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2007年8月 6日 (月)

父親たちの星条旗

 クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」を劇場で観て深い感銘を受けたが、それと対になっている「父親たちの星条旗」は観ていなかった。

 先日、遊びに来ている孫達のマンガを借りに、近くのTSUTAYAへ行ったついでに「父親たちの星条旗」を借りて帰った。

 孫の妨害を掻い潜りながらの鑑賞で深くは観られなかったが、改めてアメリカという国の懐の深さを感じた。理由は、このような映画を全国で公開し、アカデミー賞にノミネートしたことである。表現の自由・言論の自由を看板にしているアメリカならではと思う。

 擂鉢山を制圧し頂上に立てられた星条旗の写真にまつわる物語、生き残った3人のヒーローが、底をついたアメリカの戦費を補充する戦時国債の広告塔として利用され戦後は見捨てられる。

 地獄の戦闘で生き残った罪悪感。ヒーローは生きていないと言い、ヒーローなんていない、その時の都合で作られると言う。

 あの写真は、2回目に立てられたもので、その後も死闘が繰り返された。兵士が言う「誰も国の為に戦ってはいない、ともに戦っている仲間の為に戦っているのだ」・・・腸が飛び出す傷を負った兵士の元に駆けつけた衛生兵に「俺は大丈夫!他の仲間のところに行ってやってくれ」と言い息絶える。

 戦争の空しさ、戦争が破壊し破滅させる個人、国家権力の身勝手さ・・・を正面から見つめている

 現在、民主化とテロ撲滅の正義を貫くため、イラクで泥沼のような戦争(敢えて戦争と書く)を続け、若者の命を犠牲にしているアメリカ合衆国だ。

 軍国日本では、反戦はいうに及ばず、厭戦でも厳しく取締りを受けた。アメリカでは、このような映画が偉大な賞の対象になる。原爆を落とした国とのミスマッチを拭い切れない。

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コメント

たまらん暑いですね。その中、少しは家の中をスカッとしたいと大汗をかきながら頑張っています。どんどんゴミ袋に使わない物を入れながら「これからは思いつきで衝動的に物は買わないでおこう」と決心している私です。そして、もう一つの決心。地デジになったらテレビからおさらばしよう。その昔「高い」テレビを買ってまだ綺麗に映るのに何で?と言う思い。ニュースはラジオで、映画はビデオを古いテレビで見ればいいや。心の隅でほんまに実行できるか?と囁いていますが・・・

物の豊かさは心の豊かさとイコールで繋がらないことは重々分かっているのですが、今の世に蔓延っている価値観はイコールに肯定的ですね。Chikoさんの決心を実行するには、ミクロネシアかポリネシアの島に移住しないと無理な気がしますが・・・・・

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