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2008年1月

2008年1月31日 (木)

食べる覚悟

 「返してこようか?」買ってきたばかりのニンニクを指してカミサンが呟いた。002

 日本産の量は3倍、値段は半分の中国産。でも、今回の事件の直後では無理もない。

 それにしても酷い!ミートホープや赤福や船場吉兆など足元にも及ばない、偽装や改ざんはしても食べ物に有毒物質は入れなかった。

 有機リン系の農薬なんて、よく自殺に使われた殺虫剤ではないか!拝金主義に毒された中国の農民諸君が、楽に儲けようと使う気持は分からぬでもない、日本でもかつてはそうだった。

 ’88年にモンシロチョウの卵を手に入れようと、京都市南部・巨椋池干拓地へ行った。広大なキャベツ畑に蝶が1匹も飛んでいなかった、キャベツの葉は灰色をしていた。結局、農家が高い囲いの中で自家用に作っている畑で見付け取らせてもらった。そこには蝶が乱舞していた。

 今回の農薬入り冷凍餃子は、中国の労働者諸君が原材料の下準備をおろそかにした結果なのか?それとも、森永砒素ミルクのように製造ラインに問題があったのか早く結果を出して欲しい。

 日本の物価上昇を抑えるのに欠かせない中国製品だ。

 それに、悲しいことに我が孫YUは、高価な山田養蜂の蜂蜜を不味いといい、原産国中国のCOOP蜂蜜がお気に入りだ。

 先行きあれこれ考える必要のない歳になっても、覚悟して食べるのを強いられるのは嫌だ。

2008年1月30日 (水)

惻隠の情

 Y君の年賀状に相変わらず下手くそな字でこう書いてあった。

「昨年は最後のふんばりでプレス発表したり、ポーランドの学会に出かけたり色々やりました」

 彼の小学校卒業文集に将来の夢として「金持ちの科学者」と書いてある。

 世渡りの下手な彼は、金持ちになったとは想像できないが、科学者になり阪大で教えて定年を迎えるようだ。

 小学校時代、IQが高過ぎて推定値しか出なかった彼だったが、賢さを鼻にかけることもなく、皆から敬遠されることはなくむしろ逆だった。

 ただ、極端に用心深かった。私がはっきり覚えているのは、給食前に持参したステンレス容器を開き、中の消毒綿で手を拭き清める姿だ。

 ある日、給食当番がパン箱を持つ手を滑らせコッペパンの大半が床に散乱した。当番は己の大失敗に固まってしまった。

 昭和31年は、まだ世の中に軽い飢餓状態が続いていた。給食は今と比較にならない重い食事だ。汚れたパンの交換など出来るものではない。

 一つ取ってアルミの皿に載せて言った。「人間、ばい菌食べて大きくなってるみたいなもんや、(ものだ)かまへんもん(構わない者)は取り(なさい)」

 あっという間に床のパンはワラワラと集まった子ども達の皿に移って事件は落着した。

 嬉しいより驚いた、汚れパンをY君が食べていた。

 誰も褒めずその場は黙っていた。何年も経ってから彼に、その事を話したら、記憶力抜群の彼は忘れていた。

 道徳の授業は無かったが、惻隠の情など子供全部がもっている時代だった。

2008年1月29日 (火)

説教

Photo  枕元に置いてある河合隼雄著「心の処方箋」は、目次を見ているだけで何かのヒントになる。

 18章の目次「説教の効果はその長さに反比例する」を見た時、鮮やかに蘇った記憶があった。

 空前絶後と言っていいほど、効き目のあった説教?が一つある。

 1979年、京都市南部K小学校の5年生を担任した。4月に隣のH小学校から転入してきたA君は札つきのワルという評判だった。低学年の時はK小学校に在籍していたから、その噂は間違いなさそうだ。

 最初の朝礼で全校児童が整列した。

 成る程、A君は目立っている。両手をポケットに突っ込み、片足に重心をかけた斜めの姿勢、小刻みに身体を震わせてそっぽを向いている。

 全身から「俺はお前らと違う!アウトローだ!」と発信していた。

 でも、ちゃんと皆と朝礼に参加している。

 私は後ろから彼の耳元でつぶやいた。

 「あんまり、早うから、突っ張ってたら、あとシンドイぞ」

 振り返って目をみはった彼の表情をまだ覚えている。

 時々ヤンチャはするがA君は只の元気な男の子に過ぎなかった。

 次の年私が教務主任になって、6年を担任した先生から彼に手古摺った話は聞かなかった。

 たった23字の言葉がこんな効果を発揮した覚えは他にない。

 古きよき時代だったのだろう。私が中学校や高校で教鞭をとっていたら五体満足だったか分からない。 

2008年1月28日 (月)

マア頑張って。

 大阪にタレント知事誕生、新聞トップ記事だ。大阪府民の選択だから外野がとやかく言う筋合いではないが、テレビで拝見していた限りでは危なっかしい、素行でも先々代の知事と同じ轍を踏みそうだ。

 政策よりも感情で「こどももおとなも笑う府政」をスローガンにしたらしいが、過去の核武装容認発言から占うと「そして、としよりは泣く」と続けたかったのではと勘ぐってしまう。「子どもはなんとか笑顔・老人死顔」の大阪府にならぬよう祈りたい。

 選挙向けに公約しても、当選させてやった気分の議員様や手足になって動いてくれる筈の官僚様や利権がらみの業者様が、その実現をどれだけ妨害するか計り知れない、その時が見ものだ。始皇帝にでもヒトラーにでもなれたら面白い。

 風通りの悪い政治に穴を開けた意味はある。どうせ、開けるなら台風が通過できるようなデッカイ風穴を開けて国政をも揺るがせて欲しいがどんなもんでしょーな。

 朝のテレビでも耳にした。「道路が必要だから」でなくて「道路工事が必要だから」暫定税率を延長するんだと。

 近畿には「もったいない」で新幹線栗東駅を潰した嘉田知事も居る、まあ頑張って。

2008年1月27日 (日)

三位一体

 正月の名残、娘が滋賀から届けてくれた餅が残っている。

 勿論、切り餅にして冷凍している。

 この餅、始末が悪い。キッチンの調理器具で適度の柔らかさに焼くのは至難の業だ。

 電子レンジは、柔らかくなっても均等でなく焦げ目もつかない、一部がドロッとはみ出したりする。

 オーブントースターは、冷凍前の餅は火鉢で焼いたようにベストの焼け具合だが、冷凍餅では焦げと生の混ざった最悪の結果だ。

 しかし、この二つはキッチンの定位置にあるので、我慢して使っていた。

 一昨日の朝、ホットケーキを焼いた。2枚を一度に焼きたいのでホットプレートを持ち出した。

 省エネで、ケーキの隙間に餅を置いてみた。

 イケル!冷凍餅を焼く優れものだ。

 今朝は、もう一工夫した。ホットプレートを片面加熱にし加熱側へ餅を並べ反対側に少量の水を入れて蓋をした。

 プレートを傾けて水を一気に蒸気にし、蒸しと焼きを同時に餅に加える。全体が柔らかく焦げめもバッチリ、理想的な焼き餅だ。

 梅昆布茶に熱湯を注ぎ、焼き餅とホウレンソウとベビーチーズを入れた朝食。総入れ歯のカミサンはいたくご満足な様子だった。

 001 RYOやYUが来なかったらテーブルに開き空間がいっぱいある。ホットプレートを出しっ放しにすることにした。

 レンジとトースターとプレートの三位一体。

 旨いものづくりに精を出さねばならない。ア~ァ

2008年1月26日 (土)

得した一日

 1993年イギリス旅行をした後、図書館で見つけた「イギリスはおいしい」を読んで後悔した。旅行前に何故読まなかったのだろう!読んでいたら旅行が2倍楽しかったと思った。

 それから著者「林望」氏のイギリスシリーズを図書館にあるだけ読んで、軽妙な語り口の虜になった。

 今日の午後、トモちゃんに電話したら、今から公民館へ講演を聴きに行くと言う。「誰の?」「林望さんの」エッ耳を疑った。市の広報板に張ってあったから間違いないらしい。昼食前だったけれどクッキーとチョコレートをポケットに突っ込んでトモちゃんの旦那が運転する車に乗せてもらった。

 講演は期待通りだった。「歴史、風景、トラストの思想~イギリスを歩きながら~」の演題で写真を投影しながら話された。倍の時間が欲しいくらい新しい(私にとって)濃い内容だった。

 要点だけでも、書いていたら長いブログになるので耳に残った一部分だけ。

004  『事件の点の歴史だけでなく、環境としての歴史。普通の物(建物・風景etc)が何時までも残されている歴史、変わらない故郷に接して人は懐かしさを感じ愛郷心が、引いては愛国心が生まれる。』

 『イギリスではその為のナショナルトラスト運動が日本と比較にならないほど盛ん。トラストには色々な種類があり民間の運動で行政の補助など当てにしない。』

 講演後の対談でも、『イギリスには公と個の間にオオヤケノコが存在する』と実例を上げ説明されたり、イギリスには憲法がないこと、法より紳士協定が優先することなど驚きの情報を手に入れることができた。

 本当に得した一日になった。でも、聴衆は予想以上少なかった勿体ない。PR不足は市当局の文化程度が分かってしまう。

2008年1月25日 (金)

登校?投降?

 左側・一列・無言・うなだれて・・・・・朝、ゴミ出しに外へ出て見かけた子ども達の姿だ。

 集団登校の列が、屠所の羊だった。これだったら登校でなく投降だ。

 子ども達の向かっている小学校が、学校崩壊した地獄なら話は分かるが、建売住宅のチラシに「憬れの○○小学校の区内!」と書いてあり、完売する評判の学校だ。

 私が小学校に勤めていた時と隔世の感がある。

 ワーワーキャーと列から飛び出す1・2年生を6年生が叱咤する。手に提げた袋や傘を振り回し車のクラクションで注意される。列が伸びたり縮んだり、増えたり減ったり・・・よくぞ毎朝事故に遭わず登校してくれると感心し感謝する集団登校だった。

Photo  何故だろう、個々に下校する子ども達は明るく楽しそうなのに?

 正反対の二つを考えついた。「楽しい家から楽しくない学校に行く」こうすると下校時の笑顔も納得できる。しかし、「家庭生活に活気がなく学校へ行って元気を充電する」と考えることもできる。

 いづれにしても、気にかかる風景だった。

 24時間、はち切れ溢れる生気を見せる子ども達であって欲しい。

2008年1月24日 (木)

心をマッサージ

 先日衝動買いした河合隼雄著「心の処方箋」。特に心が病んでいるわけではないが、著者に惹かれて買い物かごに入れた。

 河合文化庁長官の講演は、5年前日比谷公会堂で聴いた。録音で聴いたら絶対肩書きの人物だと思わないユーモラスな関西弁。国粋主義者とは縁遠い人が熱く日本文化について語られた。

 005 「心の処方箋」は気楽に読める本だ。裏表紙に「前略・・・トラブルに立ち向かう秘策を与えてくれるだろう。この、短い一章一章に込められた偉大な『常識』の力が、かならず助けになってくれるだろう。」と書かれてあるが、そんな肩に力の入るものではない。

 例えば第3章の「100%正しい忠告はまず役に立たない」で、次のように書かれている。

◎忠告によって人間が良くなるのだったら、その100%正しい忠告を、まず自分自身に適用してみるとよい。・・・・・いつどこでも誰にでも通じる正しいことのみを生きていては、「個人」が生きていると言えるかどうか疑わしい。それは既にホトケになっている。

◎ある時、ある人に役立った忠告が、100%正しいとは言い難いことも、もちろんである。

◎今日も昨日と同じように7時に起きて朝食を食べる程度のレベルなら、同じことは存在するが、ある個人の存在が深くかかわってくるとき、同じことは起こらなくなってくるし、その人にのみ通じる正しいことが要求され、一般の人が考えつく、100%正しいこととは内容を異にしている。(要約)

 素晴らしいのは、章の最後が「ここに述べられたことは、100%正しいことである。などと読者はまさか思われないだろうが、念のために申しそえておく。」と括られていることだ。

 心のどこかが凝ってきたら、目次を見て思い当たる章を広げる。マッサージをしてもらうのに最適だ。

 暫くは身近にいつも置いておこう。

2008年1月23日 (水)

キーワード

 正月に皆が集まった時に、評判になったサイトがある。「脳内メーカー」だ。

 これは、占いでも診断でもなく、占い的要素や科学的な根拠の全くないお遊びジョークツールだ。

 □の中に、名前を入力するだけで、その人間の脳の中を色と文字で表す。私の場合脳の前半分が「友」で後ろ半分が「遊」となりその境目を「H」が線になって並んでいる。 笑ってしまうが、思い当たる節もある。

Photo Photo_2  大爆笑したのがYUだった、彼の脳は全部「食」で埋め尽くされていた。大人顔負けの食欲保持者YUを見ていると、このツールは本物臭くなる。

 親がメタポを心配するYUのキーワードは「食」といえるだろう。

 人物のキーワードから、その人物のお話のキーワードへ連想が飛んだ。

 私が過去に直にお話を聞いた著名人。その内容を細かには記憶していなくても、キーワードがあり、それで全体を思い出す。

 古い順から・・・糸川英夫「熱汚染」  井上ひさし「ふんどし・右翼」   河合隼雄「鎮守の森」  米原万里「児童文学不要」

 優れた人の話は心に刻まれキーワードで再生する。

 有名な政治家の話も耳にしたが、不思議とキーワードが見付からない。

2008年1月22日 (火)

死に消えても

001  14日の「軽くないよブログ」で記事にしたF氏から立て続けにメールが入った。

『前略-CD、昨夜たしかに拝受いたしました。先ほど仕事中にこっそり聴いておりました。 泣いてしまいそうです。

 特にモーツアルトのアダージョは、目の前で先生が弾いているようです。

 先生はよくこうおっしゃってました。

「やっちゃん、音楽はここだよ」と、自分の胸に手をあてながら。ほんとうにそうだと、先生の演奏を聴いて、あらためて思いました。

 私の中に生きつづけている武藤先生を、いただいたCDを通して、多くの友人に伝えたいと思います。-後略』 1/18

『ご報告です。 2枚目のCDも問題なく聴くことができました。音質も古いテープとは思えないくらい良くて、すごくうれしいです。

 土曜日に、新宿にあるクラシック音楽好きの集まるBARで、武藤先生のCDをかけてもらいました。   真空管アンプを経て大きなスピーカーから出る先生の音はさらに美しく、きき惚れていると、なんと「これはどなたの演奏ですか 」と二人の方から声をかけられました。  胸にぐっとくる演奏だと言われ、こちらもぐっときました。

 マスターには、モーツアルトのアダージョはものすごく美しく、バッハの無伴奏パルティータはバッハ本人に近づこうとしていることがよく伝わる演奏だと言ってもらえました。

 スザンヌ・ローッテンバッハ、ヨーゼフ・シゲティといった名手の演奏のあとにかけてもらったのですが、先生の演奏のよさは、先生のことを知らない人にも確実に伝わるものだなと実感しました。

 先生の演奏はまた、お酒がよくあいます。

 私の宝物です。 -後略』 1/21

 嬉しくて嬉しくて・・・・・F氏が了解される返事も待たず、ブログに載せた。

2008年1月21日 (月)

TVドラマ、ガリレオについて

 今日の記事は、ガリレオを視聴しなかった方や東野圭吾の原作を読んでいない方にとっては白ける内容だ。しかし、文芸作品を脚色し映像化(劇化)する基本とは何なのか?訊ねてみたくなった。

 私の経験では、映像化されたものはスリムになるのが普通だ。本を読んで自分なりに膨らませていたイメージが、絵になるとこんな簡単なの?とガッカリ。視覚化できない内容で仕方ない!で納得した。(最近はCG技術の進歩で人のイメージを凌駕する作品も多くなったが・・・)

 でも、ガリレオは、その逆だ。

 「原作とは別物としての前提で、ドラマとしては面白かった」と、カットンのコメントにあったが、脚本家にかなり気を使った発言だ。原作を読んでいなかった私も合格点をつけたが・・・・・

 「原作以外の余計なもののために描写が薄っぺらになった、ならまだしも、エッこれありなのか?の部分も多々あり・・」mayaさんのコメントは手厳しいが、私も同感した。

 普段着がフリルのいっぱいついた夜会服に変身した?その視聴率稼ぎみえみえの営利目的が原作を読んで良く分かる。

 勿論、脚色は原作の直訳でなく意訳でこそ値打ちがあるだろうが、ガリレオは「換骨奪胎」を逸脱している。フランケンシュタインを創ってしまった。

002  手元の文庫本では5話構成なのに、ドラマでは9話に増えているし、特に最後の話「爆ぜる」は酷かった。論理一点張りで解決してきた湯川助教授が、女刑事の為に命をかけ、刑事のカンで危機を脱したり、冷酷な犯人木島教授が原作では犯人から命を狙われる敬愛すべき人物だったり、ウッソ~の連続だ、原作にはそれ等の欠片もない。「理論より情緒」の世情に受けたいの?

 脚本は東野氏が監修したに違いないと思うが、よく了解したと感心する。

 面白ければ地味な正統派ミステリーを劇画にしてよいのだろうか?

 東野圭吾の「手紙」が忠実に映画化され、観て感動した後だけに割り切れないものを感じた。

2008年1月20日 (日)

苦楽の名残り

 昨夜RYOが「やっぱりここで寝るわ」と寝床に入ってきた。シングルの布団で寝ているから、いくらRYOが小型でも狭い。

 夜中何回も起き、はみ出しているRYOを引っ張り込んでいたお陰で、睡眠不足だけでなく、わき腹の肉離れを起こしかけた。

 幸い今日は悪天候、外遊びが無理で助かった。そのかわり家のあちこちで発生する騒音に耐えなくてはならない。

 それにしても、年を重ねるに従って二人の個性・嗜好の違いが際立ってくる。

 魚やイクラ・ウニ・カズノコと大人向きが好きなRYO。牛・豚・鶏の肉に目のないYUは食欲も大人並。体のボリュームも体重も兄を抜いた。

 電気をつけてやっても暗い部屋に一人で行けないRYO、その前を小走りに行くYU。

 筆記具と紙があったら1時間は集中できるRYO、難しい内容のアニメを集中して見られるYU。

 お節介のRYOにマイペースのYU。ジャニーズタイプのRYOと、末はゴルフかラグビーをと親が望むYU。職人向けのRYOと営業向けのYU。

 共通項はDS&兄弟喧嘩オタクという点か?

 午前中、RYOが「私が生まれた時」という宿題を、母親がついてしている傍らでYUもかな文字の練習をした。親が「幼稚園でも自分の名前ぐらい皆書いている」と発破をかけるから、やる気のないYUの相手を私がせざるを得ない。

 たちまちRYOの緊張の糸が切れ宿題を中断、私にとって代わって指導を始めた。母親にこっぴどく怒られながら・・・・

 気温が下がり、こちらは雨でも滋賀は雪だと困る!と言いながら暗くなるまで腰を上げなかった。

004  静謐が戻った途端、カミサンは鼾をかいている。2日間の苦楽を額に刻んで。

 名残が居間の机に載っていた。

2008年1月19日 (土)

カメラアングル

 昨夜遅く、RYOとYUが父親に連れられて家に来た。何でも母親に急の仕事が入り、今日明日と面倒を見て欲しいらしい。

 到着た時は二人とも熟睡していた。

 お陰で、朝早く起こされる。

 父親が木津へ用事で出かけた間、先日買ったDVDを3人で観たり、カクレンボしたり・・・

 午後、帰ってきた父親とRYOは電車を見に行くからムービーカメラを貸せという、これはお断り!替わりにデジカメを渡した。YUはお留守番。

 小学校2年生にカメラなどと心配は要らない、彼は親の携帯やデジカメで修練を積み、私の監督下でムービーを撮影するベテランだ。

008  撮ってきた写真を見て、毎度の事ながら「成る程ちょっと違う」と感じる。要する写すポジションの違いだ。身長の低いRYOのカメラアングルは、心持ちアップショットになっている。

 版画の手ほどきを受けたK先生は油絵や陶芸が趣味だ。かつて、先生の陶009芸の作品を展示会で見た。可愛いのでカメラに収めたが、アングルを変  えて写すと、表情が一変した。水平から写すと柔和に見えた。

 能面は010角度によって喜怒を現し、能役者はそれを自由に扱うと聞いたが正にその通りだった。

 RYOの写真で芋づる式にアングルによる表現の変化を確認できた。

2008年1月18日 (金)

玉突きゲット

 私が毎日必ずアクセスする「もみじの日々」  14日の記事に「玉突きゲット」という言葉が登場した。

 お嬢さんが機種変更で新品を買い、もみじお母さんがお古を手に入れたということだ。

 お古と言う言葉は今や死語になりつつある、昔は年上の者から年下の者への流れだったが現代は逆流している。私にも、息子が太って着れなくなったお古のシャツやスーツが何着かある。それと、お古は堂々とフリーマーケットで換金される。

 001 携帯についても、そんな手があったのかと感心した。私の旧機種は誰もゲットしてくれる人が無く、引き出しで眠っている。

 実は、この携帯は画素子も多いし、マイクロCDに記録できるし、ブログ用の写真にもってこいだから、カメラ機能に未練があって捨てられない!と残したが、実際は電話やメール機能が消滅した携帯は持つ気がなくなった。

 2007年12月の統計で全国の携帯電話契約者数が1億を突破している。それらの人が機種変更でリサイクルに回わさず、捨てたり死蔵している台数は恐ろしい数だろう、勿体ない話だ。

 しかし、先日こんな事も耳にした。「日本は希少金属を獲得する国際競争に立ち遅れ、中国やロシアに先を越されている。しかし、国内に眠っている携帯や家電製品に含まれているのを総計すると世界有数の希少金属保有国となって心配無用」

 何か変な話。お国の為に各家庭から貴金属を供出させられた戦時中を思い起こした。

2008年1月17日 (木)

満足度75%

 昨夜ブログに投稿してから急に思い出した。月曜に生協から届いた豚バラのブロックが冷蔵庫の中でそのままだ。

 コメントをくださるHENCKLESさんが、角煮に芥子を入れて炊くと美味しいとあったので、未開拓の角煮に挑戦しようと買ったものだ。

 インターネットでレシピを調べる、基本は基本で守る。ゆず胡椒でアレンジするのは最終段階だ。

 冷蔵庫から出した肉はアメリカ産、黒豚は上達してからの話にする。

 490と大きな数字が目に入る、中途半端な重さだな~と思いながら、レシピの800gを基準に換算した水や調味料を用意した。

 40分間、タップリの水で豚を煮る間に風呂に入る。

 風呂からあがり、さて味付けしようと肉の包装を見直したら、490は値段で重さは300gだ。

 大変だ!3倍近い量の酒・味醂・砂糖・醤油を使ったら佃煮もいいとこだ。急遽冷蔵庫から鶏のもも肉を出して、適当な量に振り分けて豚と鶏を煮た。

 013 仕上がったら1時になっていた。

 朝、証拠写真を出来るだけ美味しそうにと写していたら、カミサンが「M子と一緒や」と笑う。2女のM子は旦那が商業写真のプロカメラマンなので、真似事で作った料理をよくカメラに収めている。

 豚の角煮は、教えてもらった通り芥子。鶏の煮付にはゆず胡椒をいれた。

 味はまあまあだが、双方とも、ホクホクした食感が足りない。

 満足度75%というところだ。

 震災13年目の朝なのに・・・・・この平穏がありがたい。

2008年1月16日 (水)

収録日

 月に1回の収録日、我々4班は、視覚障害者向け慰問テープのB面に、用意した原稿を朗読し録音する。

002  録音室にはリスナーから点字の年賀状が届いていた。

 平成20年の初顔合わせ、4班11人全員集まった。 

 我々ボランティアグループは、4つの班に分かれているが、4班はユニークだ。088

 収録のスケジュールは、1.連絡・打ち合わせ 2.原稿読み合わせ 3.録音 と進行する。何処の班も1と2までは全員で、3は担当者だけが録音室で、他は防音ドアの外の調整室で待機して録音の邪魔をしないようにする。

099  しかし、4班は最後まで皆が一緒、録音室から出ない、担当者が吹込んでいる時、息をひそめて終わるのを待っている。だから、時々読み手以外の雑音でNGを出す。原因は咳・クシャミ・私語・飴の包み紙を開く音・せんべいを噛み砕く音・・・etc.

 信じられないくらい非能率的だが、このスタイルは変わらない。家主の社会福祉協議会が歓迎しない録音室での飲食も、盛大にしてしまう。

 理由は簡単、仲間とボランティアしていて楽しいからだ。ここでは、利他と利己の境界線がない。

 だから、「新年会しよう?」の緊急動議もたちどころに可決され、日時が決まる。

 我が年齢を忘れるひと時だ。

2008年1月15日 (火)

恐いもの見たさの月9

 フジテレビ月9のドラマ「薔薇のない花屋」が始まった。脚本が野島伸司だから期待が大きい。とは言ってもまともに観たのは「美しい人」「プライド」ぐらいで、話題作問題作といわれた作品は毒気に当てられリタイアしている。

 今回は出だし好調、設定はユニーク、役者は上手い、カメラも美しいし引き込まれていた。途中から「オヤ?」

 見えない筈の竹内結子の目線が怪しい。演技が下手な訳はないし見えているのではないかと疑いをもった。

 案の定、野島流だった。香取と竹内のラブロマンスが見たかったのに、サスペンスになっていく。

 不意に、東京行きの帰りの車の中で、退屈しのぎにRYOやYUに聞かせた「桃太郎」が浮かんだ。

 008 私は昔から我が子達にも、まともな昔話をしなかった。この時も「桃太郎」を「柿太郎」にし、「キビ団子」は「たこやき」に犬・猿・雉もタヌキ・蛇・ハゲタカになる。柿太郎がたこやきをこの無頼の連中に奪われて家来になってしまったら鬼に勝てる訳がない。ほうほうの体で逃げ帰り、もう争いはコリゴリと締め括った。

 しかし、本当は柿太郎達が鬼が島でなく竜宮城を攻略する筋にしたかった、18歳未満の孫の前だから抑えた。薔薇のない花屋もドロドロになる前に美しく抑えて欲しい。

 古色蒼然としたワンパターンラブストーリーはお断りだけど、薔薇はなくても愛のある花屋が描かれるのを楽しみにしている。

 

2008年1月14日 (月)

軽くないよブログ

 1月8日にメールが入った。

「ダンボ様 はじめまして、突然ですみません。私は武藤先生の教え子です、先生が亡くなってしまって悲しくて、先生の演奏をもう一度聴きたいと思っていたら、ダンボ様のブログにたどり着きました。大変失礼なのですが、もし可能でしたら、私にもCDを焼いていただけないでしょうか・・・」

 東京都のF氏からである。

 武藤先生というのは、昨年8月21日のマイブログに書いたK小学校の教え子「武藤信行君」のことだ。

 急逝した彼が、こんな形で生き続けらると思うと、驚くと共に無性に嬉しかった。

007  家にDVDの生ディスクはあるがCDは無いのでTSUTAYAへ行った。店に入ると嬉しさと誘惑に勝てず、ついでにゴチャゴチャ買ってしまった。

 CDのコピーは隣のmayaさんに助けてもらって明日発送できる状態になった。

 最近はマイブログへのアクセスが毎日50件を越え、ブロ友?も増えていく。F氏の希望も叶えられる。

 ブログが私の中でだんだん重さを増してきた。

2008年1月13日 (日)

見るだけスポーツ

 家に居たら日曜日の午後は「新婚さんいらっしゃい」を見てしまう。

 終わってチャンネルを変えたら、全国女子駅伝で2区にたすきが渡ったところだった。

  場所が京都、ここ何年か圧倒的に京都勢の強い駅伝なので、たちまちテレビの前から動けなくなった。選手の走る背景は見覚えのある場所ばかり、2区からは京都が独走態勢に入ったので、親しみとゆとりをもって観戦していた。

 信じられないスピードで信じられない距離を駆け通す競技者の姿はドラマより魅力的だ。

 京都がリードし過ぎたのでTVに映る割合が少ない。それより9区の野口みずきをカメラが追う、ハイウエーで他車を抜き去るポルシェのような抜群の走りだから無理もない。

 大会新記録で京都が優勝、愛郷心がくすぐられる。

 10日はバンタム級の世界選手権、長谷川が防衛したから良かったが凡戦だった。

 興奮したのは、7日の全国高校ラグビー大会決勝戦。「もみじ」さんがマニアなので刺激を受けて観戦した。勿論、伏見工を応援しながら・・・

 試合終了間際、伏見工が怒涛の攻撃をかけるのに合わせて大声を出していた。東福岡のデフェンスは見事だった。負けても阪神が負けた時のように悔しくない。

 最近のスポーツは見る専門になっている。

 年を考えたら当たり前なのに・・・・・? 

2008年1月12日 (土)

メッセージ型年賀状

 youkoさんから昨日の記事にコメントが入った。新しいコメントにはワクワクする。見ず知らずの人でないことは、文末の「私の今年の企みは力作です。2年は置いて、貰えそうかな?」で分かる。

 ハンドルネームも偽名とは思えない、洋子・陽子・容子・葉子・曜子・庸子・・・私は女性が大好きだが、そんなに沢山のヨーコサンとの付き合いはない。

 ターゲットは絞られたが、あくまで仮想現実のヨーコさんでお付き合いさせてもらう。

 youkoさんのコメントで今日の記事も年賀状にした。

 昨日の年賀状はアート型だ。タイプの違うメッセージ型も捨て難い。

2_002  中には6pの字で内容満タン、老眼には厳しいのもあるが、それはそれで読みながら、ニヤついたり、驚いたり、日頃の無沙汰が飛んでいく。(個人情報保護の為修正)

 「成績のふるわない中学生ほど電子辞書を使っているので、書籍の辞書しか持たさない」そんな中学校の実践が今朝の新聞に載っていた。

 電子辞書は能率的に必要分を素早く教えてくれるが、只それだけよ!になってしまうのだろう。言葉を広範囲に理解し使えるには書籍がリードしているようだ。

 私の保管箱は、アート型もメッセージ型も混住している。

2008年1月11日 (金)

保存年賀状

 「片付け上手は捨て上手」は的を射ている。

 何ヶ月か毎にはスッキリするが、分別されない埋め立てゴミ置き場状態の私の書斎は何時までたっても改善されない。

 その原因の一つに、私の捨てられない未練がましさがある。しかし、私も結構物は捨てる。使って不具合が出てきた機材は惜しげもなく捨てる。捨てられないのは、人の気持の染み込んだ品物だ、感動した手紙、寄せ書き、作品、プレゼントetc.儀礼的な年賀状も2年間は全部残しておく。

 今日は、今年到着した年賀状を見直し読み直した。その後、昨年以前の年賀状から残すものを選んだ。

 残す基準のトップは「美しいもの」だ。だから家に何十年も経ったのものがざらにある。とうとう、古い年賀状まで取り出してしまい、鑑賞し始めたら時のたつのを忘れてしまった。

002  思い出が蘇る。写真左上はブログに何回か登場した故N先生のもの、その右は我が町の版画作家でカルチャー教室で教えを受けたK先生。年賀状が欲しいために、こちらも工夫を凝らして目を惹くものを創ろうと努力した。

 後は、後輩と教え子の作品だが、今年はどんな年賀状?と期待する。

 この様な年賀状を、整理整頓の邪魔になるとかで、燃えるゴミには出来る筈がない、生きている限りの永久保存版である。

2008年1月10日 (木)

確かめ癖

 新聞のスポーツ面を広げたら、癖で下段にあるスキー場だよりを見る。行くこともないのに確かめたくなる。

 赤倉温泉○ 白馬岩岳○ 八方尾根○ ハチ北○ 奥神鍋○・・・・・次々と滑ったゲレンデの様子を確かめる。

 特に20年間ホームゲレンデのように通った野沢温泉が○で、積雪150となっていたら何やら嬉しくなる。

 民宿「伝清」さん。子ども達も全員が泊めてもらい、接客の忙しい時はお手伝いもする親戚みたいな定宿だった。

062  76歳の時、野沢・上の平をトロトロと滑って下りたのが最後になっているが、まだ滑るチャンスが巡ってくるかもしれない。傘寿記念の滑降でもしてみようか!

 しかし、是が非でもという願望にはならない。香住の蟹、松阪の牛肉と同じく私の人生で究極のスキーと思われるカナダ・ウイスラーでの体験があるから・・・・・定年退職したその年の暮のことだった。

 管理職なんかクソ食らえと、新年度の繁忙期に年休とって春スキーにうつつをぬかしていた時代が懐かしい。

 そのために、スキー場はどうだろと確かめる癖が、まだとれない。

2008年1月 9日 (水)

タスケテ

 新聞にGoogleの記事がある、今や検索ビジネストップを走っているGoogleの脅威についてだった。営利企業である限りこのモンスターが誤った方向に進まないとは断言できない。特に「情報ネットワークに載らなかったら、この世に存在しないのと同じになる」という記述は鳥肌が立った。

 しかし、Googleのメリットは限りない。ブログの記事を書いている途中どれだけGoogleのお世話になっていることか!20年前に、これを予見したアルビントフラーの偉大さに頭が下がる。

 過日お邪魔した冴ちゃん宅での話。

 「うちの子が漢字が読めるようになった頃、着いた手紙を持って『何でお父さんの名前の下にた・す・け・てと書いてあるの?』と言うんです。」

 冴ちゃんの旦那さんは国立大学の助手をしていた。

 「私と結婚した時も助手、定年になった時も助手」

 彼は見るからに飄々として世渡り下手。脳血管の手術の後はますます茫洋とし大好きなタイプになっている。

 私には大学内部の事情は知らない。でも、彼が海外の学会によく出たり、研究プロジェクトの重要な役割を果たしていたようなので、Googleに「D.S」と彼の名を打ち込んだ。

 出てきた、出てきた。個人名でありながらGogleは彼の業績動向を網に確り引っ掛けている。

 何か胸のつかえが下りスッとした。

 Googleは凄い!悪魔に変身しないで、何時までも天使でいてくれ。

2008年1月 8日 (火)

霧の朝

 朝刊を取りに出たら、乳白色の世界だった、日本人だな~と思う、モノトー007 011 ンに惹かれる、急いでカメラに収めた。

 霧が出るのは気温が上がる証拠、案の定各地の気温は三月上旬並みとか、京都府南部ではスノータイヤは今年も要らないかも?

 昨日のブログに、YUが登園を嫌がって泣いたとコメントが入っていたので、気分も霧がかかっている。

 こんな時、電話でYUの様子を問うのは簡単だ、でも出来ない。若し、SOSだったら霧の中でも、雪の上でもすっ飛んでいくだろう。私の口癖「思うだけの親切は誰でもできる。親切とは、お金や労力を使うことだ」の信条に背きたくないから・・・

 都合よく、娘宛の書留が届いた。受け取るべきかどうか問い合わせた電話の向こうの声は明るかった、YUのことは訊ねずホッと電話を切る。ジジ心とは複雑なものだ。

 自然現象だけでない、朝刊を見ても霧だらけ。国会証人喚問の答弁、景気の先行き、オイルマネーと原油高、サッパリ安定しない中東情勢etc

 朝の霧は間もなく晴れた、日本や世界にかかっている霧も早く晴れてくれ!

 午後は地域の福祉行事「ふれあいサロン」上菓子とお抹茶で新年気分を味わってもらい、カルタで遊んだ。バラ取りでなく源平の対抗戦にしたら、可なり白熱した。次に創作ビンゴゲーム、これも1回で終わろうとしたらアンコール。参加者は少なかったが、先ずは成功。

 サロンを終えて再び娘に電話する。「YUはどうしてる?」「フン、今日は行ったで」

 完全にプライベートな霧は晴れた。

2008年1月 7日 (月)

老人虐待

 朝、近所の義妹がやって来た。

 「Sちゃん、まあ上がりいな、コーヒー入ってるし」「上がったら長くなるし・・・」カミサンと3人、玄関先の立ち話になった。

 RYOとYUに言わせたら「ええ匂いのオバチャン」で、カミサンより7つ下だがメークも服選びも若い。「義兄さん、私若いやろ」、「そうや!」としか答えられない質問をする。

 同じ姉妹かと思うほどカミサンと違うのは、無類の生き物好きだ。

 15年前に、ショートヘアのチワワを貰ってきた。一目見て「この子、長生きせんで」と言ったほど、しけていた。相当苛められて育ったらしくオドオドしていた。名前も思いきり手抜きして「チビ」とつけられた。

 ところが、このチビ生まれ変わった。めきめきと体力をつけ私達が訪ねたら、玄関まで飛んでくる、部屋中を走り回って膝に飛び乗って媚を売るまでになった。「お前、この家に飼われて幸せやったね。」と、言い聞かせていた。

 2年ほど前から、寄る年波でチビはヨタヨタになった。小型犬の15歳は、人間に換算したら軽く100歳を越えるだろう。目も鼻も足腰も利かなくなっていても頑張っている。義妹も義弟もチビの為に何でもしてやっていた。

 「この頃、栗きんとんしか食べへんね。それでも、耳が聞こえているのか『あっちで食べ』と言ったら、行くんやで」

 「そうか、チビは自分は犬やと思ってへん、言うことわかってるんや」

 「そう、何でも分かってるみたい。こないだ『お前、来年の正月はないな』と言うたら、返事せなんだもん」

 「Sちゃん、それ言うたらアカン、老人虐待やで」

 153結局、居間でコーヒーを飲める程の時間、話して帰った。

 ブログに載せたいしチビの写真撮りに行くと言ったら、あんまり惨めな姿だからと断られた。仕方なくテキトーなのに・・・

2008年1月 6日 (日)

終日のたり

 予定が変わってRYOとYUが滋賀に帰ったのは昨夜だった。間際になってYUが泣く、「一人で残ってジッチャンと寝てもいい」こんな台詞を聞かされたら、こっちが泣きたいくらいだ。心を鬼にし20Kgの巨体を抱えて、エンジンをかけて待っている車に運んだ。本当はRYOYUの母が一番帰りたくないようだったが・・・?

 寝坊した、冷蔵庫を見たら年末に賞味期限の切れた豆腐が残っている。なあに、昔は舌と鼻が食べられる限界を決めていたんだ、意に介さずエノキとワカメとネギを加えて味噌汁を作る、閃いて「ゆず胡椒」をチョッピリ加えたが、正解とはいえなかった。

 Chikoさんから電話がかかった。用件のついでに午後久しぶりに来てくれる、今年の初来客だ、片付けて掃除する、RYO・YU後遺症で惰眠を貪る危機が救われた。

 Chikoさんの話題は豊富だ。金勘定に弱いので経済は不得意だが、政治や文化や教育、夫婦関係から老人問題と縦横に話が飛躍する。特に、市政の事情に詳しく、相手候補を応援したために元市長が冷遇されている様な話を聞いてムカムカした。

  Chikoさんが帰った後、横になってウトウトしていた。明後日は地域の福祉事業「ふれあいサロン」、10日は老人会の新年会、今月中に仕上げる仕事が数々あっても先送りだ。

 今日は終日、のたり~のたり~ YUが明日から喜んで幼稚園に行けるかどうか?だけ心を揺らす。

 

 

 

2008年1月 5日 (土)

昔は良かった

002 123  昨年の10月17日に投稿した隣の空き地、一面の雑草が茂っていたのに今では、写真のように殺風景な造成地に変貌している。

 日当たりも眺望もこれからどんなに壊されてしまうだろう。

 私達が過去を懐かしむ際のまくら言葉は、決まっている「昔は良かったが・・・」

 冷静になったら、昔と比較にならない便利さ快適さを手にし、決して昔の暮らしに後戻りする気がないのに口が滑ってしまう。

 カミサンが「いゃ~~」と叫んだ。軒下に植わっている南天の枝を手に持っている、枝にトカゲのミイラが突き刺ささっていた。

005  カミサンは見えない癖に眼鏡をかけないから、何も知らず仏壇用に切ったらしい。

 今迄に、もずのはやにえは庭の梅で見たことがある。でも、家から手の届く距離にあったとは驚きだった。

 昔が良かったと判断する一つに、豊富だった自然がある。これは、人間だけのものではなさそうだ、もずも、自然の餌場や貯蔵地が狭められて、仕方なく南天の枝を選んだのだろう。

2008年1月 4日 (金)

サヴァン

 朝のご飯何がいい?RYOとYUに聞いたら「たまごパン」と即座に言う。彼等のたまごパンはフレンチトーストのことだ。食パン1枚に卵1個、砂糖多めミルクは少なめで私が焼いたのがお気に入りだ。

 ふと、ダスティン・ホフマンの「クレーマークレーマー」のシーンが浮かんだ。私ならあんなに悪戦苦闘しない。

 朝刊を広げたら、コラム「日本の知力」に、ダスティンの「レインマン」で広く知られるようになった「サヴァン」について載っていた。不思議な関連に苦笑してしまった。

 知的障害があるからこそ発揮される驚異的な能力の持ち主をサヴァンと呼ぶらしい。瞬間的な計算力、耳で聞いただけで難曲をピアノで即座に弾ける力、短時間見ただけで細密に再現できる描写力、それらの才能は応用が効かず、創造性はないそうだが、脳科学の発達で健常者に出現させられる可能性があるとか?人間はどこまで欲深いのだろう。

 私にも覚えがある。K小学校で自閉症児のSちゃんは、校内に駐車している教職員の車の車種とナンバーを総て諳んじていた。でも、彼は今でも棘の道を歩き続けている。

 片寄った才能の異常な発達は、人生を幸せにするとは限らない。それは障害者に限らず、「○○しか使い道のない人」になってしまい、社会生活への適応力が弱ってしまう。どんな能力の人でも幸せにできるのは、家族であり、地域社会であり、自治体であり、国家の責任だ。

 RYOやYUが、どこを突いても普通以上の才能を発見できないのが安心の種である。

2008年1月 3日 (木)

遊びでも・・・

 RYOとYUがDSオタクになっているので、サンタさんに返すと親に取り上げられた。

 愚図ったが、そこは子どものこと、遊び名人でなければ我が孫の資格がない。

 こんな時はジッチャンの経験がものをいう。橇も竹とんぼもメンコも、どんぐり駒もゴム鉄砲も昔は作って遊ぶのが当たり前だった。

 新聞の折り込み広告が山ほどあるので、バットとボールを作ってやった。

 005二人で庭に出たがYUが「兄ちゃん何か分からんことばっかり言う」とふくれっ面になる。RYOが勝手に複雑なルールを作ってYUがやる気をなくした。

 仕方なく私がピッチャーになって、バッティング練習をしたが、打てないので何時の間にか、バットがクラブに変わってゴルフになった。

 PCゲームでゴルフのルールらしきものを知っているから二人で暗くなるまで遊んでいた。

 明日、一家は滋賀に帰る。淋しくホッと(変な日本語) することだろう。

2008年1月 2日 (水)

残さない!

 昨夜の手巻き寿司パーティは13人が「モ~結構!」と言とうまで食べた。RYOとYUも大人に混じって遜色なく平らげていた。

Ca380166 Ca380168  しかし、料理も寿司飯も余る。息子が手土産に三友居のお節を持参したので、余計に余った。

 食後に二手に別れた。居間ではセブンブリッジ、離れでは花札で真剣勝負が始まった。そこでも、余った料理が酒の肴になって減っていった。でも、余った。

 食料自給率が40%を切っているわが国で、食べ物を無駄にするのは耐えられない。

 大食いタレントがゲーム感覚で高級食材を大量浪費するのを見ると腹が立ってくる。それを煽り視聴率を稼ぐTV局は罰が当ればよいと思う。

 今朝は、一人減った12人で朝のお祝いの膳を囲んだ。そこでもお節が減ったがまだまだ余った。

 午後、最終的に、寿司飯の上にお造りや煮しめを載せワサビたっぷりの「祭り寿司」状態にした。醤油を垂らしかき混ぜて口に入れると、イケル!

 食べ飽きた筈の数々が生まれ変わった。RYOもYUも黙々と残さず食べた。

 可なり栄養過多ではあっても、腐らせて食べ物を粗末にする結果にならずホッとしている。

 でも、カミサン曰く「まだ二日ですよ」

 

2008年1月 1日 (火)

謹賀新年

 本日はブログをご覧の皆様宛に、敬体の文で投稿いたします。明日からは、独り言に戻ります。

 皆様、新年おめでとうございます。2008年がスタートしましたが、何か良いことがありそうな予感がします。一桁の八は末広がり、無限大が立ち上がった形、平成でいっても20というキリの良い数字。ワクワクします。

008  何か何時もの年と変わったことをしたいと考えました。そこで、初日の出を拝みカメラに収めることにしました。5時半に目覚め1.3Kgあった朝刊に目を通し、インターネットで日の出の時刻を調べたら7時5分。10分前に近くの公園へ行って日の出を待ちました。

 空の色、雲の色やはり「早起きは三文以上の得」でした。自然崇拝者ではありませんが。日の出の光の勢いには直視できない威圧を感じました。

 マイブログに沢山のアクセスをありがとうございます。矢張り励みになります、継続の後押しをしてもらえます。

◎2007年末日での結果。

 アクセス総数 15,824  1日平均 37.2件

 コメント総数 391件    リピート率 8%

 アクセスは日本国中 47都道府県から頂きました。

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