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2011年7月20日 (水)

Mちゃん

京都左京区のK小学校で卒業まで担任したMちゃん。

スラッと背の高い女の子。どの教科もまんべんなく成績はよかった。

卒業して6年。

転任先のA小学校までダンボに会いに来た

「東京女子美術大学に入りました!」の、報告だった。

「え~~~っ Mちゃん何時頃からそんな進路決めたん?」

「先生、6年の図工の時私が描いたポスター見て『プロになれるわ』と褒めたやないの!私、それから本気になったんやで」

「そうか、そんなこと言うたか? そやけどMちゃんには良かったんやな」

教師は怖い。責任の範囲が分からない。

彼女の年賀状はアマでは真似のできないデザインだった。

捨てずに、次の年を楽しみに待った。

Photo

「結婚します。東京のホテルオークラで式をあげます、是非々々来てください」

彼女からの招待を、多忙を理由に断った。

余程残念だったのか、式のスナップ写真が沢山送られてきた。

グラフィックデザイナーの道もあっただろうに、結婚したMちゃんが家庭から出て働いた形跡はない。

それでも、可愛い年賀状は欠かさず届いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼女から亡くなった二男さんについて便箋3枚の手紙を貰って何年もたっている。

以後、パッタリ年賀状が届かなくなった。

同級生も心配し、連絡しようとしたが不通。

行方も分からなくなった。

先程、手紙を読み返した。

人には言えない想像を超える苦労をしていたMちゃん。

66歳になったMちゃん。どこかで悲嘆を乗り越え生きていると信じている。

多忙な園長先生が、卒園児のハレを祝福にイギリスまで行かれた事件は、ダンボにMちゃんを思い出させ胸が痛む。

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