。
開会にあたってダンボは言った。
「今、いじめが問題になっているが、私は皆からシカトされいじめに会った経験の持ち主です。

※不慣れとルーター故障で、前のブログ画面を貼り付けられない。2006/12/11「メール後晴れ」
に詳しく載せた。折角撮った画像もままならず

卒業して間もなく、誰かが◯月◯日同窓会しますと、電話で知らせてきた。その日ダンボに仕事があると返事したら、じゃあ又ねと!電話を切られた。後にも先にもあんな経験は初めてや。」

ダンボが何より嬉しかったのが、成績や環境にかかわりなく幅広い教え子が来た事だった。
そして、誰からも無茶苦茶だったけど忘れられない褒め上手な教師だったと証言してもらい、
ダンボの二度目の死は100歳を軽く超えるとほくそ笑んだ。

関東で暮らしている子(といっても58歳)同窓会となったらバリバリの関西人、
会話は一秒と途切れることなく、ツッコミありボケあり。全会話をまとめたら、文庫本一冊になる。
到底、全部書けないが・・・・
KちゃんとMちゃんが、取っ組み合いの大喧嘩してた、脇で見ていたYちゃんの前で、二人がさっぱりと又明日と言って別れた。Yちゃんがそれを日記に書いて先生に見せたら「えらい!」とコメントが返ってきた。未だに、二人が「えらい」のか日記にした私が「えらい」のかわからん。
ざっとこんな調子だった。

長女が一日中面倒みてくれ貴重な時が得られた。

※帰ってブログupしようと思ったらルーター?故障。PCのアドレスが消えてしまった。頼りは携帯、ルーター代わりにしiPadから送信する。
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全員の了解済み

2013年9月27日 (金)

ちょっと、いや、おおいに変

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 朝刊のこの記事

 とやかく言うと、貧乏人のヒガミじゃとそしられそう。

 

 でも、

 どうみても変。

 バブル時代を思い出す。

 昨日は、私の好きなコラム

 天野祐吉さんの「CM天気図」に

『・・・国民一人ひとり所得のまん中になる人の所得の半分に満たない人の割合を

”相対的貧困率”というそうだが、先進国を国別に見るとアメリカはその第1位、

して、日本は第2位なんだって・・・』云々。

二位じゃ駄目なんですか?という有名なセリフが浮かぶ。

堂々の2位は誇れない、ビリがいいのだ。

因みに、先進国をググったら・・・ああ書くのは面倒。満点はヨーロッパ中心の22ヶ

国、当然ながら中国やロシアはない。

さっき、9時のNHKテレビニュースでアナウンサーが言っていた。

正規社員の平均年収 468万円。 非正規社員は 168万円。

非正規社員の年収の半分にあたる「おせち」を「フムフム流石に吉兆は旨い」と

食べる人が居るから、大丸さんも売り出すのだろう。

生活保護家庭が年々増える一方で、JR九州が売り出したクルーズトレイン

「ななつ星」(料金1泊2日15万円から)の予約は一杯で抽選だとか?

コラムの見出し「どうする貧困大国」は変なのか?まともなのか?

「ア・べ・ノ・ミ・ク・ス」

「カ・ク・サ・カ・ソ・ク」

語呂が似てません?

2013年9月26日 (木)

無い?!ウソッ

朝、例の如くA新聞もってトイレに入る。

スポーツ野球欄を広げて

どこにも、阪神タイガースの記事が無い! ウソッ?

身体のどっかが縮んだ。

昨夜、甲子園でDaNAと対戦してたのをTVで途中まで見てた

緊張感がないし中断、

消化試合でも席は半分以上?埋まっていたで!

チラ見した巨人対ヤクルト戦、人影まばらで鬼ごっこできそうな球場やったのに・・・・

念入りに探したら

 

アッタ!

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スコアと簡単な試合経過だけ。

コイが破竹の勢いでCS入りを果たした業績はわかるけど・・・

トラがこんな扱いされたのは初めて違う?

Y新聞ならシカトされて没やな。

2013年9月25日 (水)

V終了

およそ1/4世紀続けてきた朗読ボランティア活動の最終日。

IさんMさんと三人で、10月号の編集をする。

Mさんに、携帯を渡し記念に写してもらった。

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ゴメン、Iさん顔が見えて・・・

沢山々々、ひとまわり、ふたまわりも年下の異性から仲間扱いしてもらい

生き甲斐になっていた。

ただ、器が縮んだダンボからオーバーフローしたのがVでした。

編集しながら己の朗読を聞くと、声に張りなし、滑舌悪し、NG多くつぎはぎだらけ、テンポもバラバラ、人様に聞かせる出来ではない。

やっぱり、ここらが退け時! 悔いはない!

ブログをかり(読者がいるので・・・)

せせらぎの皆様にア・リ・ガ・ト・ウ



余談、「郵便局のサービス」

編集に行った福祉センターの横に郵便局がある、

郵便局で受取るお金があったので帰りがけに寄った。

1500余円がトレイに入って出てきた。ダンボ小銭を財布に入れたのは覚えているが1000円札は?

家に帰ると電話が鳴る。聴き慣れぬ若い女性の声。あ~~また営業か!と、思ったら、先程窓口に居た女性らしい、「お客様が硬貨だけ取って1000円をお忘れなので・・私が気付いてお探ししたのですが・・・取りにきて頂けませんか?」

「え~~車に乗るのを禁止されてるし、タクシー代の方が高くつく、震災の義援金にでもしてもらえませんか!」

少し待たされた。

「今日中にお宅へお届けします、またお電話しますので暫くお待ちください」

1時間後、わざわざバイクで届けてくれた。

最近の郵便局は、かくの如くサービスが向上している。(余談の方が長くなった)

2013年9月23日 (月)

娘の応募

朝早く

ラインで

「かわいい、爽やかな動画みてくれた」

三女から督促?のメッセージ。

テルテルの世話をすませて

やおら

ライン→フェイスブック→You Tubeで開いたのがこれ。

一緒に歌っている可愛い女の子

本来なら、敬老会で歌声を聴かせて貰ったのに・・・

流れてしまいマコト残念。

代わりといっていいかどうか?

NHKの「百万人の花は咲く」ミュージックビデオに応募したらしい。

被災地を何時までも忘れない活動に

参加する娘を褒めてやりたい。


2013年9月22日 (日)

時代劇ではなかった!

日曜日の午後9時を待ちわびる楽しみが終わる。

ダンボ「半沢直樹」初回から注目した。

http://hirosi-dambo.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/4-3904.html

あれよあれよという間に、視聴率がうなぎ登り。前回は35.9%

今夜の最終回を楽しみにしていた人は40%を越えたのではないだろうか?

結末は

意外といえば意外。 当然といえば当然。

時代劇ではないのだから、

悪がバッサリ切り捨てられることはない。

悪にその上があると怒れない現代なんだろう。

企業コンプライアンスより、組織を守り経営するのが優先される。

管理職なら、「半沢直樹」を部下にする恐怖が分からんでもない。

真似する平社員に困っている会社があるらしい?

フィクションとして気楽に楽しめた。

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お気に入りのライオンの尻尾を押さえポーズするテルテル。

 

テルテルの他に、

 

独り暮らしを忘れさせるドラマが終わって残念だ。

2013年9月21日 (土)

外側から

ギロギロ・ギロ・・

Nちゃん(義妹)が雨戸を開ける音で目覚めたら

ダンボは寝坊したと慌てた。

普通は、ダンボが新聞を取りに出ると

横の道を、前のめりにやって来るNちゃんと出くわし

「おはよう」を交わして笑った。

Nちゃんの家は隣、寝るのは娘の家。

でも、昼間のほとんどは隣で過ごしていた。

玄関から5歩も歩けば、低い塀を隔てガラス戸越しにNちゃんと会えた。

茶の間のNちゃんは、電話をかけたり卓袱台で書きものをしていた。

病が進むと横になっている姿を何回かみた。

生協の品は毎度二人で受取っていた。

到着が遅く、文句言いながら立ち話をしたのが8月19日。

1ヶ月で、灰になってしまった。

 

 

思い返すと、2010年の七夕は三姉妹が笹飾りを一緒に作った。

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飾り付け前の腹ごしらえ。

カミサンの死期は迫っていたが、誰も予想しなかったNちゃんも逝ってしまう。

几帳面というかバカ正直というか、暮らしのパターンを変えなかったNちゃん

ダンボの日常に組み込まれていたようだ。

夜も昼も無人になった隣、

淋しさが外側からジワジワくる。

カミサンの時は、内から広がってきたのに・・・・

2013年9月20日 (金)

月の光

昨夜、義妹の通夜を終えて

ダンボの家に集まった一族。

誰かが「今夜、中秋の名月やで」と口にした。

ぞろぞろ皆で外に出る。 テルテルはおねんね

眩しいほどの月の光。

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名月の夜と、お通夜が重なったとは・・・

式の終わりに坊さんが

「亡くなったN子さんは、今まだこの世で修行中です、49日が過ぎるまで淋しい思いをしておられます、どうか、仏様になれるよう皆さんが忘れず祀ってあげてください。」

と、説教し締めくくった。

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                          ※二女のレンズを借りて写す

でも、月を見ているうちに

義妹Nちゃんの魂は、月光に導かれ

天にすくい取られていく気分になった。

「死んで、そんなに苦労することないわな~」

仏の慈悲もハードルをもうけたりしないでしょ!

2013年9月19日 (木)

波乱の日々

9月15日から、混乱し日記を見直さないと時間軸がぶれ、まともに書けない。

16日は、

我が区の敬老会、講演会・会食・アトラクション・ビンゴゲームと規模の大きなイベントで100人を越す老人が招待され公民館に集まった。

アトラクションには、三女が出演依頼され歌うことになっていた。

ところが、滋賀では大雨、あらゆる交通機関がストップし来るに来れない。

三女が「叔母ちゃんに(ダンボの義妹)聴いて欲しかったのに・・・」と、嘆いていた。

その義妹は危篤状態が続き意識不明。思念が雨を呼んだのだろうか?

結局、アトラクションはスタッフの機転でゲーム等で凌いだらしい

らしい?というのは留守中、家の庭木の剪定にきた人が、梯子を積んだまま侵入し門扉を破壊したから急遽家に帰ったのだ。

長女が家に居てくれたから、当て逃げにならず胸なで下ろしたが、後が大変。

17日は、

駆けつけた事務局の人と門扉保障につき説明を受ける、

明日、最終となる朗読の練習をし

「告別の手紙」を書く。24年間続けた「朗読ボランティア」の退会は10日前に決心した。

断腸の想いだったが、残り時間を考え身辺整理の第一号にした。

夕刻、義妹が息を引きとったとの知らせ。隣の家に帰ってきた遺体と会う。

長女が「叔母ちゃんは仕えて仕えて、それに身をゆだねた人生やった」と、ズバリ言う。

義母がダンボ家の離れて暮らしていた時、何かあったら義妹を呼び付け世話させた。カミサンには頼みにくかった。

病気になった夫の看病、怒鳴られながらも黙って仕えていた。しかし、ちゃんと自分の好きな卓球や書道は欠かさず、夫亡き後も劇的な変化はなかった。

キャリアをつんだ娘は近くに家を持ち、二軒の家を往復しながら忙しい娘に仕えてきた。カラオケやパッチワークを楽しみながら・・・・

病はカミサンと同じ膵臓ガン、肝臓にまで転移して手のつけられない状況だったが、告知されなかったので体調不良を口にしながらギリギリまで普通に暮らしていた。

折れた、何かが彼女の中で・・・・?

あっけない!果かない命の見本みたいだ。

お通夜が今夜。告別式が明日と決まったので、ある意味ダンボはホッとした。

18日

仲間に送迎してもらって最後の収録に向う

集まった4班の皆さんに

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「老兵は死なず、ただ消え去りゆくのみ」

大袈裟なマッカーサーの言葉から始めた告別の辞を配る

長い沈黙。

未練がましく、まだ何かの役に立ちたい思いはつのったが押さえた。

担当した、阿川佐和子の旅のエッセーはNGの連続で最後の最後まで迷惑かけた。

10月号の編集に参加し、ボランティアから離脱する。

経験のない胸苦しさとつきあいながらの日々

昨日、目にした月のような穏やかさが戻って欲しい。

2013年9月15日 (日)

たるみ

テルテルの体重管理に気をつかってきた・・・つもり

でも、入れ替わり立ち替わり娘が出入りすると

デッカイ目で「何かちょうだい」と訴え

食べ物をせしめる。

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近頃、テルテルの身体のたるみが目立ってきた

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パグの特質で仕方ないけど

筋肉質で獣医さんの診察台から飛び降りるアスリートだけに

気になる。

体重計に乗せたら 8.2kg

7.5kぐらいがベストなのに・・・・

可哀相だが明日からダイエットだ。






2013年9月14日 (土)

天の責任?

一面トップ

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 つい先日、世界に向かって

「(原子炉事故は)完全にコントロールされており

何の心配もございません!」

と、総理大臣様が大見得切ったのに、

こんな記事載せてイイの

朝日さん。

昔なら発刊停止。

社長は特高警察に引っ張られたよ。

東電さんも、凄いな~

政府が(税金使って)尻ぬぐいしてくれると決まった途端。

ボロボロとホントの事を暴露する。

みんなみんな、地震と津波が悪いんです。

若しも、あそこに原子力発電所が無かったら!などと仮定してはいけません。

チェルノブイリは内陸でも、あれだけ汚染が拡大した。

黒潮と親潮のぶつかる三陸の海に、汚染物質たれ流したら、どうなるの?

各国から、援助の手を差し伸べようとしているそうだが、

親切心ばかりではあるまい。

自国の海を汚されるのが心配だろう。

オリンピックも決まったことだし

天の責任にして、help me! help japan !

でも、ええのと違う?

2013年9月12日 (木)

クレバーなボクサー

クレバー(clever)なボクサーという言葉が好きだ。

cleverを訳すと、利口な、如才のない、器用な、手際よい、巧妙な・・とあるが、

ダンボは、+切れ味鋭いボクサーと解釈する。

スタイルはあくまでオーソドックス。相手を小馬鹿にしたような態度をとらず、真摯に向き合う、

でも、チャンスとみるやタカのように襲いかかって仕留める。

相手に打たれないで、KOする。

昔からボクシングの好きなダンボの記憶に残るクレバーなボクサーといえば

海老原博幸 大場政夫 柴田国明 現役で、長谷川穂積 ぐらいだろうか?

いや、ダントツは昨日ライトフライ級王座を防衛した「井岡一翔(いおかかずと)」

といえる。

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「強い相手としか戦わない」と宣言している井岡の選んだ相手は

タイの「クワンタイ・シッモーセン」46戦43勝2敗1分、勝率95%の強豪だ。

TVで両者がアップで映って驚いた。

両者ともボクサー特有の顔はしていないが、耳が違っていた。

クワンタイの耳はカリフラワーになっているのに井岡は変形していない。

試合の前と後で顔が同じなのが井岡の強さだ。

予想通り、7回KO勝ちした井岡の言葉は「もっともっと強くなりたい」

100年に一人の逸材と思う。

バラエティ番組で見せる人柄にも好感がもてるし

先の短いダンボに

 

ボクシングのワクワク感をもっともっと味あわせて欲しい。

怖いのは、

強打の海老原のように、パンチで自分の指を折ってしまうこと、

プロ転向13戦13勝0敗 9KOという華々しい経歴が

勝負の世界の常として破られた時のダメージだ。

ガンバレ 井岡  阪神の代わりに

2013年9月11日 (水)

24年前の北海道ドライブ⑧

北海道滞在最後の日

ガイドブックに載っていた有名なラーメン店でお昼をすませました。

食べたことのない魚介味のあっさりスープで美味しかったのを覚えています。

旅の疲れがたまっていたのか、他に、これといった記憶もなく


小樽に向かいました。

帰りも新日本海フェリーを使いましたが

船中一泊で新潟で降りることにしました。



午後遅く出航した船から

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私の生涯で5本の指に入る壮麗な日没に出会いました。

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**** ビデオ画像から ****

来る時は夜空、帰りは夕日。

天空ショーに恵まれた旅だったと思います。

※もしやと思い模様替えしていないカミサンの部屋を探したら、やっぱり旅の資料が出てきた。

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長々とお付き合いして頂きありがとうございました。  おわり

2013年9月10日 (火)

24年前の北海道ドライブ⑦

ホテルの印象は薄くても、チェックアウト前に散歩した朝の層雲峡は覚えています。

何故?

国道(39号線)は、車が高速で行き交います。

そのガードレールにとまっている一羽のカラスが、不審な動きをしていました。

車が途切れたら道に降り何かを剥がして食べています。

見ると蛙の轢死死体でした。

労せずして食を得るカラスの知恵(いや、命がけかな?)に感心したからです。

大雪山系の黒岳に登り、雄大な連山や溶けない雪渓を写真に収めました。

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後は、ひたすら札幌へと走り、グランドホテルに車を停めました。

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マシな姿に衣替えし、札幌の町を歩いて見物しました。

 

こんな旅行記を書くと、果たせなかった約束を思い出します。

 

大通り公園で、

 

「雪祭りは飛行機で来て、見よな!」

 

2013年9月 9日 (月)

よりみちばなし

ipadでニフティニュースを繰っていたら

『川上のぼる氏 死去 83歳 心不全』

ダンボが在籍した旧制京都師範学校の後輩?だった。

学生の時から有名人。学園祭等にぷろ顔負けの腹話術を披露していた。

死因・心不全!

何時、我が身にふりかかるか分からぬ死因。

近頃のダンボ『あさがお暮らし』と名付けている。

夜寝る時に「明日、目を覚ますかな?」と考え睡眠薬を飲む。

だから、朝目を開いて周りが見えたら、もの凄く嬉しい。

元気80~90% 

朝の家事を予定通りすませ、テルテルの世話をした後。

ついつい、動き過ぎてしまう。

昼前にスタミナ切れ、

それでも無理すると、脈は乱れ、血圧あがるのか平衡感覚がおかしくなる、

カシミヤのレッグウォーマーをしている脚が冷たい。

朝の元気は5%以下に落ちる。 しおれた朝顔。

とか何とかボヤキながら・・・・しぶといのがダンボ。

但し、残された時間に比べ

片付ける仕事が多過ぎる。

思い切って整理を始めよう。

2013年9月 8日 (日)

24年前の北海道ドライブ⑥

紋別の朝市では、新しい魚介を前にため息が出ました。

少し走るとサロマ湖です、日本で三番目の広さ汽水湖では№1とのこと、

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広さより、湖の向側オホーツク海を遮っている長い長い砂嘴(サシ)に惹かれました。

「行けるとこまで行ってみよか」

何もない砂地に延びた道をひた走り、終点はただの水路。

でも、オホーツク海とサロマ湖が繋がっているを確かめられ満足でした。

距離にして40km近い道草だったでしょう。

網走では、映画の影響で是非見たかった「網走刑務所」

展望台のある「天都山」等を回わり、

層雲峡温泉へハンドルを切りました。

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広々した平地から山間の景色になり、カーブが多い道はほどよい刺激になりました。

泊ったグランドホテルはあまり印象に残っていません。

大浴場がよかったかな~? 程度です。    

                            つづく

2013年9月 7日 (土)

24年前の北海道ドライブ⑤

稚内港から愛車に乗ってドライブの続きです。

名高い宗谷岬まで北上し一気にオホーツク国道(国道238号線)を南下しました。

適当なアップダウンがあり、左にオホーツク海が広がる素晴らしい道でした。

余談ですが、北海道ドライブにはスピード違反に気をつけること!

別の道ですが、周りの車に合わせ100km/h以上のスピードを出していて検問に引っかかりました。

アリャ― ・・・・ 観念しました。

? 信じられないことに、ポロリスが掴まえたのはご当地ナンバーの車だけ、

京都ナンバーのダンボは見逃してくれました。

今では、そうは問屋がおろさないでしょう。

道沿いに、モダンなモニュメントがあり、見付ける度に休憩しました。

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原生花園もサロベツや礼文より花の数も色も賑やかで見応えがありました。

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紋別で泊りました。

「流氷の頃にまた来たいね」

二人で交わした会話を忘れていません。

                                つづく


2013年9月 5日 (木)

24年前の北海道ドライブ④

礼文島は期待外れでした。

何もかも天気が災いしたのです。

泊ったホテルは、三井三菱とは何の関係もない?「三井観光ホテル」

島で唯一エレベータがついているホテルでした。(ググったら今も立派になって繁盛しているようだ)

1泊して次の日がバスを使った観光、終日雨!

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                               後ろが地蔵岩

スコトン岬も元地海岸の地蔵岩も霧と雨で見えたり見えなかったり・・・

寒く、ゆっくり散策できません。

でも、悪いことばかりではありません。

待ち望んでいた「揚げジャガ」を口にできました。

今食べたら、あんな感動はないでしょうが、唸るほど美味しかったです。

「ウミネコ」がやたら沢山、沿道に並んでいたり、バスを追いかけてきました。

皮肉なことに、帰る日の朝、空が晴れ渡りました。

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最高の感動が最後にありました。

船が岸壁を離れる埠頭で、

沢山の若者が歌ったり踊ったりして見送ってくれました。

地球の裏側へ旅立つかのように別れを惜しんでくれました。

終わり良ければすべて良し。礼文はエエとこです。

                               つづく

2013年9月 4日 (水)

24年前の北海道ドライブ③

旭川から稚内へ

稚内から礼文島へ渡る予定です。

その為には途中で一泊する必要がありました。

JAFは手配できませんでした。予約できるホテルがなかったようです。

ダンボが豊富町の観光課へ電話し民宿をみつけました。

安くて、部屋も待遇も食事も満点!放浪風ドライブに似合っていました。

早朝、宿のチラシにあった豊富牧場へ向いました。

搾りたての牛乳が飲める!の惹句を見過ごせなかった二人です。

教えられた一本道を行けども行けども牧場が見えてきません。

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                                              --ビデオ画像より--


羽田空港の4倍の広さとか?北海道の広大を再確認しました。

着いた牧舎には、牛・馬・緬羊が居るだけ?

程なくベンリ―でやってきたオジサンが緬羊に餌をやるのを見物し

牛乳は口にできませんでした。




サロベツ原野はダダっ広いだけで、花も少なく期待外れでした。

それより、オロロン海岸と遠くに見える利尻富士の風景が優っていました。

稚内市であちこち車を走らせ、港の駐車場に愛車を泊めて礼文島へと船に乗りました。

                                 つづく

2013年9月 3日 (火)

24年前の北海道ドライブ②

北海道での一泊目は旭川でした。

見物に立ち寄ったのは富良野。

富良野の町はわっていました。

ヒットしたTVドラマ「北の国から」効果があったのでしょう。

「第21回北海へそ祭り」の最中で、太鼓演奏やパレードが沢山の見物人を集めていました。

われわれも野次馬になりのんびり散策。

「かみふらの日の出ラベンダー園」は、目に焼き付いています。

花は盛りを過ぎていましたが、小高い丘に広がる古代紫にも菫色にも見える花の絨毯。

その向こうに広がる田園風景、麦?畑の黄色い帯。

絵にかいたような美しさといいますが、逆でしょう。

絵よりも写真よりも美しい風景を堪能しました。

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                                                                                                        --ビデオ画面より--

旭川のホテルには、富良野で農業を営んでいる教え子のモトエちゃんが

夫婦で会いにきてくれました。

お土産に頂いたトマトがドライブ中、ダンボの喉を潤してくれました。

                                     つづく

2013年9月 1日 (日)

中休み

居間の掃除ロボット付きエアコンが、昨日故障した。
故障しているのを訪れた二女夫婦が言い出した。
ダンボは、脚が冷たいので気づかなかった。

「命に関わるから直ぐに来て」頼みは大袈裟に言った方が良い。
家の家電の80%を買っているT電気に電話したら、
店長がすっ飛んで来た。
調べた結果「コンプレッサーが壊れたようです、取り替えるのに5・6万かかります」

ゲッ、殺生な!
でも、生き物は必ず死ぬ、物はいずれ壊れる!
悟りを開いているダンボ、あっさり買い換える決心をした。
手回し良く店長、ポケットからエアコン特売のチラシを出してきた。
脚立に登ってフィルターの掃除は避けたいので同じクラスを注文した。
「7年で故障は早いと思いますので、ここに書いてある税込値段にさせていただきます、取り付け処分など諸費用はなしという事で」
こっちの言い分を店長に先手うたれてしまった。

生憎日曜定休で取り付けは明日の午後。
猛暑日でなくホンマ助かった。

でも、蒸し暑い。
2台の扇風機が蒸し風呂化する空気を吹き飛ばそうとフル運転。
その中でエサの姉ちゃん(二女)と旦那さんが
食事と散歩とお使いを助けてくれた、
お陰で、テルテルご褒美なくては動かないド気儘お嬢に変身?

長女を軸にし三姉妹に助けてもらえるダンボ
心配を増やさないために頑張るぞぉ~~~~


旅行記は中休み m(_ _)m

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