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2012年4月 6日 (金)

夜汽車の思い出③

昭和30年前は、とんでもない列車が走っていた。

大阪発・青森行 各駅停車

今の寝台特急「日本海」と同じ所を鈍行が走っていた。

トワイライト・ローカルトレンには、寝台・洗面所・食堂・売店・ラウンジ等、なにもない。

固いベンチの並んだ客車だけの列車。

昭和28年夏

友達2人と乗り込んで十和田湖を目指した。

http://hirosi-dambo.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_d5ae.html

駅ごとに止まるから、時間がかかるのは当たり前としても、日が落ちると走行時間より停車時間が長くなった。

通勤・通学列車を兼ねているから調整しているのだろう。

渇いた喉はプラットフォームの水道水でうるおした。

駅弁なんかない。長い停車中に外に出て湯を沸かし米粉を練って腹を満たした。

深夜になったら我々だけの車内。

ベンチのクッションを外し、通路に並べて横になった。簡易寝台車!?

電灯が明るく眠りのじゃまになる、テントを広げた。

流石にこれは、まわってきた車掌に怒られた。

体力勝負!マラソンみたいな夜汽車の旅。

若ければこそ出来た。 思い出の宝物だ。

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コメント

懐かしい!大阪発青森行きでは、ないかもしれないけれど・・・。大阪発東京行き、上野発青森行きを乗り継いで北海道に行ったことがあります。どちらも鈍行で車中で1泊しました。通路に寝そべっている人もいましたよ。時間はあれどもお金がない、今から40年ほど前のことでした。

三日間楽しく、旅させて貰いました。
プチ鉄子の私は、路線図が好き 実際には行けませんが、見てるだけで満足
時刻表と路線図で結構楽しめます。パソコン様様です。
ドライバー氏は、
暇になったら北海道に何日も旅したい(夫婦で)と常に言ってましたが、
来年に定年を迎えて、暇が出来て、お金が有っても 
あのおっさんと二人きりで、長く旅する勇気と(愛が)枯渇しております。
もし どうしても行くなら三日に一回は、休みをくれと言ってます。
それに可愛いマイロが、居るので長く家は、空けられませんから。

華ちゃんのお母さん
目標地へより早く着く効率的旅が印象深いものとは限りません。むしろ逆。ダンボは60過ぎてからフェリー使って行った北海道と九州のドライブがベスト10に入ります。

youkoさん
ダンボの周り似た話話多過ぎる!折角、範とする師がいるのに!
むずっと以前、シュナウザー連れヨーロッパ諸国を旅した旅行記読んで羨ましかったけど、マイロやテルテルは、そんな協力的なタマと違うし夢の又夢!旅行どころか買い物でも手かせ足かせや。

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