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2008年12月

2008年12月31日 (水)

大晦日

 本日はマイブログに訪問していただいた方に思いを馳せながら敬体で書かせていただきます。

 ひょんなことから始めた「ダンボ独り言」ですが、今回の投稿で799件目になります。日数にして791日目です。

 全アクセス件数は今夜0時に36,800件になるのは確実で、1日平均46.45になります。

 1日たりとも欠かさなかったのは、5年日記を贈ってくれた卒業生への報告もありますが、見ず知らずの方からのコメントや直接「見てるよ」との声かけに励まされたお陰です。

 本当に有難うございました。お陰様で自分にこんな根気があったと自賛でき、感覚のアンテナを高く張って日常生活からネタ探しをする習慣がつきました。

 何よりも、老いてますます広がる人との絆を実感できるのが楽しいです。

 力の続く限りブログを続けるつもりですから、よろしくお願い申し上げます。

 さて、まだ今日という日は終わっていませんが、除夜の鐘と共にブログ投稿のゆとりがなくなりますので、日記風にまとめます。

 朝、カミサンの頭上がりません。メヌエル病らしく朝食も入らない、娘が居てくれて大助かりでした。

 午前中は寝床で安静にしていましたが、症状一向に収まらないので、町の救急病院に娘が連れて行ってくれました。

 その間、予定の筑前煮とゴマメを完成。両方ともアマチュアらしい出来栄えでしたが味をとやかくいうゆとりはありません。

 腹を空かせたRYOとYUに特製おにぎりをサービスして満足させ、シイタケの煮しめにかかったところにカミサンと娘が帰宅しました。

092  年末大掃除、葬式、海遊館と凝縮した日程で過労のせいだろうとの見立て、点滴をしてまずは元気を取り戻しました。気が緩んだのか、こちらが限界にきてブログ投稿がてら休息しております。

110  では、皆様、よいお年をお迎えください。

 写真は、RYOが海遊館で撮った写真です。ジジの血をひいていると勝手に考える私です。

2008年12月30日 (火)

残るは1日

 アメリカでは新大統領の就任式が新年早々にあるらしい。体制がチェンジするのだ。 

 我が家も迎春準備を繰り返しチェンジしたいと口にしてきた。何もかも放って正月を旅先で迎えようとも考えた。

 しかし、暮が迫ると何時ものレールに乗ってしまう。

 気力体力が充実していた頃のようなことはできないが。最低限度のお節料理は作るし、念入りな掃除をしてしまう。

 朝から、塩抜きした数の子の薄皮を剥く、RYOに手伝わせたら、摘み食いするので首にした。

 漬け汁は2種類作って漬け込んだが快心の出来ではない。カミサンは黒豆を煮て、蕪を甘酢漬けにしている。

 布団を干して寝室の掃除。途中でダウン。昨日までの疲れがピークに達した。

 一休みして、仕上げたところへ、娘とYUとハムスター大勢がやってきた。娘婿は忙しくて年内にこられるかどうかの瀬戸際らしい。

 RYOとYUの家族はこちらで年を越すのが慣例になっている。

 喧嘩ばかりしているRYOとYUが、1日離れただけでやけに仲良くなりゲームに興じている。

 娘は「ひどいで!ブログに10時まで寝ていて何もしないみたいに書いて!ちゃんとガラス拭きしたのに!」と抗議する。確かに、28日にキッチンの出窓のガラスをピカピカにして行った。

 人も増えたが物資も増えた。長女に頼んでいたコーヒーが大量に届く。グアテマラと004エルサルバドルを注文したのに、パカマラとホンジュラスとまだ味わっていない銘柄も届いて楽しみが増えた。

 娘001の婚家から餅が届く。お供えと雑煮用の丸餅以外に豆餅が入っていた。柔らかいうちに切っておく。見ただけで旨そうだ。

 いよいよ、2008年も後1日になった。経験に沿って時は流れる。

2008年12月29日 (月)

海遊館へ

海遊館へ
ママのおっぱいがなかったら眠れないYUは昨夜滋賀に帰って家にRYO一人残った。
さて、近鉄の優待乗車券の期限切れが迫っている。思案の末に決まった行き先は、RYOの一声で海遊館になった。
近鉄、JR、地下鉄と乗り継いで到着したら超満員!カミサンの足が動かなくなった。案内所で車椅子を借り特別コースで館内をめぐった。RYOは喜んで写真を170枚も撮る。しかし、ジジババの動きが鈍いので遠慮している。
今帰路の電車の中から、投稿している。かたわらで、RYOは眠りこけている。あ〜疲れた。

2008年12月28日 (日)

3倍と1.2倍

 10時になったのに、RYOもYUと一緒にその母も離れで熟睡している。

 昨日は1日葬儀場にいて往復の運転もしてくれたので無理もないが、親元に帰ったら娘は独身指向に転向する。

 親子3人。3日目の滞在で、我が家の備蓄食料は少し減った。

 食欲に関してはYUは大人顔負け。外食でお子様ランチを注文したら猛烈に抗議する6歳児だし、RYOもムラはあるがツボにはまったらYUを凌ぐ量を食べる。特に、酒の肴になりそうな大人の味に目がない。

 炊飯器は限度一杯5合炊くし、6枚切りの食パンがいつもは3日もつのに1朝で袋だけになる。

 食糧消費は普段の3倍になるが嬉しい。

 「オ・イ・シ・イ」の褒め言葉を惜しまないし、行儀は悪いが残さず食べてくれるし、悲鳴をあげている二つの冷蔵庫に空きができる。

 RYOとYUは食べるだけではない、大人が忙しくて遊び相手をしてもらえないせ003いもあるが手伝いをした。

 RYOはバアちゃんと庭掃除、YUは廊下の雑巾がけ、その後2人でキッチンの椅子を掃除した。

 あっという間にゲームタイムにはなったが、大人だけでするより1.2倍だけは捗った気がする。

2008年12月27日 (土)

 苦しい葬式だった。

 最近列席した葬儀は、他人だから云えるのだが諦めがつく年齢の人の弔いだった。

 身内でも、姉のように90歳を超え安らかで最高に美しい顔で亡くなったら、悲しさよりも、世話になった過去が次々と思い出され「ありがとう」と呟いて送れた。

 今日は、参列者の90%以上が涙を流した。

 RYOやYUまでもらい泣きした。

 それぞれの涙は、それぞれの意味があり、質も重さも違うだろうが、共通しているのは惻隠の情だろう。

 一番近くで涙を見せなかったのが、小学校5年生の一人娘だった。

 涙は、感情の安全弁でもある。究極の悲嘆は泣けない。

 私にはその体験がある。

 無感動・無表情の彼女を心配しながら帰宅した。

 慰めにはならないだろうが、手紙を書いて心をほぐせたらと思う。

 

2008年12月26日 (金)

楽抜き

 今日は喜怒哀楽の楽が抜けた。

 先ず、喜。

 葬式がらみだが、RYOとYUがやって来た。「来たで~」と勢いよく飛び込んできたRYOとハグする。

 YUは「惜しいことした。ケーキ忘れてきた」と家でジジババに持ってくる筈の菓子を忘れたのを報告したら、早速テーブルについて煮てあった千切り大根に食らいつく。 

 「皆につくったんやぞー」と言うまで旨い旨いを連発して手を休めない。

 次は、怒。

 カミサンが預金を出すので、K銀行の駐車場に入れた。気功体操の後だったので二人ともラフな服装だった。

 カミサンはATMへ、私は筋向いのポストへ年賀状を入れに行く。

 駐車場の出口でガードマンに声をかけられた。「長いこと置くんか・・」

 ガチンときた。「俺はこの銀行に口座もあるし、取引もしている。客に向って感じ悪いぞ!名前なんというんや!」

 虫の居所が悪かった。普段なら「さ~5時間ぐらいかな~」とからかって楽しむのに、甥の嫁の通夜に行く前が不機嫌にしていた。

 職を失う怖さに平身低頭するガードマンに、冷たい一瞥を投げかけて帰った。

 最後に哀。

 甥の社会的地位や財力にしては不相応な斎場だった。祭壇も両脇も花で一杯だった。

 僧侶は、京都大徳寺の名刹の住職が2人の弟子を連れて来た。

 娘の同級生が母親と共に大勢お参りしてくれた。

 2年前に亡くなった私の義姉、甥の母親よりも遥かに行き届いた葬儀だった。でも、それで当然だろう。

 不治の病の闘いで疲れ果てた末とはいえ、順を違えた非業の死だ。

 どれだけ丁寧にしてもしきれない。

 読経の間ずっと、「私がこんな目にあいませんように」と、利己的に念じていた。

2008年12月25日 (木)

負けない

001  年末の薄っぺらい新聞のどのページも暗い。身内に不幸があってなお暗い。でも、生きているし生きる以上負けたくない。

 その新聞記事に灯りがあった。

 23日、吉田編集委員の筆による「緩話急題」だ。経世済民「世を治め、人を救う」原点へ。要約すると次のようになる。

 『この時代に元気の出るリーダーがいる。

 社員400人の伊那食品、寒天分野で国内シェア8割、創業50年間で48年増収増益の秘密だ。

 ・会社のいたる所に100年カレンダーが張ってあり、どう働くか、なぜ働くかを考えさせる。

 ・「会社は社員のためにある」がモットーで、リストラはない。

 ・無理な成長は追わないが社風。ブームで注文が殺到しても、「社員に残業させてまで大きくしたくない」と答えた。

 ・「社員こそ宝」で成長した。

 この会社には、塀もフェンスもなく、敷地は通学路であり、子供が弁当を広げる場所でもある。   (後略)』

 逮捕されて「金儲けしたら悪いのですか!」と開き直ったMファンドの守銭奴を思い出した。こんな輩に毒された結果が今の大不況だろう。

 このコラムは企業家だけでなく、政治家が味読して欲しい。

 もうひとつは、血液1滴で検査OKの記事。ロームが従来の100分の1以下の量でで検査が出来るシステムを開発したようだ。

 常々、検査の度に、「まだ採るの」と嫌なおもいをしているので、明るいニュースだった。

001_2  年賀状のコメントに、こんな事も書いた。

 「1年たつのが早いです。でも、余命が同じスピードで減っているとは思いません。」

 闘わないが負けないで生きる。

 

2008年12月24日 (水)

今日は休む

 兄嫁が亡くなっても、姉が亡くなってもブログを休まなかったが、今日は休む。

 死は順序よく訪れるのが自然だ

 それなのに、甥のお嫁さんが亡くなった。不自然・不合理にしか思えない。

 まだ若いのに、家族を残して命が絶えるのはどれ程無念か!

 彼女の心情を考えたら、今日は記事が書けない。 

 

2008年12月23日 (火)

年末宝さがし

003 中断していた2階の仕事場の掃除整頓にかかる。

   片付ける人間が同じなので段取りも同じ、散らかりようはどんどんエスカレートする。

 やぶ蛇とは、災難の出現だが、ここでは、散らかった藪の中から宝物が出てきた。011

 先ず、又従兄弟のH介さんがおふくろの写真を見て描いた絵。素人なのに面相筆で本物そっくりに描写している。昭和11年とサインがあるから、私が小学校3年だ。実家で逗留していたH介さんを薄っすら思い出した。

 次の掘り出し物は、大宅壮一著「世界の裏街道を行く・南北アメリカ篇」先日から月刊現代のノンフィクションを読んでいて、この本の行方が気になっていた。

 もう一冊は「世界がもし100人の村だったら」

 目にした時、世界の現状に動揺したものだ。無かったので人に貸したとばかり思っていた。

 山の様な書類の半分は捨てたが、役立ちそうなものは「資料倉庫」とラベルを貼ったファイルに詰め込んだ。

 時は容赦なく過ぎていく、焦りの出たところでタイミングよく新聞の切り抜きが・・・・ 大好きな米原万里のエッセー「真昼の星空」第130話☆時間の数え方だった。

 013『前略-「無常」は仏教の教えの中でも日本人がもっとも惹かれてきた世界観であろう。時の流れに晒されると、「全ては変わり」「常ならず」なのだ。まもなく新年がやって来るとともに、世紀が改まる。千年紀は、すでに今年初めに改まっている。といっても、猫五匹、犬二匹、金魚二匹と同居していると、「それがどうし た?」という気分になってくる。人間は勝手に自分たちで採用した時間の刻み方に従って、むやみに騒いで興奮しているだけではないかしら、と。』

 気分が楽になると手が早く動き始めた。

 RYOやYUは入っても心配の無い部屋にやっとなった。6時過ぎだった。

2008年12月22日 (月)

電話という道具は!

 昨日、娘の誕生日を忘れていて慌てて電話したが、若し電話がなかったらどうしただろう?

 007 次の日に届く電報が最速の通信手段だった。

 私が小学生の頃、電話のある家庭は数10軒に1軒、勿論我が家にもなく電話を掛ける体験がしたくて徒歩5分の八百屋さんへ行っことがある。

 都会でも公衆電話が見付からなかった時代だ。

 その電話が各戸はおろか一人に1台が夢でなくなっている。

 便利だ、特に携帯電話は一旦持つと私の年でも依存症候群に罹ってしまう。

 電話・メール・メモ帳・スケジュール管理・住所録・ストップウォッチ・TV・ニュース・ボイスレコーダー・カメラetc.を持ち歩ける。まるで小人の秘書だ。

 インターネットに繫げばもっと多様に遊べるが欲張らない。

 そんな大切なものを見失ったら大騒動になる。そして、しばしば召使に仕えている己を発見し、携帯なんて無かったらよい!と怒る。。

 その癖、外出時ポケットの携帯を確かめなかったら出られない。

 相手の見えない電話の怖さも馬鹿にならない。電話の応対で相手を嫌いになった例は誰にでもある筈だ。

 掛かってきたら受話器をとって「ハイ〇〇ですが・・」(かつては○〇でございます)と返事する。これは、M校長に仕込まれた。「もしもし」は呼びかけだから受けた電話で使わなくてよい。と

 M校長は、学校での電話の応対に物凄く厳しかった。横柄に返事する教員に「どこかの百貨店か銀行に電話して受付の対応を勉強しろ!」と叱った。

 そのM校長が、職員室の電話で相手を罵倒していた。電話の向こうに学校の職員や保護者の悪口を言った教育委員会の指導主事がいた。委員会の権力を笠にきた相手でも恐れない校長に職員は信頼し従った。

 多様な電話利用を心得たM校長だと尊敬している。

 相手が受話器を置くまでは、こちらから切ってはならない。残心というらしいが人格を計られるおそれのある電話は、便利で、怖くて、厄介で、厚かましい、必需品だ。

2008年12月21日 (日)

娘の誕生日!?

 「ぃや~~今日N子の誕生日やん。」カミサンが大声を出す。

1124_021  「アッそ~や、メールしたろ」と携帯を持った。

 先日、RYとYUを連れてきてくれて、M印のシャツとコートをプレゼントしてくれて、誕生パーティを用意してくれた恩をすっかり忘れてた。

 カミサンは10字入力するのに1時間はかかるので、勿論只で話せる固定電話だ。

 ハートマークをつけオメデトサンと件名を入れた途端。

 「エ~~~ッ昨日やったん!?!」カミサンが自嘲気味に笑っている話し声が耳に達した。

 メールをやめ、受話器をテプラにして3人で話した。

 12月20日の誕生日は覚えていたが、今日が20日だと二重に思い違いと忘れをしていた。

 「ペナルティで何かいいもの買ってやるから・・・」と言っても「ウ~ン?」と欲がない。

 逆に「20日と覚えていてくれただけでもましや」と、認知症の心配をしてくれる。

 とどのつまりは「ハムスターを1・2匹貰ってくれる人世話してよ」と、意外な注文になった。

 2匹買ってスタートしたハムちゃんの飼育だが、尻尾がなくてもレッキとしたネズミだから繁殖力が凄い。現在7匹を4つの籠に入れて同居しているから、里子に出したいらしい。

 「それはそうと、お幾つになられました?」「3?歳やで」「ヒェ~四捨五入したら40やんか」

 末っ子の歳で自分達が先の短い高齢になっているのを思い知らされた。娘の誕生日を失念したペナルティかも?

 

2008年12月20日 (土)

非公開と公開と

 1120_002_2 2階の仕事場が限界に達した、これでは年が越せない。大掃除にかかったが、とりわけ厄介な部屋だ、一直線に仕事が捗らない。

 山積みの資料を要不要に選別するのに読み始めたら脱線する。夢中になって時間を忘れる。

 教え子宛の礼状が出てきた。喜寿の記念に贈ってくれた5年日記について、おおよそ次のように書いていた。

 『頂いた日記帳で、いろいろ勉強しています。書き始めた日に「真実は書けないが事実は書ける」と記しました。自分のために書いても「人目に触れることあり」ですから、墓の中までもっていく心の内までは記すわけにはいきません。後略』

 こんな調子だが、日記を只のメモにはしたくないことや、120字程度に手書きの一発勝負で書く怖さ、副産物として「自然体で生きる難しさ」に気付かされたのを加えていた。

 ブログは公開だ。人目に見せるのが目的だ。嘘や虚飾は使わないが、普段着の日記の文では気にかかって仕方がない。

 俳優は人に見られることで美しくなるという。

 事実、ロケ現場で目撃した島田陽子や嵯峨で暮らした時に会ったお姫様女優は格段に美しかった。

 ブログで人目に晒す文章は、これから益々磨きをかけなくては・・・と、あれこれ考えている内に日が傾いた。

 結局、公開にしたくないような仕事場は半分も片付かないで今日が終わった。

2008年12月19日 (金)

風のガーデンが終わった

 毎週楽しみにしていた「風のガーデン」終わった。

 結局、この秋の連ドラで本気で観たのは「風のガーデン」と「OLにっぽん」だった。

 終わり良ければ全て良しというが、やはり素晴らしいというか意表をつくというか凡人には思いつかないラストシーンだった。

 倉本作品で記憶に残る「優しい時間」のラストと同じくらいインパクトがあった。

 ただし、どのように感じとるかを視聴者に丸投げしているから、終わった直後に、カミサンと話し合う。

 こうして直後の生々しい印象を話し合える作品は数少ない。

 私にとっては、親(貞美)と知らされず死に目に会わせて貰えなかった自閉症の息子(岳)が、どのようにして父親と別れの結末をつけるかが関心事だった。

 親がキャンピングカーの周囲に植えた球根。死んでから一斉に花を咲かせた場所、岳にとって初めての場所だった。

 キャンピングカーの形通りに残った土の上で、不審気に見回す岳をクレーンショットでグングン引いていく。周囲は花園だ!傍で頬笑み岳を見詰めながら貞美を偲ぶ姉のルイ。

 長方形の地面は岳が信じていた天使ガブリエルの飛び立った飛行場にも、岳に告げずに亡くなった貞美の墓場にもみえる。渾身の力で貞美の岳に残したモニュメントに違い001ない。

003  緒形拳の演技に心打たれた。逆縁を味わった親を押さえた演技で見事に見せてくれた。自分の病を知っていて、よくぞあそこまで演じ切れたと思う。

 ほんとうに「あ りがとうございました」をつけて賛辞を送りたい。

2008年12月18日 (木)

庭の片隅

 離れで年賀状の挨拶を考えていた。

 ピントが定まらない、堅苦しいのは似合わないし、ふざけるには年をとり過ぎている。

 写真は決めている、今年の元日凍えながら撮った初日の出だ。上の縁をぼかして帯にしてハガキに入れる。

 さあ、文言だ!・・・・・駄目だ!

 どうも昨夜読んだ月刊現代のエッセイが頭に引っかかっている。ジャーナリスト佐々木実氏の『「自死の共同体」を想像するということ』だ。難解でショッキング、しこりを残した。私なりに読み取ったのは次の通り(本当はもっと深い?)

 『安部公房の「死に急ぐ鯨たち」というエッセイを引用、「地殻が歪んで貯まったエネルギーが限界で地震となり発散するまでの、いわば待機する物理的時間。と、昨日のように今日があったのだから、今日のように明日がある筈と言う、日常的な経験則の時間がある。この二つがあっても我々は気が滅入ってしまう物理的時間より経験則の時間を優先して暮らしている。でも、毎年小都市が消えるぐらいの自死者を出している日本の現状は経験則時間での楽観は禁物だ。不可解な鯨の集団自殺もあるのだから・・』

003  妙案が浮かばず腹這いになって庭を眺めた。

 ここは癒しの間だ、畳と炬燵だけでリラックスする。眼前の濡れ縁の向こうに置かれている庭石に小さな美を見つけた。ブログに002 載せたくて写真を撮ったが、見ているだけ満たされるものがある。

 盆栽を愛する人の気持ちが分かった。熟視していたらそこに世界が現れる。

 もう、年賀状のメッセージは後回しにしよう。

 (今夜は風のガーデンの最終回、早めに投稿して待つ)

2008年12月17日 (水)

V忘年会

 朗読ボランティアの忘年会をした。他の班はいざ知らず私の属する4班は皆でワイワイガヤガヤが大好きだ。

 先月の録音日は、その話で盛り上がり色々なレストランや料亭を物色したが決まらない。結局、安上がりで気兼ねなく楽しむのは、美味しい料理をとって何処かで宴会するしかない話になった。何しろ今時贅沢も出来ない。

 場所は我が家でもいいよと、誘ったら全員一致で賛成!

 今日は、その当日。来年1月号の慰問テープの収録の後で我が家へ集まる。

 何時もは、NGを出しては繰り返し読み直しするのに、今日の朗読のミスの少ないこと少ないこと!全員ほとんどノーミスで収録を終わった。

 5時過ぎるかと思ったのに4時半には終わっていた。普段いかに注意散漫だったかよ~くわかった。

V_001  6時15分から忘年会開始。残念な事に班長のIさんが急病で欠けたが、また新年会でもしたらいいやと何時もの調子で盛り上がった。

 カミサンは、初対面のメンバーが多かったのに、会話がボランティアの活動や反省かと思えば、親の話・子供の話・孫の話・旅行の話・旨いもんの話とボランティアが出てこないので、最後まで同席して話の輪に加わっている。

 お開きになったのは10時をズッと回っていた。不況の時代に相応しい会費で腹一杯食べて話して忘年会が終わった。

 年をとると金持ちよりも人持ちが強いという。孤独逃れは金で買えない。私達は幸せ!と再確認した今夜だった。

2008年12月16日 (火)

「でも」の怖さ

 夕べ「たけしのTVタックル」を見ていた。裏番組のドラマが良かったら見ていない。

 政治・社会に焦点を絞って、対立するゲストが喧嘩腰で喚く番組だが、何か深みがなくストレス解消番組と割り切っていた。

 昨夜の話。ガタガタになった自民党で、公然と首相に反対する勢力について、『そんなに目立ちたくてテレビに出たかったら、お笑い芸人にでもなったらいい』と、元首相M氏が言ったとか。

 「でも」さえとったら、問題ないのに、そんな簡単な日本語も使いこなせないのは流石ITも知らずに総理大臣になったM氏だ。

 呆れ笑いながら、それでも怒ったふりをして噛み付いている大竹まこと氏の常識が目立っていた。

 D_068_2 そりゃ、今では全国民のアイドル的芸能人も、江戸時代は「河原乞食」で最下層に位置する人達だったから、上から目線でもの言う政治家もいるのだろうが、化石のような人間が政治にたずさわっているのは怖い事実だ。

 自民党からお手当てを貰い提灯持ちをしていると噂のある、禿げた政治評論家は、「自民党がガタガタで押せば倒れるのに、何故、民主党は攻撃しない!」と、民主党のゲストを盛んに責めていた。こんなフォローの仕方もあるんだ。

 しかし、彼も世論の流れに敏感らしく「もっと、やると思っていたがAがあそこまで阿呆とは思わなかった」と言って、笑いと拍手をとっていた。

 非常識で漢字が読めず、口から出まかせ言う生徒には「首相にでもなれ!」と注意する先生が流行るかも知れないな?

2008年12月15日 (月)

恐怖の月曜日

 1987年に株価大暴落したブラックマンデーではない。

 我が家に生協から共同購入物資が到着する朝である。

002  何回か記事にしたが、後期高齢者世帯でありなが、その量はハンパじゃない。一体この食品を誰が調理し誰が食べるの?と溜息が出る。

 昨日一昨日とRYOとYUが消費に協力してくれたので、冷蔵庫に空きスペースができたが予定していたほどではなかった。

 「どうか小量であってくれ!」の祈り虚しく、届いたのは写真の通り、これで平均量であり他に箒もある。(箒だけはダンボが注文)

005  仕方がない、キッチンの冷蔵庫は満員なので離れの冷蔵庫へもパズルのように詰めていく。

 この冷蔵庫、ヒロが横浜へ移る時、勿体ないと京都の下宿から運んできた。当座は「古物商じゃない!勝手に置くな」と離れの住み心地を悪くしたのに腹を立てたが今では救世主だ。

 夜寝たら天井におにぎりや大福餅の幻影が映った時代の経験者だ。食料不足のトラウマが注文させるのは分かる。

 でも、私のように購入点数を決めてから選ばず、食べたいものに余さずチェックを入れるのだから多くなって当然だ。

 お陰で、我が家では食品は賞味期限切れかギリギリのしか口に入らない。

 ほとほと厄介なカミサンの性格だ。食べ物を粗末にする罪悪感にまだまだ縛られているダンボは生きている限り悩むことだろう!

 カミサンに注意したら「わたしビョーキやもん!」と反省の色は無い。

2008年12月14日 (日)

余震

 昨夜の誕生日祝いは一風変わっていた。

 先ずケーキ。買いに行く娘にカミサンがお金を渡して頼んだら、何時ものケーキ屋さんでシフォンケーキを買った。娘が大好きでデコレーションケーキより安いという理由からだ。

 そのつもりで、イチゴとキャラメル入りのアイスクリームを前もって用意していたらしい。

 代金を払う時、ダメ元と「実は父の誕生日なんですけど」と言ったら、8本のローソクとHappy birthayのチョコレートプレートをサービスしてくれた。

106  お気に入りの店だし味は絶品、これからはこれに限ると一同納得。

 次のサプライズはスクラッチを4000円分買ってきて運試しだ。

 ケーキでお祝いした後、RYOとYUも交えて5人がガリガリ一攫千金を狙う。

 結果は、1400円しか当たらず、赤字になったが楽しめた。

 胴元の娘は、前回儲かったのは偶然だったと博打の怖さを味わった。

 録画してあったMrインテレディブルをRYOとYUが寝床で見始めたら止まらない。結局日付が変わってから寝たらしい。

 今朝は、早く起きてRYO注文のフレンチトーストを焼いたのに、待てど暮らせどみんな起きてこない。結局、10時過ぎに朝食。用意したものはペロッと平らげる。

 そして、1時半には焼き飯、6時半には焼きホッケで二人は大人並の食欲を発揮する。

 お陰で二つの冷蔵庫のストックに隙間ができた。

 食事していない時は、パソコンか花札、ケロちゃんゴッコ(二人の独創ゴッコ遊び)か、柿ピーナッツとするめの間食・・・・・一日中余震が続く。

 不思議な事に、降圧剤を飲んでいるカミサンの血圧が安定し、痛みで息がしにくかった私の背中の筋肉が悲鳴をあげなくなった。

 どうしたことだろう?

2008年12月13日 (土)

80歳

 遂に80歳に到達。夢のようで嘘のようで、よくぞここまで生き永らえたと自分でも不思議だ。

 日本の平均寿命からみたら、それほどの希少価値はないだろうが、本人にしてみれば若い時、80歳の自分を想像できなかったから高い段階に登った気がする

 なった以上、生かしてもらった周りに感謝し、80は無限大∞を縦にし0から出発する気持ちで過そうと思う。

 昨日から今日の為に夜遅く来ていた。RYOとYUが起きてきてプレゼントを呉 れた。

 RYOは毎年のようにお祝いメッセージを書いて渡す。

003_2 001_2 YUは体の後ろから思わせぶりに差し出したのが手作りのマフラーだった。幼 稚園で教えてもらったと、ウインナソーセージみたいな5本の指を立てて005 説明する。

 かなり身に着けるには勇気のいる色づかいだが、YUはオジイチャンには絶対この色と譲らなかったそうだ。だから、好意に応えなければならない。

 母親が「今年はUブランドと違うで、M印やし・・・」と呉れたシャツを着て記念撮影。

 生きていたら、悲しみも喜びもない交ぜにやってくるものだ。

 

2008年12月12日 (金)

タバコ税

 タバコの増税案が消えたらしい。

 タバコ農家を味方にしたい自民党議員と喫煙者の多い公明党が反対したとか?

 愛煙家とJTは喜ばせたが、常識の通じない政治の世界に又一つ落胆した。

 JTのHPには「タバコは6割の税金がかかっている税負担の重い商品です」とアピールしているが、アメリカを除く先進国で最も税金の安い国だ。

 オーストラリア64.3% イタリア74.9% ドイツ80.4% フランス80.9% イギリス82.4% (2005現在)

 1箱が1000円以上の国だってあるのだ。

 タバコをやめてから30年以上になるから言うのではないが、タバコの増税は賛成だ。

 タバコの値段が上がって一時的に売り上げが減っても必ず元に戻り税収が跳ね上がる。

 1日に20本以上吸い、タバコを切らしたら、古い火鉢の灰を篩いにかけてパサパサになった短い吸殻を見つた。学生時代タバコが無かったし買えなかった、1本のタバコを10人以上で回しのみし最後になったら唇を火傷した。タバコの禁断症状で昼夜が分からず、歩道を歩いているつもりで車道を歩いていた。

 喫煙していた頃の私の実像012 だ。

 だから、喫煙者は高くなっても買って吸う。

 健康の為は無視する。何処でも自由に吸えなくなって日陰者のように肩身を狭くしても吸う。

 自分や周りを肺ガンにするリスクがあっても吸う。

 そもそも、日本政府の徴税は「取り易い所から取る」のが原則だった筈だ。

 その原則が曲げられたのは納得がいかない。

 禁煙の最大の動機は「お金」だ。末の娘が生まれカミサンが退職し、一人の稼ぎで家族5人を養うようになったから私はやめた。

2008年12月11日 (木)

主役交代

 カミサンを車で30分はかかるO病院へ送る。

 10時の予約なので、9時15分に家を出た。R25を走り出して車の少ないのに違和感を覚えた。

 師走となれば物流が激しくなって、車の渋滞が起るのが普通だ。

 スイスイ走って、15分チョッとで病院に着く。二人で「やっぱり不景気なんかな~1ヶ月前より車少ないな」と、勝手に想像し話し合った。

 消費が落ち込んで商品が動かないのか?それとも輸送の主役が交代しているのか?分からないが不気味だった。

 帰宅して、マッサージに行く。

 3日空くと肩や背中が張ってくる。

 最初の様な劇的効果はないが、痛み止めか精神安定剤的にマッサージをしてもらうのが習慣になりかけている。

001  昨日も、行くつもりで診察券をみたら午後休診。仕方なく、家のマッサージチェアを使ってお茶を濁した。

 このチェアはRYOとYUの家族と同居していた時、向こうが勝手に買って廊下の隅に据えた。古いのが家にあるのに・・・・

 新しい家には置くところがないと、そのまま出て行き2台になってしまう。

 でも、新型は動きが違うので、肩凝り性の私が有難く常用していた。

 M鍼灸整体院での治療、最後のウォーターベッドが終わって「このまま寝られたら極楽やけど」と渋々立ち上がる。

 マッサージに関しては完全に主役交代。それも人から機械の世の流れと逆らって、機械から人力になった。

2008年12月10日 (水)

言論の自由

 インフルエンザの予防接種に行った医院の待合室で「週刊現代」を見つけた。

 表紙に「田母神激白核武装宣言」と大きく出ているので、時間に追われながら速読した。

 1124_020 要点は週刊現代のホームページにアクセスしたら出ている。

 呆れる言葉が並んでいる。こんなエキセントリックな人間もいるんだ!?と読んで暇つぶしになる。

 自分の言論を封じるのは憲法19条と21条からみて憲法違反であり日本では文化大革命が進行していると、公務員でなくなったから第99条を無視して言いたい放題だ。

 ただ、国会の参考人に呼ばれても堂々と持論を曲げずに述べたり、狂信者の態度には、軟弱な国会議員では歯が立たないだろう。

 歴史的に米英がアジアを侵略していたから、日本の軍事行動は侵略ではないとか、日本は早急に核武装するべきだとか無茶苦茶だが、中に首を縦に振りたい部分があった。

 「日本はアメリカにぼったくられている」「今の日本は単にアメリカにとって都合のいい国だ」と日米の軍事関係の理不尽さを告発している。

 日本の自衛隊の兵器はアメリカから2倍近い値段で買わされている。ブラックボックスが年々多くなって、兵器のメンテナンスに莫大な税金をアメリカ側に支払う。数千億円の思いやり予算を有効に回したら軍備は増強できる。このままでは今に中国よりも軍事費が少なくなり馬鹿にされる?

 もう憲法遵守が義務でないから、せいぜい国が国民に隠していることをバラして欲しい。

 しかし、その前に月刊現代最終号の立花隆「私の護憲論」を読んでからにして欲しい。

2008年12月 9日 (火)

有難い情報

 ダンボが頻繁(はんざつにあらず)に訪問するブログ「元ベース弾きの田舎暮らし」に涎のたれる記事が出た、月刊現代最終号について12月6日に載った。

 早速「貴重な情報ありがとうございました」とコメントをいれ、TSUTAYAへ走ったら雑誌のコーナーに山積みだった。

 講談社発行の「月刊現代」は「週刊現代」と同じ様に「ごった煮」「五目飯」で幅広い情報満載だ。

004  でも、執筆者に魅力があった。

 「魚住昭」「永六輔」「堺屋太一」「立花隆」「田原総一郎」「田丸公美子」「辺見庸」「室井滋」・・・・

 昨日から、図書館で借りた本が3冊もあるのに月刊現代を飛ばし読みしている。

 面白い!世間の裏情報が面白い。そして、嫌な人物を滅多切りしてくれるのが面白い。笑わせてくれるのが面白い。

001  何よりも見開きからのっている「緒形拳の絵手紙」のグラフが素晴らしい!

 「三宅島で行われたイベントに石原知事は民宿に泊まるのを嫌がって、1億円かけて村営宿泊施設をホテル並に改装させた・・」新東京銀行の破綻の責任を負おうとしない、ワンマン石原慎太郎の記事、胸がスカッとした。

 「問・子ども若者の科学離れといわれていますが・・・答『最近の商品は壊せなくなっていることが原因ではないでしょうか・・・・』」南部陽一郎シカゴ大名誉教授の対談。

 腹の皮がよじれたのは永六輔Vs矢崎泰久の対談だ。

 矢崎「オバマはホワイトハウスで犬を飼うって言っているけど、年齢差から言えば、ポチってわけにはいかいよなぁ」注(小泉はブッシュのポチと呼ばれた)

 永「じゃ『じいや』か。『じいや、インド洋で軍艦に油入れといてくれる?』『はい』って(笑)

 矢崎「いや、今よりもっと強い要求をしてくる可能性もありますよ『チェンジ、チェンジ』とか言われて、太郎じいやが思わず『イエス・アイ・キャン!』(笑)」

 他にも辺見庸の「なんのかんばせあって・・・」や「真珠湾攻撃・改竄された米公文書」など読み応えのある記事が楽しませてくれる。

 前にも書いたが「本は安い」と思う。ちなみに月刊現代は¥950

 

2008年12月 8日 (月)

霜の朝

 後期高齢者世帯の癖に、宵っ張りで朝寝坊なのが我が家である。

 寝るのは12時過ぎ、起きるのが8時前後が普通の日程だ。

 しかし、今朝は7時きっかりに起きた、カミサンが地域包括支援センター主催の「元気道場」に行く日だからだ。

 朝刊取りに外に出たら冷気が頬を刺した。初霜?寝坊だから今年初めて降りた霜を目にした。早速家にとって返して消えないうちにとカメラに収める。

001 002  屋根があるのに車のボンネットに降りている。サザンカにも、椿の葉にも・・・

004  峻烈な寒さと、抜けるような空の青さ、まだ高く上らない朝の太陽。

 脈絡なく67年前に時間がスリップした。

 そうだった、これと同じ様な朝だった。

 「大本営陸海軍部12月8日午前6時発表、帝国陸海軍は今8日未明、西太平洋においてアメリカ・イギリス軍と戦闘状態に入れり」のラジオの声が甦った。

 軍国少年の私は胴震いした。「えらいことを始めた!」と親父が叫んだ。自由主義的な思想をもっていた大人は冷静に軍部の暴走を感じていたのだろう。

 防衛といいながら人を殺傷し敵を殲滅するのが任務のプロ集団に勝手気ままをさせたら国を滅ぼすと証明した記念日だ。

 更迭されて辞めた田母神航空幕僚長のように文民統制できない軍人?が出現すると12月8日の重みが増してくる。

 8月15日の敗戦記念日と同じ重さで感じなければ・・・・・と思いつつ、地域福祉部の「ふれあいサロン・お食事会」に出席し、ご馳走食べてカラオケ歌った。

 あ~~~平和が何よりだ~~~~

 

 

2008年12月 7日 (日)

百年に一度

 新聞テレビに「百年に一度の大不況・大嵐・・」の言葉が踊っている。4度目の正直で椅子をやっと手に入れた総理大臣KYさんも再々口にしながら内外のブーイングを無視し延命の切り札にしている。

005  79年前に起った世界大恐慌も、ニューヨーク・アメリカ証券取引所の株価大暴落が引き金を引いたとか、本当に迷惑な国である。

 村上ファンドみたいな金の亡者が、右肩上がりの経済を信用させるとんでもない金融商品に世界が手を貸したのだから、アメリカ発でもグローバルな罪といえるだろう。

 首切り・失業・減産・倒産・株安・円高・公的資金投入などが並んで世界の終わりみたいに不景気が報道される。

 稼ぎに精を出さなくてはならない息子や娘達の暮らし向きが心配だ。それに引きかえ、贅沢はできなくても決まった年金が入る今の身分のありがたさ!

 世紀末かこの世の終わりかと危機が報道される一方で、贅沢なおせちの広告何千万円の福袋の話、バーゲンに殺到するニューヨーク子の姿、そうして、相も変らぬグルメ番組、企業のCF広告は減る気配がない。

 町には有り余る物が溢れて買手を待っている。

 幸か不幸か1944年から1948年あたりまでを日本で生きてきた私には、百年に一度のピンチがピンとこない。

 当時は金も無かったが凄いインフレで強制的に預金させられる新円切替があった。

 金があっても物がなかった、衣食住の全てが不足していた。食べ物がなく24時間飢えていてた、餓死者も大勢でた。

 その時代に比べたら、地獄はまだ先だろう。足るを知る暮らしをすれば乗り切るのは容易に思える。

 経済も山と同じで登ったら降りると成長神話に踊らされない覚悟が必要ではないか。

2008年12月 6日 (土)

スペシャルソース

     生協で買物。

 ソース作りにセロリが欲しかった。

 バッタリとトモちゃんに会う。向こうも夫婦で買物の最中、カートにもたれて話が弾む。

 「どこの旦那も、『買うな買うなと煩いね』トモちゃんとカミサンが同調している。

 需要と供給のバランスを考えず、安けりゃいいさ~と買いまくるカミサンを何時も牽制するが、あなた買う人・私作る人!当然だろう!

 ソース作りを思い立ったのは、ストックのタマネギが多いこと、次に来週末やってくるRYOやYUに美味しいものを作ってやりたいからだ。

 昼ご飯を簡単にすませて、とりかかる。 

 タマネギ3個・セロリ3分の1本・ニンジン3分の1本・ニンニク2片をできるだけ細かくみじん切りにする、これがなかなか厄介。

 001炒めるのはホットプレートにした。

  炒め開始。

 10030分経過。

004 20分経過。

 00500630分経過。

 35分で出来上がったことにする。焦がしては元も子もないから。

 ほとんどを冷凍にして保存。

 買いすぎて芽が出始めたジャガイモを茹でポテトサラダを作る。スペシャルソースを少し混ぜた。グッと味に深みが増す。

 さて、このソースでRYOとYUに何をつくってやろうかな。

 

2008年12月 5日 (金)

朝から雨

 日記の欄で見ると晴又は快晴が5日間続いていた。

001  今朝は雷鳴と屋根を叩くひそやかな雨音で目覚めた。昨日から天気の崩れる予報を耳にしていたが、やはり朝から雨は嫌だ!

 反射的に、水疱瘡のRYOは未だ家で静養中?だが、YUは幼稚園に勇んで行くだろうか?と心配する。

 気象現象がバラェティに富んでいるから、日本の自然は素晴らしく暮らしも変化に富んで楽しいといわれている。

 正論に違いないが、やはり朝から雨は嫌だ!

 これからの季節、朝起きたら霜が降りていたり霧で見えなかったり、雪が降ったりして珍しさに感動するだろう。でも、朝から雨は嫌だ!

 救いは、3日前でなくて良かった。老人会の旅行の日だったら悲惨だった。口には出さなくても、「雨男メ!」と恨みの眼に囲まれただろう、役員皆で決めた日時でも最終責任は会長にある。クワバラクワバラ

 時計の針が狂っていると思うぐらい空が暗い、そして、地上も暗い。

 耳目から入るものといえば「不景気」「首切り」「国際テロ」「大麻汚染」「異常者の犯罪」

 その頂点に立つのが、史上最低のKY首相のお陰か混沌としている政治だ。

 そのうち、テロリストが永田町を爆破するかも知れないな?

 まあ、日本は永田町の住人が居なくなっても、霞ヶ関があったら国の政治は遅滞なく行われそうだけどね~

 空は間もなく晴れて明るくなるだろう。地上も早く明るくしてくれ!

2008年12月 4日 (木)

奇遇

 前回散髪したのが何ヶ月前か?忘れるほど頭髪が伸びてもヘアサロン「Y」で切ってもらったら気にならない。

 容姿見た目に無頓着なのはお互い様。カミサンは私の頭が山姥みたいになっても素知らぬ顔。私もカミサンの脂肪腹がチャックを押し下げていても黙ってカメラに収める。

 不快感は突発的に襲ってくる。Yさんに電話し予約した。

 浮気な私が一筋に通っているYさんの店は極々普通の店構えだが最も肝心なYさんの腕前が最高だ。

 Yさんに切ってもらった髪は伸びにくい。ブラシで一撫でしたら形が納まる。日数がたっても頭が見苦しくならない。客が立て込んできて手抜きされることのない完全予約制。

 そして、Yさんは話し上手だ。地元の人間だから古い地域情報も提供してもらえる。

 今日の話題は専ら91歳のYさんのお父さんだった。14年前に連れあいを亡くされた当座は消沈したが復活し、今は還暦の息子を凌ぐ元気の模様を詳しく聞かされた。

 畑で作物をつくる、グランドゴルフに通う、カラオケはコンクールで賞をとってから病みつきになる、北陸の親戚の葬儀へ一人でJRに乗って出かける、老人会の集まりや旅行は皆勤する・・・・

 旅先のホテルのフロントで宿泊者名簿に記入したら、何かあった時困るので本当の歳を書いて下さいと注意されたとか。

 何より凄いのは、店を息子に譲った今も、お父さんでないと頭を触らせない固定客が7人いるプロの現役だということだ。

 Yさんに、そんなお父さんに一度お目にかかりたいと言って帰った。

006  頭がサッパリしたところで、今度はマッサージに。

 M鍼灸院の待合室で治療が終わったお年寄りと鉢合わせ。私よりも年かさと一目で分かるがグランドゴルフの装束でピンクに染めた老眼鏡をかけておられ気持ちの若さが伝わる。

 常連のようで初対面でも気さくに話しかけてこられた。

 「曾孫が5人、孫が30になりました。」

 受付にいた院長のお母さんの「Yさんはダンボさんよりずっと上ですよ」の言葉で瞬間に分かった。

 「ヘアサロンYさんのお父さんですか?」「へえ、そうですね」

 先程仕入れたYさんの情報をネタに話が盛り上がった。元気な年寄りはコミュニケーションが上手だ。

 頭が軽く胸に元気がドッカ~ンと入ってきた日になった。

2008年12月 3日 (水)

連帯責任

 東洋大陸上部員が痴漢容疑で逮捕されたとのニュース。ムラムラしてやったと自供しているらしい。

 全国版に実名で報道され、何千万人の目に晒され、大学の陸上部から除名され、裁判で裁かれ刑罰を受ける。

 ムラムラの代償は高くついた。

 満員電車の中で1回もムラムラしなかった男はレアものだろう。

011  満員の中で体を押し付け、まだ可愛い中学生だったダンボを困惑させて楽しんだ熟女を半世紀過ぎても忘れていない。女性だって分からない。

 要するに、欲望を自己制御できるかどうかが正邪の分かれ道だろう。

 この痴漢学生は、精神的苦痛を与えた女性に対する罪を償い服役し更正したらよい。

 解せないのは、この学生一人の為に名門校東洋大チームの箱根駅伝出場が危ぶまれているというニュースだ。

 この学生は駅伝チームにも入っていない只の部員だ。

 大所帯の陸上部員のたった一人の非行を、関係のない駅伝チームが連帯責任をおわねばならないのか?

 京大アメフトメンバーの集団強制わいせつで捕まったケースとは違う。

 全く、体育会的思考は、私の時計の針を逆に回す。

 予科練時代は、何でも連帯責任だった。一人のハンモックの仕舞い方が遅いと全員の食事が抜きになった。縦の隊列を他の隊に横切られたら桑の根っこで叩かれ全員の尻に一文字のみみず腫れができた。

 連帯責任を厳しく問う社会は、1945年で終わったのではなかったのか?

 どうしても集団の責任をとりたかったら、陸上部長やコーチや指導教官が謹慎なり減給なりしたらよい、軍隊は下っ端に責任をとらせ上官は涼しい顔をしていたからね。

2008年12月 2日 (火)

なばなの里&城陽

 老人会で三重県桑名市にある「なばなの里」へ日帰り旅行をした。

 朝から快晴と12月とは思えぬ暖かさに恵まれ、旅が順調でなかったら企画のミスだ。

 役員の多数決で決まった「なばなの里」だったが、花の乏しい冬に行く場所か?と内心ビクビクしていた。

 バスで11時前に到着した時は駐車場にパラパラしか車が無い。「貸切だ~」とふざけて園内に入った途端ピンときた。

 ホテルや遊園地や温泉を傘下にする長島観光開発KKの施設だ。冬に花が少なかったら「冬華の競演」と豪華なイルミネーションで客を集める攻082めの経営をしている。

 客の多少に係わらず、施設の維持管理も行き届いて、落ち葉の季節なのに掃除がゆき届き美しい。

074028   我々が退園する頃はイルミネーション目当ての客が多く入園していた。

042  広い園内にショップ・チャペル・レストラン・大浴場や足湯・ビール園などあったが、最高の見所は「ベゴニアガーデン」だった。

 一073鉢ごとにセンサーが埋め込まれ自動的に給水や施肥・温度管理をしているらしい。だから、年中美しさを保って客の目を楽しませ落胆させない。

 皆さん大満足で帰路に着く。

 寄り道のおまけがついていた。城陽市総合運動公園、通称「鴻の巣山運動公園」で点灯するイルミネーションを見物だ。

 駐105車も見学も無料。市の観光振興のため地元を愛するボランティアや有志で運営され、年々増設していると聞き、老人会から志を包んで出した。

 7万球から始め今年は30万球になったというイルミネーションは、素人が思い思いに設計したらしく、バラエティに富んでいた。

 おまけが、締めの感動をもたらせた。天候も企画も大成功!

2008年12月 1日 (月)

京都エキ観光

024  京都観光客は年々増加しているそうだ。私の懐が潤うわけでもないがご同慶の至りだ。 

 今日は恒例卯辰巳忘年会。仲間が集まり年3回の酒宴を20年間続けている、稀有の集い、八十路を越えたのと直前のメンバーだから皆病持ち、それでもしぶとく顔を揃える。

 会場007が京都駅前の京都タワーホテルだったので、早めに行って京都駅を色々な角度から撮影した。

 京都駅に到着されても、ジックリ駅ビルを見て帰る方は少ないだろう。かくいうダンボもさみだれ的に駅を見ているだけで観察していない。

 11年前、国際指名コンペで安藤・黒川・スターリングなどを押さえて勝ち残った原004広司の設計の駅ビルは未だに批判を受けているが、京都観光のカナメになっているのは間違いない。

 006近代的なビルに到着し、そこから古都を見物に出かける飛躍が京都を惹き付ける動機になっていないか?

 本業の駅機能の他にホテル・百貨店・専門店・レストラン街・庭園・展望フロア・スーパーマーケット・劇場・美術館とあらゆる要素を備えた複合施設。

 021ローマの円形劇場からヒントを得たような大階段を備えたイベント会場や大型家電量販店まで備えた駅は全国に類をみないのではないか。

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