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2010年3月

2010年3月31日 (水)

偶然!?

Y新聞コラム「今日のノート」の『ボイジャー夢を翔ぶ』に釘付け。

ダンボを目覚めさせ驚かせるカンフル剤が3つも入っていた。

1つ目は、『33年前に打ち上げられた探査機ボイジャーが、知的生命体との遭遇期待して宇宙を飛行中』 エ~ッ?まだコンタクトあるの?それにしても何と壮大な計画なんだろう!国会でキーキー言いながら論戦?している先生方がチッポケに見えてくる。

250pxvoyager_aircraft1 2つ目は、『24年前、無給油無着陸で初めて世界一周飛行を成し遂げたアメリカの実験機』 そういえば思い出した、梯子みたいな形のプロペラ機だった。

昭和61年12月14日から23日まで10日かけて1周したらしい。 操縦はディックとイェーガー二人の男女、先駆者リンドバークの偉業にひけを取らないように思う。(Wikipediaを参考)

最後は、『飛行機好きの樋口敬二さんが、「夢を翔んだ翼ボイジャー」という本を傘寿を過ぎて書き下ろした。』 次世代の人にボイジャーの夢を伝えたいのが動機とか、熱中したら年をとる暇ないんだな~

1つ年上の樋口さんを見習うべし!とハンセイ

ボイジャーが一周した地球は4万㎞。  4万㎞   4万㎞・・

診療40000所へカミサン車に乗せ、走りだして気がついた。

ワウォー メーター39.994になってる」 

カミサンの反応は・・・?「フゥ~ン」とだけ! 

感動は孤独なものである。

帰宅してガレージに車を入れたら。 40.000 だ~~~

この偶然。 何か良いこと起こりそうだ。

※ダンボの愛車4万走るのに9年かかっています。若い頃なら1年で走っていたのに・・

2010年3月30日 (火)

住民センター

002 家事ヘルパーさんが来てくれる時間帯を利用して外出した。

目標は生協と郵便局と住民センター。

真っ先に住民センターへ車で5分とかからない。

この施設は、役所の建物にしては敷居が低く地域住民に親しまれている。

センターにある図書館で借りていた本を返し、事務所で生保に出す書類に居住証明をしてもらうことに、

ところがこの書類はカミサンのもの、代理人を証明する印鑑や免許証を用意して行った。

窓口に立っと、すぐさま要件を聞きに女性がやってくる。

シメタ!顔見知りのIさんだ。

「あの~カミサンの書類やけど・・・カミサン病気で・・・・代理に間違いないし・・・」

「わかってますがな」

合点承知!と証明してくれる。数少ない顔パスが効く場所だ。

「奥さんどうしやはったんです?」

もう一人、Oさんまで立ってやって来た。

「最近さっぱりお見かけしませんけど?」

美女二人(若くはないけどホント!です。) から心配顔で尋ねられると白状するほかない。

「大変ですね~」ありきたりの言葉だけど、心がこもっていて癒される。

「ここのお陰で助かってるんやで」

「どうしてです?」

「住民センターでしてもらった『男の料理教室』で腕みがいたし・・役に立ってる」

二人がニッコリ笑う、肩のコリが軽くなり疲れを忘れた。

お陰003で次の用事もトントン拍子。家に帰ったら掃除のすんだ部屋にヘルパーさんがまだ居た。

ダンボの気持ちのように、鉢植えの桜の花がほころびている。

2010年3月29日 (月)

笑ってていいの?

ピンポ~ン・・「お届け物です」

もう来たか! 速い

ワンクリックでアプリケーションソフトを注文したのが26日の午後9時。その品が27日の夜遅くにはもう到着した。

こう早いと、手にする迄のワクワク感がなくなると文句の一つも言いたくなる。

1P99円激安卵に釣られスーパーに通うのと同じ動機でアマゾンにハマった。

馴れ初めはHPの複合機、正真正銘半額だった。

http://hirosi-dambo.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-ab3b.html

そして、そのインクの補充。

アマゾンからメールが頻繁に入り始める。

ひやかしでネットカタログから値段や性能を調べたら、キッチリデータで残っていて○○さまが最近チェックされた品と表示する。

欲しい品のアイコンをクリックしたら売買成立。送料無料1日で届く。

001

かくして、我が家にはニィッと笑った口元のアマゾンの箱が溜まっていく。

大きな買い物はしていないし、これといって欲しい物などないので今は無事だが、介護で積もったストレスの捌け口が、浪費に向かったらヤバイ。

アマゾンの口元がせせら笑いに見えてくる。

クワバラ・・クワバラ・・・

2010年3月28日 (日)

卵の色

 26日の「赤い卵と白い卵」に三女(RYOとYUの母)がコメしたのはマアマアええとしても、それをネタに自分のブログでウンチクを披露した。

負け惜しみになるが、そもそも、卵の色なんて生協のさくら卵の安売りに気をつけているぐらい、考えもしなかった。

001 鳥の色で卵の色が決まるのだったら、フラミンゴはピンク、カナリアはイエロー、インコはレインボーの卵を産むだろうし、赤も白もテキトーに生み出されるのだと思っていた。

ショックはその点だった。

「何故?」と疑問をもたなかった自分だ。

よく『目から鱗が落ちる』と言う。

ダンボの独り言でも

『「仏の顔も三度」は許す者の言葉でなく、被害者の甘えを指摘する言葉』だとか

『「赤い靴」の歌詞の中味は赤い靴をはいた少女が連れていかれるのでなく、母が娘を帰国する外人に託する話』だとか

『「井の中の蛙大海を知らず」には続きがあって否定的な諺ではない』とか、

数え切れない数の、うろこが目から落ちた例をアップした。

これ等は、ダンボに狭かったり誤っている概念があって、それがひっくり返ったもの、卵の色のように概念どころか意識もしなかったのとはちょっと違う。

あ~~~。こんなドーデもエエ事がメモリーにインプットされ忘れそうにない。

「老いては子に従う」とするか!

最後に言い訳。

そもそもオトコはムシに詳しくても、タマゴはオンナみたいに知らんのさ!

2010年3月27日 (土)

胸スカッ!

『アイサツせんヤツ大キライ!!!

オレはオマエを知っている!

オマエもオレを知っているはずだ!

なのにナゼ!目があったのにナゼ!

オマエはアイサツしない!!

オレからするのがスジなのか オレからするのが礼儀なのか』

グループ魂「アイサツはハイセツよりタイセツ」冒頭・・・歌詞を書いたのは宮藤官九郎。(3/25日経夕刊より)

居る。居る。こんなの老人クラブにも・・・

沢山から毛嫌いされているが同情できない。

女性に乱暴するかと思えば有力者には揉み手でゴマをする。

始めは年上のダンボからアイサツしたが無視されたので、目には目で歯には歯で返している。無視していても・・・でも・・・でも・・・・気ィ~ワルイ

この詩でスカッとした。クドカンありがとさん。

もう一つ。

3/27読売「人生案内」の投書から

「パソコン覚えぬ上司に不満」と題して、課長が文書作成もメールも伝票印刷も出来ず部下に丸投げする。パソコンを覚える気のない課長に対し怒りを覚える30代の事務職の相談だった。

作家の「高橋秀美氏」の解答が痛快だった。「その課長には期待しない・・・・こんな人が下手に覚えようとしたら周りにかえって迷惑がかかる。・・・「おじさん世代」というより文字を使えない縄文人だと思ってあきらめる・・・・」

老人とパソコンは相性が悪いのは分かる。でもアンタッチャブルではない。

ダンボがパソコンを駆使したら、感心する人がほとんどだが中に

「ワシはあんなもん使わん主義で!」と汚いものを触っているように見下す輩がいる。

パソコンは人工知能化する優れモノ。呑み込まれないように注意して使わせて頂いている。

使えないより使える方がええやろ!と怒鳴り返したいのを代弁してくれた。

あ~~~胸スカッとした。

2010年3月26日 (金)

赤い卵と白い卵

「赤い卵は赤い鶏(茶褐色)が、白い卵は白い鶏が産む」と何か(ダンボの情報源はどうせ新聞か週刊誌)に書いてあった。

へェ~~? ソ~ォなんか!

 「名古屋コーチン」と「白色レグホン」のお産に立ち会って裏をとった訳でない。

一歩踏みこんで「軍鶏と烏骨鶏」に、「おめぇ~ら鼠色の卵産むんけ?」と尋ねてみたいが、それもサボっている。

が、Ry_111妙に説得力があり、『赤玉→赤い鶏・白玉→白い鶏』がダンボの常識として登録された。

先日、三女に得々と新知識を披露したら「そ~やで、そんなん当たり前やん!」と軽くいなされた。

クソッ お前みたいに田舎暮らしと違うし・・・・父ちゃん知らんがな!

2010年3月25日 (木)

ホテルとは?

やはり2日間、緊張があったのか?いささか虚脱している。

ブログネタはあるのにまとまらない。

そこで、「奈良ホテル」の泊りを反芻する。

024 皇族も利用した格式のある古いホテルだ。(今は警備しにくい環境とかで他に移ったらしい?)

しかし、今風にいえば遅れている。

リゾートホテルでないから、娯楽設備(ゲーム室やカラオケ)大浴場など無いのは当然としても、今のホテルにあるインターネット接続環境とか、フィットネス004クラブ・サウナ・プール・エステサロン等も無い、小さな売店とバーとティーラウンジがあるだけ!

そして、施設は古びている。

にもかかわらず客は多く満室に近かった。

昨日のブログで書いたように、ホテル側のミスはあったし和食ディナーはイマイチ011だったのに・・・・・満足感がひたひたと漂うのは何故だ?

解答はホテルに居た時から気がついていた。

総ては、客をもてなすホテル従業員のサービスだ。

何かで、イギリスは「執事型」アメリカは「エキスパート型」のサービス。と読んだことがある。

正に「執事型」サービスを受けた1泊だった。

目立たないが従業員の数がやけに多い。(朝食もバイキング形式ではない・当たり前か?)

そして、どこの誰に声かけても、おもねるでもなく媚びるでもなく、客に快適な時を過ごしてもらおうと誠意ある応対をする。

格式あるホテル従業員のプライドだろうか?

今度の旅の目的から考え、ホテル選びは間違いでなかった。

2010年3月24日 (水)

帰還・・感激!

冒険の旅は無事終わった。

Sドクターの「貴方が生きているうちにしたい事は?」の発問が発展した出来事。

カミサンにとっては大きな飛躍だった。

子ども達とその家族が協力してくれたから実現したイベント。

長女が「こんな集まりは絶えてなかった、強いて言えば25年目ぐらいかな~」と述懐していた。

しかしながら、何回かのトラブルに見舞われる。

ホテルでのチェックイン。宿泊日を変更したのに訂正されておらず24日からとなっていた。

フロントが平謝り。続き部屋2つ準備するまでラウンジで待たされた。お詫びのしるしは好きなドリンク1杯ずつ。

いよいよ、夕食の時刻になったら、3女が腹下し・・・・ホテルで正露丸を用意してもらったが止まらない。

他の兄弟から「ノロウィルスかも?お袋にうつしたら大変や」と冷たされテーブルにつかず部屋で寝ることになる。

カミサンに合わせ和食コースにしたが、皆京都で暮らした者ばかり。超はつかなくても「そこそこの料理屋」で「そこそこ京懐石」を知っているから、高得点はつかずケチがつく(タダ食いの癖に)

002_2

3女には「梅雑炊」を注文しルームサービスを頼んだ。

コースの終盤にメールで「食べた?」と聞いたら「完食」・・安心する。

極めつけはバスルームの出来事。

カミサン一人で入ってキーロックした、嫌な予感が的中。

あまりに時間が長いので息子が声をかけたら、バスタブから出られないと中から声がする。

フロントに連絡し、鍵束持ってホテルマンが駆け付けたのはよかったが、総ての鍵が合わない。

ホテルマンが携帯で「ボイラー室に・・」と、訳分からんこと言いながらアタフタしてると3女が尖った鍵で鍵穴を強く押したらカチッと開いた。

床に膝付け汗かきかき感謝され「24時間御用があったら・・」と言われたらこちらも「御苦労さま」しか言えない。

何時001_2に寝たか記憶にないくらい皆が喋った

朝ご飯は歴史で覆われたダイニングルーム三笠で摂る。

5人が「茶粥定食」。カミサンとダンボはリピーターだ。

これは好評。独り洋食にした2女が浮いてしまった。

息子が先に帰るので、ホテルの前で記念撮影。

ドアボーイならぬドアガールが撮ってくれたが慣れたもので人物と背景のバランスがよい。

Photo

帰り道、カミサンの主治医が「心身健康のお守り」があるからと勧めてくれた「新薬師寺」に立ち寄った。

行って正解だった。http://www.k5.dion.ne.jp/~shinyaku/about.html

半眼でないパッチリおめめ開いた薬師如来のお顔は初めて。何とも優しく親しみがある。

005_2

元気のなかった3女がシャキッとなった!

周りを守っている12神将もニュニークでお堂の中はオール国宝のようだ。

皆、急に信心深くなった。

お互いお守りをプレゼントしたり蝋燭灯して祈っている。

奈良の最後に、「ならうどん」でお昼。

カウンターに並んだ娘達を前にご主人大張り切り。手も口も良く動かして飛び切り旨いうどんを出してくれた。小鉢の「鶏味噌」を注文したら中鉢量?のサービスで気分よく家に帰った。

「疲れた」は連発してもカミサン寝ていない。

ダンボは娘に任せて昼寝・爆睡!

冒険は大成功! 飛べたカミサン。後は羽ばたけ!

2010年3月23日 (火)

冒険してます

冒険してます
遅ればせながら、カミサンの誕生祝いをしている最中。孫も配偶者も外して、親子だけの水入らず5人が『奈良ホテル』で1泊することになった。
2006/12/18のブログ「流石!奈良ホテル」で書いたダンボの誕生祝いは

http://hirosi-dambo.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_31a9.html

旧館だったので感激モノだったが、新館の部屋はシティホテルと大差なく、がっかりというかホットしたというか複雑な気持ち。

でも、カミサンがホテルへ行く気になって、手配もしたのは大進歩。後のことなど考えず、冒険の旅進行中!

2010年3月22日 (月)

平穏無事

穏や013かで「水温む候」と口遊みたくなる。

その気になって、横の川を眺めると段差を落ちる水で抽象絵画的写真が撮れた。

散歩の途中で桃畑で枝打しているオジサンから貰ったと、Yさんがお裾分けしてくれた枝の蕾が弾け始めている。

007

カミサンの体調が安定しているので、2階に籠って老人クラブの文集表紙30枚を一気に仕上げた。

毎回、文集担当のT翁(91歳)が撮影した写真が表紙を飾る。それだけに注文が厳しい、今回40号は「ハス」で赤の発色が難しかった。

022

午後3時

調理ヘルパーさんが「カボチャの煮物」と「千切り大根と揚げの煮物」を仕上げてくれたので、明日はおかずに不自由なし。

ヘルパーさんが来たら、カミサンは普段より張り切るから心身のリハビリになる。

夕食後突然の電話。

「Sさんタケノコ食べはりますか?」・・・・・????? そんな変わり者にダンボが見えるのかな?

「はあ、勿論食べますけど」

「そんなら頂き物で小さいのですけど今から持っていきますわ」

「わ~嬉しいな初物ですわ」

Mさん湯掻いてまだ温かいのを届けてくださった。

先程まで、タケノコで若竹煮を作っていた。

本日も無事平穏。 政界も世界も見習え! 大言壮語しましたm(_ _)m) 

2010年3月21日 (日)

黄色い朝

天気予報では今朝から悪天候になる。

予想に反して少し風が騒ぐだけの穏やかな夜明け。ゆっくり新聞に目を通してから床を離れた。

001 002 見馴れている土手の上の団地を見たら・・・・・

黄色いかすみがかかっている。

「黄砂や」カミサンに声をかけたが、反応がイマイチ。

ダンボは黄砂を見ると西安から北京へ飛ぶ機上からの風景を思い出す。

1997年4月だった。 西安空港を離陸してほどなく黄土高原上空にさしかかる。

茶褐色の海だった。

飛行機で恐怖はないが、ここには不時着したくないとゾッとしたのが黄土高原とシベリアだ。

長く飛び続けても地上は変わらない。

あの広大な土地だから西風に乗って日本に砂が飛んでくるのもうなずける。

計り知れない自然の力。

人間の卑小さを感じて頭も黄色になりそうだ。

2010年3月20日 (土)

春・バクハツ

生活領域の極端に狭いダンボでも、ここ数日の季節変化はビンビン感じる。

今朝も朝刊を取りに外に出たら、隣の敷地の「ユキヤナギ」と「レンギョウガ」爆発していた。

006 008 早速カメラ片手に、現場検証したら出てくる出てくる・・・・春の証拠。

005

                                          002012                                                                          

        

007 014_2 014 我が家の庭の「マユミ」と「アジサイ」の新芽ははち切れんばかり。モクレンの花は仲間が一杯になっている。 

                                                              

018_2_2                                                                      時の流れの速さは年齢に比例して早くなるというが、

皆もそうじゃないのかな?

昨日、81歳となりダンボと肩を並べたカミサンは

時計の針を速く回してでも、生きる長さを稼ぎたいかもしれないが?

何でもいいから、バクハツしようぜ!

2010年3月19日 (金)

儀式

地元の小学校の卒業式に参列した。

もう、これが地域の儀式に招待される最後と思い無理した。

ふり返ると、この22年間に地元で出席した葬式以外の儀式は数え切れない。

ヤレヤレだ。

卒業式は正式に「卒業証書授与式」と称し、学校長が卒業生に教育課程を修了した証明書を渡す。トンデモナく仰々しい儀式なんだ!w(゚o゚)w

だから証書は校長が筆で書く。担任が書けばよいのにと恨みながら習字にエネルギーを使った。

卒業証書の入った塗の盆を、白手袋した手で目の上まで掲げ持ち、静々と教務主任?が校長に捧げ渡す。

ハァ~あの盆の中の卒業証書は2・3枚白紙の余分が入れてあるな!?

(校長が失敗して2枚渡したら最後の子へ渡す証書が無くなるし・・・子どもたちへは順が狂って自分のと違う証書が渡されても黙って受け取ることを教え込む)

Photo つい昔を思い出して、ニヤリとしてしまう。

受け取る子ども達も、厳かさに水差さないよう教え込まれていた。背筋を延ばし・角は直角に曲がりながら歩き、回れ右で後ろを向く。証書は先ず右手で取り左手を添え両手で受け取る・・・

どの子もどの子も真面目のレールに乗っかって脱線一人もなし。儀式は粛々と進行した。

完全冷房の講堂で冷凍ダンボになりかけながら、子ども達は「やる時はやるもんだ」と感心しながら見つめていた。

22年前と変わらない。

ダンボも年に1・2回しかない非日常の儀式はそれなりに大切にしたし慣習を守った。

寝転んでポテチかじりながらテレビ見るのは何時何処でも誰でも日常で出来る。

『「・・・効率性だけ考えれば、古めかしい儀式の数々などやめてもおかしくない。英国はそれらをかたくなに守ることで、現代にも力として生かしているような気がする・・・」日本国際交流センター シニア・フェロー 田中 均

式の途中で先日目にしたコラム「こころの玉手箱」の一節を思い出していた。

2010年3月18日 (木)

ダンボカルタ

『今ぞ知る国は急には変われない』川崎市 池田 功(朝日川柳より)

くその通りと思うが、期待が大きかっただけにハズレた気落ちは軽くない。

何が何でも参院選挙のためならの姿勢も頭にくる。

ダンボは、参院の過半数を民主党が占めるのは嫌だ。勿論、自民多数はもっと嫌だけど・・・・

末期の自民党政権が手古摺った「ねじれ国会」ならぬ「まだら国会」の方が健全に思える。

一党独裁政権なんかになったら、全員が毛沢東語録をかざして叫んでいた「全人代」を思い出しゾッとする。

イライラ・モヤモヤは例によって何かで発散したい。

で・・・

カルタでうっ憤晴らし!

「いろは歌留多」じゃない「五十音歌留多」の「あ行」だけできた。

『あ』 足下から鳥がたつ→足下から鳩がたつ(弟鳩です、立つ方も立たれる方も情けない)

『い』 石の上にも三年→石の上にも四年(官・業の皆さん、衆院議員の任期一杯我慢々々)

『う』 嘘も方便→宇宙人も方便(ゆらいでゆらいで鳩が豆鉄砲くらったように)

『え』 縁の下の力持ち→冤罪でも力持ち(検察の力は絶大!批判されないし・・・)

『お』 鬼に金棒→小沢に金棒(棒でなくてツルかもね?)

あ~~~チョットはスッキリした。

2010年3月17日 (水)

新聞津波

3月9日に書いた『禍』の一つ、本屋に無かった「週刊朝日」が欲しくて、A新聞販売店に行った。

イライラしたくないので定期購読を決め、ポストに入れてもらうことにしたら、案の定新聞もとってくれと言う。

「Y新聞を続けているから・・・」「じゃ~サービスで暫く入れますし見てください」

Y朝刊とN夕刊で生活時間を相当使っている、A新聞のニュースはTwitterでフォロ002 003 ーしてドンドン取り込めるし充分だ。

迷ったが、熱意に負けてとりあえずOKした。

お陰で、我が家のポストは朝夕溢れそうになった。

この津波をサーフィンで遊ばなくてはダンボがすたる。腰を据えてYとAを比べてみた。

3月17日(水)朝刊。

Y紙の方が重く厚い、40面ある。A紙は36面、新聞紙2枚分少ない。

意地悪く広告面積を計算した。

先ず、1面広告がYが12面でAが8面だから、記事の載っているのは両紙とも28面で同じになる。

その中の広告面積を合計すると、Y紙が 17,022㎠ 

A紙が予想に反して広く 18,444㎠

でも、総紙面面積からみるとY紙は約52%、A紙は約48%が広告なのだ。

あ~私達は新聞の半分を占める広告に金を出し、折り込み広告までつけてもらって、処分に苦労する。

息子と三女はどこの新聞をとっていないが、分かる気がしてきた。

読み方を工夫しなかったら津波に呑み込まれそうだ。

そう思いながら、やっぱり昔人間の私達は、眼をショボショボさせ、指に唾付けて新聞紙をめくっている。 

2010年3月16日 (火)

春・序曲

「エィ!」と早いめに床を離れる。

ゴミの日だ。

床暖もエアコンも必要なし!着替えも楽々

004

朝食は・・・・・決まってた。

抽選で当たった生協の「モーニング・クロワッサン」

リンゴにヨーグルト・ハチミツ・レモンをのせ、スクランブルエッグを添えてOK

008 009

庭のお客さんがカーテン越しに見える。

スズメ達何食べてるの?

カメラでそっと狙う、

カーテン揺らしただけで

梅とフェンスへ散ってしまった。  愛想ない奴

012 013

午後晴れた。

「アッ・・・ モクレン咲いた!」

剪定が上手いと花がよく咲く。

018 白玉椿越しに見える離れもバッチリ掃除済み(ヘルパーさんが)。

011 春の知らせ?

神戸のSちゃんから手作りフルーツケーキが届く。

添えたカードに『いかなご炊きの季節ですが、我が家を建て替えてから炊かないことに決めました、ということでフルーツケーキを春のおたよりに・・・』だって。m(_ _)m

ウキウキ・・・・春の序曲が鳴り響く。

2010年3月15日 (月)

贈り物

新米でも教師になったらお中元やお歳暮が届けられて驚いた。

お袋に「死んだ親父は先生に贈り物した?」と聞いたら「中元や歳暮はしなかったけど、卒業した後で高価な美術品を贈った」との返事。

ありゃ~6年担任のH先生はえこ贔屓の激しい(同窓会で皆が認める)肌が合わない先生だったのに・・・感謝するなら4・5年担任のS先生にしてほしかった~~と悲しんた。

わが身となれば、只取りは気がひける。ささやかにお返ししたり、宅配を受け取らなかったり、手紙で懇ろにお礼や断りをしたためたり・・いろんな手を使って贈り物対策をしてきたが根絶はできなかった。完全に入超で終えている。

年をとってから正攻法ではダメと悟った。考えた末、シーズン前に子ども達に「帰ったらお父さんお母さんに『先生は100万円以下の贈り物は受け取らない』言うてはったと伝えなさい!」厳命したら効果覿面だった。

新卒の後輩に「保護者から贈答品が届いて困ります、どうしましょ?」と相談され「突き返したら角が立つし、ノートでもボールペンでもお返ししとき。でもな、プレゼントしたくなる先生になるのは大事なことやで」とアドバイスもした。

何故!贈り物を話題にしたか?

カミサンの発病以来、なんの力もないリタイアした老人2人に、その身を案じて贈られる見舞いの数々、純粋な好意への感謝を表したいからだ。

部屋の花園は枯れることがなかった。002 005 006 017 007 019 023 026

001本が、食べ物が、手作り鍋帽子が、リハビリ柿が・・・・・ 004e.t.c. e.t.c.

009003_2 写真に無いe.t.c.・・・・・・

誇示とか督促に誤解されるのが嫌で、お見舞い記事を控えていたが、あまりにもtakeが続き耐え切れない。

心配してくれている皆さんにもお礼を!

皆々様ありがとうございます。ホントに我々は幸せです。

 

2010年3月14日 (日)

狭い?世間は

マイブログ(孤独・孤立」’09/6/14

http://hirosi-dambo.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-1ef4.html

に、トラックバックされたHANMEさん。まだ、つきあって1年にも満たないが何十年もの知己に思える。(勝手に決めてごめんなさい)

というのも、HANMEさんの「日々是戯れ言」に毎日訪問しコメントする『お気に入り』登録ブログ。

HANMEさんからも、ここぞという時はすかさずコメントが入る。

先日HANMEさんの記事に、尊敬する故N先輩の言葉を引用しコメントした。

すると、N先輩と同じ「行動美術協会」の会員T.木村先生にHANMEさんが指導を受けたことや、お父様も絵の道を進まれたこと・・・・などがブログにUPされた。

ダンボも一時は絵を志し、親父に日本画家の知り合いが多かったこと・・・等もいれ大雑把にくくったら、キーを「絵画」にして同じ穴の(ムジナじゃなく)仲間になったような気になる。

同じ行動美術のI氏つながりで「わんこ」さんも割り込んできた。

無論、ダンボには別カテゴリーの仲間が何人もある。(と勝手に認識?)

三女との会話

「父ちゃん、ブロ友の男性何人や?」「今のとこ3人やけど」「後み~んな女性や003 004 ろ!」「うんまぁ・・」「私と一緒やな、私は圧倒的に男やわ」

HANMEさんの記事を読んで懐かしくなり、本棚から25回行動美術作品集を出してページをくった。記念に貰った皿の埃も拭った。

ありがたい。孤独孤立と縁のないダンボの世間は狭いようだ。

2010年3月13日 (土)

修二会(しゅにえ)

近くに住んでいながら、東大寺二月堂の修二会(お水取り・お松明)を観たことがなかった。

昨夜、老人会のイベント1日旅行で、会員さん30人と行ってきた。

最後だからカミサンを義妹に託して参加した。

91歳のT翁は光学カメラを提げ撮る気満々。でも、杖をつく人、腰の悪い人も数多い。

001 世話してくれた地元の旅行社は、大手と違うきめ細かいサービスをしてくれた。

我々は観光客でなく修二会講者の一員に化けた。

040 038 だから、東大寺大仏殿拝観は無料、大仏さんの蓮台に触れる二階に上げてもらいお顔を仰ぎみられた。

015 042 お水取りも竹矢来の内側に入れてもらい、火の粉が降りそそぐ近くで11本のお松明を目にすることが056 075 092 できた。

TVの全国ネットで放映され、朝刊には写真入りで載る「春の訪れ・お水取り」は見馴れた風景だが、現場の迫力を映像で描くのは不可能と思い知った。

坂や階段を昇ったり下ったり、1万歩近くになるハードなコース。お松明が点火されるまでの2時間半を立って待つ忍耐。高齢者集団が落後者なしに終われたのは信者に変身したお陰だろうか?

とに角貴重な経験だった。 が、 モー2度とは行かないよ~

2010年3月12日 (金)

ベンジャミン・バトン

DVDを無料で借りられると知って、向った棚は「ヒューマンドラマ」だった。

「コメディ」「歴史」「SF」「警察」「戦争」「恋愛」・・・様々な分野があっても、最近は人間が愛おしくなる作品が見たい!心の弱さがそうさせるのか?

そこで、選んで借りた「ベンジャミン・バトン」を視た。

Images2 副題が「数奇な人生」。

正にその通り、未だにモヤモヤしたものが残っている。

ケースにあった解説に『反対に進む時、若返る人生』とか書いてあって、ダンボが青年期に読んでショックを受けた「ドリアン・グレーの肖像」を連想した。

でも、内容は「ドリアン・グレー」のような怪奇的で背徳に彩られたものではない。

年老いた嬰児で生まれ時を逆行するベンジャミンと、少女時代から彼に興味をもったディジーとが、やがて愛しはじめ、愛し合い生涯をかけたラブストーリーといえる。

「いえる。」と書いたのは二人の歳が交差する年代は華であっても、平行することなく遠ざかる不条理に最後はどうなの?と引きずりまわされた映画だった。

「若返るとは愛する者との別れを重ねること」「永遠はあるのか?永遠はあ200pxbrad_pitt_81st_academy_awards1 る!」こんな台詞もあって悩まされた。

作品でオスカーはとれなかったが、美術・視覚効果・メイクアップで受賞した作品だけに(ウィキペディアから)メーキャップで老人になったブラッド・ピットの顔を別の人物の身体に合成して演技させている等、見る値打ちある作品に違いない。

(蛇足)ひろ子はんから、ダンボがブラピに似てるかも?(爆)とコメント入ってビックラこいたけど、年と共に幼児化する部分あり、ええとこついてるかも。

2010年3月11日 (木)

なんでやろ?

「あんたは、好きになったらそれの何でもかんでもが好きになる人や」

カミサンから度々言われる。

要するに「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の逆「坊主好きになりゃ袈裟まで大好き」タイプらしい。

販売店のサービスが良いので何十年も購読していたY新聞だが、政権交代前後からあまりの片寄りに嫌気がさした。

契約解除したいのをカミサンの反対(土曜小説の続きが気になる)で我慢し、夕刊だけN経を入れてもらって1ヶ月になる。

不思議な新聞だ。活字は小さい色刷りが少ない。興味のない株式や為替情報が多すぎる・・・・でも・・・・ポストに入る夕方を待っている。

「変な新聞やな、元気にならへん?」このダンボの問にカミサン反対しない。

例えば昨日の夕刊。

不景気・赤字・虐待・テロ・災害・氷河期・・・ネガティブな記事よりも明るさを予感できるのが目に飛び込んでくる。

何時もそうなのだ。なんでやろ?

017 018 019 020 022

他社の夕刊もそうかも知れないが?エッセー・コラムも似た傾向で編集者の意志が感じられてならない。

あ~これだけ書いたらN経から感謝状くるかもね(笑)

2010年3月10日 (水)

兄弟

先日、顔を見せたRYOとYUの変化に驚いた。万華鏡の傾きを変えたようだ。

もっとも、カミサンの病が見つかり彼等の学校生活が忙しくなり、めっきり会う機会が減ったから目立つのだろう。

RYOが家に入ってきた途端

「RYO大きくなったな~」と反射的に口から出た。

「じいちゃん、ほんとー大きなった?」抱きついてRYOが嬉しそうな声をあげる。

YUに身長も体重も追い越されそうだから(越されてるかも?)ホッとしたのかも?

兄弟でも違っていて当然だが、RYOとYUの違いは際立っている。

小さい時の写真でも・・・143

風貌でいうと、RYOは「ジャニーズ系」YUは「吉本興業系」

体格でいうと、RYOは「騎手」YUは「格闘技」

性格はRYOの「夢見て計算する芸術家風」と「カマっ気あるアバウト営業型」

興味の向け所もハッキリしてきた。

先の日曜日、「花札」で遊び飽きたのでリレー童話をしてみた。

RYOは慎重で話が進まない、YUは口達者だがオチが下ネタばかり。

まだお話作りは無理と判断し、「怖い話したろ」と話しはじめたらYUが「もうええわ」と部屋から出て行った。

RYOはダンボが適当にアレンジした「雨月物語・菊花の契り」を傾聴する。

最近わき目もふらず絵に没頭するRYOの姿が見られなかったら、同じ態度で耳傾けるRYOを見付けて驚いた!

嬉しくなって

「ジッちゃんがな、5年生ぐらいの時、講談社の少年少女世界文学全集で『ああ、無情』というの読んで一生忘れられん本になった。大人になってから詳しい大人用のを読みなおしてまたビックリした。本は読んどかんとアカンで」

と、教えを垂れていた。その頃、隣の部屋でYUはパソコンでゲームしちょる。

何もかも違うようだが、変わらないのは

二人が寄ると触るとケンカ・けんか・喧嘩!

うるさい!

2010年3月 9日 (火)

禍福同時

午後1時半からヘルパーさんが来てくれる。

それまで待ち切れず、TSUTAYAへ車を走らせた。

6日のひろ子はんのブログにあった「こころの薬」と「週刊朝日」を手に入れるためだ。「週朝」は定期購読すればよいが外出のチャンスを潰したくないので店買いを続けている。

新聞を朝刊はY新聞、夕刊をN経新聞。週刊誌は「週刊朝日」と情報の偏りを防いでいるが果たしてどんなもんだろう?

勇んで何時もの棚に・・・・・・ナイ?ない!無い? 先週号が2冊だけ古ぼけた姿を晒している・・・カウンターに飛んでいって調べてもらい棚の処で確かめてもらった。

有名大学合格者を載せるために発売が遅れてるのでは?と店員の推理だった。そんなことで納得するの無理々々。

わざわざ来たのにチックショウゥゥゥゥ・・・

気を取り直して「こころの薬」を探してもらう。これは1冊残っていた。

これが無かったら踏んだり蹴ったりの雨の日になる。

レジで¥420を支払ったら、「キャンペーン中です」とCD or DVD2枚貸出無料券を呉れた。

ラッキー!!!無駄足にならず欲しい本がゲットできて、DVDも只だ。

042 「ベンジャミン・バトン」「この自由な世界で」2枚を選んで選んでカウンターへ持っていき、

「1泊2日?」と遠慮したら。

「イエ 1週間どうぞ。延滞したら普通料金を頂きますが・・」

ワザワイとシアワセを1時間内で味わった今日だった。

2010年3月 8日 (月)

調理の助っ人

カミサンの介護度が「支援1」から「支援2」になった。

お陰で家事援護サービスを週2回に増やせる。

清掃の他に調理のヘルプもお願いした。

調理の初回は、事業所の責任者Yさんが、下見を兼ねて先週やってきた。

手早く1時間に3品作ってくれたので、へ~~~と感心する。時間短縮のノウハウも盗めた。

本日は、その2回目。

我が家を担当するKさんを連れてYさんも来宅。

二人なので「切干大根」「レンコン」「タケノコ」を使った煮物をお願いした。

ダンボとカミサンもチョッピリお手伝いする賑やかなキッチンになった。

Yさん、手と同じくらい口が動く。

二人で調理しながら『家を』『システムキッチンを』『夫婦関係を』『カミサンが綺麗004 と』『ダンボが凄いと』褒めちぎりながら写真の三品を作って帰った。

ダンボ家と違った味付け、お世辞の調味料も入っていて新鮮だ。

美味しい夕飯だった。

ありがたや・・・ありがたや。

2010年3月 7日 (日)

怒涛の二日間

怒涛の2日間だった。

「がん患者サロン」から帰ったら1時間とたたないうちにRYO・YU一家が到着。

晩御飯は、療養食などかまっておられず買って帰った「お造り盛り合わせ」2皿と大鉢一杯の大根とニンジンの煮物。その他、冷蔵庫の冷凍保存の食材と片っ端から調理する。

気持ちよいくらい見事に平らげる。

夜は制止もきかずケーブルテレビのアニメ漬け。

ガキども何時寝たのやらも分からない朝を迎えた。

寝させといたら午後になる。親子叩き起こして朝食だが、寝ぼけ顔してYUの食べること食べること・・・

Photo Photo_2 Photo_3 Photo_4 Photo_5 昼も冷蔵庫の在庫整理をしてくれた。

一息つく間もなく、お見舞いにカミサンの教え子8人が到着する。

RYOとYUは父親が連れ出して厄介払いしたから静かになった。

お茶とお菓子、コーヒーケーキを予め用意してあったから、3女と共に離れ運んだら居間で待機する。

来客が引き上げRYOとYUが帰ってきた、父親は何処かで財布を落としたとアタフタとまた出かけ、二人の相手で時を過ごす。

夕食は三女が2種類のパスタを作ってくれた。

人が作ったのは美味いこと!

皆が帰った静かな家の中で、カミサンと二人横たわってテレビを視る。

カミサンに耐久力が驚くほどついたものだと感心し、反比例して欠乏するわがスタミナが愛おしくなる。

怒涛の二日間の幕が降りた。

2010年3月 6日 (土)

がん患者サロン

がん患者支援法というのがあるらしいが、都道府県で取り組みに可なりの差があるようだ。

京都府では拠点病院が北に偏っていて、バランスを取るのにカミサンの通っている第二O病院がなった。

具体的な病院の動きは、2月8日と9日のブログ「宿題」と「医療費」で取り上げた。

今日は患者も参加する『がん患者サロン』の開設予告の集まりが病院のロビーであった。

午後2時から4時過ぎまで、患者にとってはハードだったがカミサン最後の懇談をパスしただけで頑張った。

Photo プログラムは

1)NPO法人代表の「京都のがんサロン」の現状紹介。

2)病院がん対支援室長S医師の「サロン設立の決意」・・相変わらず熱のこもったお話。

3)がん患者Mさんが「私のがん体験記」と「ミニミニコンサート」

MさんはNPOのメンバーで方々で活動をされているらしく、電子ピアノも独奏されて患者を和ませる。

Photo_2 演奏は、がん患者という箔をつけないで見事だった。特に、ポエジーと・黄昏のワルツは思い入れがあるらしく心に沁みて聴き惚れた。

サロンの本番は4月2日から、ペアで参加しよう。その時は最後まで!

今日は日が悪い。

夕方にRYOとYUが久しぶりでやってくるし、明日はカミサンの教え子が9人見舞いに来るので早く帰った。

2010年3月 5日 (金)

ネットで買う筈

’09/7/06娘達がチチの日にとプレゼントしてくれた『複合機』のインクが切れはじめた。http://hirosi-dambo.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-ab3b.html

シェアの低いメーカーだから、残念なことに近辺の大型家電販売店でも売っていない。

仕方なくパソコンの出番、HP社のダイレクトショップから購入したが、これが面倒極まる。

「価格コム」で検索にかけても目当ての品が出てこない。

すらすらと複合機に適合するインクが見つかったのが「アマゾン」だった。

さすが外資系だ・・・そして、値段も安い。

そこで思い出したのがPcboys君の「アマゾンキャンペーンの威力!!」http://pcboys.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-5982.html

半額だった複合機も「アマゾン」から買ったが、その時は代引きにした。

小物をいちいち代引きでは面倒なのでカードで買う手続きをし、昨夜キャンペーンの「配送無料&急行便」で「マゼンダ」と「イエロー」2個のインクを注文した。

折り返し「アマゾン」から、『商品は明日お手元に・・』のメールが入る。

嘘っそ~????!!!半信半疑どころか一信九疑だった。

それが、待つこと23時間。

016 来ましたがな・・・・・「アマゾン」はマイカードの有効を調査したのだろうか?(支払い能力はバリバリあるけど・・・)

一掴みの勝組みを除き、小売業の売り上げが落ち続けている中で、ネット販売が上向きなのは当然に思えてくる。

こりゃ~便利だ、かごの鳥のダンボは尚更!

※本当は今日書く記事は決まっていたが、この驚愕のアマゾンサービスが狂わせた。

2010年3月 4日 (木)

W受診

今日はカミサンの抗がん剤治療。

アッシーで泊まり込んでいた長女が出発直前に、娘のマリからメールが入ったと心配な顔をする。

何でも・・昨日から「背中から胸にかけて痛みがある・・」らしい。

彼女髄膜炎に罹り、まわりを恐怖に陥れた前歴があり、大袈裟に訴える子でないので放っておけない。

http://hirosi-dambo.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_51e2.html

カミサンが点滴を受ける第二O病院まで近鉄で来て一緒に診てもらうことにした。

此れまで、ここで(病院)ダンボは忙しい思いをしたことがない。長女が仕切ってくれるから週刊誌が読めた。

でも、今日は参った。ズ~ッとカミサンの付き添い、到着したマリは初診だから受付と院内の案内。車を駐車してきた長女にマリをタッチし、ダンボは元の鞘に収まってカミサンのベッド脇に・・・・

総て終わったら12時を大分回っていた。

007 009 家には炊き立てご飯と昨日のちらし寿司の残りがある。

直帰し、寿司と写真の「エコハット?」「エコドーム?」(この品の入手については別のブログで)でジックリ煮込んだシーフードカレーを4人で食べた。

やれやれの一日。 午後タップリ昼寝した。

2010年3月 3日 (水)

リハビリ外出

カミサンの診察日。

がん告知でウツ状態になり通い始めた診療所。

長く通い、もう寝る前に1.5錠の薬を飲む程度の軽症になっている。

診察も4週おきだから負担にならない。むしろ、これを利用してテリトリー拡大に役立ることにした。

ダンボもベッタリくっ付いてるのはゴメンだ。待合室に一人残し急ぎ足で10分のアルプラへ週刊朝日を買いに行く。

戻る道で携帯がなった 「(診察が)もう直ぐです!」

カミサンの携帯は双方向でなく用のある時にだけに使う一方向携帯だ。

診察が終わって薬局へ行ってもカミサンに取りに行かせた。

「奈良漬」が欲しいと云うので駅前の駐車場で待機。歩いて2分の店でカミサン「これしかなかった」とこぼしながら買ってきた。

次は、自宅を通り越して「K信用金庫」へ。お金の出し入れはダンボ関知せず。

K 支店長がぽこさんの友達なので預金高にかかわらずVIP扱い・・これ大袈裟!

用事がすんでお茶を所望し、待っているところを携帯で隠し撮り。

これで、家に帰れるかと思ったら、生協へ寄り道した。

カートを押してカミサンうっぷんを晴らす如く買う買う。

訳は「さくら玉子が安い」と、「ちらし寿司が食べたい」。

003 011 レシピを渡されて作ってみたが、チラシしならぬダンボのダンゴ寿司になった。

幸い、長女が来てカミサンと二人で見栄え良く修正。

味は見かけ以上に美味かった。何しろ寿司飯に、針生姜・白ゴマ・蒲鉾・ズワイガニ・焼きアナゴ・錦糸卵・海苔・キヌサヤ・・??と贅沢に使ってあるから・・・

不味かったら神様に申し訳ない。

カミサンのリハビリ外出日、先ずはメデタイ。 明日しらんで~

2010年3月 2日 (火)

ケネディをだしに・・

老人会「春の文集」に投稿する原稿ができた。

役員引継ぎで散々苦労したから、人の苦労は何年でも辛抱すると構えた会員に、ここは一発、腹にあるものを知ってほしい。

でも、人材不足や高齢化という無理は承知しているので正面切って書けない。イタチの最後っ屁になっても困る。

会員が、ヤ~ダ退会すると言い出したら一大事。

で、何回推敲したことやら。

「隔靴掻痒」文となるのはやむを得ない。ケネディにまで登場してもらった。

一部をUP。お暇な方はご笑覧あれ。

『・・・前略・・締め括りのような年輪会会長の二年間でした。

ここで又、新しい勉強ができました。人情の篤さに感動しました。素晴らしいスタッフに助けられ、行事のたびに皆様の笑顔と感謝の言葉に支えられました。本当に有難うございました。

年輪会の輪は和に通じます。「楽しく仲良く和やかな集まり」を目指し、新年度も役員の皆さんが仕事を続けます。

暗殺されたJFケネディの、大統領就任演説の一節に、次の有名な言葉があります。

私の仲間であるアメリカ人の皆さん。尋ねないで下さい。国があなたのために何をしてくれるかを! 尋ねて下さい、あなたが国のために何ができるかを。」

気懸りなのは、役員の皆さん一人一人がマラソンランナーではなく、駅伝走者として任期という区間を精一杯走っていることです。

年輪会の伝統を引き継ぐタスキが、今後もスムーズに受け手に渡っていくことを祈りながら筆をおきます。』

 

2010年3月 1日 (月)

感動をありがとう

2010年バンクーバー冬季オリンピックは終わった。

沢山々々感激させてもらった。

メダルや国と関係のない感動も多かった。

047 閉会式は度肝を抜かれた。

火が消えて聖火台が1本出ていない状態から式が始まる。????

故障し開会式に出なかった聖火台を修理し点火し直して式を始める。!!!

このユーモアは、残念ながらJAPANは思いつかないだろう。

国の恥を晒したと責任者が首にされかねない。

046_2 次回開催都市ソチのプレゼンテーションが垢ぬけし豪華なのに目を見張った。

かつての社会主義国。今の共産主義国の変貌に驚いたオリンピックでもある。

中国のスケート・ペアのエキジビションは、どの国の選手よりも魅惑的だった。演技が終わり二人がキッスする姿など冗談でも考えられなかった。

トリノでは、顔を見るまでもなく、ダサいユニホームや衣装で中国と分かったのに・・・・

オリンピックがグローバリゼーションに有効なのが証明されたようだ。

オリンピックが続く限り、中国も体制維持は難しい。

平和万歳、オリンピック万歳。

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