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2008年10月

2008年10月31日 (金)

Macに参った

 テレビドラマで、インテリや芸術家が小道具にしているパソコンは、齧ったリンゴマークのMacと相場が決まっている。

 昔からMacはデザインがニュニークだったし、画像や音楽の機能が充実していて高価だった。

 でも、私が初心者でMacからスタートしたのは、見栄や金があったからでなく、マウスでアイコンを触っていたら仕事ができ、素人でも失敗が少なく、その頃のWindowsにない簡便さゆえだった。

 Macのシェアが微々たるもので、アプリケーションが不足していても、それなりに私の必要を満たしてくれた。

 しかし、インターネットを始めてWindowsに触れてから、Macは映像専用になり、使用比率が W95%:M5%となって久しい。

 1ヶ月前、浅はかにも店頭のiMacに惚れて買ってしまったが、使うより未だに遊んでいる。

 とに角、楽しい道具満載だ。ダッシュボードというアイコンをクリックするとディスクトップに時計・カレンダー・計算機が現れる003、そこまでは普通だが、翻訳・換算・ゲーム・辞書・住所録・天気・在庫管理・スキー場情報・空港発着便・グーグル検索・・・と、好きなものをディスクトップに並べて使うことができる。現在は、辞書・時計・カレンダー・計算機・翻訳機(英和)・換算機(通貨)を常駐させている。

 残念ながら、その内の多くが英語版で宝の持ち腐れ。でも、換算は通貨から体積まで11項目の換算ができるし、翻訳も(チョッと眉唾のが?)日本語は英語にしかできないが、英語は13ヶ国語に翻訳できるスグレモノ?。

 ダンボにとっては机の上に道具を沢山並べて遊んでいる状態だが、ビジ014 ネスマンは本当に助かるだろうなとMacの親切に頭が下がる。

 肝心の「iMovie」(映像編集ソフト)は、旧バージョンと一変し、嘘と思うほど単純な操作で編集できるかと思えば、場面転換やタイトルのパターンが減ってしまい遊び心が不足している。まだ、始めたばかりで奥深さが分かっていないが残念でならない。

 いずれにしても、Windowsとは一味違うMacの独創性に参った!

2008年10月30日 (木)

笑ってはいられない。

 朝食は簡単に、パンにスライスチーズと賞味期限の切れたカニ蒲鉾を並べてトースターで焼く。飲み物はインスタントのコーンスープで済ませた。

 髭を剃り(といっても薄毛だから電気シェーバーでビ~~ンと一撫で)頭と服装を整えていたら、カミサンが起きてきた。

002  「行ってくるよ、お昼は外で食べてくるし・・」「早いのやなー」

 携帯のスケジュールに今日の予定が入っている『10月30日=やましろの国=am10:00』

 記憶力を信用できないので通知があったら携帯に即入力す003 るが、それで安心し通知書をなくすことしばしば、今日のはプログラムを残してあった。

 きょうと児童青少年演劇まつり『やましろの国』には、ボランティア仲間が大勢出演する、お付き合いと応援と、というより、会場で子ども達と一緒にマジで楽しんでいる。

 「子どもの行事やのに、木曜にするなんて?・・・」とプログラムを見ていた004 カミサンが、「11月やんか!」と大きな声。

 「えっ~~~え・ぇ・ぇ」輪をかけた大声が出た。

 昨日の勘違いの記事が我が身に降りかかった、笑ってはいられな005 い。

 けど、これが初めてではない、日時を間違えたり会場を間違えたり、無人の場所でアホ面さらしていた。

 今日はカミサンのお陰で助かった、時間もガソリンも無駄使いしなかった。 

 1日分得した気になれたのが救いだ。したい事があったから・・・・

2008年10月29日 (水)

笑って幸せ

 文庫本でもパソコンでも広告のチラシでも、何でもよいからトイレに持って入るのが癖。

 カミサンは自分が目を通していない新聞を持って入るのを嫌がる。無理もないが、目と肛門括約筋が連動していて読まないと出るものが出ない難儀な体質で仕方がない。

001  今朝は朝刊の付録「読売ファミリー」を促進剤に持って入った。

 『ああ、これって勘違い?』の記事が傑作だった。

 行動編で、水の流れる擬音装置のあるトイレで、音を鳴らして流した気になってトイレから出て恥をかいた話。漂白剤に「混ぜるな危険」を「かき混ぜてはいけない」とおもって、そっと扱っていた話。荷物一時預かります」の看板で「まだ1時前だから駄目?」と真剣に聞いた話。etc

Photo  1番笑ったのは、ことわざ編だ。

 「濡れ手に粟」を「泡」だと思い「泡は濡れ手で触ったら消えるのに」と先日まで思っていた46歳の奥さん。

 「子はかすがい」をずっと「子はカスがいい」と思い込み、できの悪い子ほど可愛いという意味でつかっていた、42歳のIYさんの投書には爆笑した。

 爆笑した途端に出口で止まっていたのが、音を立てて落下した。

 腹をさすって笑いの幸せを噛みしめた。

 ことわざといえば、過去に新しいのを沢山創作した記憶がある。残念ながら記録した手帳がないので覚えているのだけ・・・・

 「腐っても鯛」→「腐ったらゴミ」 現実を見ろ!

 「石橋を叩いて渡る」→「石橋を叩いて壊す」 昔から破壊的?

 「三つ子の魂百まで」→「三つの可愛さ五つまで」 YUを見ていると・・・・

 「一心同体」→「二心異体」 生物学的に正しい。

 何が何でも笑う。「笑う門には来る」 これを信条に生きる予定。

 

2008年10月28日 (火)

1日家で

 実は昨日も外に出ていた。地域の老人クラブ連合会のグランドゴルフ大会、グランドゴルフの経験は1回しかないが立場上お付き合いで出た。

 会場は、近くの老人福祉センターにあるコース、公認コースだとかで美しく整備されている。

 出場者はここで練習を積んでいるベテランばかり、マイボール・マイクラブ持参だ。センターで借りたクラブとボールを持って立っていたのは私だけ。

 当然、成績は道具に比例しグループ最下位だったが、参加することに意義がある。参加賞のペットボトルのお茶を貰って帰った。

 今日は久しぶりに予定が入っていないので、終日家に居た。

 しかし、次々と用事が湧き出す。

 「老人会の日帰り旅行のお知らせ」回覧用のチラシを作って3年になるが代わってくれる人がいない。会長は新米でも庶務は経験豊富だ。

 なばなの里へ行くので、パンフレットの写真を取り込んで作った。

 過日の嵐山の同窓会のメンバーへお礼のハガキはデジカメの写真を印刷した。最後の一人へ肉筆の言葉を添えて作った。

 10月10日の同行会作品展の写真はアルバムにして、H君に送る準備ができた、ついでにブログの記事も印刷し同封する。

 その間、プリンターのトラブル。純正のインクを使わなかったら、取替えのメッセージが出て止まってしまう。スペアがないので何とか誤魔化し復旧さ1110_002 せたが、やはり、安い物は考えなくてはならない。

 とか何とかしているうちに夕刻になる。疲れた目を癒そうと庭に出たら南の空が美しい。この空も来年には隣に建つ家で狭くなるのだろうな~残念!

2008年10月27日 (月)

TVドラマ、ダンボ好み

 プロ野球シーズンが終わったので、TVドラマを見る気になった。

 最近のドラマ視聴率は悲惨なものらしいが、私は見たいものは見る。選別の基準は脚本家が1番、次は主役・・・・といったところか?

 この秋のドラマ、脚本家は豊作だ。

 大御所の倉本聰は『風のガーデン』で、役者が中井貴一と故緒形拳だから無条件にDVDに残しながら見ている。選びぬき磨きぬかれた台詞、日常会話の軽口でも胸に残る。(視聴率18.05%)

 井上由美子『SCANDAL』は「GOOD LUCK」「エンジン」「マチベン」と思い出に残る作品が多い。期待が高すぎたのか?話に引きずり込まれない。俳優の芸達者(桃井かおり・小日向文世etc)で飽きさせないのが救い。(15.80%)

 働く女性を描くのが得意の中園ミホ『OLにっぽん』過去の「anego」「ハケンの品格」は印象的だった。俳優も観月ありさ・阿部サダオ・浅野ゆう子で笑いながら考えながら見ている、中国理解に一石を投じているようだ。視聴率は低い残念!(9.49%)

 『チームバチスタの栄光』の脚本は前作と同じ後藤法子。前回は半分くらいで止めた。今回はサスペンス仕様で仲村トオルと伊藤淳史のキャラが楽しいので見ている。(13.3%)

 視聴率最高19.49%を記録しているのが『流星の絆』 原作・東野圭吾、脚本・宮藤官九郎という話題性、配役に久しぶりの二宮和也で稼いだ数字だろうが、やはり結果が気になって見続けるだろう。

 視聴率19.49%といっても、100人で19人、1万人で1949人、100万人中約19万5000人が同じ画面を見ているのだから凄い現象だ。

2008年10月26日 (日)

安堵して

 予定通り、3時前に宴会を済ませた19人のお客さんが到着した。

 料亭Dの料理が美味しかったと口々に誉めそやす。京都に住んで口が肥えている皆が言うので、愛郷心がくすぐられ嬉しかった。

 お昼をたらふく食べたので、用意したオヤツに手が伸びなかったら大変だ。

 2_003「傷むから食べて」と、車で取りに行ったシュークリームを出した。

 コーヒーには苦労した。コーヒーメーカーは5人分淹れられるから、カフェオーレにして7人分に増やし3回に分けて用意する。

 コーヒーが入る前にシュークリームに手を出す人がいて一安心。

 豆はO珈琲のプレミアムマイルドにした、「これなら売れる」とお愛想の声がかかった。

 じゃ100円頂きますと切り返して笑わせる。

002  ホームカラオケで3・4人が楽しんだが、イマイチ盛り上がらない。やはり避難所状態の部屋では気分がでないようだ。

 今までに来てくれた卒業生が、くつろいで良く飲みよく食べよく歌ったのは、5・6人という人数のせいだと思った。

 幹事さんが気を使って4台のタクシーを呼び、5時前に潮が引くように帰った。

 準備に時間をかけたのに本番はあっけなかった。

 お菓子も果物も沢山余ったが、来週末の3連休にやってくるRYOとYUに残し喜ばしてやろう。

 とにかく、カミサンの関心事が無事すんで安堵した。

2008年10月25日 (土)

来客準備

 我が家の建て方は、マイホーム風なので田舎の家のように大勢の来客を迎える適応力はない。

 お正月に親類縁者が集まっても、15人が今までの記録で、居間とキッチンを使いワイワイ会食する。

 ところが、明日19人の客を迎えることになった。

 カミサンの教え子が、杖の要るカミサンのために、わざわざ遠くから足を運んで、我が町の料亭で同窓会をしてくれる。

 感激したカミサンが、帰りに我が家で一服して!002 と招待した。

 カミサンが新婚間なしで担任した教え子の人達。妊娠し修学旅行はついて行けなかったし、乳飲み子を抱え苦労して卒業式を迎えたから、師弟共思い入れが深いようだ。

 古希一歩手間のお歳になっても毎年の同窓会を欠かさない。

 迎えるにあたり特別はできなくても、一応掃除はしなくてはならない。小奇麗にするだけでよいと思っても、カミサンのデコレーション好きがエスカレートする。普段はしないのだから、マアいいさと放っておく。

 後は、どの部屋にも散乱している私の本や道具、紙袋に詰め込み2階の006 書斎に一時避難で問題なし。

 それより、什器が揃うか心配だった。掻き集めると不揃いだがそれぞれ20客以上ありホッとした。

 明日は、自家用運転手、コック、ウェイター、カラオケマネージャー、と、時給換算¥5000程度のホストに変身する。

 

2008年10月24日 (金)

世襲

003  読売新聞記事「基礎からわかる世襲議員」を読んで我が身を振り返った。

 男1人、女3人の我が子で両親の教師を継いだ子は一人も無い。世に世襲率が高いのは「政治家・医師・教師の先生と呼ばれる職業」が定説であるにもかかわらずだ。

 酷いことにはどの子も、大学で教職の単位はとらないよ~と、赤っかんべ~をきめこんだ。

 何故?理由を問えば「労多くして功(益)少なし」と一刀両断の返事。

 これには返す言葉なし、憲法で職業選択の自由も保障されているから好き勝手にさせた。

 若い頃住んでいた公団住宅のお隣は、某信託銀行の社宅になっていて、旦那一人の稼ぎが、我々の共稼ぎを凌駕するらしく、両方の暮らしぶりを見て育った我が子の素直な心情だったかも?

002  政治家でも、「井戸塀政治家」が殆どで、医師でも「赤ひげ先生」ばかりだったら世襲する二世が多いだろうか?

 間違いなく世襲は減るだろう。

 親から受け継ぐ利益・特権が膨大だから、能力的にモ~一ツどうか?と思われる2世まで名乗りをあげるのだろう。

 厄介なことに親も既得権を失うまいとする。改革が看板だった政治家まで、親馬鹿の改革はできなかったのがその証拠だ。

 同窓会に呼ばれ嬉々として出かける両親を見て、我が子が「先生も悪くなかったな~」と洩らしたことがある。 もう遅いわ!

 実利とは別の価値ある世界。そんな世界を発見したのなら、親の仕事を継ぐのは決して悪くないと思う。

2008年10月23日 (木)

LaQ(ラキュー)

 YUの6歳の誕生日、この前帰ったばかりなのに又滋賀の家に来た。

005 008  誕生日のプレゼント『ラキュー』は前回来た時、イオンへ一緒に行って買っておいた。

 幼稚園から帰ったYUは、皆でお祝いする夕飯までプレゼント贈呈を待てない。

 ジジとババの顔を見たらラキューの包装を破って遊び始めた。

 ジジババが初めてみる玩具だ。

 似たのに有名なレゴがあるが、これも持っていて、パソコンゲームに飽きたらよく遊んでいる。

013 011  ラキューはレゴより複雑で曲線ができるようだ。幼稚園で馴れているYUは30分少しでフォークリフトを作ってしまった。

 精神年齢がYUと大差の無いダンボも負けてたまるかと挑戦したが、サンプル通りに作るのは並大抵でない。結局、細部を誤魔化して帆船を作った。

 「舟ができたー」とYUに言ったら「海賊船やで~」と訂正された。

 子どもの玩具といって侮れない、進化は子どもの世界も例外ではない。

2008年10月22日 (水)

日々新鮮

 朗読ボランティアの活動日、独りぐらしのお年寄り向け慰問テープの収録をする。

 メンバーがそれぞれに、自分が受け持った番組を読む。自作もあるが殆どは新聞や雑誌から材料をもらう。

 「あいさつ」「ニュースの窓」「心に残る父のこと母のこと」「やましろ紀行」「ほっとタイム」「旅行けば江戸気分」「一緒に歌おう」「社協からのお知らせ」のタイトルだ。

1110_003  用意した原稿を順に朗読するが、毎回新鮮な驚きがある。学習はエンドレス。

 「あいさつ」では、来月初孫の顔が見られる喜びが綴られていた。自分が身籠もった時は、男か女か?五体満足か?どっちに似てるか?とワクワクしたのに、エコーで分かってしまう現代に閉口する話。

 「心に残る・・・」は、登山家の田部井淳子さん。ふんどししたまま湯船に入ったり、汽車で居眠りし靴を盗られて三つ揃いの背広服に藁草履で帰宅したりした、愉快な父親の話。

 「やましろ紀行」では、打田(うった)という貧しい山の集落が「里子の里」と呼ばれ、1955年頃まで、親のない子引き取って育てた事。ただ、農業だけで食べられない村が里子を預かることで現金収入を得たかったのでは?という話。

 「ほっとタイム」は、福井県坂井市丸岡町の公募している「日本で一番短い手紙」の紹介。

 一筆啓上

 〇妻へ 昔、君が「あなたについて行きます」と言った。今では、僕があなたに付いて行きます。 (八重田保 39歳)

 〇おふくろ、死ぬなよ。いいと言うまで死ぬなよ。親孝行が全部終わるまで死ぬなよ。  (成田康裕 28歳)

 〇五体満足なら何もいらないと誓った15年前。いま、頭の出来に文句言ってごめんね。  (熊手恵美子 42歳)

 〇知ってるよ夜中に頬ずりしにくることを、寝たふりするのむずかしいんだよ。  (伊集院咲 12歳)    ・・・以下略・・・

 私は、「一緒に歌おう」を担当し、大好きな河島英吾の「生きてりゃいいさ」を紹介した。

 高年齢の集まりでは得られない、新鮮な収穫がある。それも、仲間と仕事しながら・・・・・・

 

2008年10月21日 (火)

使えず遊ぶ

 iMacを買って1ヶ月近くなるのに、触った時間は3時間未満か?

 箱入りマックではないので、先日安いマニュアル本を買ってきて慣れようと努めた。しかし、身辺多忙でパソコン相手の時間が無い。

 ウインドウズはXPからVistaになった途端、扱いにくくなって未だにXP搭載のPCが売られている。

 Macの場合はOSX(テン)になったら、もうOS9(ナイン)は見当たらないのでは?

 Imac 以前ナインを一応使っていた私にとって、テンになった衝撃はXPがVistaになったより大きかった。年をとっていたせいもある。

 今度のiMacはOSテンでも最新のレパードだ。新機能や増強された性能だらけ。

 ディスプレーは美しい立体的でまるでアートの世界。でも、分からないので有り難味は何十万分の一か?そもそも用語に馴染みの無いのが多く、マニュアルを読むのに苦労する。

 マックでもウィンドウズも動かせるスグレモノとは聞いているが、あまりの高性能に低性脳が付いていけない。

 まあ、使えなくても遊べる。取り込んだ写真やDVDを20インチの画面で再生したら、ほれぼれする映像と音が飛び出してきて「、お前パソコンか?」と話かけたくなる。

 その内、映像の編集とDVDへの書き出しぐらいはマスターするだろう。

 最後に、マニュアル本選びは慎重に。高価なのは難しすぎ、安いのは説明が簡単すぎて訳が分からない。

 本なんか読まずに、子どものようにマシンに馴れるのが先決かも。

2008年10月20日 (月)

神通力なんて無い!

 クライマックス・シリーズなんて目じゃない!と言いながら、テレビ放送があったら、やっぱり坐ってしまう。

 今夜は、野球の好きな人間には見応えのある試合だった。

 中日の吉見と阪神の岩田、若い二人の息詰まる投手戦。

 1型糖尿病で1日に4回もインシュリンを打たなければならない岩田が、今シーズン最高のピッチング。

 危なげなく1ヒットピッチングで8回を投げ切った。

 「点を取ってやれよ~」どれだけ画面に向って怒ったか!

 相手の吉見も見事だった。散発4安打で点を与えず8回までもち堪えた。

 先に動いて好投するピッチャーに代打を送ったのが阪神。

 代打桧山があえなく三振。(神通力は効かない) 

 そして、クローザーの藤川が登板。誰だって阪神の9回裏のサヨナラ勝ちか延長戦を頭に描く。

 それが、ヒットを打たれ、ワイルドピッチでランナー3塁、2アウトで中日の主砲Tウッズが打席に立った。

 それまでのウッズは岩田に捻られていた。

 しかし、不調でも落合監督が使い続ける4番バッターだ。ワンヒットでも重い重い1点が入る。

 野球に神通力なんて無い!藤川はシーズン終わり近くに疲れが出て点を与える場面が多くなっている。塁が空いているのだから真っ向勝負することは無い。にもかかわらず、ストレートで勝負し見事にホームランされた。(神通力は効かない) 

 結013果論には違いないが、何故もっと勝ちにこだわらないのだ。柔道の石井選手を見習うべきだった。

 これで、すっきりした。やっぱりな~・・・・だ。

 阪神の破竹の勢いは、神がかり的だったが、神通力を手にした訳ではなかった。

 これで目覚め、来年は強い虎に生まれ変わってくれ。

2008年10月19日 (日)

現場主義

 10月初め、読売新聞のコラム「地球を読む」に驚きの内容があったので切り抜いておいた。

 著者はイギリス歴史家の「ポール・ケネディ」

 『戦時最高司令官・偉大な世代は現場主義』の見出しだった。

 第2次世界大戦時、小児麻痺後遺症で車椅子を使っていた米大統領フランクリン・ルーズベルトは、戦地や連合国の重要な会議に海外を飛び回っていた。死の直前合計3ヶ月近い時間を海外の会議に費やした。

 その上をいったのがウィンストン・チャーチルで、戦場や被爆直後のロンドンや、海外での会議に東奔西走したらしい。

 それに比べ、現プッシュ大統領の行動は対照的。

 アフガニスタンに進攻し、続いてイラクを戦乱に巻き込んだ当事国の大統領が、アフガニスタンには情勢が安定してきたカブールで5時間過した1回きり。

 イラクには5年余りの期間に、安全を保証された米軍基地内やゾーンで3回、時間にして合計24時間未満という。

 指導者は自分がバタバタ動かないもの、率先垂範するよりも人を使い動かして目的を達するのが優れていると聞かされた。でも、こんな大統領のいいなりに、せっせと身内を死地に送り出すアメリカ人は物すごくお人好しな国民に思えた。

 二人が甘えてまとわりついて喧嘩する。一人遊びをしなくなるRYOとYUに体力を搾り取られたこの3日で、脈絡なくブッシュが羨ましくなった。

2008年10月18日 (土)

秋満喫

 わが家の近辺も自然が豊富だが、ここ滋賀のRYOとYUの家にはかなわない。

 天然の自然でなく、人が生産にいそしんでいる中での季節感にあふれた風景である。

003 006  元気回復したRYOとYUの子守に手を焼いて一息入れに外に出た。

 今年は柿の生り年か? たわわに実をつけたのが、歩道の傍にある。

 早稲の刈り入れがすんだ田は、緑で塗りつぶされ斜めから見たら2度目012 の田植えを終えたようだ。

 かと思えば、足元の田は抽象絵画のように美しく、躊躇なくシャッターを押す。

010 011  4・50坪の畑に多種多様の野菜、農家の自家用だろうか?きっと農薬は使っていないのだろうな~

 10分ほど散歩して帰ったら、RYOとYUが玄関に待ち構えていた。「どこ行ってたの?」

 クソガキが、がらにも無く心配していた。

 

2008年10月17日 (金)

なめなか

080923_103901  滋賀に来た。気功体操を休み、小学校の「ふれあいフェスタ」での奉仕も断った。

 これもひとえに娘と孫の為。

 やってきたら、気を揉んでいたほどに重症ではない。が、まだ養生が必要でジジババがヘルパーさんに変身する。

 ギブばかりでは馬鹿々々しい。テイクするブログネタを仕入れた。

 2歳まで母乳で育てたのに、6歳を前にして、いまだにオッパイが異常に好きなYU。

 先日も、母親のオッパイを撫で撫でしながら「しあわせやな~」と嘆息するので、娘が「何で?」と尋ねたら「だって『なめなか』やもん」・・・・

 「『なめなか』って、なめらかのこと?」

 「ウン」

 「なめらかって、どんな意味か知ってるの」

 「ふ080923_104101ん、舐めたくなるようなって言うことやろ」

 「?!?」

 確かに、滑らかな肌は舐めたくなるかも?

 えらい難儀な子になったな~と末が心配になったが、娘は「隔世遺伝や から仕方ない」と割り切っている。

2008年10月16日 (木)

おでんとゼンマイ

 気懸かりに囲まれると、それをそらすのに色々あるが、昨日はクッキングでカバーした。

 老人クラブのUさんから頂いた塩蔵のゼンマイを調理する。2日前に熱湯を注ぎ、1日前に水に漬け塩抜きしておいた。

 量が増えるたのに驚いた。1回で調理するには多すぎた。

 食べてみたら、アクは抜けて山菜のクセはガッチリ残っている。

 ゼンマイ料理はしたことが無い。パソコンで調べたが面倒になり、ニンジンと油揚げを細かく刻んだのを入れ、きんぴらゴボウと同じ方法と味付けで炒め煮にした。

 残りは濃い目の出汁でゆっくり炊く。

 夕食は久しぶりに「おでん」。簡単にできるが、目的が目的なので材料の下拵えを念入りにする。

 煮汁はS&Bの「おでんの素」を使った。生協にも同じ製品はあるが、この味には及ばない。

002_2  二つとも手間暇かけただけの味がして、満足した。

 コンビニのヤキソバロールをヒントにして、今朝はバターロールに切れ目をいれゼンマイロールにした。

 これは新商品で売り出せる?!

 カミサンを遠くの病院送り、自分は近くの医院へ、親とは因果な生き物だ、我が身がガタガタでも子や孫の心配をする。

 

2008年10月15日 (水)

5分前

 「三つ子の魂百までも」と云う諺があるが、三つでなくても若い時に叩き込まれた習慣は一生後を引く。

003  海軍航空隊で過した1年4ヶ月、起きるのも寝るのも、飯を食うのも休憩に入るのも、朝礼に集まるのも時刻表で決まっていた。

 但し、その時刻に行動が開始される訳ではない。

 上官から口を酸っぱくして聞かされたのが『5分前』だ。

 兵舎内に流れるアナウンスも「総員起し5分前」とか「消灯5分前」とか定刻の5分前に予告がある。

 だから、定刻前に服を着てハンモックの中で待機するという、何の為にタイムテーブルがあるのか分からないのが軍隊だ。

 その理由は、「敏速」が至上命令だからだ。誰よりも速く、どの分隊よりも速くでなくては罰を受けることもある。

 その癖が今でも抜け切っていない、約束の時間に遅れる恐怖症に苛まれるし、5分前には起動できるようにと考えてしまう。

 昔、アルビン・トフラーの「第三の波」に、ベルの合図で集団を操縦するのは、産業革命で労働者の生産効率を高めるためで、人間が時の奴隷になった・・・?という風なことを読んだ気がする。

 5分前の束縛が嫌でたまらない時がある。前もって前もってと気配りが要るからだ。

 2女も長女も精神状態不安定。それに、3女までが昨日から頭痛が酷く髄膜炎の疑いありなどと言ってきた。気持ちより身体が先に動いてしまう私は何とかしてやりたいと気が急くが、カミサンを検査に連れて行かねばならない。

 孫悟空の分身の術を使いたいと願うが、ついでに「5分前」も、どこかに置いて気楽になりたい。

 そのうち、認知症で約束時間も予定時間もコロッと忘れるかも?

2008年10月14日 (火)

ナッチと再会

 我々が作っている慰問テープのリスナーと、朗読ボランティアの交流会。今回は中央公民館を使った。

 役員の計画なので事情は分からないが、例年に比べると緊縮予算のようだ。

 同じ、太鼓のボランティア「輪」の演奏を楽しんで、調理室でお好み焼きパーティをする。お好み焼きは手作り、会場費は無料。

 参加費500円で4時間の交流ができた。

 ボランティアは開始1時間前に集まって、お好み焼きの下拵えをする。

001 004  「烏賊を1センチ×2センチの短冊に切ってくれる!」

 得意な注文だったのでグループ4人で手際良く片付ける。36人分を19袋に計って小分けした。

 下拵えが済んだら、リスナーをサポートして太鼓の演奏を聴くグループと、お好み焼きを焼きあげるグループに別れた。

006  私は大ホールへ行った。サポートするS氏は初参加とのことで心配したが、凄く前向き、話好きでこちらがタジタジしたくらいだった。

 会場で久しぶりに盲導犬ナッチと再会した。ママのMさんの話では、7歳になったとのこと、私の靴を咥えて言うことを聞かなかった頃に比べたら流石に落ち着いている。

 011 盲導犬の仕事中は周りの人が手を出さないのが原則だが、どうも優しい目で見つめて尻尾を振るナッチを見ると誰もが禁を侵してしまう。

 Mさんも黙認するので、大勢に愛撫されてナッチも満足そう。

 太鼓演奏で最初は飛び上がったが、程なく寝そべりリラックスしていた。

 お好み焼きは、焼きたてでないのに、家で作るより美味しかった。

 お好み焼きのトッピングをお手伝いしただけで、S氏は、確り箸でカットして食べられた。

 雨だったが、気分的には晴れの一日だった。

2008年10月13日 (月)

馴れの違い

 F1レースでフィニッシュ寸前でガス欠になったような。

 頂上に後1メートルでザイルが切れたような。

 競馬の4コーナーを回わり直線に入って落馬したような。

 最後のトラックを回っているときに転倒捻挫したマラソンランナーのような。

 何ともはや、世のトラキチにとって、口惜しいとか残念を突き抜けた、茫然自失のシーズン幕引きでありました。

 カットンの言うとおり、CS(クライマックスシリーズ)なんてものは、プロ野球機構の営業利益をあげる客寄せパンダの曲芸みたいなもので、144試合闘ったリーグ戦の結果とは重みが違う。もう完全に今年のプロ野球は私の中で終わっている。

 bonのように、最終戦のアッチソンの面を思い出して愚痴っても溜飲が下がるわけでなく。mayaさんのいうどこかに優勝を信じないファンの気持ちを裏切らなかったと捌け口を設けても怒りが流れるものでなく。

 世界一厄介なプロ野球チームは「阪神タイガース」でありま~す!

 岡田監督は優勝できなかった責任をとって辞任を表明し、その意志は固いとか。確かに、後半戦で投手の交代や選手起用にオヤオヤと思わせる采配はあったが、前半は選手がそれに応えていたし、監督一人でしている野球じゃないのに・・・・そこまで・・・との気持ちはある。

 それに、選手がCSに少しでも発奮して欲しいと計算だったら嫌だ。

 優勝は逃したが、決してタイガースは弱いチームではなかった。前半は異常だったとしても、シーズンを勝率5割8分2厘で終えている。

 この数字は昭和37年、藤本監督で優勝したときの5割7分7厘より高いのだ。

 32:5 この数字は1950年に2リーグ制になってからの巨人と阪神の優勝回数の比である。(巨人の優勝回数はこれ以上かも?数えているうちに面倒になるくらいだった)

 各球団の主力選手をこまめに収集する優勝慣れした球団に、チャンピオンフラッグを攫われただけのこと。

 要するに慣れの問題なのだ。

 それにしても惜しい、タイガース優勝なら関西圏とは言わず全国的に沈滞する経済を活性化できたのに・・・・・・。

2008年10月12日 (日)

区民運動会

 小学校の運動場を借りて我が自治会の運動会が開催された。

 老人クラブも接待係として女性が3人協力する。

  同窓会と重なり2年続けて区民運動会に顔を出さなかったが、今年は老人会会長でもあり、朝早くから本部席で接待係のお手伝いをした。

 2年間で、区民運動会は様変わりしていた。

 各種目の競技に参加するのは、子ども達と若い親御さん。トラックを走り回っているのは知らない人ばかり。敬老席はないので年配者の姿が無い。顔見知りは役員の印をつけて本部席やグランドで働いている。

 012少子化で悩んでいる地域が嘘のような演技が次々と展開する。幼児の1種目に240人のエントリーがあったと聞いて(・_・)エッ....?大都市017中心部の学校の在籍数に匹敵するではないか?

 都市化した地域だと思っていたが、家族で1日運動会を楽しもうとする気風は以前と変わらない。でも、テントや折り畳みテーブルや椅子を持ち込む家族。特にキャンバス地の折り畳み椅子がズラリと並んだのは、畳生活が失われているのを偲ばせる。

 お昼時。仕出し屋さんから軽トラで、ほっかほっか亭からは各自買出しで、沢山のお弁当が運動場に入ってきた。

 5年後、我が自治会の運動会はどうなっているのだろう?楽しみでもあり怖くもある。

2008年10月11日 (土)

中秋・嵐山

001  1日嵐山に居た。紅葉の季節に間があるので、観光客は少ないといっても、写真に写っているよりはるかに多い。

 20年間、歩いて10分の近所に暮らしていた。

 転居して30年、記憶に残る昔ながらの場所は数少なくなった。

010 011  あちらにも、こちらにも、趣向を凝らし観光客を惹き付ける店が増えている。懐かしさより、もの珍しさが先にたち、足の痛さを忘れて右往左往した。

 古希を迎えた教え子達が我々の傘寿の祝いをしてくれた。

 宴席は「嵐山弁慶」

 京料理は定番のもの以外に必ず店独自の品を添える。わが町で食べつけている和食とは一味違っていた。

018 021  嵐山を熟知している世話役が宴会の後案内したのが甘味処「イクスカフェ」。千客万来の店なのに、即、座敷に通された手配済みだったようだ。

 コーヒーと珍しいケーキ「くろまるロール」を皆で味わう、アイデア勝負の厳しさも一緒に。

023   帰りは何十年ぶりかで嵐電に乗った。一駅でも終点まで乗っても200円均一、改札は無くホームに足湯の施設がある、アバウトな経営が魅力的だ。

 沿線の風景は竜宮から帰った浦島太郎の気分だった。むかし暮らした住宅も建て込んだビルや住宅で一瞬しか見えなかった。031

 景気よく(ケーキ)喜ぶ(昆布)と機転の効いた記念品。おまけに超有名な渡月橋北の道明寺桜餅、2枚の葉っぱに挟まれた餡なしの餅は掛け値なしに美味しい。

 皆で明日の活力を与えてくれた幸せ。ありがたい人生だ。

※こけた阪神にコメントを頂いたが、返事はゆっくり書きたい。冷却期間が必要だから・・・・ゴメンナサイ

2008年10月10日 (金)

同行会作品展

 小学校の図工研究会の同好の友が退職してから色々な創作活動をしている。

 美術が好きな私には図工研の知り合いが多く、年一回開催する「同行会作品展」の招待状が送られてくる。

 第17回目を迎える今年の展覧会を京都市勧業館のギャラリーへ観に行った。

 思い込みとは厄介なもので、長年この展覧会は清水坂を少し登ったところのギャラリーで開かれていたので、案内状を見た途端に、そこと決めつけて行った。  ありゃ~~~~

 重い足を引き摺ってついてきたのにと、カミサンの山ほどの文句を覚悟したが、不思議なくらい大人しかった。前もって歩く必要をしつこく聞かせた効果あり・・・?!

 タクシーで会場へ。入っての第一印象は「やけにこじんまりしている」

 ブログに度々登場した師範学校から友人H君にズケズケと言ったら

001 003  「そーやなー、みんな年をとって作品が集まらん。亡くなったり体調を崩した会員が多く、エネルギー不足で大作・力作も減ったなー」

006  彼も、かつてはプロ並の陶芸作品を幾つも出品していたが、今は遊びに徹して楽しく微笑ましい作品を並べている。

 でも、切り絵のI君やちぎり絵のMさんなど、まだまだ小品とはいえ創作意欲健010在だ。

 同好の士は私と同年齢か先輩だ、創りたいという心根をもち続けるのは素晴らしい。

013  ※遂に今年のプロ野球は幕を引いた。こんなコケ方は未曾有の椿事と言えるだろう。それでも、性懲りも無く来年もタイガースを応援する。

2008年10月 9日 (木)

またノーベル賞

002  昨日に続いてノーベル化学賞に下村ボストン大名誉教授が選ばれた。

 自然科学の分野で1度に4人の受賞は世界でも珍しいのではないだろうか?

 ただ、どなたの研究も認められるまでに時間がかかり高齢になってからだったこと。お二人は日本人の血をもっていてもアメリカが活動の本拠で知能流出の学者であること等、手放しで喜べない面もある。

 因みに、最年少受賞者は1915年にローレンス・ブラッグが25歳で物理学賞を受け、ヨハネス・ゲオドルグ・ベドノルツとアレキサンダー・ミュラーは論文発表から1年後に受賞している。(Wikipediaより)

 ノーベル賞が欧米に片寄るのは仕方がないが、これでアジア地域では断トツで、日本の受賞者の数は16人になった。

 名前も業績も知らなかったのに(これは90%以上の日本国民も一緒だろうが・・)ノーベル賞人気にあやかろうと政治家が4氏にベタベタとアプローチするのが可笑しくてたまらない。寄らば大樹の陰でなく、寄らば人気のおこぼれがミエミエだ。

 庶民は賞金の多さに感動する、ノーベル賞の賞金には所得税がかからないそうで、長年の苦労を報いるのに名誉だけでないのに拍手をおくる。

 これに、金欲のハゲタカが群がらない法規制を、所得税免除と同じようにしているのだろうか。

 それにしても、ノーベルがダイナマイトで得た莫大な遺産を基にしてノーベル財団が授与しているらしいが、この世界経済の大混乱で原資がどうなるのだろう?果実が減って、数年先にノーベル賞が賞状だけにならないように祈る。

2008年10月 8日 (水)

ノーベル賞

 一人は米国籍でも日本人物理学者が3人の枠一杯を使って賞を受けたのだから明るいビッグニュースに違いない。

 オリンピックで日の丸が3本のポールに揚がったようで、F1レースでトヨタとホンダがワンツースリーフィニッシュしたようで何とも心地よい。

009  それにしても、ノーベル賞とは決まる迄に時間のかかる賞だ。最長老の南部教授は87歳、47年前の研究成果に対して与えられたというのだから気の長い話だ。

 「ノーベル賞とかけて、天災と解く。その心は、忘れた頃にやってくる。」

 我ながらつまらん謎かけとは思ったが反射的に出来てしまった。

 技術革新のお陰で、暮らしのハードが日進月歩で変わっていくのに、50年近く変わらぬ価値ある理論があるとは驚きだ。天才が見たことの無い世界の窓を開けたようなものだからだろう。

 普通の知能の持ち主には100年解説されても理解できない難しい理論を、時間と資金をかけ実証できなくては認められないらしい理論物理学。

 南部教授は長生きで幸運を掴まれた方と同じ高齢者として嬉しい。

 TV画面のシャイな小林教授もサービス精神旺盛な益川教授も楽しい。特に、益川教授の妹さんには笑わせて頂いた。

 兄のノーベル賞受賞の感想を聞かれて、「ノーベル賞も地に落ちたものだと思います」と、冗談でかわされた。

 私は1974年のノーベル平和賞を佐藤栄作が受けた時にマジな言葉として聞きたかった。

2008年10月 7日 (火)

また堕ちた。

 緒形拳の訃報を朝のテレビで見た。

 財テクに興味が無いから日経平均が1万円を切ったとか、総理がニヤニヤしたり口を曲げたりするより興味があって釘付けになった。

 私の中で、緒形拳・高倉健・山﨑努を日本の男っぽい俳優の三羽烏に思っていた。

 中でも、緒形拳は他の二人よりも飄々とした空気の中で、身近な役柄を演じてくれて大好きだった。

004_2 若い頃は「鬼畜」や「復讐は我にあり」などの鬼気迫る人物を演じ鳥肌 が立った、人間がここまで非人間になるか!とショックだった。

 年を重ねるにつれ、演劇・映画・テレビと幅広く活動の範囲が広がり少し心配したことがある。テレビのドギュメンタリー番組で深海に入ったり、高山や砂漠に旅したり、無理するな~と同情したことがある。

 004俳優というより役者が似合うスターが又一人落ちた、残念だ。

 間もなく始る倉本聰のTVドラマ「風のガーデン」をどんな気持ちで鑑賞できるか、複雑だ。

 海の向こうアメリカでも9月の末に男っぽさの代表格のポールニューマンも亡くなっている。

 諸行無常

2008年10月 6日 (月)

遺言書

 遺言を書いた。実は10月1日に書いて封をしたが思い違いがあったので書き直した。

 大袈裟に書類にするほどの財産が私にあるのか分からない。認知しているのはカミサンの土地に建っている我が家と、兄から遺されたが1円も手をつけず兄の遺志通りにしている分、アイマックを買ったので残高20数万円になった貯金だ。

 他に私名義の預貯金や証券がある筈だが、カミサンが管理しているので北朝鮮のキム書記長の動静より霧に包まれている。

 私にとって自由に使えない金は金ではない。

 でも、遺言は財産の質や量が分からなくても書ける。先日のシルバーカレッジで教わった通り、色々考えず公平になるようにした。

 常々突然死を請い願っている私だ、死後の準備をしておくのもよいかな~と軽い気持ちなのでスピーディーに書けた。

014_2  百均の書簡箋に事務用封筒、ボールペン書き、体裁なんか構わない。

 こうして遺したものも、長くて十数年だろう。儚くて潔い。

 問題は、物や金でない遺伝子のように伝わったものだ。子ども達に背中というより裸を見せてきた。考えたら窮屈で生き辛い。

 勝手に取捨選択してくれ。

 遺言書の日付を書くだんになって、切りよく十月十日にした。それまでに若しものことがあったら無効だ。気をつけよう。

2008年10月 5日 (日)

想像力

 『人権尊重と想像力 「我が身をつねって人の痛さを知れ」という諺は、他人の立場に立って考える難しさを教えてくれます。

 人が生まれながらにもっている権利をお互い大切にするためには、同情や憐れみでなく相手の立場を考えることからスタートするのが必要でしょう。

 しかし、これは他人と同じ心になったり体験したりできない人間にとって簡単ではありません。

 人の喜びで自分の心もはずみ、人の苦しみで自分も痛みを感じる。豊かな感受性をもった想像力が人権尊重に欠かせぬものではないでしょうか。』

 昭和62年12月の「学校だより」に寄稿したものだ。

 わざわざ古いファイルから引っ張り出して載せたのは、もみじさんの記事から、己の人権意識が錆びてきたのを悟ったからだ。

 大臣の椅子を5日で追われた人の失言に「日本の教育のガンは日教組」があった。日教組の組合員だったダンボは、人の身体に巣食うとんでもない病根に例えられたのに腹を立てた。でも、それからの進展はなかった。

 もみじさんは「日教組だけでなくガン患者も怒ってます」と、日々ガンと闘ったり騙したりして過す患者の怒りを静かに述べている。(もみじの日々・9/30掲載)

 もみじさんのブログに早速、同意見のコメントがガン患者の大阪のもみじさんから入っていた。

 人権意識は語学と似ている、絶えず使っていないと忘れてしまう。

 悪の引例として使われるガンという言葉一つにも想像力が足りないと差別が生まれる。

2008年10月 4日 (土)

ぬすびとハギ

 行事の多いシーズンだ。ざっと数えただけでも13日ある。

 同窓会も11日に嵐山で、26日にはわが町の料亭で開かれる。

 とりわけ、29日は宴会の後、料亭のマイクロバスで我が家まで送らせ、2次会をするというので大変だ。

 5月11日の「母の日忙し」で書いたカミサンの教え子が、15・6人やって来るらしい。

 どちらの同窓会も夫婦でお誘いを受けるが、26日は私が準備のため家で待機することにした。

 そして!

 いくら自然体で客を迎えるといっても、あまりにも酷い我が家の内外の現状に、遂にカミサンが動き始めた。

 此れが恐ろしい。「足の悪い私が頑張って家を掃除しているのに・・・・・!?!?!」という、放射線を体中から発散する。

 こんな場合、アメリカに追従するどこかの国みたいにならぬよう、発想を変える。

 『こんなチャンスでもなければ、家は美しくならない』

003  昨日はキッチンを磨いた、今日は庭の草引きだ。刈払い機を使う前に隅々の雑草は手を使う。

001  「ヌスビトハギ」が一番厄介だ。種の形が盗人の足跡に似ているからつけられた名前らしいが、そっとひっつき離れないのは「ストーカーハギ」と改名したい奴だ。

 悪戦苦闘中の私に、離れのガラス拭きをしていたカミサン曰く。

 「花は綺麗やけど・・・」

 001_2 「片付ける者の身になってみろ」はっきり口に出してやった。

 半分刈り終わったところでダウン。雑草と同時に庭の風情も無くなった。

 今日は孫の「まり」が京都駅大階段のステージで、フラダンスを披露するのだが観に行くスタミナが無くなった。

2008年10月 3日 (金)

研修会

 与り知らぬ間に、市老人クラブ連合会の「健康推進理事」とやらに任命されていて、研修会に行く破目となった。

 文句の一つも言いたいが何事も勉強と我慢し、久しぶりにスーツを着て出かける。

 研修は山城ブロック対象で、市の中央公民館の大ホールがほぼ埋まる人数だった。

 講演会が二つ。

 「リズムと共鳴して豊かな加齢に」と題した講演は、午前中の気功体操の疲れが出て50%舟を漕いでいた。唯一「人間の身体は共鳴体である」といいうフレーズは昨日のブログと結びついたので笑ってしまった。

 二番目の「後期高齢者医療制度について」は、京都府医師会、副会長の上原春男氏の講演で、医師の立場からの制度批判に興味津々で寝なかった。

 勉強になった。『高齢者は社会の重荷?』『高齢社会は暗い社会?』で、データから生活能力、高い高齢者が若者を助けていたり、(我が家でも子どもをどれだけ助けているか!)消費者の主流になって経済効果を高めている003等、自信も湧いてきた。

 「医療費亡国論」を言い出したのは厚生省の役人であり(財務省ではない)、昭48年の老人医療無料化から昭57年に月400円となり、1割負担とな004り、3割も始まり、小泉政権の医療改革で徹底した医療費削減がスタートした。

 診療報酬の値下げや療養病床の削減、受診抑制などが行われ、つぶれる公立病院があったり、診る医師がいなくなったり、医師が萎縮したりして崩壊の危機が迫っている。

 要するに後期高齢者医療制度の背景は、・基本的に医療費抑制策であり、削減策であり、国庫・企業負担の軽減策なのだ。

 所々苦しそうな説明もあったが、後期高齢者医療制度に怒っているのは医療関係者も同じと分かって心強かった。

2008年10月 2日 (木)

切羽へ

 今年の直木賞作品、井上荒野著「切羽へ」を一気読みした。

 8月27日、オール読物で読んだ続きを見たくて本屋へ飛んでいったがなかった。図書館へ行ったら、予約が6人入っていた。

003  その順番が回ってきて借りられたから、他の本を置いて優先させたという訳。

 久しぶりに小説らしい小説を読んだ気分だ。

 読みながら抑制の効きすぎた主人公に「もっとシッカリせぇ~」と言いたくなる。

 同僚の月江先生が小粒ながら波乱万丈の生き方をしているのに同調も反発もできない。得体の知れない石和先生に秘かに惹かれているのに、気持ちを伝えるすべもない。

 でも、私に振動が伝わってきた、共振し共鳴しはじめた。

 流石、プロの書評は見事だ。ほんの1行褒め言葉を列挙する。

・心の表裏や僅かな動きを捕らえる表現力に秀れている(平岩弓枝)

・選び抜かれた比喩、文章のリズム、心理描写どれをとっても素晴らしい。(林真理子)

・人間を見詰めて説得力がある。(渡辺淳一)

・文章のもつ官能の力を巧みに使いこなしている。(五木寛之)

・自然主義の様式に呪縛されたフィクションで(略)基本構造上との矛盾を静謐な絵に描きおえたのはさすがである(浅田次郎)

・感情のゆらめきと抑制の部分に、行為が作り出すより、より官能性があるというのは、すこぶる小説的(北方謙三)

・どこにでもあるような歪な恋のかけらを、しなやかな文章で綴って快い(阿刀田高)

 お断りしておくが、この記事に操られて買って読んだら「たいしたことないじゃないか!」と怒る方もあるかもしれないが、一切責任はもたない。

2008年10月 1日 (水)

年賀状考

 郵便局から、年賀ハガキの予約申し込みが届いた。やけに早いと思ったが考002 えると大晦日まで2ヶ月しかないのだ。

 民営化された日本郵便の営業努力の証しではないようだ。

 年賀状といえば、60歳で定年退職した時、知り合いの皆様に「フリーになったので、これからは色々な面で礼を欠くやも知れません」と、挨拶状を送り、遠回しに年賀状も止めるつもりでいた。

 ところが、変化がなかった。第二の職に就いたり、民生委員やボランティアを引き受けたので、出す数も頂く数も現職時代と変わらなかった。

 今は150枚程度になったが、手の込んだのは作れず、十数年前からお世話になっているパソコンがなければ処理できない。

 手書きでなくては気持ちがこもらないという人もいるが、一部を除いて年賀状は儀礼的なもの、ご無沙汰のお詫びと近況報告みたいだから、省エネを優先させる。

 しかし、年賀状のデザインは自分で考える、決して市販のは使わない。もともと創るのが好きだから以前は随分凝ったものだ。

005 006  カルチャースクールで木版画を習った折は、4・5年続けて版画の年賀状で年始のご挨拶をした。

 もみじさんのブログに「家に十一面観音が鎮座された」と、あったので、菩薩の横顔を年賀状に彫ったのを思い出した。

004  無駄だ。虚礼だ。事務的だ。と年賀状の風当たりは厳しくインターネットに押され気味だが、私は細々とでも続けられる限り年賀状を見捨てない。

 ※国会で異例の所信表明や代表質問が繰り広げられているが、総てが選挙向けのメッセージに聞えてブログに取り上げる気になれない。

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