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2009年2月 9日 (月)

肩書の中味

 世の中吹けば飛ぶような肩書から、醜い闘争をしてでも勝ち取りたい肩書がある。で、その肩書を手に入れた人物がどうなるか?

 肩書が人を磨く場合もある。期待しないで仕方なく皆が与えたポジションで見事な指導者に変身した人を見たことがある。

 Photoでも、その逆が多いように思う。

 肩書をつけた当初は緊張していても、慣れて油断する、慢心する、肩書による特別待遇に自分を失う・・・・・

 まあ、それが吹けば飛ぶようなのであれば笑って済ませるが、内閣総理大臣という肩書だったら笑えない。

 認知症の異常な物忘れと健常者の物忘れが基本的に違うのは、健常者は体験は忘れていないがその体験の中の出来事を忘れる。認知症は体験が抜け落ちる。「今朝の朝食は何を食べた?」と、思い出そうとするのは健常で、朝御飯を食べたのを忘れるのが認知症の物忘れ、と聞かされた。

 国会でAさんは「私は小泉内閣の時、郵政民営化には反対でそのために担当大臣を外された」と、堂々と述べた。

 同じ人が、総裁選では「私が担当大臣で郵政民営化をした。私がした。」と見得を切っている。

 最近のテレビ局は怖い、こんな映像を残していて、たちどころに取り出してくる。

 これは、単なる物忘れではない。認知症を心配しなければならない。

 この人の肩書は本当に相応しいのだろうか?

 外電が伝え、世界の笑いものになっても国民は手をこまねいていなければならないのだ。

 でも心配はしていない。日本の政治は粛々と遅滞なく進むだろう。永田町が消えても霞ヶ関が残っている限り・・・・・ 。

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