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2007年6月

2007年6月30日 (土)

小旅行決算

 昨日走った京都丹波道路も舞鶴若狭自動車道も、通行量の少ないこと少ないこと!一般道を整備するだけでいいのにと考えながら走っているうちに、スピードメーターが120kmオーバーになっていて驚く。

 泊まった福井県小浜市のホテルは、団体客も受け入れていたが、飛込みでOkとなった。基準料金の2食付18000円を値切って、2人で3万円プラス税にしたが、予約なしだったので前金でとられた。

 部屋は新館の大浴場の隣、窓から小浜湾が一望できる4階。夕食は会席で京料理の深みはないが、まあまあの味、量はたっぷり。特に甘鯛の潮汁と、姫牛蒡と穴子の八幡巻に合格点をつけた。

 朝、心配していた雨も降らず、フィッシャマンズ ワーフでお土産の品定めをしていたら、娘(RYOとYUの親)から電話がかかってきた。渡したいものがあるので帰りに寄って欲しいとのこと。孫の好きな鯖寿司と焼き鯖寿司を買い足した。

 道を最短距離の303号線から367号線へ、かつて日本海の鯖を京都の市場に出すのに人力で運んだ通称「鯖街道」を走った。昔は有名な悪路だったが、整備されて幾つか道の駅がある。

 道の駅でも鯖寿司を売っているが、不思議なことに産地の小浜より京都に近づくほど値段が下がる。3000円が2100円まで下がったのには驚いたが、娘の家で食べ比べて値段なりの味で納得した。

 娘の家で夕食を済ませ帰宅、走行距離にしたら2日で300kに満たないのに、疲れている。1日300kは軽く走っていた時期があったのに・・・

2007年6月28日 (木)

発作小旅行

発作小旅行
朝、起きたら、急に車で出かけたい!とのたもうので、昼過ぎて急遽出発。行きたい所があっちこっちと多すぎる。結局、海の見える所までと、若狭の小浜へ来てドライバー(私)がギブアップ。発作小旅行は泊まることになった。

2007年6月27日 (水)

終わり良ければ・・

 今夜でTVドラマ「バンビーノ」が終わった。で、TV連ドラの今期のシリーズは私的に終了した。

 3月の統一地方選挙に巻き込まれ。数ある中で今回欠かさず視たのは、「夫婦道」と「バンビーノ」だけだった。

 「夫婦道」は、武田鉄也と高畑淳子の演技を見ていたといってイイ。橋爪・石倉という芸達者が居たけど、断トツで武田・高畑コンビが光っていた。シズちゃんの上手いのか下手なのか分からない演技も面白かった。笑わせてもらったけど、内容は伝統・格式・習慣・家督と真面目なもので年寄は頷いたり首を傾げたり・・・

001_15  「バンビーノ」は、最初はダラダラ長く大袈裟で止めようかと思った。コミックが原作だけど、脚本を岡田恵和が書いているし、我慢してみているうちに録画してでも見落とさないようはまってしまった。結局、若さに任せた猪突猛進を賛美する結末で、な~んだ?!と少し落胆したが。成功した2人のオーナーシェフが、全てを捨てて挑戦した結果の悲惨な現状を、明るくチラッと見せるあたり、やはり巧みなものだと感心した。

 終わり良ければ全て良し。過去の名作ドラマは全て印象に残るエンディングだった。

 今回は、70点ぐらいかな?

2007年6月26日 (火)

古い写真

 私が育った京都の家には、古い写真が可なりある。親父が撮ったものである。

 親父が写真に凝った頃は、今のような、カラー写真や、コンパクトな写真機が無かった。昔の写真屋さんが商売道具として使っていた蛇腹カメラ、ガラス乾板がフィルムだ。そのカメラが私の小学校時代まで家にあった。

001_14  不思議なことに、撮影から現像焼付けまでした筈の親父が、写真機に触れている姿の記憶がない。何かのきっかけでキッパリ止めてしまったのだろう。

 親父の蛇腹カメラは、使い勝手が悪いので、兄がレンズ(ツァイス製)だけをコンパクトなカメラと交換し、箱や三脚は処分した。このカメラのお陰で、写真機が珍しい時代に、私は家族だけでなくクラスの子どもたちを沢山撮る005_5 ことができた。

 親父が被写体として選んだのは、もっぱらお袋だった、残っている写真が圧倒的に多い。経緯は知らないが、本家を潰さないために、後妻として迎えたお袋の機嫌をとったのか?気をつかったのか?様々な工夫をして撮影している。

 いや、三十路のお袋をレンズを通して眺めながら、惚れ直していたのかもしれない。

 私もスチールカメラから8ミリムービー、次にビデオカメラと下手の横好きを続け人生の楽しみを広げた。親父が死んで54年になるが、受け継いだDNAに感謝することがある。

2007年6月25日 (月)

怨霊はどこへ行く

 カミサンが生協の注文票を書きながら「もう、ミンチやめる」と、ため息をついた。新聞で次々と暴露されるミートホープ社の食肉偽装を読んだら、躊躇って当たり前だ。

 でも、社長の「消費者が安いものを欲しがるから・・・」と言う発言にも耳を傾ける必要はないか。騙して不当に金儲けした我利我利亡者どもの肩を持つわけではないが、騙されるほうにも甘さがある。

 「特選黒毛和牛100グラム500円」等という品に飛びつくのが可笑しい。先日、京都の三嶋亭へ寄って、切り落しを買おうとしたら100g510円の値札で売り切れていた。10年ほど前に立ち寄った松阪の和田金は、並肉でも700円以上した。

 その現実に目をつぶり、ミートホープのミンチを原料に日本生協をはじめ大手の食品加工会社が販売し儲けていたのでは?

 ミートホープが混入した雑多な肉は、世界の途上国では貴重な蛋白源だろう、それでも欲しいと目を血走せらせる民族が一杯いるだろう。それを、金儲けの材料に使ったり、気持ち悪いと捨てる先進国。

 食品衛生上問題がなければ、偽装欺瞞なしで、人間のために殺された生き物達の肉を使い切ってやるのが人間の義務ではないか。

 この事件が元で、肉製品の買い控え、過剰在庫、投棄の悪循環で無駄死になった動物達が痛ましい。

 RYOやYUに、食事の前に「お肉も、お魚も、お米も、お野菜も、み~んなから命を頂くのだから、いただきますと大きな声で言いなさい」と、言っている。

 廃棄される食品の原料になった動物達。その怨霊は、どこへ恨みをはらしに行くのだろう。

2007年6月24日 (日)

梅雨冷え

 絶え間なく降る雨で、家の横を流れる川を水が音を立てて流れ始めた。川といってもコンクリートで固めた巨大な側溝だ。この川、昔は木立の間を流れる素晴らしい自然の水流だった。我が家と隣接して団地ができ、そこの排水を確保するために改修されて無粋な水路になってしまった。

 昨日は奈良へ行ったが、暑さに茹だっていた。奈良も京都と似ていて街に熱気がこもるようだ、ねっとりと肌にまとわりついてくる。

 一転して、今日は梅雨冷え。我慢してテレビを見ていたが、コマーシャルタイムに押入れから、ジャンパーを引っ張り出した。

 読んでいない本は沢山控えているが、それより録り貯めのTV番組を視ることにした。

 集中的に観たのは、「ER」シカゴの救急救命室の話。ドラマとは思えぬ迫力で、シーズン1~8ぐらいまでは完全に嵌っていた。10年近く昔の話だ。好きな俳優(ドクター004_4やナース)が降板したり役柄で死んだりしてしまい、中断した。この4月から新しくシーズン12が始まったので、録画しておいた。

 やはり、見応えがあった。命を預かる仕事の暖かさ優しさ冷酷さ非情を見せ付ける。ただのヒューマンドラマではない、マイケル・ムーア監督がアメリカの医療保険の問題点を追求した「シッコ」を公開するらしいが、併せて観たらどう感じるだろう。

 梅雨寒・梅雨冷、不明年金に食肉偽装にガス爆発、跳ね上がった地方税、 天候に劣らぬ寒々した時期だ。

 

2007年6月23日 (土)

佐保会館

 奈良女子大の佐保会館に行った。昭和3年建設というから私と同い年、そこで開かれた講演を聞くのが目的である。

 手配してくれたのは、奈良女出身のボランティア仲間。同窓会(佐保会)の役員で講演会成功のため奔走した。結果、仲間5人が、イタリアンのランチを共にする楽しみを含めて参加した。

 講師は、京都大学大学院の杉山正明教授。モンゴル史・中央ユーラシア史の第一人者。サントリー賞や司馬遼太郎賞、昨年は紫綬褒章を受け、普通では講義を受けられる先生ではない。

 ところが、この先生のお話は脱線だらけ、テーマの「世界史を変える地図-よみがえる700年のアフロ・ユーラシア」については漠然としか掴めなかっ003_7たが、脱線の中での舌鋒鋭い数々の批判は、バッチリ、頭にインプットされた。

 曰く「日本の教科書は政権がつくっているんですよ」「明治維新は世界でも稀な大変革です、当時人口3000万の日本で内戦で1万人しか流血がなか ったのですから」「宗教と信仰は別物です、宗教というのは、権力と金がからんだ組織共同体です」「16世紀からの大航海時代は原語では大発見時代で、我々が発見しなかったらアジアがアジアたることを知ら002_15ないというヨーロッパ中心の現 れ」・・・・でも、アジアで15世紀に作られた地図(混一彊理歴代国都之図)を見ても同じようなことが言える。「日本・韓国・中国の統合的な歴史研究は政治がからまない、欧米人しか出来ない」等々小気味の良い言葉に時を忘れた。

 梅雨の晴れ間の酷暑、休眠しそうな脳味噌に、清涼な風を吹き込んでもらった。

2007年6月22日 (金)

落ち着く部屋

 今日は夏至だが、日照時間が1年で最も長いと感じない。でも、梅雨はこれでなくっちゃ~。

 雨の中、気功体操に行った。億劫でも1週間に2時間の気功体操で健康が保たれていると思う。

 終わって帰宅する時、カミサンが同じ気功へ通っている友人を誘った、完成した離れを見せるためである。

015_1  友人は、そんな強引に我が家に連れ込まれると思っていなかったので。「じゃ、チョッと見せて貰うだけ」と、遠慮がちに上がってこられた。

 それからは、カミサンの矢継ぎ早な接待攻勢である。コンビニの寿司、アイスコーヒー、お茶、プリンにケーキ。自分を基準に食べ物を出すので、お友達が戸惑っていても意に介さない。

 孫が学校から帰ってくるので。と、最初は遠慮がちだったお友達は、腰を落ち着けアッというまに2時間経過した。

 寝室のつもりで改装した離れは応接間になり、どうも気分の落ち着く部屋のようだ。昨日も、義妹が訪ねてきて、離れに通したら「ここ落ち着くわー」と、夕飯の支度を忘れて駄弁っていった。

 という訳で今、この記事を離れで落ち着いて書いている。

2007年6月21日 (木)

ゴーンにゴ~~ン

 朝刊2面「日産、役員賞与ゼロ」。凄い!昨年期は役員7人に3億9000万円を給与していたのに・・・先日、トヨタの役員26人のボーナスが9億1200万円と知ったばかりなので、シビアな世界だと感心した。

 ところが、8面の関連記事を読んで愕然! 取締役9人の報酬は、大トヨタを大きく上回る25億円だって。下司の勘ぐりカも知れないが。きっと、その3分の1はゴーンさんの懐に入るだろう、これなら賞与ゼロでも応えんわな126

 ゴーンに頭をゴ~~ンとやられた思いだった。

 流石はブラジル・フランスの二重国籍をもつ実業家。世界的企業の水準に一致していると涼しい顔。瀕死の日産を生き返らせた功績は認めるけど、株主総会でも話題になったように、あの、垢抜けしない日産のエンブレムと一緒に、代えてみたらどうだろう。

 私には何のかかわりもないが、釈然としない。

2007年6月20日 (水)

浪費税はどうだ!

 ラニーニャ現象で、東京穀物市場のトウモロコシと大豆の先物取引価格が史上最高値を更新した。天候不順が予測されバイオエタノールの需要で価格が下がる見通しはなさそうだ。

005_4  ポップコーンやコーンオイルやカスタードクリームは我慢できても、大豆の値上がりで豆腐や納豆が欲しいだけ食べられなくなったら悲劇だ。

 石油価格も高止まりどころか、ジリジリと上がる一方。私のようにガソリン代高いし外出やめた!で、すむ人種はいいけど、困る人が多いだろうな~

 物価の上昇気配で気になることがある。参院選前で話題にならない消費税だ、特に品不足と投機で食品の値上がりが大きくなると、税制を見直さなければ格差社会が増幅するだろう。イギリス・アイルランド・オーストラリア・メキシコのように食料の消費税0%は無理としても、殆どの国で食料は一般の消費税の2分の1か3分の1に税率を抑えている。これで低所得層も我慢できるのではないか。

 平成17年10月のWEB金融新聞に載っていた。「日本の消費税率は低いが問題は他にある。年金暮らしのお婆さんが、100円の大根を買うのも、金持ちのドラ息子が1000万円のフェラーリを買うのも同じ5%の消費税だということだ。

 取り易いところから広く薄くとる一律消費税のデメリットをもっと政治家は論議すべきだろう。

 安部さんよ、骨太の改革なら、生きるために不可欠な食料を確保する改革をしたらどうだ?金持ちが命(食料)を金儲けの道具にする先物取引を規制するなり、庶民の為に消費税を0%にするなりしたらどうだ。

 ついでに、金にまかせて贅沢品を買いあさったり、食料を粗末にし大量廃棄をする生産者や消費者に100%の浪費税をかけるのはどうだ?

 

 

2007年6月19日 (火)

ちいろば弁当、その3

 新聞・TV・ラジオで年金問題を、四六時中報道している。確かに、善良な国民の老後の不安と不公平感を取り除くため、とんでもない社会保険庁を黙認していた政府は問題解決に全力を傾けるのが当然だ。ただ、国民は善良な者ばかりとは限らない。火事場泥みたいに金をせしめようとする者も出てくるように思う。議院選挙向けの施策で、無責任に税金を大判振る舞いして欲しくない。

 年金問題で、憲法改正国民投票法が消えてしまった。今度の参院選の争点ではなかったか?

 現憲法では、「鳥は飛ぶ、ダチョウは飛べないから鳥でない」みたいな矛盾があるからといって、平和憲法の理念まで変えてもらっては困る。

 ちいろば弁当のエッセーに次のがあった。

『憲法九条は日本の宝』 

 先日、夫はある新聞記者の訪問を受けました。今、問題になっている憲法九条についての意見を、とのことでした。

 小学校3年での敗戦。それまで教え込まれていたことは全て覆され、自由な時代の到来が嬉しかった。新しい時代はまさに憲法と共にやって来て、以来自分は九条を何より大切な拠り所として成長した。学生時代は60年安保。日米軍事同盟を結ぶのは違憲とデモに参加した。牧師になってからは靖国国家護持法案に、キリスト者として反対のハンストもした。など個人として九条を守り抜きたい思いを語りました。

 戦争を知らぬ世代に「武器を取るな、人を殺すな」と訴えたいのです。

 宗教家にも色々あるものだ、国家権力に擦り寄って、ゴリ押し無理押しの片棒担ぐ宗教家も・・・アッ彼らは政治屋で宗教家ではなかったのだ。でなかったら、信じる教えをもっと大切にして靖国の問題でも取り組むだろう。

 

2007年6月18日 (月)

勘違い

 昨日歩き回ったので、ふくらはぎが張っている。娘達にプレゼントされたオパナンケンの靴を履いていたせいで、痛みはない、流石に足に馴染むのが早い。

 起きて直ぐに、家中のゴミを大きなゴミ袋に集めた。わが町はゴミ処理に関しては細かい分別を義務付けない(過去には細分していた)ので、極めて楽である。資源ゴミまで煙にしてしまう後ろめたさはあるが・・・・

001_13  ゴミ袋を手にし、出た所でお隣のSさんご夫婦に出会った、人間で言えば90歳近い愛犬の散歩の途中、ぬか雨の中でイヌの健康状態や新しくした我が家のフェンスの話をした。

 さてと、道に出て仰天!ゴミ置き場にゴミが置かれていない。あ~~~~~今日は月曜日だ!

 何時も、金曜日の晩に来て2泊し、日曜の晩に帰るのが決まりだった孫達が、土曜に帰ったので私の脳の日付がずれてしまった。それに、昨日の月曜日的行動、本日は火曜日、ごみ収集日と勘違いした。

 ブログの記事にするほどの大事ではないが、最近とみに日付と曜日を忘れてしまう。そろそろ、見当識障害が起こり始めたか!?

 ゾッとする、高齢者が日常経験する危機感である。

2007年6月17日 (日)

取捨選択

 今日は私に用事があり、子守を期待できないので、泊りがけで来ていた娘たち二家族が土曜の夜に全員帰ってしまった。

 お陰で今朝は静かに明けた。でも、ゆっくり惰眠をむさぼっていられない。京都教育大の同窓会が、市内の有名ホテルである。

002_14  私はこの同窓会には出席していなかった、ある年令になると残す絆を取捨選択する必要がある。それにもかかわらず、昨年顔をだしたのは自分が幹事を務める小さな同窓会の為だった。今年も、その申し送りのためだった。

 昭和25年卒の友人が隣り合わせのテーブルに陣取って、旧交を暖めたり、同期の集まりの連絡をとったり、心配な友人の消息を掴んだり、それなりのメリットはある。でも、私にとって不可欠な会とは思えない。

 驚いたことに、同じテーブルに坐った7人の中に、住んでいる地域の自治会に入っていない友人が2人いた。地域の役員を務める者と両極に分かれる。

 習慣だからとか、付合いだからとか、曖昧な理由で組織に属する必要はなく拒否する住人がいて当然だ。加えて、その地域に過去の社会的地位を忘れられない頑迷なリーダーでもいたら、義務でない自治会などに参加する気持ちになれない。

 教育大同窓会の最後のセレモニーを抜け出して、京都駅のホテルへ向かった。来年4月に開催する小学校の同窓会の準備会だ。この会は私にとって、必要に○がつく。当時、区外通学で馴染みの薄かった私を皆が暖かく迎えてくれるからだ。

 案内状発送の役をかってでたが、引継ぎで先方から案内不要の知らせがあった同級生が可なり居て淋しい思いをした。誰でもが、取捨選択をして生きている。

2007年6月16日 (土)

ちいろば弁当、その2

 1日だけの梅雨空だった、もう梅雨明けの空をしている。温暖化、乾燥化、水不足・・・・と、連想が駆け巡り、空のように心はカラッとしない。

 003_6 そんな時に、ちいろば弁当の次のエッセーは、癒しの効果がある。

『かぼちゃの花が咲きました』

 「かぼちゃの花が咲きました。葉影に二つ咲きました。・・・・

 昔、戦争がありました。田舎に住む余所者一家、両親には、4人のこどもたちに食べさせること、それが最大の関心事でした。

 空き地は耕され、学校の運動場にもさつま芋が植えられました。父が教師だったため、旧制中学校1年の兄は、その畑を耕し、友人の目が気になってイヤだったそうです。

 かぼちゃもよく食卓に上りました。兄の高い鼻の先に、かぼちゃぜんざいの黄色が付いていたのを覚えています。

 先年60歳で亡くなった兄は、死ぬまでかぼちゃを嫌って食べませんでした。でも、夏の朝、早起きして見つけたかぼちゃの花は、露を載せてとても美しかったです。」

 トラウマでかぼちゃが口に入らなかった、お兄さんの気持ちがよくわかる。私も、戦後十数年、麩が食べられなかった。終戦直前の軍隊食、連日、ネギと麩のすまし汁を食べさせられた反動だった。

2007年6月15日 (金)

ちいろば弁当

 先日、辞任した保育園の理事のお一人から、手作りの冊子を頂いた。

001_12 「ちいろば弁当20周年記念・随筆集」  前書きによると、地域の高齢者や障がい者の方へボランティアが作ったお弁当を届けると共に交流も深める活動で、ちいろば弁当と名付けられたそうだ。その弁当に添えられたカードを製本したものだった。

002_12  70枚のエッセーを一気に読んでしまった。戦中戦後の体験を共有した懐かしさ、自然へ向ける眼の優しさ、苦難を受け止め耐える信仰心、ボランティアを通した愛情、短い文に溢れていて手を休めることが出来なかった。

 勿体ないので、これから何篇かブログに載せたいと思う。

『学校の行き帰り』  

 「おほようさんとも言わないで、そっと我が家の軒先に、胸の香りを共にして、なぜか皆をほほえます。風はそよ風、春の風」

 昭和21年、小学校4年生、戦後の何もない時代、でも「国破れて山河あり」、自然は滅びないで一杯あった。荒廃したわが国も復興の意気に燃えていた。学校は二部授業。

 学校の行き帰り、空腹を抱えて友と歌ったこの歌。道端の膨らんだばかりの麦の実をむしって啄みながら、歌ったこの歌。帰っても食事は期待できない。今夜もサツマ芋か!。勉強も嫌いだし、おんぼろラジオでも聞くか!「そよ風」は優しかった。胸は一杯になった。」

 これは理事のT.K牧師の筆だが、次からは奥様の作である。

 残念なことに、あとがきに「ちいろば弁当」は、スタッフの高齢化や路駐が出来なくなったため3月で中止となったとか。 

 ニュースで、全国の「いのちの電話」が、同じようにボランティアの高齢化や予算の関係で存亡の危機に瀕しているとか。

 巷でもがいている善意の活動に目を向けず、美しいとか優しい国とか言って政府が音頭をとっているのがナンセンスに思える。

2007年6月14日 (木)

マルチ読書

 カミサンと半世紀以上一緒に過ごしていても、不可解なことが多すぎる。例えば、カミサンのように、テレビを見ながら新聞を読んだり家計簿をつけたりする芸当ができない。パソコンの横でテレビが映っていたら、テレビを見るかキーボードを打つか、どちらかに集中し片方がおろそかになる。

 そんなことは当たり前だと思うが、世の中には、二つでも三つでも同時進行で片付ける器用な人が結構いるものだ。

 私は悪く言えば不器用だが、一筋な気性と良く言うことも出来る。などと勝手に決めている。それにしては、あれこれと好奇心のままに触手を伸ばす悪癖もある。

 本屋に行くとつい衝動買いする、この前も「新訳・走れメロス」森見登美彦著を題名と装丁で買ってしまった。この本、ちょっとついていけないぐらい登場人物が飛んでいる、難しい漢語・熟語が多用されているが分かり易い文章だ。後でこの作家が第20回山本周五郎賞を受賞したそうだが、短編5篇の中の山月記と走れメロスを読んで控え選手になった。リリーフしたのが図書館から借りた「阪神狂時代」と「パンツの面目ふんどしの沽券」。「阪神」は読んで内緒でトラキチにまた貸し、「パンツ」ナイトキャップ変わりに読んでいた。

 ところが、返本に図書館へ行くカミサンを送っていき、ふと手に取ったのが「スターと私の会話」かの有名な戸田奈津子氏の本だった。パラパラと見て、カミサンに、「返していない期限切れが2冊あるし」と、代わりに借りてもらった。

 本を手にすると、必ず目を通して、積読(ツンドク)はしないが、枕元に出番を待つ控えが5冊あり、順繰りの読書を余儀なくされている。

 アッ・・マルチといえば、トイレで必ず本か新聞を読んでいたっけ?

2007年6月13日 (水)

雨も友だち

 雲が重い、湿った空気に包まれる。玄関の花瓶にアジサイが登場した。タイトルとは裏腹に、梅雨は暮らしに不可欠でも好きでない、雨は苦手だ。

 003_5 タイトルは、かつて、女郎蜘蛛を飼育している幼児園としてブログに載せたことのある「てんとうむしだより」からだ。

 『激しく降る雨を見て、子どもたちは心躍ります。「雨だね」という声が何故か弾んでいます。そう、子どもたちは、雨が大好きなのです。こんな時は雨と遊ぶに限ります。雨と友だちになるには、まず雨を知らなければいけません。

 「雨って何色?」「どんな味?」「痛いかなぁー」「臭いは?」「どうやって降ってくる?」「音は?」等々、いっぱい子どもたちに投げかけました。外に出た途端、子どもたちは、しっかり雨と向きあいます。

 「プールの臭いだ」「しょっぱい!!」「あまい!!」「冷た~ぃ!!」「ほっぺにあたっただけでくすぐったい」等々、雨との対話が始まります。中略

 最後は、みんなで大きな水たまりに入り、バシャバシャと足踏みをします。「雨って楽しいなぁ~」と言いながら園に帰ります。そして雨が降ると水まきしなくていい~」という声も聞かれます。てんとうむしでは、雨もともだち、なのです。』

 園長先生のこの保育信条からは、元気がもらえる。

 この園では行事が雨天中止になることが少ないとも聞いた。

 車移動に慣れ雨に濡れるのを厭い、明るさを求める老眼には梅雨の暗さから逃れたいと思う。そんなネガティブな老人にならず、てんとうむしの幼児たちを見習おう。

 

2007年6月12日 (火)

教科書程度の知識

 孫の守疲れで、昼寝たっぷりした。お陰で夜寝られない。枕もとの、米原万里著「パンツの面目ふんどしの沽券」を手にとったら、驚く内容が出てきた。

 9章「羞恥心の迷宮」 福翁自伝の中で、福沢諭吉が緒方洪庵の塾に他の下級武士と雑居していた頃の回想しているくだりだ。

「これは私の大失策-ある夜私が二階で寝ていたら、下から女の声で「福沢さん、福沢さん」と呼ぶ。私は夕方酒を飲んで寝たばかり。うるさい下女だ、今ごろ何の用があるかと思うけれども、呼べば起きなければならぬ。それから真裸体で飛び起きて、梯子段から飛び下りて、『何の用だ』とふんばたかったところが、案に相違、下女ではあらで奥さんだ。どうにもこうにも逃げようにも逃げられず、真裸体で坐ってお辞儀も出来ず、身体窮して実に身の置所がない。奥さんも気の毒だと思われたのか、物も言わず奥の方に引っ込んでしまった。翌朝お詫びに出て、昨夜は誠に失礼仕りましたと陳べる訳にも行かず、とうとう末代御挨拶なしに済んでしまったことがある。こればかりは生涯忘れることが出来ぬ。先年も大阪に行って緒方の家を尋ねて、この階段の下だったと四十年前のことを思い出して、独り心の中で赤面しました。」

 どうだろう、四十年後にも思い出しては赤面するというこの福沢の恥じ入り様は。女が師の奥方である場合と下女である場合とで男の羞恥心がオール・オア・ナッシングになってしまう不思議。(米原万里)

 他にも、物干し台で酒宴を開きたい諭吉とその仲間が、物干し台で涼んでいる下婢(ゲジョ)を追っ払うのに仲間の一人が真裸体で中に入っていって大の字に仰向けに寝て、退散させた話がある。

 裸を晒すのに羞恥心を感じない犬猫並に、下女を見ていた福沢諭吉の発見は、私にとってショックである。

 思えば、学問のすすめも冒頭の「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」しか、知らない。福翁自伝も読んでいない。教科書、それも小学校程度の理解しかなかったのに気がついた。

 進歩主義者、自由主義者、慶応義塾の創設者、そして何よりも1万円札で日本を代表する人物として登場する。

 少し調べたら、福沢諭吉は、自由主義者だが自由民権運動を嫌っていた。とか、娼妓を最悪の卑しい職業と言いながら公娼制度に賛成していた。とか、天は人の・・・の文章はアメリカ仕込で、最後は人をつくらずと、いえり。」で終わっていて諭吉の真の心か解らないとか、当時では最先端の思想家かもしれないが、今の感覚では頑迷極まりない封建主義者だった。

 福沢諭吉さん明治の人でよかったね。

2007年6月11日 (月)

ある悟り

 朝、大騒ぎの末に孫の一家が滋賀に帰った。二度寝しようかとも考えたが、庭の松が呼んでいた。

 029 行事があったり孫達が来たりして3分の1は山に生えている松の木のままである。早朝だから暑くはないし、蚊も出ない。

 脚立に立ったり座ったり、気がついたら3時間を経過していた。

 未手入れの枝から、古い松葉を毟る。ひたすら毟る。すると、目立たなかった徒長した新芽?が顔を出し、そこここの庭園で見かける松の姿に近くなる。後は鋏で3本の芽の真ん中を切り落とすだけ。正しい方法かどうか?そんなことは知らないが、焦らず迷わずマイペースで松を変えるのが楽しくなった。生まれて初めての気持ちだ。

 先日、山野草の寄せ植えを作ってもらったご主人は、80歳半ばと思しき好々爺だったが、実生の針葉樹の苗をいっぱい育てている。「これを大きくして盆栽で山を作るんですよ」と目を細めておっしゃった。苗の大きさは3センチ、一体この方何歳まで生きるつもりなんだろう?

 悟った!人生のたそがれ時に大切なことは、したいことの目標を持ち毎日少しずつでも頑張らないで近付こうとすることだ!途中で頓死して計画が頓挫してもかまわない。

 今頃こんなことで悟るという言葉を使うのは、青臭いのかも知れないが、一気呵成に仕上げようとは思わなくなった松の姿からも教わった。

2007年6月10日 (日)

クタクタ・・・・

 昨日、Hさん宅から帰ると、我が家は占領下にあった。滋賀からお馴染みの孫二人とその両親が来ている。

 男の子二人を育てる母親は、どうしても甘い顔は見せられない。巻き舌で叱声を浴びせかけられ、普通なら鬱になりそうな環境をものともせずに生き抜いているRyoとYuだ。反動が我が家に来ると爆発する。

 二人はのべつ喧嘩する、仲裁をするのが疲れる。来る度に壊す、今回は壊さなかったがテラスの床下換気口へホースを突っ込んで放水した、諸々監視するのに疲れる。よく食べる、満タンの我が家の冷凍庫にたちまち隙間が出来る、大量に調理するのに疲れる。よく甘える、二人とも我が家で育った期間がある、勝手知ったる環境で、甘いジジババだ、Yuは4歳と8ヶ月にもなって、朝御飯を食べさせて!などとぬかす。よしよし言いなりになったが食べないので、突っ放した。甘えられて疲れる。

 そのYuは、眠りから醒め切っていなかったから食べられなんだ。と、後で母親に訴えてモリモリ食べたそうな。その折、Yuの手が胸元に伸びるので母親が叱ると、「誰にも言わへんし、チョッとだけオッパイ触らせて」と言ったとか。オイオイこんな日本語の使い方もあるんかい!目をつぶって聞いてたら、おっさんの台詞じゃないか。

 明日は月曜。夕方滋賀へ帰る筈だったのに、車に乗って行った父親が業者の集まりから抜け出せず、我が家に帰ったのが11時、とっくに子供も、ふてくされた嫁さんも寝ています。

 という訳で、一家揃って明日早朝ご帰宅されるそうな。もう、クタクタ

2007年6月 9日 (土)

一休灯篭

 駅前再開発で移転を強いられたHさんの新居を尋ねた。Hさんのご主人は、我々ボランティア仲間の長老だったが、亡くなった。

 Hさんは、80歳を過ぎて出不精になったご主人が、朗読の録音にだけは意欲的になるのを喜んで背中を押して送り出された。自宅と録音室の往復は仲間が車で送り迎えした。Hさんは感謝の気持ちを手作りのおやつをご主人に持たせ現していた。

 ご主人が亡くなる前から、Hさん宅では、新年会や親睦会を開かせてもらい。仲間はご夫婦から手厚いもてなしを受けていた。ご主人が亡くなっても、Hさんは絆を切ろうとはしないで、我々を歓迎してくれる。

 今日は新居のお披露目を兼ねた会で、仲間7人が押しかけた。旧家を知っていた我々は、今時では作ることの出来ない庭と建物を壊して勿体ないと行政に憤慨していたが、門を入り、旧家の石や灯篭を生かした新しいデザインの庭を見て感嘆の声を上げた。

 旧家の庭は雑誌に載った位の見事な庭で、有名な庭常さんの作品だった018 そうだ。今度の庭はその息子さんの作らしく、新しい感覚が感じられた。ひときわ目を引いたのは写真の灯篭だ。見たことが無かったのでHさんに尋ねると「一休灯篭」との答え。聞いたことがない。とにもかくにも味のある灯篭で、現在は作られていないとか。

 庭だけでなく、建物も以前に住んでいた家へのHさんのこだわりがあり、最近では滅多に見られない作りになっている。

 Hさんに、腹一杯のご馳走を頂いたが、目も満腹させてもらう日になった。

2007年6月 8日 (金)

二つの数字

 3100万円と9億1200万円。今朝からこの二つの数字に考えさせられた。

 3100万円は、新聞に出ていた。社会保険庁歴代長官天下り先の退職金最高額だという。但し、厚労省の推計額で民主党は最低額だという。

 厚労省の発表では、たった1年長官を務めただけの小林功典氏が、関係の法人に次々と天下りのはしごを続けた6年間の額だという。

 比べるものでない!と叱られるかもしれないが、40年間教育に身を捧げ管理職では24時間気の抜けない過酷な勤務を強いられた私の退職金は、半分にも満たないではないか。

 部下の失敗、児童に万一のことがあったら首を覚悟していた。トップは組織の責任をとる為の生け贄になるのが当然と考えていた。

 不祥事の続発している社会保険庁のトップでありながら、権力をかさにきて、あちこちからぬけぬけと金をせびり取る神経が理解できない。

 官の特権については、日本は中国をはじめとするアジア諸国と変わらない。

 第8号議案-役員賞与支給の件。 当期末時点の取締役25名および昨年8月31日に辞任した取締役1名(中略)に対し、当期の業績、その他諸般の事情を考慮して、役員賞与総額(取締役分)9億1200万円を支給することといたしたいと存じます。

 トヨタ自動車株式会社の株主総会議案書である。

 9億1200万円を26人で割ると約3500万円。大トヨタの役員ともなれば、これだけのボーナスが出るのかと感心しても、腹立ちは無い。

 何しろ、24兆の売り上げ、純益が1兆6000億以上、30万の従業員を抱える超大企業の経営者だ、しっかり稼いで税金を沢山納めてくれたら文句も言えない。

 同じ、金でもこんなに印象が違うのだ。

 

 

2007年6月 7日 (木)

小さい方が・・

 「バシッ」不気味な音で助手席側を見たら、サイドミラーが粉々になっていた。昨日、朗読研修へ行く途中だった。

 府道の道幅は狭い、歩道がないから路側帯に電柱が立っている。大型車はセンターラインをオーバーして迫ってくる。

 無事にすれ違えると思った。でも、車幅の感覚が鈍っている。電柱にぶつけたのはミラーだけ、ボディーは無傷で良かったが、大型車に道を譲るゆとりがあったらミラーも無事だった。年寄ると先が短いせいかセッカチになる。

 Photo_11急いで修理しないと、金曜日は気功体操があって車が要る。ディラーの修理工場へ入れようと走りながら考えた、旧型のカリーナのパーツは置いていないだろう、同じ取り寄せなら小さい店でも一緒に違いない。

 丁度、行きつけのミスタータイヤマンが帰りの道沿いにある。ここで、タイヤ・ホイール・カーナビなどかなりの買い物をしているから、少しは融通を利かせてくれるだろう。

 車を入れ、開口一番「明後日車が必要」と言うと、仕事の手を止め、割れたガラスを取り除き、ミラーのリモコンが故障していないか調べてくれた。「鏡だけですね、パーツがあればいいけど。」と電話してくれる。幸い1個だけ在庫があった。

 今日の昼に、タイヤマンからの電話で駆けつけた。鏡を取り付け調節を済ませるのに、10分はかからなかった。

 「税込み1554円頂きます」「エッ工賃要らんの?」「はぁ簡単ですから」最悪、ユニット交換でウン万円かかるのではと覚悟していたので、すっご~く得した気分になった。

 小は大よりもフットワークが軽く、優れた面をもっている。

2007年6月 6日 (水)

生涯これ学習

 所属する朗読ボランティアサークルの、研修が始まった。強制ではないがメンバーの殆どは、年2~3回の研修を受ける。研修メニューは2時間ずつの5回、講師はプロである。

 受講料は4千円弱で済んだ、不足分はサークルから補助される。我がボランティアグループは、視覚障害者向けに市の広報紙や議会報を音訳しテープにして届けているから、市から委託費が支払われる。研修にそれが一部使われる。 

 講師は毎年招聘している「飛鳥井かゞり」先生。プロフィールには、「役者・猫会議主宰。舞台を主に活動。声優センター、アナウンスクール、ボイストレーニング講座、劇団・大学演劇・朗読ボランティアなどの講師」とあって。私のレベルには勿体ない。

 研修を受ける度に、お金をとれないアマ(ボランティア)と、お金になるプロの違いを痛感する。講師のチョッとしたヒントやアドバイスで違う人間が読んだように豹変する。残念なのは、アマは読みが良くなってもその場限りで身につかない。

 テキストは、斉藤隆介作「ひさの星」悲しい話だ。短い段落を交代で読む。その都度辛辣な寸評が講師の口から飛び出すが、的を射ているから感心するか笑ってしまう。

 講師から何回も言われた「聞いて欲しい気持ちで読みなさい」。ごく普通のことだが、テキストを前にすると、上手に読みたい気持ちが先走りして容易ではない。

 朗読の奥の深さ!今更研修してもと思う。向上や定着が望めない徒労でも、やはり生きる楽しみに、研修は続ける。

2007年6月 5日 (火)

無謀にも松に

 我が家の庭木達は幸せとはいえない。何しろ懐事情から最低必要限度の維持管理費しか使ってもらえない。植木屋さんとはいえない農家のアルバイトのお爺さんとお婆さんに年に1回来て貰っう。

 003_4 この臨時植木屋さんの剪定は豪快で雑だ。とに角刈り込む。「桜切るバカ梅切らぬバカ」というが、その梅を枯らすくらい切る。

 短時間にザクザク植木を切るのは、庭に1本だけある松の木に思い切り時間をかけている結果のように思えた。それならば!私の辞書はナポレオン的で「不可能」の代わりに「何とか為るさ」が載っている。

001_11  松を刈ってみよう!そんな無謀な考えが浮かんだのは、先日、プロの手で山野草の寄せ植えを作ってもらい、以前の作品の剪定をして貰ったからである。

 昼食を挟んで、3時間。形になってくると、結構面白い。

 少々失敗してもこれから出る新芽で何とかなるさ!今日は下枝ができた。後2日で、茫々の松の木を生まれ変わらせて見せる。

 手直しで本職の手を煩わす事態になったら、女王様の逆鱗に触れる前に家出する。

 

 

 

2007年6月 4日 (月)

前倒し

 「何か欲しいものある?」二女の問いに「欲しいものは無いけど、買いたいものはある。」と答えた。「欲しいと」「買いたいとは」私の中では全く違う。他力と自力の違いである。

 「なに?」「靴や!」私が街の大型スーパーで選び抜いて買った靴が、瀕死の状態である。気に入って雨でも雪でも構わず履き通した。手入れもしない、踵も踏みつける、ドラネコの死体さながらで流石に買い換えたかった。

 「買いたかったら、買ったげるやん。父の日が近いしプレゼントに!Y子(姉)とN子(妹)と3人で・・・」

 親は子供を育て、一人前にしたらお役ゴメン。後は死ぬだけ!地球上で親が子供に何かをしてもらえる生物は人間だけだろう。

 誕生日や父の日にお祝いしてくれたり、プレゼントを貰った。嬉しかったが、どうお返しをしてやろうかと考えた。リタイアしたら、それが少々負担になる。

 ここ数年様子が変わり、子供達が共同出資して贈り物をしてくれる。こうなると本当に必要な物が手に入る。親としての変なプライドは捨てたほうが、八方円満に収まるのを悟った。

 という経緯で、娘に連れて行かれたのが、京都川原町三条の靴専門店、オパナンケンという靴しか置いていない。初めて耳にするメーカー、フランス・イタリアのような靴先進国とは思えないブラジル製。迷った、それにお安くない。

 仕切りたがりの二女に促されて、試着(靴でも試着?)した。靴は素足と同じ感覚で履いて歩ける靴が最高だろう。年をとると、ますますそのフィーリングを求める。

 ある程度の投資をしないと得られない履き心地だった。でも、少々違和感があった。靴が悪いというより自分の足が悪い面もあるから首を傾げていた。店員の女性は事細かに異常を尋ねるし、納得いくまでいくらでも時間を001_10 かけて下さいという態度。

 「試しにこちらは如何ですか?」と、差し出されたのが写真の靴だ。私が今履いている靴と同じぐらい値段が跳ね上がる。躊躇していると、少々テンションの上がっている娘が「3で割るから大丈夫。」と、背中を押すので試してみた。

 値段は正直者だ、まるで違う。土踏まずを持ち上げて歩くのを助けましょというような過保護な中敷ではない。自分の足で歩いているが、チャンと足全体をサポートしてくれる。重心の配分も申し分なし。「アッ!これええわ。」と、思わず大きな声を出した。

 前倒しの父の日プレゼント、ありがたく頂いた。使用後の感想を3人の娘にメールしなけりゃなるまい。

2007年6月 3日 (日)

一斉清掃

 自治会の年間行事、一斉清掃だった。周りに緑が多く公園もあるので雑草引きや伸びた樹木の刈り込みをしなければならない。

002_11  この地に移って30年、一斉清掃は欠かさず参加しているが、ここ5年で顔ぶれはガラッと変わった。見回すと私が最長老になっていた。

 祖父母の代わりに息子が・・・・義母の代わりに嫁が・・・・親の代わりに娘が・・・・への世代交代がすすんでいる。

 地域社会の活動で、やはり数が多いのは女性だ。それでも、若い世代の参加で男性や子供の参加も目立ってきた。

 8時になったら、草刈り機の音を合図に集まる隣近所の人達。鎌・熊手・箒など手近な道具を持って作業は開始されるが、オリエンテーションも指示命令も無い、草引きしながら話が弾むグループもいるが、何時の間にか辺りが美しくなった。

 1時間半後、組長の合図で作業終わり。

 そう言えば昔、「人海戦術」という言葉があったっけ。

2007年6月 2日 (土)

満たされたシンドイ!

 気功体操でほんのり汗ばんで帰宅した午後、Ryoから電話がかかってきた。Ryoの家も我が家と同じ光電話にしたので、通話料無料である。親が文句を言わないから、Ryoは勿論4歳のYuも短縮ダイヤルを使って電話してくる。

 用件は、滋賀の家に「来て」だった。リフォームが長引き、3月からご無沙汰だったので、そろそろ行きたいなと思っていた。1泊しかできないが久しぶりに高速に乗った。

 戸を開けたら、Yuが飛びついてくる。この世でこれほど熱烈な歓迎を受ける場面はそう無い。これほど邪念なくハグする相手は全く無い。RyoはYuほどストレートでないが、後でそっと抱きついてきた。

 二人と一緒に風呂に入る。夏を前に、洗面器に湯を汲んで顔浸けの練習をする、小学2年のRyoは慣れたもの、Yuは要領悪く鼻から水が入り、ひと泣きした。

 ジジババと川の字になって寝たRyoは、何回転もして朝はH型になっていた。

 母親は喜んで子守するジジに任せて一休み。釣りゲーム、プラレール、砂場で砂遊び、自転車で公園へ走って遊具で遊ぶ。何時もの子守メニューをこなして、夕刻帰宅した。

 満たされた。孫でしか満たされないものが心の片隅にある。

 でも、凄~~く 疲れた。

2007年6月 1日 (金)

去年のきのう

 私の5年日記には、去年のきのう5月31日に、こう書いてあった。「米原万里氏、今村昌平氏続いて亡くなる。オシイ!!」惜しいなんて僭越だが、もっともっと思い出に残る作品を世に出して欲しかった偽らない心境だった。

Photo_10  先日、河瀬監督が殯の森でカンヌのグランプリを獲得し大騒ぎになったが、今村監督は「楢山節考」と「うなぎ」で、2度も栄冠を手にしている(実際には映画祭の為に創ったものでないと、授賞式は出なかったとか・・)

 今年のオスカーを手にした、マーティン・スコセッシ監督が今村昌平の葬儀の時、「我が師匠」と書た追悼文を送ってきたというテレビも見た。

 阪神連敗でムシャクシャした時に、図書館で「マンボウ阪神狂時代」と一緒に手にしたのが「パンツの面目ふんどしの沽券」だった。精神安定にはマンボウを読んだ後で最高と借り出した。

 「マンボウ」を読み終わったら、阪神が西武に勝ち始めた。テレビの前に釘付けとなり身体をこわばらせて観戦した。やっと一段落したので昨夜から「パンツ」にかかったが、期待通りプッと噴出したり、エッと驚く。但し、食前食後は少し間をあけて読んだほうが無難だ。

 お二方とも私の大好きな創作家だった。もう1年も経ったのか!何時までも惜しい気持ちは変わらない。

 録画しDEVDにしてあった「楢山節考」を観ることにしよう。

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