« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2008年5月

2008年5月31日 (土)

クラスター爆弾

Cluster  読売新聞、朝刊の1面と2面に「クラスター爆弾の事実上の全面禁止」

ダブリンで開催されていた国際会議で採択されたニュースが載っていた。

 条約交渉には、平和の為に一番必要な国の、米国・中国・ロシアが参加していないのだから、絵に描いた餅かもしれない。でも、国際世論として110カ国が調印したのだから、小さな一歩でも無駄ではないだろう。

 効率的に人を殺傷できるクラスター爆弾は、残虐で非人道的(人道的な兵器があるのかな?)兵器といわれ、特に不発弾による一般市民、特に子供達の犠牲が多いので有名だ。

 驚いたのは、日本も170億円相当のクラスター爆弾を保有していた事だ。その理由について防衛省は「敵部隊が上陸した場合、都市侵攻までに敵を一網打尽に攻撃できる有効な武器」と、言っているそうだ。

 本音でそう考えているのだろうか?そんな時代錯誤の稚拙な頭脳の持ち主が、国を守っていると思ったら寒気がする。

 もっと素直に、アメリカ政府及び軍部とアメリカ軍需産業との関わりで、クラスター爆弾は自衛隊に装備する必要があるのだ!と言えば分かりやすいのに。

Photo  さすがに、福田首相が受けいれず、官の反対を押し切って廃絶条約の採択に同意したと、伝えていた。でも、その理由が「日本の安全保障の脅威は、ミサイルや航空機による攻撃であり、敵部隊の直接上陸は考えにくい・・・」というのだから。人道的な立場なんか吹っ飛んでいる。

 支持率最低の福田首相を何とか引き立てたい読売の気持ちの現れのようで、「あらたにす」で朝日の取り扱いを調べてみた。

 福田首相の功績も出ていないし、保有国にとって抜け道だらけの条約。なんとも、そっけない記事だった。

 航空自衛隊の保有する1種類のクラスター爆弾の廃棄で、約100億円かかるとか、

 国民感情に反する税金の使い方を、どれだけしたら気がすむのだろう、この国は!

 

2008年5月30日 (金)

4年生の日記

 一昨日、分厚い手紙を受け取った。差出人は、30年前京都市南部のK小学校で4年生を担任したM.Y君のお母さん。

001 004  中に、Y君が当時書いた日記のコピーと、お母さんの丁重なお手紙が入っていた。

 何でも、皆既日食のテレビ放送をみて、Y君の日記を思い出されたらしい。今も彼の10冊余りの日記帳は大切に残してあり、読み返しておられるとのこと、必ずその日のうちに書き込んで返した私のコメントも一緒に・・・・

 彼の日記を読みながら、頬っぺたがゆるんだ。原文のまま、披露したい。

『6月3日(日)  かいき日食  

 おかあさんがきょうかいき日食の話をしてくれた。おかあさんは、昭和23年に、「とくしまで見た」といっている。昭和23年と言うとおかあさんが、ぼくらいのころです。はじめ、だんだん太陽がかけていったら、犬は、キャンキャンにわとりはバタバタコケコッコーねこは、ニャオーと言って、この世の終わりのようなかんじがしたと、おかあさんがいっていた。だんだんと昼の太陽がかけていってるのを、ガラスにすすをぬって見ていたとおかあさんは、いってた。太陽が全く見えなくなったら、なまぬるい風がふいてきたらしい。太陽の回りの大気(コロナ)がまるくひろがったとおかあさんはいってた。家や木が黄色く見えたそうです。それはコロナの明るさだと思う。せんめんきに水をいれて太陽がもとにもどるのをさいごまで見たそうです。おかあさんは、このかいき日食は、もう60年見られないと、へいに落書きをして、おじいちゃんにおこられたそうです。おかあさんが68才の時、ぼくが39才の時(昭和83年)に、またかいき日食が見れるからたのしみだ。おかあさんは、かいき日食を2回見るまでぜったい死にたくないといっている。ぼくはぜったい2回見れそうもない。2回目は、ぼくは99才になってしまう。』

 「お母さんは言っていた」が、類するのを入れると5回出てくるのに、まるで体験談のように生きいきとしている。

 お母さんが、日食の感動を全力で伝え、子がそれを全身で受け止めている様子が浮かんでくる。

 こんな濃密な親子関係が、今は珍しくないだろうか?

 宿題を廃止し、自分の好きな勉強をして先生に見せなさいと自由学習システムにした学級で、IQが高かったのに成績が振るわなかったMY君が豹変した。

 最高学府を出た彼は、大企業の海外事業部で活躍している。

2008年5月29日 (木)

目薬とオムライス

 薬が切れた。視覚人間で目を酷使するから肩が凝る、肩が凝るから目が疲れる・・?どちらでもよいが、高脂血症の薬より、目薬の切れる方がこたえる。

 丁度、カミサンの薬も切れたので、二人で近鉄駅前の眼科医へ。この医院のことは前にも触れたが、2時間待ちの1分診察で患者としてはすこぶるぶの悪い所だ。それほど、患者が詰めかける。

 医者を代えようと言うが、10年以上通いカルテが1センチを越える厚さになっていたら、おいそれとは踏ん切りがつかない。

 今日も満員だった。でも、ほとんどが若者(学生)で、ジジババの白内障だとか緑内障だとかの患者が少ない。診察時間の短縮に役立っていると思うが、やはり10時に着いて終わったのは、午後1時近くになった。

 本音を言えば、薬さえ手に入れば1分足らずの診察は要らない。

 抗菌点眼剤オルカビット3本と機能改善点眼剤ビタコバール限度一杯6本出してもらって帰ることに・・・・支払は二人で5000円を超える。

 以前は薬だけ下さいですむこともあったのに・・・融通が利かなくなった。

 腹がへった!帰ってからの支度は大儀である。近くのオムライス専門店へと誘ったら、カミサン勿論異議なし。

 Ca380230 この店に入ると、注文する品は決まっている。昔懐かしいドライカレーのオムライス。

 ネーミングのようにご飯からもソースからも確かに懐かしい味がする。

 メニューに数多くの料理があるのに、義理堅いというか、執念深いというか、一徹というか????何といわれようと好きなものは好きだ。

 食べながら、昨日、体調が戻らず食欲不振と電話で聞いたYUを思い出していた。

 オムライスに目がないYUだ、治ったら「もう、いい」と言うまで食べさせてやろう。

2008年5月28日 (水)

畑中君

 昨日、畑中君からメールが入った。地元のテレビ局KBSの昼の番組に生出演する件だった。

 彼は、京都市左京区K小学校の教え子、1947年生まれだから、今年61歳になる。

 早速、KBSの視聴できるメル友に転送し「出来たら見てあげて」のコメントをつけた。

 私はVHSとハードディスクに録りながら、視た。

 彼はゲストだ。アナウンサーが彼を紹介する時の肩書は『ミニチュア和風家具作家』実物の10分の1に縮小した家具や建物を作っている。

 そして、てのひら工房の主である。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~tenohira/

 最近このようなミニチュアが流行っているようだが、彼は見た目だけでなく家具としての機能を持たせたまま小さくしている、小学校時代理数に優れていた彼なればこそ出来る技だろう。そして、作品は昭和を懐古するものに限定している。

 安定した職を定年前に捨て、この道に入った訳は作品から滲み出している、本当に好きなのだろう、奥さんもすごい。

 番組の「見ごろ」コーナーで、京都美術館別館で開かれている「日本・アメリカ国際版画展」の話題となった。

 アナウンサーが「畑中さんも版画をされるんですね?」と話を向けた。「1年に1回年賀状を版画で創ります」の答えに「今度是非見たい」とアナウンサーのリアクション。

 今度は何時だ?視ていてチョッとカチンときた。

 それじゃー、永久保存版の中から、このダンボが畑中君に無断であるが勝手に選んで紹介する。ゴメンネ

002 004

2008年5月27日 (火)

天日干し

 昨夜は、滋賀へついて行き、朝学校へRYOを送り出す予定だった。

 でも、娘の男に対する不信感は並々ならぬものがあり、父親とジジに任せたら、RYOがまともな支度せずに登校し恥をかいたら可哀相と、元気の無いYUを引き連れて帰ってしまった。

 我が家は、サイクロンが通過したような状態で淋しい朝を迎える。

 寝床の中で新聞を読むのは久しぶり。ふと枕元を見たら綿ボコリ?

002  そうだ!することは山ほどある。5月の晴天は今日が最後と予報で言っていた。

 布団を日に干すことにした。空いた寝室と孫達の寝ていた部屋に掃除機をかける。ロタウィルスも消滅しただろう。居間・廊下もついでに片付けながらダスキンで拭う。

 それにしても素晴らしいお天気だ。汗ばむ暑さだがそよ風がそれを直ぐ乾かしてくれる。

 洗濯ものもよく乾いた。

 日干しした掛布団はクローゼットに仕舞った。もう羽毛はいらないだろう。

 夏物冬物の入れ替えを、こうして出来る力が後どれくらい残っている?

 つい、カミサンにこぼしてしまう。「物が多すぎる!」

 この夫婦にシンプルライフは夢のまた夢だ。

2008年5月26日 (月)

遊び癖

 RYOとYUは今日も欠席。我が家から滋賀の学校と幼稚園へ娘が欠席の電話する。

 RYOは熱も下がったし、嘔吐も下痢も止まったし、食欲も少しは戻ったし、本人も学校に行きたい気持が出ているが、咳だけが激しいので学校では敬遠されるだろう。

 YUは、吐き気がしても収まっているし、下痢は回数が減ったが、まだまだ、幼稚園に行ける状態ではない。

 大体、YUの体調は食欲で判断できる。手掴みで食べるくらいの猛烈さが普通だから、食べ物を横目で見て手を出さないなど、余程の重症だ。

 そんな二人だが、遊び好きは体調の如何にかかわらず変らない。

 花札・坊主めくり・トランプと一通りして。合間にはDSやパソコンで遊ぶ。

 呆れるが、親ゆずりなのか、ジジゆずりなのか?あまり責められない。

 RYOをこれ以上学校を休ませると、不登校にならないか心配なので、YUと別居させることにした。

 今夜は、父親とRYOが滋賀の家に帰る、ジジもついて行って面倒をみる。

 YUが回復したら母親が滋賀に連れて帰り、ジジはその車で帰宅する・・・・嗚呼・ややこしい暮らしである

 ※ここまで記事を書いた後。阪神タイガース公式ホームページをみたら、11回裏に阪神が西武にさよなら勝ちをしていた。万歳・ばんざい・バンザイ

 

2008年5月25日 (日)

禍福は糾える縄の如し

 禍福は云々の諺と、河島英吾の「生きてりゃいいさ」の♪喜びも悲しみも010立ち止まりはしない、めぐり巡ってゆくのさ~♪

 その通りさ。

 RYOとYUの病状は一気に回復とはいかないが、今日は両親が居るので昨日と比べものにならない余裕。阪神対西武戦もRYOと見られた。

 賑やかな元気者が、吐き気と下痢で寡黙なYUに変身しているのが、見るに耐えられない。トイレに坐っても何時上から出るか分からないので洗面器を差し出すと「とりあえず、そこに置いといて」と言葉少な。

 しかし、この禍によって人情の厚さに感激する。それぞれの方からのお見舞いと励ましで救われる。

 それと、奥さんが病に侵され、奈落に突き落とされた甥が、3ヶ月ぶりにブログを更新していた。前向きに治療に取り組み、これからを切り開く決心がついたようだ。これは福となって巡ってきた思い。

 もう一つ、思いもよらない教え子からのメールが入った。私学の小学校で理科をほんの僅かの期間教えただけなのに、苦手&嫌いな理科が、得意&大好きになり、その子の針路が決まったと書かれていた。教師冥利に尽きる話で大きな福となった。

 さっき、部屋へ二人の様子を見に行くと、何と母親とRYOとYUが花札をしていた。

 ブログに書くと怒ったが、それだけの元気が戻っただけで喜ばしい。

 禍福糾える縄のようになるのは仕方ないが、禍はできる限り間をおいて細くき て欲しい。

2008年5月24日 (土)

火事場の馬鹿力

 まだ終わっていないが、本日は大変の2乗の1日だった。

 病気の孫二人を預けて親は朝の8時から家を出てしまう。両親とも事情は分かるが、預かり人の齢も考えろ!と口に出さず怒鳴っている。

 まあ、YUはRYOからうつされたロタウィルス感染症だから、病状は分かっているし、RYOはそれが治りきらず、激しい咳が残っているのだから。オタオタすることは無いのだが、そこはそれ年寄りは心配性だ。

 YUは液体以外一切受け付けないし、1時間に1回以上大量に吐く、RYOは海老のように体を曲げて咳き込むし、見ているのが辛い。

 吐しゃ物を片付けたら、吐いて気持ちよくなったYUは飲み物を欲しがる。原則的に直ぐには与えず、チビチビと収まるように飲ませるのだが、食い意地の張ったYUは許さない。ポカリスエットなど手酌で飲んでは、直ぐに吐く。

 ごご2時にやっと父親が帰ってきたので、二人で我が町の小児科救急へ連れて行った。診察待ちをしていたらカミサンから電話でRYOが8度以上の熱を出しているとのこと、私だけ家にとって帰えって様子を見る。

 暫くすると帰路に着いた娘が、やがて駅に到着すると電話があったので、RYOと一緒に迎えに行き、その足で病院へ。

 点滴を済ませたYUと吸入をしたRYO、皆で帰宅したのは午後6時。

 昨夜もむずかるYUと咳き込むRYOの声に起こされて少ししか寝ていないのに、よく身体がもつものだ、火事場の馬鹿力なのだろう。

 それにしても、「母は強し」とよく言ったものだ。娘は1週間こんな暮らしをしてきたのだから・・・・・・

2008年5月23日 (金)

正真正銘の日記

 滋賀の家で、朝1番に起きる、6時半。

 娘は看病で疲れているし、婿も起きそうにない。カミサンは他所に来ても日頃の習慣を変えようとはしない。一人RYOだけが目を覚ましてグズグズ言っていた。

 水分の多いものが良いと思い、RYOの為にフレンチトースト焼き、リンゴと甘夏を剥いて食べやすく盛った。

 残念ながら、RYOの食欲は普段の半分以下、学校は今日も欠席する。

 娘が学校へ電話で連絡したが「3年〇組のA・Rの妻・・?」と言いかけたそうな、看病疲れのせいか、潜在願望のせいか?と後で大笑いする。

 悠々と起きてきたYUを幼稚園まで送っていく。先生やお母さんから、口々に「いや~今日は早いね?」と声がかかる、日頃の登園の様子が想像できる。

 昼食は娘が手早く作ってくれたので、一日、瞭汰と遊んだ。吐き気はおさまったが咳がヒドイ。家中くまなくロタウィルスが充満している、YUの発病は時間の問題。

 夕刻、娘と孫二人を伴って帰還の途へ。途中、スーパーで夕食代わりの弁当やおにぎりを買い、2女の家にも立ち寄ったので遅くなった。

 孫達が床についたと思ったらYUが思い切り嘔吐した。やはり潜伏していたロタウィルスが暴れだしたようだ。晩に好きな唐揚げを食べ過ぎたのならいいのだが?

 明日は、娘が友人の結婚式に出席する。ジジババだけでは荷が重い、どうなることやら・・・・・?

 

2008年5月22日 (木)

田に苗が

田に苗が
RYOが何も食べないで生気もない、病院へ走ると娘からの知らせ。じっとしていられない。カミサンの診察日だったので、それを済ませ、滋賀へ走る。お土産はRYOの好きな海苔とスイカ・リンゴ・バナナなどなど、家に着いたら、RYOが寝転んでDSで遊び呆けている。YUはといえば、幼稚園から友達んちへ直行し帰るのは夕方だとか?
嬉しいけど拍子抜け、心臓の縮む思いをしたのは何だったの? RYOが元気を失ったのは、軽い脱水症状だったらしい。病院で、先生から「点滴する?それとも水飲む?」と聞かれ、勿論、水を選んだRYOが200ミリリットルも飲んだら目が覚めたように回復したそうな。まずはメデタシメデタシ!
RYOの家の横に広がる田には、先日来た時は水が入ったばかりだったが、もう、田植えが終わっている。

2008年5月21日 (水)

毛筆

 何時も訪問する「もみじの日々」 昨日は、もみじさんが写経を始めたとのこと、奈良旅行で買った墨を磨り、そのいい香りがこちらまで匂ってくるように書かれていた。

 思えば、硯で墨を磨らなくなって十年以上たったかな?年賀状の宛名を筆ペンで書いた時期もあったが、今は時たま祝儀・不祝儀の表書きを筆ペンを使って書くぐらい。当然、墨の香りなど縁がなくなっている。

 思い出の引き出しが開いた。

 悪筆を自認する私は長く毛筆を持ったことがなかった。しかし、五十路で教頭になってから、嫌でも持たざるを得なくなった。立て看板・垂れ幕・案内状etc

 これ等は達筆の先生に頼めたが、3回に1度は私の番がくる。

 決定的に習練する破目になったのは、敬愛するM校長のせいだった。

 M校長は悪筆の私の目から見ても間違いなく下手だった。それで、私に卒業証書の名前書きを丸投げされた。勿論、ボランティアでなく可也の謝礼付きでだ。

Photo  M校長には逆らえない。諺みたいに50の手習いを始めた。

 五体漢字字典を購入(これは後々まで役に立つ)ひたすら臨書した。

 心静めて墨を磨り、その香りの中で、失敗が許されない証書100以上を仕上げたものだ。

 慣れとは恐ろしいもの、その後、赴任した学校の卒業証書は全部恥ずかしがらずに書き通した。

 娘達が「父ちゃん書いて」と頼んでも、筆ペンで書いてやる。上手とはいえなくても、自分の字が筆で書けるようになった。

 M校長と会わなかったら、今でもポールペンしか持っていなかったかも?

 ※RYOが昨日からロタウィルスのせいで苦しんでいる。人生で最も健康的に安定している学童期だから心配はしないが、可哀相で落ち着かない。生きている限り、心配のタネは尽きないものだ。

2008年5月20日 (火)

成る程!

 「CHANGE」第2回を視た。初当選議員が一躍首相になる訳が「あるかも知れない」段階で理解できた。

 何しろ魑魅魍魎の政治の世界だ。ドラマにあったように、選挙で惨敗するに違いない政党の総裁になり貧乏籤を引きたくないから、ダミーに政治に無知無能な新人を据えることがあるかもしれない。

 前回の衆院選挙で、〇〇チルドレンなどと、流行にのって得体の知れない人が選ばれたのも、根は同じかもしれない。

 ドラマの中の政党実力者の会話が凄かった。「政治に無能な新人議員が総理になったら、3ヶ月で日本は駄目になると思いますか?」答えはNOだった。要するに誰がなろうと3ヶ月日本は変らないということだ。

 だから、キムタク演じる、はにかみ議員に白羽の矢が立った、という設定。面白い!

 あり得るかもしれないし、あって結果良ければ面白いかも???

 このように政治をエンターテインメントにしてしまったのは、誰のせいだろう?

 ドラマでは、議員特権をあからさまにし、政界の舞台裏を垣間見せ、キャリア官僚に振り回される実態を描く。

 これからの展開は、きっと、生け贄にされたキムタク議員が、政治とは何か?何をすべきか?を国民の目線で捉え想定外の政治活躍をし始めるように思う。

 Sakamoto_ryc58dma「CHANGE」は、国民の願望を込めた風刺劇になりそうだ。楽しみ!

 今読んでいる「竜馬がゆく」の坂本竜馬は、31歳で暗殺されるまでに、薩長同盟や大政奉還にかかわって日本を動かした。それも、殿様にお目通りも叶わず口も利けない下級武士でありながらだ。

 幕末と言う時流もあったが、昔は「CHANG」は実話だったんだ。

2008年5月19日 (月)

あり得なくても・・・

 今夜は「CHANGE」第2回目、ゆっくり観るため、慌てて投稿している。 

 テレビドラマは、通常あり得ないことでも、あり得るように違和感なく描いて視聴者を魅了する。

 しかし、今回のフジテレビの「CHANGE」は、描いてリアルに思わせるには余りにもハードルが高すぎはしまいか?

 全くやる気の無い小学校教師が突然立候補し国会議員に当選するなど如何に地盤があったとはいえ無理が過ぎる。

025  百歩譲って当選したとしても、宣伝文句の「首相」になる筋書きは、大河ドラマでもない11回の放映期間に幻惑できる展開が可能だろうか?

 ただ、1年と少し前に、統一地方選で燃えに燃えた経験が甦ったし、阿部寛演じる選挙プランナーがあの時いてくれたらと残念に思って興味は尽きない。

 そして、脚本は数々の問題作を書いている「福田靖」(ダンボはHEROとガリレオぐらいしか見ていないが・・・)のオリジナルらしいし、キムタクを取り巻く俳優陣が好きなベテランばかりだから、荒唐無稽でも観る気満々。

 それよりも、フィクションでも閉塞感のある政治の世界、いや政治家の世界に風穴を開けて欲しい気持ちがあり、それを期待している。

 それにしても、初回視聴率が23.8%とは、テレビドラマの人気も落ちたものだな~

2008年5月18日 (日)

是好日

 予定の何も無い日曜日、RYOもYUも来ない。

 空は穏やかに晴れているし、体も温泉に浸かっている気分。

 カミサン睡眠障害で起きてこないから、一人での朝食。好きなものを好きなだけ食べる。

003  気になっていたアプローチの雑草を刈ることにした。

 電動草刈り機のナイロン刃を交換して取り掛かったが、ナイロン刃とはいえ、小石を吹き飛ばすので、通行する人や車がある度にストップする。

 3平方メートルも刈ったら疲れてきた。手を休めていると幼い兄妹が色々話しかけてくる。

 「これてんとう虫?」「おじいちゃんのお家どこ?」「これ沢蟹の赤ちゃんやで」「家でカブトムシ生まれたで」「ダンゴムシや」

 こちらからも「いくつ?」「4歳」と女の子。「ボクは5歳」「どこの幼稚園?」「O幼稚園」「なら、お母さんに連れて行ってもらうんや」「何で知ってるの?」「幼稚園バス無いもん」

 代わりばんこに相手してると、草刈りの意欲は消滅した。

 今日は此れまで!それでも、ゴミ袋に詰めたら2袋半あった。二人はその間も付き纏って、我が家に並々ならぬ興味を示す。「いいよ」と言ったら、裏庭まで入って家の中を覗きこむ。

 帰ろうとしないので、「ママが心配して警察に電話したら大変やで」と、引き止めたい気持と反対を言った。

 拍子抜けするほど素直に言うことをきいたが、帰り際「ありとうございました」と、4歳の女の子が丁寧にお辞儀したのでズッコケた。YUには出来ない芸当だ。頬笑んで挨拶を欠かさない2軒隣の奥さんの顔が浮かんだ。子は親の背を見て育つとは良く言ったものだ。

 この良い気分一日尾を引いて幸せ。

 阪神が惜敗しなかったら、幸せ過ぎて困っただろう。

 

2008年5月17日 (土)

狂気の沙汰

 今日も午後2時から、テレビの前の特別席に1人で陣取った。甲子園球場の対ヤクルト第2戦を詳しく観戦するためだ。

 昨日の甲子園の現場ではフラストレーションが貯まっていた。試合は後半ビクッとはしたが、完勝だから文句はないが、試合の様子が殆ど見えなかPhoto ったからだ。

 2女の婿さんがネットで手に入れてくれたチケットは、1塁アルプス指定席1段37番。

 アルプス席は初めてだが、1段目だから、さぞかしグランドに近く迫力ある観戦ができると期待していた。

 何と、座席はホームランポールのすぐ傍、1塁線の遥か彼方にホームベースがある。打席に入ったバッターの姿は1塁塁審と重なって双眼鏡でも見えないし、打球の行方もファウルかヒットか判らない。

 でも、球場では野球を目で見るとは限らない、耳で肌で喉で鼻で両手両足で味わうのである。

 だからこそ、30センチ四方の狭く固い椅子に坐り、応援のメガホンに後から叩かれ、割れんばかりの応援歌と鳴り物の渦中で自分も声を嗄らし、回ってくるビール売りに荷物を踏まれ、安いとは言えない2500円のチケットを手に入れてもらって嬉し涙を流すのだ!

 今日のゲームは絵に描いたような阪神の勝ちパターン。年も考えず「彼はクールだ」と惚れこんでいる鳥谷が全打点を叩き出した。

 勝負にはご満悦だが、やはり、今日の試合が昨日あってくれたらと、欲の深いことを考える。それ程、現場に魅力がある。

 虎の為に、我が暮らしから天引きされる時間が余りにも多い。

 7月9日、巨人戦のチケットが取れたとのこと、婿の顔が仏に見える。

 

2008年5月16日 (金)

甲子園第2報

甲子園第2報
ワンサイトゲームになりそうな気配だが、嬉しくても、もの足りない。せっかく甲子園に足を運んだのだから、生のウィリアムズと藤川球児を見て帰りたい。

甲子園で

甲子園で
二女夫婦と甲子園に、久しぶりの観戦に血湧き肉踊る心境。相手は苦手のヤクルトで登り調子。目一杯応援する。

2008年5月15日 (木)

野暮ったくて・・・

 先日のふれあいサロンで、苔玉の材料を半分残し持って帰った。

 土も苔も放っておくと無駄になる。

 新たに苔玉を作る気になったのが昨日、爽やかに回復したお天気のせいだ。

 午後から京都へ出かける用事があったのに急いで2個完成させた。

003  京都へ行ったついでに、好きな菓子を買って帰った。

 今朝は、手作りの苔玉4つを玄関の下駄箱の上に並べる。どう見ても野暮ったい。

004  野暮ったいといえば、昨日買って帰った焼菓子「洛北」も引けをとらない。京菓子といえば味は勿論、色も姿も洗練された優美なものと考えるが、例外もある。

 しかし、1度食べたら何時までも記憶に残る味だ。歯ごたえのある皮からは、香ばしさと仄かなタンサンの味がする。餡はコクがありザラメが残っているの?と首を傾げる。素朴というか野性的というか?

 約150年前に創業した老舗の菓子とは思えないが、chikoさんのようなファンが多い。

 渋いお茶で、カミサンと味わった。駅・デパートと広範囲に販売していない。手に入れるのが難いだけ、旨さが増幅される。

 苔玉といい洛北といい野暮さがいい。そして、何より、風水害や地震のない平穏がいい・・・・

 と、1日が過ぎたら申し分なかったが、午後は第1回目のシルバーカレッジ。テーマは「地域での暮らし-高齢者の場合」。地元の小学校の校長先生の講義を受けた。

 夜は夜で、隣地の開発業者の説明会。法に違反しない限り、環境への悪影響も我慢する!といわんばかりの言葉に平穏な気分が暗くなる。

 これが、一番、野暮だった。 

2008年5月14日 (水)

ダンボの替え歌Ⅱ

 朝刊は四川大地震の記事が目立っている。当然だが隅にある「改正道路財源特例法、衆院再可決・成立」の記事も見過ごせない。既定の事実とはいえ、国民の多くが反対している(と思われる?)法律が、余りにも簡単に決まってしまう現実に、腹立ちを通り越して悲しくなる。

 やはり、替え歌の続きで、鬱憤をはらそう!

「露営の歌」の替え歌。(政治家編)

 『当選するぞと勇ましく 誓って事務所を出たからは

  票集めずにおかりょうか 宣伝カーに乗る度に

  瞼に浮かぶ 金バッチ』

 『議員になったら勇ましく 誓って派閥に顔を売る

  金権・利権を手にすべく 大臣目指すその度に

  瞼に浮かぶ 札の束』

D_028 政治家ばかりでは片手落ちだ。

高級官僚も歌わなくては・・・・・・

 『貴方偉いと政治家を 煽てて法律つくらせた

  協会・公団思うまま 天から下るその度に

  瞼に浮かぶ 阿呆の顔(誰?国民?それとも手玉に取った選良?』

2008年5月13日 (火)

救いの手

 「あらたにす」によると朝日・日経・読売の3紙とも1面トップは、中国四川省大震災の記事だった。

 M7.8と言えば阪神淡路大震災のM7.3より強烈だ。マスメディアでは画き切れない凄まじい被害状況なのだろう。

 人的被害も家に届いた朝刊では7000人となっているが、「あらたにす」では、8500人超となっているし、テレビでは1万人を上回ると報じている。

 カミサンと話した。「耐震建築基準など、中国はまだ未整備だろうし、建物の被害は大きいと思うよ。一昔前になるが、トルコへ行った時、建築ラッシュだったけど、積み木を積んでいるようなビルを見てゾッとしたものだ。」

 案の定、続報では6万人の行方不明者があるとのこと。 

 中国共産党政権は、如何にして被災者を救援し、近代国家としての箔をつけ民心を掴むだろう。聖火リレーより世界が注目すると思え。

 オリンピックを控え、国際的なポジションを強くしている中国だから、天災被害もオープンだろう。

 サイクロンの大被害を受けても、援助を制限するミャンマーみたいな態度はもっての外、近隣国家にも国連にも赤十字にもどんどん援助を要請し国民を救ったらよい。

 お気の毒と言うだけでなく、ささやかでも協力するつもり。

 ダンボは博愛主義者ではないので、同じように人災・天災に遭っても、被害者への同情心は、その国の為政者や国情によって変ってしまう。

 006だから、心が狭いけど、北朝鮮やミャンマーやコンゴで苦しんでいる人達を積極的に救う気になれない。

 我が身に降りかからねば、昼寝の猫みたいに他人事なんだ。

2008年5月12日 (月)

ダンボの替え歌

 朝、9時から市老人クラブ連合会の総会だ。全市の会長と女性部長で126名、役員来賓加えて一堂に集まる。

 レジュメを見たら、知らん間にダンボが理事になっていた。面白くない!

 興味のない総会をそっちのけにして、昨日考えた替え歌に手を加えていた。

 例によって、やけくそ創作は立腹がきっかけだ。NHKの日曜討論、衆院再議決という異例の運営は天下国家の為で、民意無視は仕方がない態度。年金も医療費も眼中になさそうな太った国会対策委員長を見ていてムカムカした結果だ。

 元の歌は、軍歌「露営の歌」・・(如何にも古い!)

 籔内喜一郎作詞・古関裕而作曲 ”勝ってくるぞと勇ましく・・・” で昭和一桁の人なら歌えるに違いない。

    棄民の歌

 『青春なかった高齢者  後期と呼ばれて邪魔扱い

  医療費高いと責められて  年金天引きされる度

  瞼に浮かぶ国の道』

 これでは悔しい、2番で攻めてみた。

 『長生きするぞと勇ましく  誓って後期になるからは

  年金取らずにおかりょうか  天引き明細見る度に

  瞼に浮かぶ  総選挙 』

 他にも「政治家編」と「高級官僚編」も完成間近。 乞うご期待。

2008年5月11日 (日)

母の日忙し

 「母の日は夫が優しくしてくれる」よみうり時事川柳の秀作。

 全くその通りの1日になった。我が家には母は居ないし、母であるカミサンに子供達からは電話1本かかってこない。淋しい日になるかと思えば、その反対になった。

 カミサンの教え子が、4人遊びにやって来た。

 皆さん還暦をかなり以前に済ませた女性だから、カミサンが母と言うより姉みたいな集まりだ。

 こんな場合、ダンボは理想的なホストに変身する。何時もダンボのお客の接待に負担をかけているからせめてもの恩返しだ。

 料理は、わが町の名物弁当をとったから運ぶだけだったが、時間にあわせ車でシュークリームを買いに行く。

 このケーキ屋は客足の途切れたのを見たことがない。今日は母の日でとりわけ混んでいる、注文したら精算の番号札を渡された。

 そう書くと、事務的サービスの店みたいだが、事実は逆だ。応対は丁寧で親切、足の悪いカミサンがケーキを買ったら、必ず外に停めてある車までスタ003ッフが荷物を持って送ってくる、ケーキの味も良い。

 母の日だからとカーネーションを添えてあった。

 帰ってコーヒーメーカーでモカブレンドを淹れる。食後のデザートを出して一休み。

 退屈しのぎに(本当は退屈なんかしていないが)15年前のイギリス旅行でカミサンが悪戦苦闘しているビデオを映す。

 その頃から、サービスに身が入らなくなった。3-0で阪神リードの甲子園が気になって仕方がない。

 それでも、時間を置いて、視線の半分はテレビに向けながらイチゴと八朔を皿に盛り付ける。

 皆さん来た時同様、帰りもタクシーを呼んだので、私の出番なし。シメタ!心置きなくテレビの前に。

 Jが戻った阪神は、JFKの揃い踏みで危なげなく勝利した。ウッシッシ(笑)

 汚れたカップや皿を食洗に詰めて、ホスト終了。

 お客さん口々に「ええ旦那さんやな~」と褒めて帰ったそうな。

 「他所の弁当は旨そうに見える」

2008年5月10日 (土)

時代小説

 先日から時代小説の虜になっている。図書館で借りた司馬遼太郎の初期の作品集「大阪侍」と「軍師二人」を、寝る前床の中で読む。短編だから1つ2つ読んだら夢路に入る。

 長いこと読書は、評論・エッセイ・旅行記が主で、時代小説は宮部みゆきと藤沢周平ぐらいしか読んでいなかった。

 恥ずかしながら、NHK大河ドラマの原作に幾つも使われた、司馬遼太郎の時代小説を余り読んでいなかった。そのせいで司馬作品の歯切れとテンポに飲み込まれてしまう。

 改めて時代小説の魅力をダンボ的に分析すると次のようになる。

1)フィクションとノンフィクションの混血である。膨大な資料とその綿密な調査検証によるものだろうが、古文書の一部分を膨らませ肉付けして人間を誕生させる創作力に感動する。

2)広辞苑にもない語彙がある。例えば「人屏風」「すて眼」「京弁」「氷心」等が使われているが文脈に沿って読んだら、すんなりと解るし表現に最適と感じる。

3)お目にかからぬ熟語に出会う。例えば「念者」「耿耿一片コウコウイペン」「鑚仰サンゴウ」等、ヘェ~と物知りになった気分にしてくれ過去にも戻れる。

4)身近な場所や史跡が登場する。大阪侍の中の『泥棒名人』に、こんな下りがあった。「・・・小角(役の行者)は、熊野山塊のなかに小さな盆地をみつけ、ここに信貴山でとらえた夫婦の鬼を住まわせて、子々孫々までこの仏地を守るように命じた・・・」この地はダンボにとって浅からぬ因縁の地だ。

005  後2編で、借りた本を読了する。続きは家にあった。

 「竜馬がゆく」全5巻。今迄ツンドクで置いてあったがセイドクすることに決めた。

※昨日(筆が進まず今日になった)ブルーな記事を書いた後で日記を読み返したら、去年の5月9日に「阪神9連敗、もうシーズン終わった」と書いていた、日記が落下傘を開いてくれた。日記さまさまだ!

風向き変?

 どうしてこうも取り越し苦労をするのだろう。シーズン始って初めての連敗003 というだけで、もう前途が黒雲に覆われ嵐が吹き荒れれている。

 阪神タイガースは人気優先。全国至るところのスタンドは、半分以上を熱狂的なファンが占拠して、大阪ギャグで、わさびの効いた応援をする。ホームランボールを手で叩き落とし2塁打にする恐ろしいのもいる。・・・・そのファンの期待を過去何度も裏切りぬか喜びさせてきた歴史がある!

 大体、ここ3試合の1勝2敗の内容が悪すぎる、総てがこれまでの快進撃を支え信頼してきたピッチャーの背信が原因だからだ。

 野手は素晴らしい、対巨人戦で阪神のナインが如何にチームゲームに徹しているか巨人サイドの解説者の説明を聞かなくても分かる。これで打撃にムラがなければ言うことなし。

 でも、ピッチャーは先発が崩れたらそれまでだし、僅差で勝っていても中継ぎ抑えにかつての威力がないから、チーム全体にイヤァ~な空気が漂い負けてしまう。

 特に、JFKのKのだらしないこと!ポーカーフェイスもええ加減にせんか!少しは闘志と悔しさを表面に出せ!

 23勝11敗、貯金12もあるタイガースだ、借金13の横浜に負けても蚊の一刺しと笑いとばせば、と野球に関心の薄い人は言うだろうが、そうはいかない。

 夏の高校野球に甲子園を明け渡し死のロードに出るまでに、貯金は多くしなければならないタイガースなのだ。

 大局的に考えると、2強4弱のセリーグの現状はプロ野球界のメリットにはならないかも知れないが、ダンボはそんなの関係ネェ~

 心を痛め心身を消耗しつつ明日からも、貯金増やせと応援する。 嗚呼

2008年5月 8日 (木)

苔玉

 毎月8日は、「ふれあいサロン」

 老人会の会長になったので、福祉部員を辞退した。だから、ふれあいサロンのスタッフではなく、カミサンと二人ゲストで参加した。

 今日の楽しみは「苔玉作り」。初めてなのでインターネットで調べた。

 苔のボールを土台にしたミニ盆栽だ。通販では最低1,900円からで結構高い。サロンの参加費は¥500材料費にも足りないだろう。そこが地域福祉行事だ。

002  講師は旧村の好事家のボランティア。だから出来る値段設定だ。

 会場に並べられた見本の苔玉を作るのかと思ったら、福祉部スタッフが「これは上級者向き、初心者用よ!」と、一言のもとに否定された。

 定刻になっても始らず、どうするの?と急かしたら、「開会挨拶を代わりに003 やっといて」と、辞めた人間を便利使いするが悪い気はしない。

 苔玉作りは見かけによらず苦労した。土台のけと土を粘るにも、ミズゴケやハイゴケを巻いて黒糸で括るのも大変だ。

004  2つの苔玉を作る予定だったが、参加者が1個で諦めたのか?満足?したのか続ける意欲をなくし、残った材料はお土産になった。果たして家で完成させる人が何人あるだろうか???

 帰り際、すれ違う人が皆さん「お世話になりました。ご苦労様でした」と、感謝の言葉をかけてくれる。

 開会の挨拶で福祉部員と誤解されてのことだが、40人近い集まりの中、男は講師と私だけという目立った存在なので仕方がない。

 世の中に無職で時間のゆとりある男性が溢れていると思うが、地域行事に顔を出す人は少ない。

 ダンボの場合は定年後の暮らしは男2女8の割合で、鼻の下が伸びっぱなしだ。

2008年5月 7日 (水)

文集編綴

 老人会の役員が公民館に集まった。わが町の老人会の発行している文集を仕上げる集まりだ。

003  ’07年10月18日の記事にある手作り文集で通算36号になる。

 今回から編集長が交代して、84歳のOさんから、おんとし87歳のT翁になった。

 現役時代から大企業の社内報等を手がけた方だけに、31ページ、発行数40部の(これでも今回は増えた)小冊子でも、完璧に仕上げようとされる。

 手書き原稿をワープロ原稿に打ち直したは、母親が老人会員だというつながりでmayaさんが引き受けた。今迄は手書きをそのままコピーし冊子にした事も多かったので、美しい仕上がりにT翁はいたくご満足。

 但し、T翁のカラー写真を挿入するという強い要望で、公民館の印刷機は役に立たず、コンビニでカラコピーするのに予算が大幅にオーバー。女性役員は渋い顔をしている。

 コストダウンの方法は幾らでもあるように思うが、ここの所はだんまりを決めた。口出せば責任とらねばならず、これ以上忙しくなったら我が身がもたCa380212 ない。

 高貴(後期じゃねえ)高齢者の混じった12人が、1時間半で文集を完成し、その後1時間、会議の様なお喋りの様な時間を過ごした。

 老人会といえば、酒飲んで会食してカラオケ歌ってグランドゴルフして日帰り温泉旅行する集団と偏見をもってもらっては困る。文化的な活動も奉仕的活動もしているし、何より元気に遊んでいるだけで日本の医療費削減に貢献するのだ。

 

 

2008年5月 6日 (火)

連休の終わり

 大型連休が終わった。

 とは言っても我々には2泊したRYOとYUが家に帰えったという現実だけで、世間のように非日常的な時を過せる休日とは趣が違う。

 それでも、連休後半に良い日が続いた。デーゲームのおかげで阪神タイガースの対中日戦と対巨人戦をテレビで見られた。

 RYOとYUの子守しながらというハンデは、普段はゲームばかりする二人に「脳味噌ダメになる!」と貸し渋るパソコンを惜しげなく自由にさせることで克服し、心置きなく応援した。

 二人も、突然拍手したり、声を張り上げるジジに犯しがたい気配を感じ邪魔しない。

 今日は、昨日と同じく阪神は集中打で得点したリードを継投で締め括る理想的な勝ち方だから、好きなだけゲームのできた孫達も、好きなだけテレビが見られたジジも(とは言っても9回裏はラジオに切り替え)ハッピーハッピPhoto ーだった。

 祝勝記念写真を、mayaさんの弟Yちゃんから貰ったバスタオルをRYOとYUに持たせて撮った。何でもYちゃんが上新電機で買物をして貰ったらしいが、マイブログを読んで「おじさん阪神ファンやから」と、持ってきてくれた。

 今年の阪神の快進撃は、今迄のような幻で終わりそうにない。リードしたら、もう勝てたと思うし、リードされていても負ける気がしない。この催眠術に何時かかったのだろう?

2008年5月 5日 (月)

虎(こ)どもの日

 ナゴヤドームの阪神中日戦を見ていたらスタンドの虎ファンが「虎どもの日」のパネルを掲げていた。

 試合は10対4で阪神の大勝(呵呵大笑)しただけに、応援のセンスの良さにニンマリさせてもらった。

 昨日は、阪神抑えの切り札の神通力が消えてさよなら負けを喫しただけに、今日の勝利はとりわけ嬉しい。

 一方、我が家でも小さい虎2匹に生活のリズムが大崩れしている。

 二人は、昨日の早朝から父親に連れられて福井の海へ釣りに行った。

 一番の大物と数を上げたのは5歳のYUだったとか、帰り道が渋滞で11時過ぎに寝たままで我が家に到着した。

 Photo 大漁の魚を見て戸惑った。店で売っている魚の名前も余り知らない我々が、初にお目にかかるものばかり。アイナメ?カサゴ?イシダイ?子どもが釣ったと思われないものばかりで美味しそうだ。

002  しまってあった出刃包丁を出してきて。煮物、焼き物にできるようにさばいた。家中魚市場みたいな臭いが立ち込めたが、食べたらどれも白身で味も良かった。

 こんな美味しい魚を土産に持ってきてくれたRYOとYUだから、小虎の傍若無人な振る舞いも我慢、我慢!

2008年5月 4日 (日)

浦島太郎その後(成人向)

 急激に老化の進んだ太郎は、嘆き悲しんだのは言うまでもない。そのうち腹が立ってきた、矛先は無論乙姫だ。

 何で開けていけない玉手箱を土産に持たせたのだ!人は「いけない」と言われたら、するに決まっている。

 とに角、見た目の老化は仕方がないにしても、男の男である力がなくなったのに我慢できなかった。

007  何とか、もう一度竜宮に行きたいと海岸をほっつき歩いた。

 いたいた!やけに気落ちしたような亀が浜で横たわっている。

 亀は太郎を見つけると、向こうから声をかけてきた。

 「太郎さん、私と一緒に竜宮に行って貰えません?」

 何でも、後期高齢亀になって、追放されたとか。下膨れの乙姫の顔がどこかの総理の顔に重なって、太郎ムラムラと闘志がわいてきた。

 亀を連れ竜宮に乗り込んだ太郎は、大声で叫ぶ「マムシ源よこせ!ニンジンエキスよこせ!バイアグラよこせ!俺の青春を返せ!」

 乙姫、こんな品のない怒鳴り声を竜王に聞かれないかとハラハラし、太郎の言い分をのんで機嫌をとった。

 すっかり機嫌も身体能力も治った太郎だが、早速陸に帰って試したくなった。それには今の姿かたちでは具合が悪い、乙姫に「若返り玉手箱を所望する」と最後通牒をつきつけた。

 乙姫は仕方なく「開けるなとは言いませんが、慎重にね。後は自己責任で」と、玉手箱を渡した。

 太郎、助けて欲しそうにしている亀には目もくれず、竜宮を飛び出して海岸に辿り着いた。

 岸に上がったら早速、玉手箱の蓋を僅か開けて、香り高い煙を少し顔に当ててみた。

 効果てき面、手足の筋肉に張りが出る、髪の毛1本抜いてみたら白から灰色になっていた。

 有頂天になった太郎、こうなったらブレーキが利かない。乙姫の注意なんか忘れて、蓋を開け煙を思い切り吸い込んだ。

 海岸に蓋の開いた玉手箱だけ、太郎の姿が消えた。

 いや、蓋に肉眼では見えないオタマジャクシが張り付いていた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お粗末でした。

2008年5月 3日 (土)

浦島太郎後日譚

 昨日は、浦島太郎の後日談を書くなどと余計な予告をしてしまった。童話浦島太郎の元になった御伽草子では、話が随分違う

 「漁師の太郎が釣れた亀を逃がした。数日後、女にお礼に招待すると船で御殿に案内される。もてなしてくれた姫は実は亀で3年間太郎を歓待し一緒に暮らした。太郎に、家に残した両親が心配だからと言われ、姫は玉手箱をお土産に太郎を故郷へ帰した。3年の間に両親は死んで墓の中。世をはかなんだ太郎が玉手箱を開けたら、三筋の煙が立ち昇り太郎は鶴になって飛び去った。」と、なっている。

 これなら太郎は自殺に等しく、理不尽な運命に弄ばれた訳ではない。親を忘れて遊び呆けていたら碌なことないぞ!という教訓だったのか?

 童話と違うこんな決着がついては、後日談など蛇足になってしまう。

 そういう経緯で、話の続きはやめようかと思ったが、今日もまた自動車税の納税通知書が入ってイライラがつのるばかり。米原万里の小咄にも毒されているダンボは、やはり大人向け続編童話を書くことに決めた。

 但し、本日は返却日が過ぎた図書館の本を読むために時間を使い、予告の予告だけにする。

 

2008年5月 2日 (金)

浦島太郎 考

 5月納税ラッシュの月、固定資産税の通知が来た。土地の評価額が上がって税額アップは嬉しくないが解る。家屋は年を経る毎に下がるのが普通だろう、不動産屋に査定させても家屋は只同然だ。

 にもかかわらず、評価額は昨年と変らず税額据え置き。何もかも値上がりしている時期、民の心国や地方行政は知ろうともしない! 納得できない怒りがこみ上げる。

 こんな時、ダンボのストレス解消は、何か創るのが常套手段だ。

 納得できない話を他に求めたら、「浦島太郎」が浮かんだ。

 何故、太郎は亀を助けた善行の報いに白髪のジジイにされたのだ!

 納得しようと知恵を絞った結論は、現代に話を移せばいいと気付いた。

 「カメは怪しげなキャバクラの客引きで、同業者ともめてリンチされていた。見かねて助けた太郎は、カメにカモにされクラブ竜宮に案内される。

 マダム乙姫が太郎を歓待したのは言うまでもない。『カメを助けて頂いたお礼です』と、色気たっぷりに言われたら、単純な太郎は何もかも忘れて三日三晩豪遊した。

010  二日酔いならぬ三日酔いで、もうろうとしたまま、カメに送られて帰った場所が家から遠く離れた場所とは知らず、太郎は困り果てた。

 マダム乙姫から『めったなことで開けてはなりません。開ける時は覚悟して!』と念押しして渡された箱の蓋をとってしまう。

 中から出てきた請求書、イチ・ジュウ・ヒャク・セン・マン・ジュウマン・ヒャクマンと数字の桁を数えるうちにショックで太郎の頭髪は真っ白になってしまった。」チャンチャン

 ざっとこんな調子で、憤懣の捌け口を求めたが消化不良。

 明日は、昔話に戻して「浦島太郎後日談」を書く予定。

2008年5月 1日 (木)

5月1日に想う

002_2  メーデーの日だ。関係なくなってから何年たったか忘れた。管理職になるまでは、毎年欠かさず参加した。

 万を越える人が集まり、マスコミも大々的に報道していた。昼過ぎにチラッと見たニュースでは、どの会場も淋しいようだ。

 組織率が40%を切ったという。組織労働者の意識がなかったら、メーデーなどなんの意味もないだろう。

 昔の私も似たようなものだった。’52年、所謂「血のメーデー」に参加はしたが、騒乱状態になった京都を無闇矢鱈とデモ行進し、お祭り気分だった。

 五条大橋のたもとで、拳銃をこしだめにした警官の列に追いかけられ、ホウホウの体で逃げた。

 本格的に組合活動に参加したのは’54の政府が勤務評定を画策してからだ。教育の中立性を・・と言いながら、権力が統制を強め露骨に組合つぶしを始めた。アメリカ占領軍も後押しした筈だ。

 軍国主義で塗り固め教育から自由を奪った怖さ、教育が強大な国家権力に操られる危険を体験している私は、戦わねばと思い、後ろ盾に組合を選んだ。

 しかし、巨大な組合には授業もろくに出来ない「獅子身中の虫」がいたり、権力的な幹部がいたり、それらと一線を画して自分を失わないようにした。

 組合活動に熱心だった実績は、管理職になってから大いに役立った。反組合意識の強い管理職に比べ苦労は半分以下で済んだ。

 暫定税率が衆院で復活し、ガソリンの値下がりも暫定で、こちらは簡単に終わった。

 地方の生活道路の建設や補修が出来ない、教育や福祉に関わる財源が削られサービスが低下する・・・と喧しかったが、そんなに不可欠な財源を何で34年間も暫定にしていたのか?さっぱり判らない。

 淋しいメーデー、まやかしの政治。呆れ悲しい5月1日だった。

 

 

« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2020年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ