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2008年9月29日 (月)

源氏物語

 1184720604432 京都では源氏物語千年紀事業が盛んだ。

 京都市の観光客数は年々増加して春秋の観光シーズンになったら。観光地は人の波で、京都の住人は外出が億劫になる。

それに追い討ちをかける千年紀のイベント。10月11月はどんな混雑が出現するかと思うと、観光収入の恩恵と無縁の人間は頭が痛い。

 でも、そんな狭い心では紫式部の幽霊が出そうだ。

 講演会・フォーラム・展覧会等で、世界に誇れる長編小説が紫式部の業績と共に紹介され広く認められるのだから、一緒に祭りに参加するのが京都府民の責務かもしれない。

 誰でも知っている「源氏物語」だが、どれだけの人が読んだ本だろう?自分の無知を棚に上げて言うのもなんだが、原文で読んだ人は日本国民の数%ではないかと思う。

 かくいう私は、30代後半に「谷崎源氏」を初めて借りて読んだ。どうも初約だったらしく難解で苦労した、楽しんで読んだ記憶がない。主語述語が混乱し語彙の難しさが加わって物語が頭に入らない。

 それでも意地で読み終えた。

 「桐壺」「夕顔」「末摘花」「明石」などが薄っすら残っただけで、源氏物語のペーパードライバーになった気持ち、こりごりした。

001  ところが、千年紀・千年紀と囃し立てられ、物語を楽しめないかと思っていた矢先、図書館に瀬戸内寂聴訳の源氏物語が並んでいた。

 反射的に2巻だけ借りた。

 空蝉まで読んだが、谷崎訳と別物かと思う易しさだった、面白く楽しめる。世の中には、あまりの意訳に厳しい評価をする向きもあるらしいが、私は分かり易いのが何よりだと思う。

 内容が、下々庶民と縁のない宮廷物語。それも、男なら「この野郎!」と軽蔑と嫉妬と羨望と尊敬とを浴びせたたくなる、パーフェクト人間源氏様のお話なんだから、分かり難かったら読む気がしない。

 読まなくても、生きていくのに差し支えない源氏物語だが、小説として楽しさが味わえたら費やす時間は惜しくない。

 

 

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