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2008年2月

2008年2月29日 (金)

訳がわからん嬉しさ

私「母ちゃんから聞いたけど、ほんまか?番号見間違えてへんやろな~。サプライズ専門やな。」

ヒロ「ちゃんと手続きしてもらったってさ!!  ほんまでしたわ~」

私「そら、おめでとさん。ジジ、ババ」

ヒロ「あいありがとさん(笑)」

 12月10日のブログ「泣かせる言葉」で登場した、孫のヒロと私の間で飛び交ったメールである。

010  まさか、まさかを現実にする変な孫だ。優等生タイプの姉と対照的に、勉強しない、集中しない、本読まない、成績悪い、高校で落第しかけながら、京都の理系公立大学に合格、皆に「ウソッ」と云わせた。大学でも単位取らずに留年の危機に瀕し、親に学費ストップすると脅かされていた。

 極めつけは3回生ぐらいから、専攻の応用生物学?を捨て、映像芸術をしたいと言い出したことだ。親は「勝手にせ~」と言うほかない。

 結局、自校の院試に滑りながら、IAMAS(情報科学芸術大学院)に合格。とどの詰まりは東京芸大のメディア映像研究科?の院試に、今朝合格したという次第。

 本物を知っている私が断言できるのは、ヒロは風変わりであっても天才ではないことだ。

 「おじいちゃん、理系より文系が強いんやで」この前、ヒロが言った。何を指して強いというか定かでないが、理系出身の成功した小説家は直ぐ挙げられる、「北杜夫・渡辺淳一・東野圭吾・・・」 ひょっとして経済的に強いという意味?

 まあ、恩返ししたいというのだから、2年は生きて行く末をみてやろうかと、目標ができた。

2008年2月28日 (木)

床の中で

 昨日は医院で薬を貰って帰ってから、見事に1日横になって暮らした。食事とトイレに立つ以外は・・・・

001  家族だったビスを思い出していた。彼女は怪我したり、体調が悪かったり、お産の時など、家の縁の下でジッと身体を丸めて耐えていた。そうして、回復した。

 私の身体は薬慣れしていないのでアマゾン奥地の人並みに効く。それに、ビスの真似をして自然治癒力を高めたので、下痢と吐き気は夕方には収まった。

 早く治したいと自由意志で寝ていただけで、起きようと思えば起きられた。だから、起きたくても起きられないハンディを背負ったらと、後から後からとりとめない考えが浮かんできた。

 通り抜けエレベーターが増えたこと、自動販売機の押しボタンの位置や硬貨の投入口が変わってきたこと、服の裏に、上着は左内側に下着は後側に必ずタッグが付いていること、リンスの容器はつるつるだが、シャンプーのは必ず凹凸が付いていること、歩行者用信号のデザインが変わったこと、町の各所に煩いまでの音声案内があること、など等

 高齢と障害はつきものだ、まだまだ足りないとはいえ、今の社会は万人に20080227195205優しくなったものだと思う。

 決して、自分一人の力で治ったとは思わない、コメントやメールの見舞いYUが描いて送ってくれたチャーチャンと自分の絵、カミサンの「あんたに寝込まれたら私困るわ!」という激励?の言葉のお陰が大きい。 

 食欲以外は、元に戻った。昨日ドタキャンして迷惑かけたボランティアの仕事を済ませに明日は福祉センターへ行くつもり。

2008年2月27日 (水)

久しぶりに病の床

 昨夜、食欲0なのに、無理して食べた。

 一晩、下痢と吐き気の攻撃を受け、眠れない。

 何が起こったのだろう?消化器系統は、どんな悪路にも動じない四駆の筈なのに・・・・

 近所の医院へ行って薬を処方してもらった。

 病名も原因も尋ねない私に、「急性胃腸炎ですね」と先生。

 「神経性胃腸炎もありえますか?」

 「何かストレスありましたんか?」

 「はぁ、昨日老人会の会長押し付けられまして・・・・」

 「クスッ、(遠慮笑)でも、世の中そうなってしまうことありますわ」

 先生、ノミの心臓患者め!とは言わなかった。

 帰ったら着替えもしないで床の中。

 午後2時に起き、コーンスープと食パン半分食べた。

 薬を飲んで今腹這いになり、記事を書いている。

 たまには、こんな日もなくっちゃ~

2008年2月26日 (火)

肩書嫌悪性

 肩書が嫌いだ。特に長のついたのが嫌で堪らない。

 先輩との運命的な出会いで管理職の道に進んだが、声も恰幅も挙動も貫禄は無いし、自分でも性に合わないと意識してるし、本来気儘で自由大好き人間だし、長である違和感から脱却できなかった。

 電話で肩書を告げた途端に変わる応対、対面して名刺を渡したら急変する応接。通される部屋も、出されるお茶菓も変わる。そんな社会習慣に反発を覚えた。

 ひたすら、子ども達が楽しく通える学校づくりに努めただけで、見栄も野心も無かった。しかし、自分の個性をぶつける経営のできるポジションは、ありがたかったし、やり甲斐もあった。

 退職しても、前歴が災いして、会長職を押しつけられた。会長になると、ぞろぞろとおまけがついてくる、郡や府の組織の理事や他団体の常任委員など当て職といって兼任しなければならない。ピークは泡沫肩書を寄せたら16にもなって笑っちゃった。

005  4年前から、部員・世話役・係などはしても、やっと長から逃れられ、のんびりRYOやYUの成長をみる暮らしを楽しんでいた。

 しかし、1年半前から雲行きが怪しくなる。地域の老人会の会長にと打診され、キッパリ断り続けたが、今日の役員会でとうとう陥落してしまった。

 まだ短距離走なら耐えられるので、2年間だけ・・・若しその時に交代会長が出てくれなかったら、老人会から離脱します。と、宣言した。

 娘達の「また、便利使いされて~~~」というブーイングが聞えてくる。

 念のために付け足すが、私の肩書には何の経済的な裏打ちは無かった。どこかの公団や公社のように、法外な報酬とは無縁で、年間2万円の会長活動費を頂くのが関の山だった。

 

2008年2月25日 (月)

子どもの詩

 先日のブログに載せた「たいなあの詩・人の肉が食べたいなあ」は、ボランティア仲間に評判がよくなかった。

 学習や行動を通し子どもの全体像をみている教師が、その詩(作品)を評価するのと、作品だけで値打ちを決める鑑賞者では、変わってしまっても仕方がない。

 私はN,M君が、まさかこんな事を書くまいと、思っていたから感動したので、そこに解放された子どもの心が垣間見えたからだ。

006  子どもの心を解き放して、素晴らしい詩を作らせる指導者は数限りない。私の尊敬する故西田先生も、その一人だった。先生の担任した児童の詩集は、ボロボロになっても捨てられない。

005  総て先生の手作り。挿絵は「子どもの心になって模写したよ」とおっしゃっていた。

 けんか

おかあさんと

おとうさんが

けんかしているところを見た

なんで

けんかしているかと思って

おふろでてから

おかあさんにきいたら

おとうさんが

きらいやねて

ゆわはった

「よしみ

もし

おかあさんが

しぬとしたらどうする」

とゆわはった

わたしは

おかあさんより

じぶんのほうが

だいじやと思った (1964年)

 1年生の子に、こんな作品を作らせた西田先生。

 私も努力したが、3年生を担任した子に、こんな詩を書かれてしまった。

先生   I.K

わたしの先生は

うそつきや

「およめさん何人」

と、からかうと

「5人や」と、うそをつかはる

先生は42才

せやのに80才ていわはる

いつでも、どこでもうそつかはる

でも、すぐわかるうそと

わからへんうそがある

わからへんうそを信じて

みなにいうと

先生は

「ちがうで」と、いわはる

ほんだら、みんなにおこられる

先生は、なんで

からかわはんのやろ

しわだらけの

ええかっこしいの

ブスのうそつきの先生

ほんで、くいしんぼうの 

いじめっこの先生

いつも、かみの毛に

いろんなものぬって

ええかっこしやはる先生

でも、ふしぎに

みんなに、きらわれやはらへん

先生の心はどんなんやろ

今度、かいぼうして

中を見たいなあ

わたしのよそうは

こい人のことばっかりと思う

 図星のところが多く今読んでも赤面する。

2008年2月24日 (日)

130億光年

 新聞23面の下に小さく「一番遠い銀河」の記事が出ていた。

 アメリカのハッブル宇宙望遠鏡で欧州宇宙機関が見つけたそうだ。その地球からの距離、130億光年、Kmなどに換算できない(私の頭で)永劫の長さである。

013  どうして、この距離が測れるの? 説明でおよその見当はついた。宇宙の膨張によって凄まじい速さで離れていく星の光は波長が伸び、可視光線から赤外線に変化する、その波長変化の度合いから計算されるそうだ。

 近づく電車の汽笛は高い音に、遠ざかるのは低い音に聞えるのは、音波の波長が変化するからで「ドップラー効果」と習ったが、そんな遠い世界にも当てはまるとは知らなかった。

 この壮大な宇宙からみたら、地球上の大事件も人の生死も微々たるものに違いない。

 昔、オヤジに「蝸牛角上の争い」を聞かされたことがある。軍国少年で、忠君愛国に燃えさかっていた私に、遠回しに水をかけてくれたのだと、今になって思う。

 昨夜から来ていた孫と娘夫婦、帰る前にYが「どうしてもジッチャンと風呂に入る」という。

 最近は身体のほとんどと、頭も下向きで洗えるし楽なものだ。でも、泡の出る入浴剤やタオルで散々遊び、なかなか湯船から出ようとしない。ゆで蛸になってやっと終わった。

 宇宙スケールからしたら、瞬きよりももっと短いYやRと過ごす時間でも、やはり、私にとっては宇宙より重たい価値がある。

 遠い銀河より、近くの人間!

 

2008年2月23日 (土)

鈍感力に鈍感

 朝、寝室の戸を開けて入ってきたカミサン「臭い!」

 分かっている。加齢臭が充満しているのだろう。

 ちょっと待て、ここには布団は二流れある、さっきまで、隣で寝ていたカミサンも発生源ではなかった?

 黙って耐えてるが、限界を越え「頭クサイぞ!」と注意してしまうぐらい、女性の髪は洗っていても臭うのだ!

 トイレで大をした後に入ると、自分のものでも悪臭に眉をひそめるのと同じ原理だろう。

 感覚だけでなく、多分に精神的な「清潔感」でも、カミサンは厳しい。

 「トイレに新聞持って入るの止めて!」

 この要望はほとんど無視する。

 我が家の改装トイレは明るく清潔だ。何が悪い! 

 そもそも、私は、肛門の括約筋が視神経と連動していて、何か読まないと排出がスムースでない。

 先日も焦った、外出前で急いでいたのに出ない、手を伸ばして、トイレクリーナーの袋を取り説明書を読みながら急場をしのいだ。

 「鈍感力」に有り難い文言がある。

 『人間の五感など、様々な感覚器官において、鋭すぎることはマイナスです。鋭い人より鈍い人の方が器官を消耗することもなく、より暢んびりとおお025らかに、長生きできるのです。』

 と、鈍感力の効能を振りかざしても、我が家には鈍感力に鈍感なパートナーがいて、相変わらず 棘の道である。

2008年2月22日 (金)

マジメもやすみやすみ

 ・「理解ある親」をもつ子はたまらない。 ・絵に描いた餅は餅より高価なことがある。 ・うそからまことが出てくる。 ・ものごとは努力によって解決しない。 ・自立は依存によって裏付けられる。 ・己を殺して他人を殺す。 etc.

 過激な言葉が並んでいるが、総て河合隼雄著「こころの処方箋」の目次にあるタイトルだ。  何ぃ~~と?反発しながら読んで、納得した気分にさせられる。

 マジメな記事をここ何日か続けたので、本日は不真面目でいく!

 こころの処方箋にも、「マジメも休み休み言え」とタイトルにある。

 「さんまのカラクリテレビ」は、毎週観る。さんまのけたたましいトークに辟易することもあるが、素人が演技するコーナーは何時も驚き感動すら覚える。中でも、「みんなの替え歌」は大好きだ。

001  歌は歌えないので、ダンボは百人一首を替えることにした。駄作であっても、ダンボのオリジナル、著作権を云々したいが、そんなことはどうでもよい。盗用してもらえたら光栄だ。

「由良の門を 渡る舟人 梶を絶え ゆくへも知らぬ 恋の道かも」曽根好忠

「由良の門を 渡る民草 梶ねじれ ゆくへも知らぬ 国の道かも」損ね国民=これはマジメ度100%の作品。

「奥山に もみぢふみわけ 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき」猿丸太夫

「奥山に もみぢふみわけ 道迷う ケイタイ圏外 知って悲しき」本当はよみ人しらずらしい。作者は帰り道しらず。これもマジメ度90%

「明けぬれば くるるものとは 知りながら なお恨めしき 朝ぼらけかな」藤原道信

「厚ぬりは 剥げるものとは知りながら なお恨めしき 朝起きの顔」皺原拭伸マジメ度70%・・・まだまだ落とす。

「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あわんとぞ思ふ」崇徳院

「背を丸め 椅子にもたれる 両脚の われたら奥に 見えんとぞ思ふ」見徳院パンチラも四十路まで

 これのマジメ度は、読んだ人に委ねる。

2008年2月21日 (木)

再び一人と二人

 昨夜読了した「鈍感力」について書こうと思ったが、HENCKELSさんからのコメントで、タイトルを変更した。

 しかし、HENCKELSさんの「愛する人から和顔施出来てるよ」と言われたとの、お惚気コメントには参った。素晴らしい、あやかりたい。

 事実そうなんだろう。穏やかで素敵な笑顔を、一杯一杯愛する人に降り注ぎ、相手からも貰っているのだろう。仮に片想い?であっても、完璧にHENCKELSさんは二人で生きている訳だ。

 河合隼雄氏の「こころの処方箋」には、

 一人で楽しく生きる人は、心のなかに何らかのパートナーを持っている筈。それは、内なる異性でも、母や父なるものでも、もう一人の私でも、ともかく「話し相手」が居る。 人間は自分の考えを他人と話し合うことで、楽しむことができ、客観化できるから・・・そのような意味で一人でも、二人で生きてゆくことができねばならない。 と、書いてある。

003  二人でも一人で・・・というのは、一人でも生きられる強さを前提に二人で生きるのことで、無意識的なよりかかりや、だきこみが強くなりすぎると、互いの自由を奪って、二人がたまらなくなる。依存が悪いわけではないが、無意識的に一人立ちの力を失っていると二人で生きる楽しみが見出せない。

 と説明してあった。これは、ダンボ身に沁みて理解できる。トホホ・・

 要するに、人は、完全な独りぼっちになったら、生きる喜びも価値も見付けられないか弱い生き物なんだ。

 ロビンソンクルーソーだって、フライデーもいたし、羊もインコもいたから辛抱できたんだ。

 鬼でも蛇でも居て呉れたら、そのうちにパートナーにしてしまう気構えで生きていこう。

 

2008年2月20日 (水)

鈍感力を磨きたい

 楽天ブログの「日記」(教え子の)で「鈍感力」なる本の存在を教えてもらった。

 題名に違和感あり、そのブログに勝手なコメントを入れたら、著者・渡辺淳一のオフィシャルブログを見てくださいと返事があった。

 渡辺淳一といえば、衝撃を受けた作品「冬の花火」以来、一時期熱中した作家だ、迂闊だった。

Photo  昨日、貸出期間を大幅に超えた米原万里の本3冊を、最敬礼して返したついでに、「鈍感力はないやろな~?」と尋ねたら、「ありますよ~~」と思いがけない返事。新刊書戸棚に並んでいるのを教えて呉れた。

 図書館の司書はUさん初めほとんどが顔見知り、こんな時、特典がある。

 繙くと嬉しくなる本だった。全部を読んでいないから確かではないが、才能を開花させるにも、エキスパートになるにも、健康で長寿を手にするにも、恋愛するにも、病を治すにも、会社で生き抜くにも、総て「敏感」より「鈍感」な方が有利だと、事例をあげ医学的にも証明している。

 「鈍感」という言葉の解釈を、おおらかとか、ものに動じないとか、ネガティブにならないとプラスに変え、気が休まり力付けて貰える本だった。

 かつて、児童に「命に関わること以外、たいした事ない!」と言い聞かせ、先生の言葉を子どもが悪用して困ると、保護者から随分文句をいわれたのを思い出し、ほくそ笑んだ。

 鈍感力の得点が高い、寝つきと寝起きの良さを私はもっている。が、幼い時、伯母さんが入れ歯の口で噛み砕いたタクアンを食べさせて呉れた。それをいつまでも覚えているくらい、くよくよこだわるところもある私にとって有り難い本だった。

 

2008年2月19日 (火)

たいなあ・・・で

 「これ食べる?」「要らん」朝食時のカミサンとの会話。

 食べるか?と聞かれたのはトーストのヘタの部分だ。

 普通なら、「ウン」で、私の皿にそれが移るが、今日は虫の居所が悪かった。

 「私は、体内脂肪が多いから、食べ過ぎないようにパンの端は残したい、それに歯も悪いので、よかったら食べてくれませんか?」

 これだけの内容がカミサンの口からでると5音になる。

 慣れているとはいえ、時々はカチンとくる。

 人間は「たいなあ」と思った次にすることに、大きく4つあるように思う。

 1、自分が動く  2、人に頼む  3、自分が動いて人にも頼む  4、希望だけで諦める

 現職の時、矢口栄という卓越した先生の実践を真似して「たいなあの詩」を書かせたことがある。賛否両論のあった指導だが、子ども達が本音を出したようで楽しかった。

003  たいなあの前は・・・(1971年)

<死んだとなりの犬 N.M  となりに大きな犬がいた くろい秋田犬 みんなこわがっている。 おとうさんと ぼくには ほえない。 でも、死んで しまった。 ほけん所の人がきて いわはった。 農やく 飲まされたなあと いわはった。>

 同じ子に1年後、「たいなあ」で書かせたら

<人の肉が食べたいなあ N.M  人の肉って どんな味がすんのやろ あまいかなあ からいかなあ 戦争中は 人の肉を食べたって、 言ってはったんを 聞いたことある。 ほんまかなあ ほんまやったら ぼくも 食べたいなあ>

 この児童は殺人鬼などになっていない、立派なサラリーマンで、同窓会にも顔を出す。

 「たいなあ」は創りだす種にもなる、大切だ。

 問題はそれをどう方向付けるかだろう。

2008年2月18日 (月)

惜しい!

 京都府で新しい風が吹かなかった。

 京都市長選挙は、たった951票差で共産党推薦の候補が敗れた。

 府下の八幡市でも、620票で民主・社民推薦候補が自民公明推薦候補に敗れている。

 他都市の人からみたら、共産党の首長なんて!と拒絶反応をおこすだろうが京都は違う。党員で党議党則に縛られた首長はお断りだろうが、問題山積の現状を変えるためには根元からの革新を厭わない。

 大体、京都といえば古臭い封建的な土地柄と誤解されやすいが、国に先駆けて小学校を町衆がつくったり、琵琶湖疏水を作って、水運・発電を振興させ、我が国最初の市電を走らせたり進取の気性に富み、昔から共産党の強い町である。

 アメリカでは、オバマが史上初めての黒人大統領候補となりそうだ。何百年も差別し、未だに差別を根絶できない黒人を国のリーダーにしようとしている。その変革のエネルギーを少しは真似していいのではないか。

 地方自治体の首長が政府からみた野党でこそ、国がより広く国民のニーズに応える政治ができると思うが如何?

 それにしても、今回もKY候補が居るものだ。落選するのがみえているのに空気が読めず足を引っ張る。昨年我が町でも泣かされた。

 今日のブログは、ネガティブになり我ながら情けない。

 

2008年2月17日 (日)

成長格差

 格差社会だから、何でも格差をつければいいものではない。でも、写真の現状からみて、題名にしてしまった。

003  アマリリス二鉢を大阪のEちゃんが宅配便で送ってくれたのは昨年11月だったと思う(忘れた程時間が経過している)

 届いたのは簡単に栽培できるセットだ。包装をといて充分水を含ませ水を与えたらいいことになっている。

 アマリリスの花を水栽培で見るのは初めてだ、期待に胸膨らんた。

 水やりに都合がよいキッチンの出窓に置き、温度も日当たりも水量も同じ条件で説明書通りに育て始めた。

 「室温15℃~20℃なら40~60日で開花します」と書いてあるのに、さっぱり変化がなかった。

 再々書いたと思うが、私は花育ては下手である。(花遊びは好き)

 「アマリリス」お前もか!とシーザーの心境になっていたら、今月に入り片方だけ急速に伸びはじめた。

 何故だろう?これだけ成長に差ができるのは、球根の素質としか思われない。いじけた芽の方だけに、液状肥料でもやろうかと思うが逆効果になったらと控えている。

 この格差、アマリリスだから罪はないが、人間社会だったら放置するのは一種の犯罪だろう。

 第一、同じ条件を揃えられないのだから、生じた格差を埋める努力を放棄する政府は表舞台から消えてもらわなくてはならない。

2008年2月16日 (土)

ゆとり教育

 朝刊1面にデカデカと『主要教科授業1割増、小中学校「ゆとり」前の水準008』と指導要領改定のニュースが載っている。

 幸か不幸か私はゆとりの象徴「総合学習」とか「生活科」の指導に縁がない。だから、面白そうと空想しても、その利害得失は解からないし、学力低下を云々されると、お仕着せのゆとりなんぞ、たいしたことはなかったんだべ~と小馬鹿にし、関心ももてなかった。

 朝10時、点けっ放しにしてあったテレビから流れた番組に釘付けになる。

 タイミングピッタリ。NHKネットワーク54、大阪放送局制作の「たまごが教えてくれたこと」は、三田市の小学校3年生の生活学習ドギュメンタリーだった。

 理由が分からない児童の問題行動に悩んだ担任は、子ども達に紙粘土で、「じぶんの卵」を作らせ世話させる。「あなたの卵です、そして卵はあなたです」と言われた子ども達は、体験を反映させながら、それぞれ個性的な卵との関わりを深めていく。その過程で世話してもらった自分、自分の世話で苦労した家族に気付き変わっていく。

 開封した時の自分へ贈るメッセージと共に、卵をタイムカプセルに入れ冬眠させるという見事な最後も用意していた。

 感動で目頭が潤んでしまった。決してカリスマ教師風でない女性教師に尊敬の念を覚えた。番組の終わりにアナウンサーが「こんな先生に習いたかった」と恩師に失礼な発言をしたが気持は分かる。

 大阪府知事がNHKに文句を言っているが、こんな良質の番組を流してくれる局への受信料は惜しくない。

 でも、

 教育ママは言うでしょうね。

「こんな先生に習っても、模擬の点数あがらへん!」

2008年2月15日 (金)

チョコの余波

 昨日送られてきたチョコにメッセージが。

 私のブログの読者らしく、川柳で気持を伝えてきた。笑って甘い息が部屋に広がった。

 一人でニヤニヤするのは勿体ない。メールでダンボへの掲載許可を送り返信待たずに記事にした。(赤はダンボの加筆)

「八十爺へ ナッツを避けた チョコ送る」 (失礼)とあったが、

ダンボの逆襲で雅号をつける(老婆心)

◎製菓会社の募集した、バレンタイン川柳に「義理チョコに 狂喜乱舞の 父米寿」が賞をとっていたが、パクリでこんなのもできる

「義理チョコに 狂喜乱舞のジジ 傘寿」

 後は自分の心境が川柳になっていた。

「本命も ギリギリなのよ 五十路には」(夫か彼かは・・・?トホホ)

○いいじゃないですか、幾つになっても心に本命がいたら。

「返される マシュマロ減って 寒い春」(回りに気のきいた若い男が少なくなった)

○収入が減ったら、支出も減らさなくっては・・・。

「花束が 宝石になり 芋になり」(ホワイトデーついに食べ物になった)

○我が家ではホワイトデーをポテトデーと改めました。でも、宝石の年もあったとは、浮き沈みが激しいです。

追加でこんなことが書いてあった。

「ホワイトデーのお返しは心配無用です、最も欲しいのは、たっぷりの時間ですから・・・・

奥様に若い女性からと吹聴の上、お召し上がりを!」

006  まことに行き届いた気のつかいようである。ハウスキーパーになって時間をプレゼントしようとしたら旦那が戸惑うだろう。

想定外のチョコプレゼントには、カミサンが異常な関心を示すのをお見通しで、フェロモンの出なくなった旦那でも嫉妬して若返るかも?

2008年2月14日 (木)

和顔施

 「和顔施」(ワゲンセ)とは仏教の教えの一つで、笑顔で人に接する大切さを説いた言葉らしく、広辞苑にもない。

1020289_img  簡単にいえば笑顔のプレゼントで人を幸せにし自己を高めることだろう。

 滋賀の娘の家での30時間、RYOやYUを相手に吉本興行の宣伝文句ではないが5分に1度は笑っていた。二人からタップリと笑顔のほどこしを受けた。

 小憎らしく、我がままを許さないと「ジイチャン最低!」と毒づいたり、「ジッチャン嫌いや!」と捨て台詞を残す年頃になってきたが、和顔施のお陰かますます可愛くなる。

 HENCKELSさんから、コメントで次の質問を受けた。
「一人の為に生きる事は自分の為にもなる事なんでしょうか?例えば愛する人の為だけに頑張って生きて行く事は自分一人だけで生きて行く力は必要なのですか?
自分一人で生きる力があってこそ愛する人の為に生きて行けるのですか?」

 互いの与える・施すという行為が互いの生きる力になる、施しは他人だけでなく「内なる自分にも」与えられ、力となる。

 私の体感した和顔施が、HENCKELSさんの質問の解答にならなくても、考える糸口になればと思う。(又の機会に続きを書きたいと思う)

004  2月7日のブログに載せた拙い川柳「本命も 義理も縁ない 八十路かな」が誘い水になったのか、その場で食べた娘手作りチョコケーキの他に、3つもプレゼントされた。ブログ効果恐るべし!

 アリガトサンでした。

2008年2月13日 (水)

雪は気まぐれ

 「こちらは大雪やで。」娘の電話で方針が決まった。

 今日は、RYO8歳の誕生日、なんとしても滋賀へ行かなくてはならないが車は危険だ、タイヤも替えていない、JRを利用するしかない。

 持ち物を最小限度にして出かけた。こちらは、強い日差しで残り雪も融けている。

 バスと近鉄で京都駅に着く。改札口の前に伊勢丹が新しい店をだしていた。立ち寄りたいが先を急いだ。

 ホームから娘に電話「30分発の新快速で行くから。」

 駅に着いたら娘がRYOとYUを車に乗せて待っていた。屋根や山の木に積もっていても、道に雪は無く、これなら車で来られたのにと非難したら、朝は本当に大雪だったと弁解しきり。嘘ではないだろう、雪は気まぐれだ。先日のわが町の大雪も滋賀ではたいして積雪はなかったそうだから・・・

 2女も手伝いに来ていて、具沢山のちらし寿司、具沢山のサラダ?あさりの味噌汁等など、外食したら2人分ぐらいの費用で、大人子供10人が満足する手づくり料理ができた。

002  〆は、これも手作りのケーキ。スポンジはプロの作品に及ばないが、デコレーションは母親ならではの出来栄えで、RYOもYUも褒めちぎる、なかなかすみに置けない孫たちだ。

 外は急激に冷えてきた。寒空に震え飢えている幼児がごまんといるだろうに、こうして家族で祝ってもらえるRYOは幸せだ。幸せが気まぐれでありませんように!

 ※娘のパソコンを借りて投稿した。

2008年2月12日 (火)

白玉とアコーディオン

 朗読ボランティアで企画制作し、視覚障害者の方々に配っている慰問テープ。

 そのリスナーとの交流会があった。

009  送迎ボランティアの車で集まられた障害者の方は12名。先ず、白玉団子作りをした。視覚障害者といっても全盲の方から弱視の方まであり、弱視のNさんが手際よく白玉粉を練り上げる。後はボランティアが茹で上げぜんざいの中へ。

 お世辞でなく美味しかった。勿論、全員が完食。

 ぜんざいを食べ終わったら、皆で唄を歌う。

012  伴奏は音楽好きのボランティアNさんが快く引き受けて下さった。持参のアコーディオンで演歌から童謡、ホークにシャンソンとあらゆるジャンルの曲を演奏する。まるで、カラオケマシーンみたいだった。

 お年を聞いたら「81歳になりましたんや」     「・・・・・・」

 そろそろリタイアが頭の隅にあった私、発破をかけられた。よし、こうなったら、高齢ボランティアの記録をつくってやろうか!

 20年前は、偽善者、目立ちたがり、暇人、変わり者とまるで宇宙人を眺めるように白眼視されたボランティアも、阪神淡路大震災を境に市民権を得た。

 若くはないが熟女に囲まれ(40:4)懲りない私である。

 

2008年2月11日 (月)

一人でも二人・二人でも一人

 タイトルは河合隼雄著「心の処方箋」の目次「一人でも二人、二人でも一人で生きるつもり」から頂いた。

 本の内容は、高齢夫婦の心構えを説いているようだ。

 一人暮らしで楽しみを追いかけ大袈裟に楽しさを見せびらかす人は偽者で、本当に楽しい人は静かで、心のなかに何らかのパートナーをもっている。

 二人で生きている人は、一人でも生きられる強さを前提として、二人で生きてゆくことが必要である。・・・・・・・・ と書かれている。

 昨夜から、1泊2日でRYOとYUが父親に連れられてやってきた。今朝から相変わらずパソコンゲームに溺れているから、ちょっと無理強いし公園に連れて行った。

Ca380179  ところどころに残っている雪に子どもの本能がよみがった。夢中で遊び始める。観察したら、それぞれ一人遊びをしているかと思えば、二人して仲良く遊んでいる。その移り変わりの滑らかなこと、1:1や1+1や1=2や変化自在だ。

 一人は二人、二人は一人が遊んでいる。

 今の私はどうだろう?

 ブログのお陰で一人を感じる瞬間がない。全国に散在している無数の顔の見えないパートナーと生きている感覚が生まれてきた。

 1日のアクセスが80件を下回ることのない今日この頃、本当に幸せな老後だと思う。

 ありがとうございました!

 

2008年2月10日 (日)

意表外広告

001 003  朝刊に挟まっている広告に、特集広告が混じっていた。手元にも届いている方もあると思うが、私は驚嘆した。

 人目を惹く、独創的、画期的、美的な完成度 etc 広告については素人判断で幾つかの条件をあげることはできるが、とに角、はじめて接したものに衝撃を受ける。

 裏と表で8面分がつながっている新聞広告に出会ったことがなかったし、観音開きに新聞紙を広げるのに戸惑った。

 スポンサーは本拠地をオーストラリアにおく「ジェットスター航空」 サービスを徹底的に削って低価格運賃で急成長している会社らしい。

 そして、路線は関西と中部からシドニー・ブリスベーン・ケアンズに飛んでいるだけで、成田や羽田には行っていない。

 下司は直ぐに広告料金に関心がいく。大阪本社と名古屋本社からだけでも、億単位の金額が必要だろうし、1社だけではない筈。それでも、ゴールデンタイムにTVでCFを流すより経済的なのだろう?

 カミサンと二人の海外旅行は、オーストラリアからスタートした。それだけ思い出深く、動物好きの私には堪えられない旅だった。

 今朝の広告でRYOやYUを連れて、もう1度行ってみたくなった。

 広告は行きたい気分の決着がつくまで残しておく。

2008年2月 9日 (土)

全国どこも雪?

 朝から降りはじめた雪が融けずに積もる。お陰で3連休を我が家で過ごす筈のRYOとYUが来られないとの電話。 ガッカリ!・・・ホットする?!Photo

 緯度約34度・東経約135度の当地で午後3時に積雪10cmを越えた。この分なら全国至る所雪ではないか?

 濡れ縁に積もった雪を食べてみる。汚染した空から降ってきたわりには純な味だった、砂糖をかけオヤツにした子ども時代が還ってくる。003

 昭和10年代、これ位の雪はざらに降った。京都市北区で暮らしていても、半分に割った竹を焚き火で曲げ、石炭箱に釘で打ちつけた橇が一冬に何回も活躍した。

 昭和12年頃、京都市内で積雪1メートルを越えたことがある。電線にカジキマグロの背びれのように積もった雪。石段の上から飛び込んだ我が家の犬ビスは身体が見えなくなり、潜望鏡のように尻尾の先だけが右往左往していた。2週間以上も、背丈より高い雪達磨は生き残り、時折屋根から落ちる雪で家が鳴動した。

 教師時代は、時間割を体育に変えて、飽きるまで子ども達に雪遊びをさせた。流行らなくなったが「ゆとり教育」の先端を走っていたわけだ。同窓会には必ずその時の楽しさを口にする教え子がいる。

 スキーのトップだけを雪上に出し思い切り後に体重をかけて新雪の斜面を降りた奥志賀高原が懐かしい。

 雪は、思い出引き出しを幾つも開いてくれた。

2008年2月 8日 (金)

善悪観

 朝のテレビでどなたか知らないが「食の安全を守るために、加工食品でも使われている食材の原産地表記を法律で義務付ける必要がある」と力説していた。

 でも、そんなことで人間の善悪観が変わるものだろうか?

 毒で汚染された冷凍食品が大問題になっている余波だろうが、今迄の事件は、法律で決められた表示を改ざんや偽装して起こったのではないか?

073  この方、人間は生まれながら悪で、法で厳しく規制し悪の道に踏み込ませない性悪説の方のようだ。

  若い頃、我が国を含む東洋は「性善説」欧米は「性悪説」と聞かされた。儒教とキリスト教から、単純に決めつけた説だろう。

 性善説も性悪説も善悪観の違いで根元は同じものとも言われ、何が何だか分からなくなる。

 ただ、海外旅行の経験からすると欧米が「性悪説」だとは思えない。

 イギリスとドイツで何回か鉄道を使ったが、降車時に改札(集札)は無し車中の検札は無し、乗る時もプラットホームの自動出札機で買って乗ったこともある。鉄道側は利用者は「紳士淑女で不正をはたらかない」と信じなければできないシステムだ。

 先日、林望氏の講演でこんな話を聞いた

 「イギリス金融業者必読のイエローブックtakeover code(乗っ取り規定?)があり、取引の決まりになっている、アメリカ人がイエローブックは法なのか?と尋ねてたらNOという答だったので、『じゃー破ってもいいのだ』と言ったら、イギリス人は『だから破ってはならないんだ』と答えた」

078  それ位イギリス人は法でない紳士協定を大切にするそうだ。

 私の若い脳にインプットされた東性善・西性悪の概念は逆転しつつある。

2008年2月 7日 (木)

サラ川の季節

 第一生命の21回サラリーマン川柳コンクールがスタートした。早速ページ002 を開いてプリントアウトした。

http://event.dai-ichi-life.co.jp/senryu/2008_best100.html

 予選通過の100句だけに、傑作多々、ひとしきり笑わせてもらった。

 最近のサラ川は範疇が広がって会社より高齢や省エネや鬼嫁や流行がテーマになるのが多い。中には「マイ箸で護る未来の青い星」などスローガンまがいのもある。

 10を選んで送ろうと吟味するが、どうしても自分の生活とマッチするのにに惹かれてしまう。

「シニア割 顔で通され 泣き笑い」  若作りオバア

「ご自由に お取りください 皮下脂肪」   未知の駅(雅号が素晴らしい)

「まかせたよ 言われた割には 指示多い」   雑用係

「空気より 漢字を読んで 頼むから」   国語教師KY

「鬼は外 鬼が豆まき オレは外」  鬼嫁の夫

「無料でも 家族間での 通話なし」  栗ボン

「買物で 右へ左へ カカーナビ」  ポンタ

 嗚呼・・・・オレは選句にもカミサンを意識する!呪縛を断ち切るために、ダンボも詠んでみる。

「本命も 義理も縁ない 八十路かな」  元イケメン

「返す人 ないのにマシュマロ 見栄で買う」  見栄張

 お粗末さまでした。

 

2008年2月 6日 (水)

たかが鍋、されど鍋

 長女が買った鍋のセット、アメリカ生まれのRQ、その使い方と宣伝に女性が2人家に来た。

 食材も調味料もカセットコンロまで持参して、水道代しか負担をかけませんよ!というリキの入れ方。

 世にステンレス鍋を売るメーカーは多いけど、アフターで料理教室を開いているのはわが社だけ。と25年のベテランが控え目に自慢する。

 26センチのフライパンが2.5kgという重量で値段もヘビー級。セットでないと買えないから高嶺の花が気球に乗って昇って行く。

 たかが鍋とデモを見せてもらったが、調理の概念を覆す説明に、参加した7人が目を白黒させた。

2_002 2_007  先ず、ポップコーンは市販と変わらぬ出来栄え。他社の鍋との違いを見せつける。

 2_008 大学芋は少量の油で芋を揚げ、目減りしてない油に砂糖を放り込む、時々揺らしながら加熱し、砂糖がべっ甲色になったら油を移して芋を入れてから2_009 める。外はパリパリなかはふっくらの見事な大学芋ができた。

 他にも、ジャンボハンバーグは焼いている横でジャガイモもニンジンも火が通るし、「ウソ!?ウソ!?」や「ウフォー」と歓声とため息がもれる。

 空焚きOK、鍋&オーブンといえる鍋だった。

 2時間少々で赤飯を含めた6種類のご馳走が並んだ。

 夕食不要になるくらい皆が満腹した。

 数多く家に鍋が揃っているのに、欲心をおこさせる存在だった。

2008年2月 5日 (火)

電波の海

 改装してから1日の大半を離れで過ごすようになった。名付けて「癒しの間」

 畳に炬燵が落ち着くし疲れたら直ぐ横になる。癒しといえば聞えはいいがホントのところ「怠けの間」だ。

 困ったことに、来客に失礼を重ねてしまった。キッチンで鳴るドアホーンが耳の遠い我々には全く聞こえない。

 お留守と思えないのに出てこられなかった・・・と、居留守をつかったように誤解される方、迷惑かける集金や宅配便も出てきて放って置けなくなった。

2_002 2_005  相談したら、最近のドアホーンはテレビで客が映るのは当たり前で、子機にもテレビが付いていてモニターできる、それも配線不要だとのこと。必要に迫られて取り付けてもらった。

 これ、なかなかの優れもの!親機はTVモニター・通話・自動録画(チャイムを押すと8枚の静止画を残す)・室内通話と機能満載。子機も持ち運び自由で親機と同じ機能をもっている。

 足の弱いカミサンは2階と離れ用に2台注文した。

 さて、つらつら考えると、家の中で電波が飛び交っている。2台の携帯から、パソコンのルーターから、固定電話の親機から子機へ・・・それに地上波だか衛星放送だかも飛び込んでいる。それに、ドアホーンが加わった。

 正に目に見えないが電波の海で生きているようだ。

 溺れないかちょっと心配になった。

2008年2月 4日 (月)

ドックでガッポリ

 2006年11月24日のマイブログで、設備が悪い段取りが悪い食事が不味いと散々扱き下ろした人間ドックに今日も行った。理由は簡単、市から助成が出て自己負担金が減るからだ。これで11回連続の上得意様になった。

 しかし、行って驚いた。ドック専用の健康管理センターが昨年11月にオープンしていた。病院の片隅や院内の各検査室を盥回しでした検査が2階と3階に集中している。どこもかも美しいし、最新の検査機器を備えているし、スタッフも多い。

002  案内を見たらオプションで○○セットが16種類もある。セット好きのカミサン飛び付くのは目に見えている。どこか悪くなってから検査したら保健で済むからと牽制したがセットを3つ注文。私にも要らんと言うのに2つ付けた。

 この病院は勝ち組になるよう、積極経営に乗り出したようだ。それだけ、ドックが儲かるのは予約の取り難さでも今日の受診者の数でも分かる。

 MRIは設備も音も大きく、センターには無く本院だったので、1度だけビルの外に出たが移動距離は随分短くなった。しかし、待ち時間は相変わらず長い。

 「ベルトコンベアーに寝かされて1周運ばれる間に検査終了が、究極のドックだね。」とか、「突然死判定ドックがあったら良いのに」とか、係りの女の子に毒づいたが、検査結果が直ぐに出て医師から診断をしてもらえる。それも、私の気持を良く理解した説明だ、みんな年相応ですが、別に注意することはありませんね。ライフスタイルはそのままで!と嬉しいご宣託。

 決定的に好感をもったのは、最後の食事。6階のドック専用食堂で出された松花堂弁当は結構な薄い味付けで美味しい。自動販売機のドリンクは飲み放題。これだけのサービスは、ドックでガッポリ頂ける証拠だろう。

 遂に貰った5年日記が3段目までつながった、我ながら驚く根気だ。

2008年2月 3日 (日)

雪で目覚める

 RYOとYUが来て二晩目、母親が来なかったのでYUの寝付きが悪く夕べも11時過ぎまでお付き合い、その後ウエブやメールをチェックし午前様になってしまった。

 001 ボンヤリして目を開いたら、雨戸の隙間から雪景色が見える。

 ハッキリ目が覚めた。この冬、初の積雪、風情の一変した庭を写した。

 雪の感動を伝えようとムズムズしたが、RYOもYUも一向に起きない。10時近くになって起きてきたが、雪など見向きもしないでDSに取り付いてしまった。そうか、滋賀では雪など珍しくないか!でも、一昔前の子どもなら子犬のように雪遊びしたのにと淋しくなる。叱咤激励し引き連れ庭に出るほどこちらも若くない。

 今日は節分、午後1時過ぎには帰ると言うので、皆で買ってきた恵方巻きを食べる。南南東を向いて黙って食べるのだぞ!と言い聞かせたら逆に興奮し、喋りながら立ち食い移動食い、食後に掃除機をかける破目となった。

 帰ったらジジババ並んで炬燵に入り、うたた寝してしまう。

 今日は又結婚記念日だ。イベントは無し、明日の人間ドックに備えて食事制限、ご馳走を食べに外出もできない。56回目は不発に終わった。

 豆撒きを忘れていた?!勿体ないから指先に挟んだ豆で「鬼は外・福は内」と迫力のないことこの上なし。RYOやYUにさせたら景気良かっただろうが、散乱する豆に節約心がチクチク痛んだに違いない。

2008年2月 2日 (土)

数え年

 私が訪問するブログ「猫の子の唄」のKURAさんから、私の傘寿は昨年ですとご指摘を受けた。己の常識欠如に汗顔の至りだ。

 そういえば、神社仏閣の案内板に厄年やら何やらの知らせは「数え年」が使われている。長寿祝いもそれに習うのが当たり前だろう。

 私達高齢者が昔、正月を事のほか喜んだのは元日に一つ年をとったことが大きかったと思う。昔の子供は一刻も早く大人になりたかったし、元旦に「お前はもう○○歳になったんだから・・・」と言ってもらったら震える感激があった。

 しかし、生まれた瞬間に1歳、初めて迎える新年に2歳というカウントは、生活年齢と馴染まず、幼小児の時代は格差を生む。12月生まれの私などは違和感を感じたものだ。

 満年齢は、年を取りたくない年代は救われる。昨年の暮まで数えの80を78で通せた。

 その癖、何か面倒な事を頼まれたら、もう80だからと逃げようとしたり、若さを誇示したい時などには数え年は便利である。

 いずれにしても、今年は昭和4年生まれのカミサンと、セットで傘寿のお祝いをしようと思っている。

 何しろ、カミサンはセットが大好き、レディースセット・ケーキセット・ランチセット・・・数え上げればキリがない。安上がりだからと頼んでは、食べたくないのは旦那に回す。

 それなら、その気で傘寿はセットで豪華に「二人のハワイ」ぐらい要求しようかな?

2008年2月 1日 (金)

道で思う

 気功体操をするために、車で公民館へ。途中に川沿いの細い道がある、巾はトラック1台分、離合できない。工事現場で仮設されるような交互通行の信号もついていないので通る時は注意が要る。どちらの車が優先するかは、お互いの良識だ。

 今朝は、5台の車が連なって走っていたのに、反対側から黒っぽいBMWが突っ込んできた。ほんの10秒ほどのにらみ合いの後、BMWがバックして道を開けた。車列の最後だった私はすれ違う時に片手を挙げて有り難うの挨拶をした、ドライバーは携帯電話で話しに夢中。よくぞ道を譲ったと思える人品骨柄である。

 通るだけで互いを思いやる配慮が必要なこの道も、間もなく開通する幹線道路によって不要になる。

 煩わしさや、時間のロスは無くなる。反面、道が車を通すモノだけとなる淋しさも感じる。

 しかし、この狭い道は抜け道として交通量が多いから、そんな感傷より実利が上回るだろう。

020  先日の林望氏のお話にあった。イギリスでは何百年も経つ石橋を残し、優先側を示す標識を立てて車社会にも適応させている。日本では、田舎に1車線で充分なのに2車線でタヌキしか通らない歩道までつけた立派な橋を架けている・・・

 14年前、辺鄙なウェールズ地方をドライブし、石橋や産業革命時に架けたような橋を何回か渡った。但し、3桁で表される狭い地方道もくまなく舗装されていた。

 つなぎ法案が議長斡旋で取り下げられ審議は始るが、道路財源を節約できる道には使うなと言いたい。

 無理は承知で!

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