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2007年10月

2007年10月31日 (水)

秋色深まる

 メンテナンスで1日記事が抜けた。そこで・・・・・・・・

1031_001004  深まり行く秋を・・・・・

 

外に出掛ける必要はない・・・・・・

空を見上げただけで・・・・・・・・

10302_005_2 足元にも・・・・・・・・

021_2 YUの七五三に、三女が着た着物は・・・・・

ありきたりを嫌う長女が、学生時代に染めたもの・・・・・

何と、柄はセイタカアワダチソウだ・・・・・・・

ついでに、眠い!秋眠も暁を覚えずか?????

イスラエルとは?

 昨日は苦労して記事を書き、送信ボタンをクリックしたら、メンテナンスの最中で全部パーになった、気抜けしたが似た記事を書く。

 私にとって、イスラエルは不可解な国だ。戦後間もなく読んだ本「栄光への脱出」は強烈だった。祖国を持てなかったユダヤの民がやっと念願を果たし国作りを始める、入植地(キブツ)での苦難は、周辺のアラブ人の残虐な迫害で何倍にもなった。

 屈することなく立ち向かうイスラエルの人々に同情し、反動でアラブ人を野蛮で残酷と軽蔑した。

 ユダヤ人は世界の経済・学問・文化を牛耳る優れた人物を輩出しているし、尊敬の念もあった。

 しかし、所詮遠い国の出来事で忘れてしまっていたが、4次に亘る中東戦争の頃からオヤッと思った。圧倒的な軍事力で勝利したのはイスラエルだったから。

 先日の新聞に、小さく「空爆のシリア施設、北の核施設と類似」の見出しの記事があった。無論、空爆したのはイスラエル空軍だ。危険と思う施設は他国であっても領空を侵犯して攻撃できるのだ。

 昨日も「空爆で監視体制台無し」と、国際原子力機構がイスラエルを批判した記事が載った。国際原子力機構はシリアと平和的に疑惑を解明しようとしていたらしいが、情報はアメリカとイスラエルが独占し努力を水の泡にしたようだ。

 国連の機関も無視してイスラエルは武力行使できるのだ。

 何故、こんな国になったのだろう?  アラブ側のテロとその報復の連鎖がモンスターにしてしまったのだろうか?

10303_001  謎の一部が「お節介なアメリカ」で解けたようだ。

 イスラエルの軍事特派員ベン・カスピットは「イスラエルは軍隊をもつ国家ではなく、国家をもつ軍隊」と表現している。さらに加えるれば、この国は、歴史上類を見ない規模で世界を支配する軍事大国アメリカの、事実上の付属部隊である。

 地球上に第2・第3のイスラエルが誕生しないことを祈りたい。

2007年10月29日 (月)

来客

 10月6日に、嵐山で同窓会をしてくれた教え子の4人が我が家を訪ねてくれた。

 中にKeiさんがいて、ブログで読んだ離れのリフォームを見たいと、友達を誘って来てくれた。

 昨日、出不精を記事にしたが、四十路の彼女らは流石に機動性がある。

 午後1時定刻通りに到着。家族が気になる年頃なので、長居は出来ず4時頃に玄関を出ていった。

 彼女等が帰った後、カミサンの第一声「あの子達、トイレ行った?」「そーいえば誰もいかなかったみたい」????  「やっぱり若いな~」 外に出たら、ターミナル毎にマーキングするカミサンには信じられない。

 彼女等の我慢を心配しているのではない。口にはしないが、我々の本音は『離れに置いた、全自動のトイレも使ってみて~な』・・・だろう?

 話でお腹が膨れたのか、用意した食べ物が沢山残った。

1027_003  お客を迎えるのに別に取り繕うとは思わない、何時もの姿で、もてなせばよい、今日もカミサンが植えた一株のミニトマトを見せた。茶滓からコーヒーのだしがら、生ゴミまで与えるアバウトな扱いなのに、未だに、赤い実をつけてくれる優れものだ。

 私が生まれ育った家は、客が多く居候が絶えなかったので、今でも来客は苦にならない。カミサンも私に似てきた。

 

2007年10月28日 (日)

出不精

 出不精になるのは老化の始まりという、うまく言ったものだ。

 出る理由がいくらあっても面倒になる。その内に出掛ける動機もなくなってくる。

 稼ぎと無縁になれば、趣味や健康保持にかこつけて外に出なければと、アドバイスを受けるが、趣味も健康も自分を突き動かす動機としては弱い。

 しかし、考えてみると、決して蛸壺人生を送っている訳でない。ボランティアでも、交友でも、必要に迫られて外に出ているし、孫の為には嬉々として、車を走らせ、カミサンの為には波風を立てない為、家を離れお供している。

1027_004  今日は、私としては毛ほども必要ない理由でカミサンと京都市内に出かけた。屠所に曳かれる牛状態だったが、秋の陽射しに映える平安神宮の鳥居がカンフル剤になった。

 次はデパートとノムラテーラーへ、末娘の(RYOとYUの親)衣装を見に行った。その間、私は別行動。携帯が束の間の自由を保障してくれる。

 多すぎる人と車にウンザリし、デパ地下の膨大な食べ物を見て売れ残りに心を痛め、思い切り疲れて帰宅した。

 どうも、今日のブログは奥歯に物が挟まっている。本来、私は外出好きではないか?動機が「自由」ならば!

2007年10月27日 (土)

一人の力

 近くの小学校の行事「ふれあいフェスタ」に参加した。PTA主催で全校児童と保護者・教職員が集まり、地域の団体・施設も協力するお祭りだ。

 私たち老人会の会員は簡単なものづくりコーナーのお手伝い、男は紙飛行機と紙鉄砲の折りかたを教えた。

 私は子どもとの触れ合いは現役(RYOとYU)だが、子どもの声に疲れたとこぼす人も居た。

 今日書きたいのは、フェスタのオープニングで演奏したジュニアバンド、指揮をとるのは、2代前の学校長O先生だ。

 O先生の校長時代に、この小学校は音楽に染まった。器楽も声楽(合唱)もあっという間に全校行事に組み込まれ、レベルも全国までは無理でも府県レベルまで上昇した。O校長自らが結成したジュニアブラスバンドが、6年以上成長しながら続いている。

 演奏は見事だった、目をつぶって聞いたら、チビッ子が自分の身体の大きさと変わらぬ楽器を鳴らしているとは思えない。終わったら会場から惜しみない拍手をもらっていた。

 一人ではなにも出来ないというが、優れた一人の力は大きいと思う。一人が集団や個人を変えてしまう。

 実は末娘も中学校時代、O先生の薫陶を受け、大学の音楽科に進んだ。プロには程遠いが音楽(声楽)との縁は切れない。

 音楽家といえば演奏者にスポットライトが当るが、裾野を支えるO先生のような指導者も立派な音楽家だと改めて思った。

 会場に携帯もデジカメも忘れて行って写真が添付できなかった。いずれ、小学校に頼んで映像ファイルを送ってもらい添付したい。

2007年10月26日 (金)

落ち歯

Ca380035001  国道の街路樹が色づきはじめた。京都加茂川沿いのケヤキ並木ほどではないが、此処もなかなかの景色になる。

 道には落ち葉、6日前に私の口からも歯が落ちた。

「少年よ大志を抱け」とクラーク博士は言ったが、私は「中年よマイ歯を守れ」と大声で叫びたい。

 伏見の学校に赴任した直後、猛烈な歯痛に見舞われた。養護の先生の紹介で、飛び入りで診てもらったのが運の尽き。

 こちらの都合に合わせ、予約なしで治療してもらう特権と引き換えに、治療の仕方は歯科医の言いなりだった。

 前歯は4本差し歯に・・・「これで不滅です」長島みたいな台詞を聞かされてウン十万円払い込み。後は保険でと頼んだので、上下の奥歯は見事キンギラギンに改造された。悪い歯はドンドン抜く、義歯は健康な歯に支えさせる。即ち、無くなった1本の歯のために両側合わせて3本が銀の歯になった。

 それから20年、どれもこれもにガタがきた。不滅の筈の前歯も1本ダメになり、奥歯も一箇所、部分入れ歯に代えて貰った。そして、また!3本が・・

 今、かかりつけの歯科医は、僅かに残っている歯根で何とかしましょうと、あくまでも自分の歯を残すように治療する。

 マイ歯を守るには、やたら歯を抜かない良医を選ぶ必要がある。

2007年10月25日 (木)

秋のTVドラマ

 秋のTVドラマが勢揃いした。

 今回は、エキサイトシリーズの影響を受けて、ドラマを熱心に下調べしていなかったが、一応目ぼしいものは録画した。

Ca380034  何しろ、私はAV機器オタクで、所有するDVDレコーダーのハードディスクの容量は合計800Gだから経済モードで録画したら約1020時間分も録り貯めが出来る。

 録った番組は1回~3回分観たあとで継続するかどうか決める。

 現時点で、私の篩いに掛かったのが、「ガリレオ」「スワンの馬鹿」「働きマン」「歌姫」「ジョシデカ」「ハタチの恋人」「医龍2」。

 「ガリレオ」と「スワンの馬鹿」と「ショシデカ」に合格点をつけた。あとは暇があったら見る。

 「ガリレオ」は原作に興味があり、男女の主役が芸達者。但し、カットンの言う通り福山雅治より他に適役があったと思う。

 「スワンの馬鹿」は何とも切ない。男性は身につまされて観てしまう要素をもっている。

 「ジョシデカ」は医龍2の裏だったので、迷ったが観てびっくり。調べてみたら、数々の名作を書いている秦建日子の脚本だ、それに、泉・仲間のコンビが笑わせる。医龍2が霞んでしまいどうでもよくなった。

 今夜から新番組が二つ。これ以上選択枝が増えるのは困る。

 我ながらアホか!と自嘲したくなる。 

2007年10月24日 (水)

予定変更

 昨夜は一緒に寝たYUの激しい咳と寝返りで安眠できなかった。

007

 昨日、幼稚園へ迎えに行った時から、咳き込む場面があったが、主役のYUは雰囲気に合わせて元気一杯だった。

 今朝になって、微熱が出てきた。彼の健康のバロメーター食欲が思わしくない。幼稚園を休んだ。

 「この子、幼稚園を休むとなったら、いっぺんに元気になって暴れ回るんよ!」と親が言う、確かに、母ちゃんとジジババが居る家は普段と違って楽しいのかプラレールで遊んだりTVゲームに熱中している。それも、私を従えてだ。

 ところが、午後になり、急に熱が高くなった。流石のYUもウトウトしながら横になる。肩で息をし、羽根布団を被せても撥ね退けようとしない。

 こうなると、女は強い。カミサンも娘も悠々たるもので「午前中医者に行けばよかった・・」と反省の言葉は口にするが別に慌てない。暫く、病気の子供に接していないジジ一人がオロオロし、添い寝したり頭を冷やしたり気を揉んでいた。

 こんな状態で帰宅することも出来ず、カミサンが予約してあった整形外科へ電話してキャンセルした。

 小児科から帰ったYUは、少し元気を取り戻し、RYOとジジババ4人で10時近くまで遊んだ。

 これで、一安心。引き止める二人を納得させるのに苦労したが、これ以上予定変更はできず、ババと二人高速深夜料金で帰宅した次第。

2007年10月23日 (火)

誕生日と七五三

 YUの満五歳の誕生日。四柱推命で占う人から、5歳までは身体に気をつけてと言われたので、今日がとりわけ嬉しく、いそいそと滋賀へやってきた。

 1時半にYUの幼稚園へ迎えに、3時には小学校から帰るRYOを出迎えに・・・そう二人から指名されたと娘から聞いて、目尻を下げて出かけた。幸030 い近距離で運動がてら丁度よかった。

 3時半から、近くの神社でお祓いをしてもらう。訳が分からぬままYUもRYOも儀式を何とか辛抱した。嬉しかったのは神社からのプレゼントと絵馬だった。

 乳幼児の死亡率が高く、7歳まで達者で育つのが珍しかった時代の七五三参りだろう。

 今や医療や衛生環境や栄養面の改善で、行事の趣旨が希薄になったが、伝統行事として悪くはない。

050  それに、日本は小児科医が減少し先進国の中で乳児の集中治療室が際立って少ないとも聞く。少子化時代だから七五三参りを盛大にし、子供は国の宝!と再確認をするのが良いと思った。

2007年10月22日 (月)

思いやり

 昨日の新聞1面トップは「思いやり予算100億削減」だった。以前から、この「思いやり」(金丸防衛庁長官の見事なネーミング)に違和感をもっていた。この言葉は、同格又は目下に向かって使うものと思っていたから、世界に冠たるアメリカ軍に思いやりをかけてお金を渡すとは僭越なと感じていた。

 1978年に始まったこの予算、防衛省の公式発表(どこまで信用できるかは不明)では、29年間で2兆5335億円の税金を投入している。

 お陰で2004年に、アメリカから「世界一気前のいい同盟国」と感謝された日本。と世界の多くの国から揶揄されたらしい。

 何でこうなったか?何にどう使っているか?、アメリカの要請がエスカレートし1978年62億円でスタートしたのが1995年には約44倍の2714億円に膨張している等、Googleで検索したら資料は山ほどある。

 米原万里の筆によると、「政府のする独立国の振りを、信じている振りをしているのだから。そういう日本を、「犬」とか「ポチ」なんて蔑むコメンテーターがいるけれど、あれは失礼ってものである。犬に対して。犬は無力でダメな飼い主にさえ終生忠誠を貫くが、日本が身も心も捧げてお仕え申し上げるのは、あくまでも世界最強の軍事力を誇る国。どうせ頼るなら、力の大きなものに頼るべきでないか。同じ助けを乞うなら、力の強い者から、安全で大きな助けを得たほうが利口である。寄らば大樹の陰とはそういう処世訓を説いているのだ。」他諺の空似より-と手厳しい。

004  気になって仕方がないので、辞書で「思いやり」を引いてみた。

 ご安心あれ!このような解釈があった「相手の立場や気持を理解しようとする心。同情。」

 「同情するなら金をくれ」をアメリカは地でいっているだけだ。

2007年10月21日 (日)

試食

 昨日は大阪の文楽劇場へ行く前に、なんばパークスへ寄った。以前、ここの002ボダムの店でチョッと味わえない、美味なアールグレイが買えたからである。

 残念ながら、店はもうなかった。

 仕方なしに、世界のお茶専門店ルピシアという店で、高いな~と感心しながら買った。ここは、あらゆる茶葉の香りを嗅がせ、日替わりで試飲もさせているようだ。

 人だかりしていので、カミサンも私も野次馬根性丸出しで入った。店の名は「サンクゼール・ワイナリー」長野に本社があるらしい。

 ワイン・ジャム・スパイス・ハーブ・グロッサリー(飲料:調味料:レトルト食品等)と品数が実に多い。

 人だかりの原因は、試食コーナーの充実だ。20種類もありそうなジャムは、小さなクラッカーに載せて食べ放題。トマトペーストも炊き込みご飯も試食させる。

005  二人でフンフン頷いたり、首傾げたりしながら、結局、季節限定「くり」と「さつまいも」のジャムを買った。家に沢山ジャムの買い置きがあるのに・・・・

 目的を明確にして試食すことは少ない。何気なく食べてみて、食べたことに、ささやかな責任感を感じて買ってしまう。

 何故か、 選挙で浮動票集めに利用できないか?とバカなことを考えた。

2007年10月20日 (土)

日本舞踊

 午後から大阪の国立文楽劇場へ行った。知り合いの踊りのお師匠さんから招待券を頂いたからだ。

Ca380026  お師匠さんの先生が主催する会だが、お師匠さんと教室のお弟子さんがプログラムの3分の1を占めていた。

 正直な話、私はお師匠さんと知り合いになり、発表会の撮影を任されるまで、日舞に偏見をもっていた。踊りそのものも、家元制度や、公演会の賑々しさも好きではなかった。

 撮影を初めてから、もう15年を越える。眼でも、ファインダーを通しても、録画を再生しながらも、日本舞踊を繰り返し本当に見ることになって偏見が文字通り偏っていたのを悟った。

 踊りは、国や流儀が違っても人の心を動かす力は変わらない。

 自分が気功を始めて、ゆっくりした動きにどれだけ筋力が要るか分かったし、お稽古を見学しながら、重い着物の裾の中でコサックダンスまがいの足の動きのあるのや、体操選手のような平衡感覚や柔軟性が要求されるかと思えば、扇子を徳利や襖や笠や三味線の撥等にする技術も教えられた。

 出演者のほとんどは、30歳以上若い役を踊っている。上手はそれを違和感なく見せるのが素晴らしい。

 ただ、プロとアマの格差は如何なるものにも存在する。感じ方は人それぞれでも、観客の頭が動かず会場の私語が消え、皆が舞台に吸い込まれる芸はそんなに多くない。

 かつての私のように日本舞踊に馴染めない人は、1度凄い芸に出会って欲しいと思う。

2007年10月19日 (金)

アラジンのランプがあったら

  珍しく昨夜は寝つきが悪かった。寝る前に読んでいた本「お節介なアメリカ」が根っこにあった。

060829_10090002  今現在、世界各地で起こっている(大部分がアメリカが起こしていると本にある)紛争で銃弾に撃たれて死んでいく人がどれだけだろうと寝床の中で考えてしまった。

 核兵器を除いても、世界中の銃弾や砲弾や爆弾や地雷などを合計したら、世界全人類を10回ぐらい皆殺しできる量ではないだろうか?

 軍需産業が大量生産した武器は、どこかで大量消費しなければならないし、企業として成り立たない。

 世界一の武器生産国アメリカで、絶えず儲けを出すために企業がどうしているのだろう。軍需依存度がロッキード社87.8%、ミサイルのレイセオン社が91.2%、グラマン社71.4%その他多く(’02データ)は国が戦争を起こしてくれなくては困るのではないか?

 だから、政治家や軍関係者や政府要人と兵器商人との黒い噂が絶えないらしい。

 朝のスーパーモーニングで、元小池防衛大臣に更迭された、元防衛省守屋事務次官が軍需産業の会社の接待を受けていた話題が出ていたが、驚きはしない。

 勿論、兵器の生産はアメリカだけでなく、先進国と言われている国は全てといってよいだろう。そして、よりよく?人を殺せると売りまくる。

 日本でも三菱重工が依存度13.4%の断トツで軍の需要を満たしている。低いとはいえ、川崎・アイエッチアイ・東芝・NEC等も兵器で儲けて平気な顔をしている。

 正義と称する戦争のため、血を流すのは一般庶民で。その裏で金儲けや利権のために血を流させる存在があるとしか思えない。

 アラジンのランプが手に入ったら、魔神に命じて、世界中の弾丸を不発にし、軍用機を飛べなくし、軍事衛星を軌道から外し、軍艦を漁礁にし、ミサイルを遊具にし、核爆弾を原子炉に代え、全ての殺人兵器を無力化したい。

 なんて、おとぎ話のようなことを書いているが、内心は寝つきが悪いほど腹が立っている。

2007年10月18日 (木)

文集

 私の町内の老人会(ねんりんかい)では、年に1~2回のわりで、20年近く文集を発行している。

001  編集長のO婦人は、文集作りに執念を燃やしておられるので、御歳84歳には思えぬ元気がある。しかし、最近は投稿者が固定し、減っていくのは如何ともし難く、1回投稿したら否応なしに原稿用紙が渡される。

 平成19年秋号にも次の原稿を書いて渡した。1000字あるので、お暇な方はご覧あれ。

『 私とパソコン  私とパソコンの出会いは50歳からでした。当時勤めていた学校の校長が、これからはコンピュータの時代だと、デスクトップパソコンを1台買ったのです、昭和56年でした。

 その頃のパソコンは、それはそれは厄介な代物でした。命令を間違いなく打ち込んでキーを押さなくては何もしてくれません。

 学校のパソコンだけでは上達しないので、家に同じ機械をカミサンに頼み込んで買いました。今の携帯電話より性能が悪いのに50万円もしました。

 それからというもの、毎晩2時ごろまでパソコンと格闘しました。学級担任のない教務主任だったから出来ました。

 文書作成や児童名簿のデータ化など、何とか使えるようになった頃、長女の婿から、マックのコンピュータを勧められました。

 コンピュータは、それを動かす基本ソフト(OS)が入っていないと、ただの高性能計算機です。そのOSは、MSDOS(ウインドーズからビスタへ進化)と、マックOSが世界の主流でした。

 DOSより10年進んでいるといわれてマックに買い替えた私は、婿の言葉に偽りなく感激しました。コンピュータが人間に近寄ってくれました。画面のアイコンという記号に矢印を当ててチョンとボタンを押せば仕事が始められます。今、4歳の孫でもパソコンで遊べるのは、先進的なマックのOSを他社も取り入れ進化させた結果といえるでしょう。

 しかし、世界で圧倒的なシェアを誇るマイクロソフト社のOS(ウインドーズ)が入っていないパソコンは、インターネットを始めると不便を感じます。それに、持ち運べるノートパソコンが流行ってきたので、ウインドウズのノートを買い足しました。

 現在、それで携帯の何倍も素早くメールのやり取りをしたり、ネットショップで買い物をしたり、無料の映画を見たり、写真の整理をしたり、年輪会の回覧文書を作ったりしています。特に、のめり込んでいるのは去年の11月から開設したブログです。

 ブログで私は、OSダンボというあだ名(実名の有名人も多い)の仮想現実の住人で世界中と(勿論、相手が繫いでくれたらの話)交流できます。もう既に、全国から延べ11350人の方(9月20日現在)が目を通しています。

 見知らぬ人に読まれたり写真を見られたりしている現実。ブログを通して名前も年齢も性別も定かでない相手と知り合いにもなれます。当分、この不思議な世界の魅力から抜け出せないと観念し、せっせと毎日記事を更新しています。

 旦那がゴルフに熱中し、放っておかれる奥さんを「ゴルフウイドー」と呼ばれました。今の私は、顔を洗うのを忘れても、パソコンの電源を入れるのは忘れたことがなく、カミサンと顔を合わす時間より、パソコンの画面と向き合っている方が長いようです。

 カミサンが「ブログウイドー」状態ではないか!と、気にはしていますが、分かっていても止められないのは、男の悲しい性でしょうか?』

2007年10月17日 (水)

雑草だって・・

 我が家の南西側は広い空き地になっている。ここに家を建てた当時は、南東も遮るものはなく、遠くの丘を借景にして快適。日当たりも最高だった。

 建売住宅会社が南東の土地を手に入れ、建築を始める前に、了解を得るためやってきた。図面を見てクサイと直感した、家屋を境界線から1メートル以上も離して建てるようになっている。

 カミサン(我が家の地主)が言われるままに判を押した。

 判さえあれば、業者はそんな無駄な土地の使い方はしない。ギリギリに家を建て、我が家の環境が一変した。

 しかし、隣の方々はよい人ばかりだし、RyoやYuを遊ばせる広さの庭があり、風も防いでもらえる。紫外線の害がはっきりすると、ほどほどの日当りも利点になる。 いつの間にか気にしなくなった。

 ただ、我慢できたのは南西側に何もないからかも知れない。

 先日、その土地に測量が入った、いよいよらしい。

 朝、来年はもうこんな姿が見られないかも・・・と、雑草の生茂った空き地を見ていると、惚れ惚れするほど美しい。

002 004  セイタカアワダチソウ・エノコログサ・ススキ等が、斜めからの光を受け輝いている。

 雑草だって、秋になれば由緒正しい花と、美しさで遜色ない。

2007年10月16日 (火)

機械は機械、人は人

 朝から騒がしい、二階の窓から覗くと川の斜面の草を刈っている。数年前までは、刈払い機を手にした人が数人で1日がかりだった。

009  今は、キャタピラ付の機械を操縦する1人が、2時間足らずで80%を刈ってしまう。

 騒音苦情・人件費等、機械化のメリットは計り知れないだろう。

 写真を撮ってから、自転車で出発。私は老人会の5班班長。担当する10軒を回って、老人会の会費と、介護施設や学校に寄付する雑巾を集めて回る。

 行く先々で「御苦労様です」と声をかけられる。

 玄関先の花のこと、先日の御輿の担ぎ手が若返ったこと、理由をつけて老人は外に出かけること・・・話の種はいくらでもある。

 単なる金や物の受け渡しでない。銀行振替では金輪際出来ないことだ。

 機械の良さも、人から人への良さも同時進行で味わった。

2007年10月15日 (月)

クモ団地

002 009  雨戸を開けるとミントの香りがしそうな秋空だった。反射的にカメラを手にする。

008  爽やかな気分で視線を下げた途端。

ウヌッ 庭木と庭木の間にクモ団地が出来ていた。

 この仲間達、家中に巣を作る。夜の間に建築するのか、朝玄関をでると顔をクモの巣が直撃する。

 箒をもって出ようとしたが、まあ待て。彼ら・彼女らも、少なくなる餌を求め懸命だ。後1ヶ月も経たないうちに卵を残して死に絶える。家に入る虫も取ってくれていると慈悲深くなった。

 心境の変化は諦観からだ。終わった! モシモ!?と日本シリーズ出場を夢見たのに、阪神の負け癖はとれてなかった。書けば愚痴になる!

 何がクライマックス(興奮)シリーズだ~~~!

 トラキチにとっては落胆シリーズでしかなかった。

 でも、お陰でここ何日か、私は慈悲深くなりそうだ。

2007年10月14日 (日)

子供御輿

 朝からぽち袋(祝儀袋)に500円入れておいた。

 今日は、町内の子供御輿の日だ、御輿であって神輿でない、宗教とは関係ない子供会行事だ。でも、重い御輿は大人が担ぐ。

 私がこの地に住み始めた頃から、30年以上続いている。地域の特徴として一貫して人口が増え続けていること、それも若い世帯が多いので、少子化と関係ない地域性のお陰だろう。

 子供御輿が危機に瀕したことある。担ぎ手が固定し年をとったのに、奉仕する若い世代がなかった。

005  11時表が賑やかになった。ぽち袋を持って飛び出すと、御輿が道から入って玄関前までやって来ている。賽銭箱にお供えを入れると、皆で気勢をあげてUターンした。

 担ぎ手の顔ぶれを見て時代の流れを感じた。見知らぬ若いお父さんばかり。人手不足は脱したようだ。何でも、今年は人数が多く二手に分かれて御輿が回っているとか、盛んになるばかりだ。

 地域の人間関係が煩わしいと、地域行事が次々消えている。薄くなっていく人間関係を見直す動きが方々で生まれているそうだが、私たちの町内は心配なさそうだ。

 老後を過ごすのに恵まれた所だ。私は子供好きで淋しがり屋だから・・・

 

2007年10月13日 (土)

お客さん

 随分前から、予定していたお客さんを迎えた。

 師範学校を卒業し初めて担任した卒業生だ。私との年齢差は11しかない。だから、来年には数えで古希を迎えると聞いて当然の事ながら驚いた。

 我が家のバリアフリー・リフォームが終わった時も訪ねてくれた。

 今回のミニ同窓会はドタキャンがあって7人しか集まらなかったが、遠路厭わず訪ねてくれるエネルギーの持ち主ばかり、10人以上の賑やかさで終始した。

 私も、男性二人と思い切り政治や国際情勢について話し合い日頃の鬱憤を完全にはらすことができた。

 考えてみると、昔の子供達は先生の家に良く遊びにきたものだ。日曜日に大挙してやって来た。

001  その頃の卒業生が同窓会に夫婦を招待してくれるのは、休日に押しかけて奥様にどれだけ迷惑をかけたか、主婦になって分かったからと、カミサンも労ってくれる。

006  気をつかわない様に言っても、様々なお土産を・・・大きな発泡スチロールの箱を持参し我が家で盛り花を二つ作ってくれたのには驚いた。

 先日の四十路の教え子との同窓会と違ったのは、小学校時代の思い出話があまり出ないこと。自分の、つれあいの、家族の先行きが話題になる。

 先生も私達もこの年ですから、残るものはプレゼントしません!と断言する。潔く生られる歳になったのだと感じた。

 会の音頭をとってくれた神戸のDさんからお礼メールきた。「こんな集いがある限り、私達に淋しい老後はありません」と返信した。

 全くラッキーな人生だ。

 

 

2007年10月12日 (金)

謙遜の花

 昨日の夕方玄関の植え込みの横を通りかかると、フワッとキンモクセイノ香りが漂ってきた。

 手入れもしないし、大切にもしてやらないから、花付が悪く目立たない。葉っぱ002の陰からオレンジの花が顔を覗かせていた。

 それでも、精一杯の香りを放っている健気さに心を打たれた。

 昨日は、ブログの記事を決めていたので今日は書いてやろうと、朝一番に会いに行ったが。夕刻ほどの香りがなかった。1日かけて香りを蓄積するのかと?ますます好きになる。

 家には、沈丁花もあったが寿命がつきて枯れてしまった。でも、押し付けがましい沈丁花の香りよりキンモクセイノ方が好きだ。

 花言葉は「謙遜・真実・陶酔・初恋」らしいが、前二つがピッタリだ。

 以前、入院してた時、お見舞いにトルコキキョウを頂き、ベッドサイドの花瓶に入れた。見た目は派手だが耐えられぬ臭いがして遠ざけた。

 昨夜は、原稿を書きながら、横目でキンモクセイとトルコキキョウのボクシングの試合を見ていた。キンモクセイが圧倒的な点差で勝って、スカッとした。本当に強い犬は吠えないものだ。

2007年10月11日 (木)

議論の聖域

 昨日、初めて国会中継を録画した。眼科の診察を受けるために・・・・

 面白い!首相も参院のねじれを意識しているので、前の二人の首相のように、木で鼻を括ったよな、バカにしたような答弁はしない。するかしないかは霧の中だが、拝聴し前向きに取り組もうとする態度は。見た目に誠実で、政権を任せても大丈夫という錯覚をおこす。

 私の関心は「テロ特措法」だ。海自の燃料補給が、イラク作戦に使用され憲法上許されない。アフガニスタンに使われて、後から後から勢力を盛り返すタリバン殲滅に使うのはいいのだ。

 高い燃料を買わされていると言うことだが。100億円程度税金から出せばいい、1隻1475億円のイージス艦を諦めなくても、1機120億円のF2支援戦闘機を購入しなかったらお釣りがでる。

 しかし、

 そもそも、アフガニスタンへの侵攻は絶対的正義なのだろうか?

「前略・・不思議なことに同時テロの直後に、すでにフセインの名がブッシュの口から漏れ、あたかも予めシナリオに書かれていたかのように「イラクこそ犯人」と決めつけた。次にビンラディンが犯人と決めつけられ、「証拠を示すならビンラディンを引き渡す」というタリバンの真っ当な要求を蹴って、アフガニスタンに対する猛爆を開始。タリバン政権を蹴散らしたと思ったら、間髪をいれず、国際世論の反対を無視し国連の同意も得ずに、イラク攻撃を開始し、バグダッドを征服した・・後略」米原万里著-他諺の空似より。

 圧倒的な軍事力を持つアメリカが、テロの恐怖を取り除く予防戦争だとか、民主主義国家をつくる為の民族解放戦争とかを世界各地で繰り広げている。その正義?の戦いによって、数知れない反対勢力はじめ一般市民を傷つけ殺しているのも事実だ。こんな戦争が、世界中の、どれだけの国や人々から支持され心からの協力を受けてているのだろう?

 日米安保で核の傘の庇護を受けている日本には、アメリカ主導の戦争について、国会で論議するのは不可能なのだろう?小沢一郎が外で反対しているのは、国会で論議できない聖域だからなのだろうか?

2007年10月10日 (水)

ピーお前もか!

 スーパーへ行くと、自然に手の伸びてしまう菓子がある。大好物の柿ピーだ。

Ca380023  好きになった起源は記憶にないが、もともとアルコールに弱い癖に、塩辛とかカラスミとか酒の肴が好きだから、その延長線上にあるのだろう。

 遺伝してRYOもYUも柿ピーに目がない。とは言っても辛さに弱い幼児の舌だから、柿の種とピーナッツを選り分けて「ジッチャンはい」と柿の種だけ押し付ける。

 新聞に上手いこと書いてあった。柿はツッコミでピーがボケ、この二つの絶妙なハーモニーで柿ピーが成り立っている。

 この論でいくと、私はツッコミだけの漫才を聞かされているわけだ。

 分離した途端、湿りやすくなる柿の種を、指先を茶色にして口に放り込む虚しさ。横で、ポリポリ音を立てている二人に「ピーナッツだけなら、バタピーにしろ!」と、言いたいのをグッと飲み込む。彼等にとっては、醤油味が乗り移ったピーでないと意味がないのだろうが・・・

 RYOとYUが家に居る限り、まともな柿ピーを食べられなくても我慢してきた、慈愛(ジジ愛)は、中国産ピーナッツに基準以上の残留農薬が見付かり輸入をストップの朝刊記事を見逃さない。

 中国産危険農産物には飽きあきした。「ピーよお前もか!」

 孫達の健康被害を防ぐには、柿ピーのピーが減って、私の口に入らなくても我慢する。

2007年10月 9日 (火)

国会劇場

 積み残しの仕事?が多い。ビデオカメラで撮っただけの放置テープが限度にきた。去年の旅行やRYOやYUの行事記録がそのままだ。

 PCには取り込まず、直接ディスクコピーすることにした。

 途中、モニターに国会中継が映った。衆院予算委なので見ていたが、自民党の発言者と内閣の八百長くさいやりとりなので止めた。

 4時前だったと思う。テレビに民主党の長妻議員が映ったので画面に釘付けとなる。孫のビデオは明日に回すことになった。

 TVでタイガースの勝試合を見るのと遜色のない面白さ。後でニュースでダイジェスト版が放映されるだろうが、編集されたら、死んだ魚に味付けして皿にのせるようなものだ。

 長妻議員の、会計検査院への突っ込みは鋭く、受けた院長が、ボロボロになるところなど、思わず拍手しかけた。それにしても、検査院が不正を指摘し、それを認めても金を返さない(それも庶民からみたら尋常な額でない)とか、それを公表できないとか、検査対象の団体へ天下りしているのを禁止できないとか・・・

 言質を与えないで、肯定とも否定とも分からない答弁ですり抜ける総理や閣僚。短気で品のない答弁をする大臣がいたら、するりと脇からフォローする054チームワークのよさ。

 国会劇場の出し物が、今、面白い! アンコールの拍手を止めないで応援しよう。私のような暇人しか観劇できないのが惜しい。

2007年10月 8日 (月)

補足・民生委員

 7日のブログで、民生委員について書いた。あれを読んで誤解を受けそうなので補足したい。

 確かに、年を追うにしたがって民生委員の役割は増え、守備範囲が広がった。しかし、民生委員は行政との橋渡しであり、委員個人が解決できることは何もないといって過言でない。

 忙しい時の活動日が月に25日を越えたとも書いたが、フルタイムで活動していた訳でない。極端に言えば、一人暮らしのお年寄りを訪問し「お元気ですか?」と、尋ねただけでも1日にカウントされる。

 自分のための時間は充分に確保できるし、確保しなかったら続けられるものでない。

008  民生委員をしている間に、20回の海外旅行に出かけ、16ヶ国を訪問した。(勿論私費で・・・)

 滅私奉公は戦争中のこと、活私奉公でなくては意味がない。

 

教師の財産

 朝刊に密約記事が出なかったら、昨日投稿する筈だった。

Ca380021  嵐山の渡月橋に近い渡月亭で同窓会があり出かけた。京都駅から嵐山行きバスに乗ったが、超満員になるまで出発しない。太秦映画村到着まで坐れなかった。

 集まった教え子達は、四十路半ば長女と2女の間の年頃だ。やはり圧倒的に女性が多い。ブログに頻繁にコメントをくれるKeiさんの仲間だ。

 町内行事等で欠席が多かった、時期的に間違っていましたと、幹事のI君が恐縮していた。

 とに角、賑やかで会話がスマートな集まりだ。恒例の自己紹介と近況報告を一人ずつ立って喋った。簡潔で分かりやすく、深刻な悩みや生きる方針も織り込まれている。

 タイムスリップした皆の会話に、普段アルコールに弱い私は、料理を平らげるのに腐心するが。忘れて耳を傾け自分も割り込んで、1週間分ぐらい喋った。

 思えば、私の頭の中で、各年代の教え子達は、我が子と兄弟関係があるかののように成長している。

 揉め事が起こった時、教え子から「あんたらより、私の方が先生とのつきあい長いんよ!」一喝されて、我が子が尻尾を巻いて逃げたこともある。

 入浴もできたので、久しぶりに嵐山温泉に浸かった。幹事のI君が人集め失敗のお詫びも兼ねてか?背中を流してくれた。ありがたい!

 元気の気を、山ほど貰った。これが金で換算できない教師の財産だ。

2007年10月 7日 (日)

ホントのことが知りたい

 朝刊の1面トップ「沖縄「核密約」示す公文書。米軍が有事に際し核兵器を持ち込むことを認めた「密約」が、佐藤栄作首相とニクソン大統領の間で交わされていたのを裏付ける公文書が見付かった記事である。

 非核三原則を国是とした佐藤栄作が、裏でこんな密約を交わしたのだから、もう笑うより他仕方がない。

 政治家は裏で何をしているか分からない。決まりきったことでも、エエ加減にして欲しい。

 見た目好々爺の福田が、「誠心誠意お話し合い致しましょう」と、擦り寄っても、見た目悪代官の小沢が「罷りならぬわ!国会で話せばいいことよ!」と、突っぱねたら、善良な日本国民は事の本質は横において、福田の肩を持つ。でも、国会で本音の議論を聞く権利が国民にある。

 福田の狙いはテロ特措法の継続。国会審議を見守るのに本当の事を知りたい。余りにも幼稚でそんなことも知らんの!と笑われてもかまわない。

 ◎アメリカが主役になって戦っているアフガニスタンやイラクの戦争は、正義の戦いなの?

 ◎湾岸戦争以来、中東でアメリカ軍の使用した最新兵器、劣化ウラン弾・クラスター爆弾・燃料気化爆弾(デージーカッター)・バンカーバスター爆弾などは作戦上不可欠?巨大アメリカ軍需産業の希望に沿った消費であり実験ではなかったの。

 ◎給油量の間違いは、只のケアレスミスなの?それとも隠蔽?その発覚はアメリカの資料から?給油している石油の値段は市価の数倍して、購入先も決められているて本当?

 ◎給油しなかったら間違いなく日本のライフラインは断ち切られ日本人は生きていけなくなるの?

 ◎国連の給油に対する感謝は何カ国が表明して、そこに日本政府の懇願やアメリカの圧力はどれくらいだったの?

 ◎アメリカの言うことを聞かなかったら、3発目の核爆弾を東京に落とすの?

 こんな疑問は、手元の米原万里著「他諺の空似」とノーム・チョムスキー著「お節介なアメリカ」を読みながら噴出した疑問だ。まだまだ書ききれない。

 裏取引は止めてくれ。ホントのことを知らせてくれ!

民生委員

 かかりつけのO医院に行った。持病の高脂血症で、リピトール(コレステロールを下げる薬)を投薬してもらうためである。

 待合室で、92歳のYさんに久しぶりで会った。

 「ご無沙汰しています。お元気でしたか?」と声をかけた。

 「元気やったら、こんなとこに来てますかいな」

 一本とられた。

 このお婆さん身体に負けない達者な口の持ち主だ。

 近所の小さな薬局の主人だが、店に客が入っているのをあまり見かけない。客がチャイム鳴らしたら、ゆっくり奥から出て来て市販薬を売る。儲けは度外視の商売のようだ。

 「息子さんは来てはりますか?」「朝、電話かけるの忘れたら大変ですわ、飛んできますね」「相変わらず親孝行ですな」「三度三度のご飯届けてくれますしな」

 息子さんは、隣町に住んでいて同居を勧めるが、Yさん頑として拒否している。お陰で、民生委員をしていた私は、緊急通報装置取り付けの世話をし、独居老人の見守りを10年間続けた。

 全国に約23万人の民生委員が居る、世界に類のない身分だ。諸外国ではケースワーカーや児童相談員がする仕事といえるが、給与は支給されない。私の時は月に5千円チョッとを実費弁済の形で貰っていた。

 役職につき忙しさのピークで、活動日が月25日を超えた、日給200円。だから、金を目当てに民生委員を引き受ける人はいない。

 そんな馬鹿馬鹿しい仕事を何故15年間続けたか?上の会話で推測して欲しい。私はこの期間に新しい自分を創れたと感謝している。

 11月の末に全国の民生委員は3年間の任期を終えて改選される。だが、なり手がないので、辞めるに辞められず再任される委員が多い筈だ。

 このブログに目を通した方で、民生委員に推挙されたら、毛嫌いせずに3年間だけでも経験して欲しいと思う。

2007年10月 5日 (金)

クラシックコンサート

 「おじいちゃん、5日は予定ある?」孫のマリからの電話。孫といえば幼いRYOとYUしかブログに登場しないが、長女の子供はもう社会人になって2年目。

 「ウン、午後は空いてる」「なら、クラシックコンサート行かへん?招待券送るし」 マリの勤めている会社が主催するチャリティコンサートらしい。演奏は有望な新人3人だとか、会場は京都コンサートホール。近鉄で乗り換えなしに行ける。

Ca380019  「ありがとう、ばあちゃんと行くわ」

 久しぶりにマリにも会えると思ったら、本人は友達とニューヨークに遊びに行って8日にしか帰れないとか。

Ca380020  という訳で、早い目に京都に行き、幾つか用事を済ませ、デパ食で腹ごしらえをし、会場についた。

 プログラムの表紙に『ヴァイオリン、チェロ、ピアノの若き新星による夢の饗宴』とあった。

 チェロから始まったが、音が散って切れがない、老化した耳のせいか?ホールのつくりが悪いのか?曲目がバッハの無伴奏チェロ組曲のせいか?終わってカミサンに聞いたら同意見。二人ともド素人で、音楽を論評するのはおこがましいが、それだけに、フィーリングで聞いて判断する。

 ピアノの時も物足りなかった。何しろ演奏曲がショパンの幻想即興曲と子犬のワルツで聞きなれているから、つい評価が厳しくなる。

 3人目のヴァイオリンは、固まって聞いた。後ろから見える聴衆の頭も固まっていた。老化で高音域がカットされている私の耳にもピアニッシモの高音が心地よく届く、来て良かった。曲はラヴェルのツィガーヌ、馴染みがないので余計に感動した。

 2部は、3人の演奏だった。チャイコフスキーのピアノ三重奏曲イ短調「偉大なる芸術家の思い出に」op.50(ピアノ・トリオ)とあるので3台のピアノ演奏かと思ったら、違った。アンサンブルと言えないか?素人には分からない。理屈は兎も角楽しく聞けた。それにしても若々しさはいいものだ。

 

2007年10月 4日 (木)

質より人

 新聞かテレビか二者択一を迫られたら新聞をとる。と大見得切ったが、今朝、木曜日毎にくる、週刊テレビ案内を見たら気持ちがぐらついた。

 秋のTVドラマの新番組に、涎の垂れそうなのが続々登場する。中でも「ガリレオ」は、福山雅治と柴咲コウだし、原作が東野圭吾ときたら、脚本が誰であろうと、欠かさず見たい・・・・という訳で。私の判断基準なんていい加減なものだ。

 群よう子の本で、彼女が新聞を購読していないと書いてあった。作家としておかしいとは思った。読むと、新聞を嫌っているわけでなく、新聞社の人間が嫌いらしい。

 大新聞の編集者などは、わが社の新聞に載せてやる!といった横柄な態度で、執筆をお願いするという気持ちがないとか。インタビューを頼まれ取材に応じても、記事にしたゲラは見せないノーギャラと信じられない事が書いてある。

 こんな人間に接していたら、新聞そのものも敬遠したくなるのは無理もない。わたしにも、こんな経験がある。

 生まれてからA新聞しか知らなかった、新聞といえばA。この地に家を建て住み始めても当然A紙をとった。

 ある日、私が玄関口に立っていると、2台のバイクがやってきた。我が家は、公道から玄関口まで3メートル巾で15メートルほど奥にある。目の前で急停止したバイクの年かさの男は、A新聞販売店の主人らしい、もう1台に乗っているアルバイトに配達先を教えている様子だ。

 そして、目の前の私が存在しないかのように、乱暴に道の植え込みに前輪を突っ込みターンして帰って行った。

 直ちに電話して、50年来馴染んできたA紙を解約し、読売新聞に代えた。

 いろいろ不満もあったが、今では結構良い企画の記事を出してくれると満足している。

 どんな良い商品を作っても、売る人間がぶち壊すことがある。

 質より人か?!

2007年10月 3日 (水)

ご無理ごもっとも

023  国会中継を少しだけ見た。各党代表質問に答える福田総理の回答を聞いた。

 原稿を見て早口に喋る回答は、お座成りなもの、空虚にしか聞こえなかった。

 全てが「おっしゃることはご無理御尤も」であって、どうするかは、野党の皆さんとよく相談して・・・・でしかない、具体的なイメージは毛ほども浮かばない回答だ。

 朗読Vの世界では、福田総理のような読み方を、朗読とは言わない。「音訳」という。

 読んだ内容をどう解釈するかは聞き手に任せ、感情を込めずに読むのが音訳だ。野党もさぞイライラして聞いただろう?

 イヤ、単なるセレモニーだから、国民に対するジェスチャーだから。野次を飛ばしながら笑っているのかも?

 それにしても、ボケがきたような答弁は、本物なのか老獪なのか?

 福田総理に期待するのは、靖国参拝をやめて、国立追悼施設を建設するだけになった。

2007年10月 2日 (火)

ザル脳には・・・

 出てこない!名前が!品名が!地名が!・・・・語彙は関連づけて出ても、名詞・固有名詞が出てこない。海馬が縮んでいるから致し方ないか!

 こんな頭の状態を「ザル脳」と、自分で勝手に命名しているが、天下のザル法、政治資金規正法よりも切実な問題だ。

 ザル脳とつき合うのは、大量の水を通すより方法がない。水中の脳の栄養が稀にザルの目に引っかかる。

Photo  今朝の新聞1面に嬉しい記事があった。日経・朝日・読売の3大全国紙が、災害時、過疎地の配達、ネット配信等で助け合うとのことだ。

 商業新聞は、必ずしも真実を伝えているとは限らないが、情報源だけでなく、世論を喚起し、教養を高め、知識を豊富にする一種の文化だ。利益追求だけでなく、その文化の存続に手を組んでくれたのは素晴らしい。

 テレビか?新聞か?と二者択一を迫られたら私は新聞を獲る。

 インターネットの洪水も様々な栄養を運んでくれる。

 「天高く馬肥ゆる秋」は、元を正せば、実りの秋を謳歌するのんびりしたものでない。とか、「井の中の蛙大海を知らず」には「されど、空の深さを知る」という続きがあって、必ずしもバカにしたものでない。とか、9月上旬に「きっこのブログ」が流してくれたので引っ掛けた。

 努力しても私は井の中のザル脳蛙。幸いITが操れるから、ダンボ新諺が出来た。

 「井の中の蛙大海を知らず。されど、恵の水は涸れることなし」

 

2007年10月 1日 (月)

不可解なことばかり

 ミャンマーで映像ジャーナリストの長井さんが射殺された。

 新聞によると暴動を(暴動というのは軍政側)鎮圧した、精鋭部隊は、不幸な生い立ちで愛を知らない子供を集め、養成した殺人集団だとか?

 ノーベル平和賞を受賞した、アウン・サン・スーチーさんを処刑はしないが活動できないように軟禁を続けている軍政だ、デモを恐れてどんな血迷った弾圧をするか心配していた。予想を超えた強硬手段が行われているようだ。

 それにしても、分からない。東南アジアには、タイとシンガポールとマレーシアしか行ったことはない。私の経験では、タイが「微笑みの国」と自称するように、穏やかで、暖かく、控え目な人達だった。犬も優しい目をしていた。シンガポールもマレーシアも好戦的な人達には見えなかった。

 その隣の国で、起こっている事件とは想像できない。

 でも考えると、やはり隣のカンボジャでも大変な内戦があった。クメール・ルージュの兵士達が、知識人を処刑し、反抗的な農民や市民を虐殺し国の人口が3分の2になったとも言われている。その時埋められた地雷除去に国際社会がどれほど苦労しているか!

 カンボジャ内戦を題材にした映画「キリング・フィールド」は、忘れられない。水田に累々と横たわる死体のシーンは強烈だった。

 どちらの戦乱・騒乱にも背後に中国の陰が付きまとっているのも不気味だ。

 仏教国で温和な国民である筈のミャンマーの人達を、ここまで駆り立てたのは何だろう?自由が無い?民主的でない?こんな高邁な理想の元に群集が結集するだろうか?もっと身近な不満不平の爆発ではなかったか?

 とに角、不可解だ、その真相を知らそうとした長井さんが殺された。腹立たしくてならない。

 内政干渉するな!と大見得切るなら、国際社会が全ての援助を打ち切ったらどうなるのだろう?困るのは民衆だけ?喜ぶのは資源の欲しい中国・ロシア・インド?

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