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2007年5月

2007年5月31日 (木)

ネコ防衛線

 001_9さんざんネコと犬に我が地所をトイレとして提供してきたが、今回の離れのリフォームを機に、ネコ防衛線を2重3重に敷設した。

 先ず、玄関横の細い道、小砂利は絶好のウンコの排泄場所だったので舗装した。 これでは掘り返せまい。

 004_3次は、リフォームで不要になったルーバーの雨戸を防壁にし、これも余った防犯灯を地上に置いて、侵入ネコの目潰しに転用した。Photo_9

 後は、侵入されても嫌な高周波音で撃退002_10 する、ガーデンバリアを息子から貰ってきて、庭に向けて置く。

 最後に、退路を絶つため、ネコが必ず登って逃げる杉の木に有刺鉄線を巻きつけた。

 これで、完璧! と思ったら、今朝、庭の芝に  003_3 ウンコ!

 負けるもんか、防衛線を補強した。

2007年5月30日 (水)

芸術性と商業性

 マイブログの5月29日の記事「ケアノート」の主人公河瀬直美監督の「殯の森」が、カンヌ映画祭でグランプリを獲得したと言うニュースが伝わってから見たくてならなかった。

 ところが、昨夜、NHK・BShiで放映された。ハイビジョンテレビを買っておいて良かったと、これほど満足したことはない。

 先ず、受賞のポイントになったといわれる映像の美しさは目を見張るばかりだった。風にそよぐ稲穂、刈り込まれた茶畑、雑木の茂った森、とに角緑が美しかった。

 表彰式で河瀬監督は「人間は形あるものによりどころを求めようとしても一部しか満たされない。誰かの思い、光、風、死者の面影などに、心の支えを見つけた時、たった一人でもたっていられる」とコメントしたそうだが、重いテーマの映画だ。

 TVで放映された「スパイダーマン」とか「パイレーツ オブ カリビアン」など、単純で解り易くよく売れて人を驚かす映画を見た後では、河瀬監督の映画は入り込むのに時間がかかる。しかし、入ってしまうと読書と同じで、自分の想いが刺激され活動し、監督の主張から脱線するかもしれないが自分の想像を働かせて筋を追っている。やはり、新鮮だった。

 主演男優はアマチュア、女優も無名に近く、老人ホームの人達は恐らくエキストラでなく実際の入所者と思われる。場面は奈良県の山村から外に出ず、いわば日常を切って取ったような作品。(内容的には非日常ともいえるが・・)映画のもつ芸術性だけで勝負した作品だから、栄誉をかち得たのだろう。

 6月になってから、劇場公開されるそうだが、カンヌ映画祭受賞作の宣伝で観客動員は望めるものの、商業的に成功するかどうかは分からない。

 監督は、観客動員数を増やしたいと願っていても、商業的な大成功は計算していないだろう。作品にそんな味付けをしたいという気配がない。

 日本映画で、芸術性と商業性を兼ね備えたと、感心した映画がある、「父と暮らせば」「阿弥陀堂だより」両方とも忘れ得ぬ作品だ。監督が芸術性を貫き、名優が見事な演技で商業的な成功に貢献しているように思えた。

 映画を娯楽としか見ない視野の狭さを広げてもらった夜になった。

2007年5月29日 (火)

ある死

 昨日の事件、松岡農相の自殺は不可解だ。私は、自殺する(できる)人間には、一種の尊敬の念をもっていた。

 座右にある「侏儒の言葉」の一節に。

「自殺-万人に共通した唯一の感情は死に対する恐怖である。道徳的に自殺の不評判であるのは必ずしも偶然ではないかも知れない。

 自殺に対するモンテェエヌの弁護は幾多の真理を含んでいる。自殺しないものはしないのではない。自殺することが出来ないのである。

 死にたければいつでも死ねるからね。 ではためしにやって見給え。」

 自殺した本人の言葉なので説得力があり、若い私は感化された。

 自殺と他殺は表裏一体と聞いた。最近は簡単に人殺しをする輩が多いので、自殺も手軽になったのか?死者を冒涜するつもりはないが、TVの国会中継で見せた図々しい態度から、彼が死を選ぶ理由をはかり知ることができない。あえて、答を見付けようとしたら。「侏儒の言葉」に次の言葉もあった。

 「外見-由来最大の臆病者ほど最大の勇者に見えるものはない。」それと、「強者は道徳を蹂躙するであろう。弱者は又道徳に愛撫されるであろう。道徳の迫害を受けるものは常に強弱の中間者である。」

 新聞には、疑惑抱え突然の死。説明責任を果たして欲しかった・・・などとある。

 説明責任など、どうでもよい国民皆が望んでいるなど書く方が可笑しい。一部政治家が説明できない黒い霧に包まれているのは常識で、得体の知れないものだということなど、骨の髄まで熟知している。

 新聞には、政界で彼の死そのものより、参院選挙への影響が強調され報道されている。

 気の毒な、最後である。

2007年5月28日 (月)

もう笑っているしかない!

 14点!

 Bonとカットンならピンとくる筈。昨夜はTV中継もなし、ニュースまで待っていたが、眠くなり、阪神タイガース公式サイトにアクセスして結果を見た。

 交流戦に入ったら、グングン順位を上げていたタイガースの面影はどこにもない。ロッテに今季最悪の14失点で負けている。ふてくされて寝た。

 昨日、中華を食べた後図書館に寄った。こうなる予感が働いたのか手にとったのが「マンボウ阪神狂時代・北杜夫著」だ。

 朝、新聞読む前に、枕元に置いてあったので読み始めた。それこそ、10秒おきに笑えた。阪神ファンの心情をプロの手で活字にしたら笑えるし、笑うしかない!

 「病弱なタイガースファンとしては、たまに優勝ならいいけれども、いつも六月ぐらいでシーズンが終わったようになるから体力が続いているので、毎年毎年ペナント争いされたら、しんどくてしようがないという感じもします(笑)巨人ファンは毎年優勝争いをしていてスタミナがもつなと、少しだけエライと思いますよ。」

 2位に終わった昨シーズン、弱い巨人じゃ面白くない!などと、傲慢になっていた阪神ファンに天罰が下ったのか?いや、元に戻っただけ?

005_3  笑ってサッパリ、起きて庭を見たら、テキトーな鉢のテキトーな土にテキトーに植えられた花達。養分といえば茶殻かコーヒーを淹れた粕をテキトーに貰うだけなのに、朝日を浴びて輝いていた。

 今日は、いいことありそうだ!

2007年5月27日 (日)

パスカード

 最近のサービス業は色んな手を使うものだ。半年ほど前、近所の中華レストランのOから、パスカードなるものを売りに来た。営業の青年が素人っぽいのと、割引に釣られ3900円出して買った。

 内容は次の通り。1回につき4000円以上の飲食をしたら、1500円引きの券が4枚、8000円以上なら3000円引きが4枚、1万円以上なら5000円引き券が2枚、利用できる条件になっている。

 要するに、O中華レストランで、合計68000円の飲食をして計28000円が差し引かれる。パスカード購入費3900円を出費にしても、24100円分が違ってくる。

 しかし、使い始めて数々の問題に気付いた。そもそも、夫婦で4000円以上の食事を度々する訳はない。それと、4000円とか8000円とかピッタリ注文するのは至難の業がいる、食べたい物より合計金額を考え注文する。それと、サービスメニューはパスカードで注文できない。再々食べたくなる程の美味しい料理は数少ない。

 結局のところ、今日までに娘と3人で1回。孫達とその父親と一緒に1回。2回しか使っていなかった。

 遅い朝食を摂った日曜日、午後2時になってやっと空腹を覚えた。食欲はあっても、調理欲?のないカミサンの提案で、中華レストランに行った。

 ここで、間違いなく美味しかった「若鶏の唐揚げ」と「海鮮野菜のおこげ」をあえて省き「若鶏の甘黒酢炒め」「わたり蟹の揚げ物」「五目やきそば」とデザートを注文する。今度、誰かと来た時の参考に試食したということ・・・

 味はどれも、5点満点で3~3.5点。お気に入りの唐揚げにしなかったのを後悔した。

 デザートになって、料理を残していたカミサンがご飯を食べたいと言い出して、ご飯と中華風ピクルスを追加した。一人で全部食べられないと強制的に食べさせられて充足が過剰になってしまう。

 結局、お会計は5000円オーバー、マイナス1500円、サービス産業に踊らされる典型的消費者の顔で店を出た。

2007年5月26日 (土)

どこまでが本物?

 読売新聞1面の中央に、デカデカと写真が載っていた。大徳寺・聚光院方丈の襖絵である。

002_9  記事によれば国宝の襖絵46面が、4億3000万画素のスキャナーで読み取られ、古色まで忠実に再現されたとのこと。本物は京都国立博物館が保管したそうだ。勿論、レプリカが聚光院の方丈に飾られ、本物と寸分違わぬ姿をみせるらしい。

 この寺、特別拝観を市から要請された時だけ公開し、普段は拝観謝絶だから、多大の費用をかけてレプリカを飾る必要はないかと思う。でも、資金は堺市の呉服販売会社が負担し、国際文化交流財団が技術協力をしたというから。住職の手腕はたいしたものだ。

 文化財は、高松塚古墳の苦い経験を踏まえ、先手を打って最善の保存を考えるべきだろう。

 但し、東大寺でも、金閣寺でも、法隆寺金堂の壁画でも、著名な文化財で創建当時の本物?は殆んど無い。それでも、技術の粋を尽くして再建し、世界に誇る遺産として名を馳せている。

 トルコを旅した時、ガイドさんの解説で、シュリーマンの評判が極めて悪かった。発掘した値打ちのある遺物を私有したり国へ持ち帰って、トルコの貴重な文化財が流出したからである。でも、カッパドキアの壁画に落書きが目立ったり、トプカプ宮殿の宝物が古道具屋よろしく並べられていたり、トルコの文化財保管・保存が良好とは思えなかった。

 大英博物館のお陰で、世界の貴重な文化財が命拾いしたと言う話も聞く。

 学術的資料には本物を、一般の目に触れるのは模造で我慢する。このほうが、日本の木と紙を使った文化財には適しているのだろう。

  親が先々代の住職と昵懇だったお陰で、52年前、私達は狩野松栄・永徳親子が描いた国宝襖絵に囲まれて結婚式を挙げた。汚さないか傷つけないか気にしながら、法事にも使わせて貰った。もう、本物を見られないかと思うと、少し淋しい。

 永久不滅がそれほど価値があるのだろうか?限りあるから値打ちがあると考えられないだろうか?

 

2007年5月25日 (金)

寝床で新聞読める幸せ

 深夜に寝ても、年のせいか起きるのは大抵6時台だ。起きたら直ぐ新聞を取りに行く。1日は寝床でゆっくり新聞に目を通すことから始まるようになった。

 稼ぎにいそしんでいた頃は朝刊を夜に読むこともあったし、フリーになってからも、退避したトイレで読むことが多かった。

 Ryo達が家に来たら新聞どころではない。最近、足が遠のいているので、時間をかけて興をそそられる記事を探している。

 今朝も幾つかあった。

 『似て非なる言葉にご注意』パソコンで「老朽」を「老巧」に「諭旨」を「論旨」に誤記されていた、手書きなら分かるが、パソコンで間違えて打つのは合点がいかない。というもの。

 語彙の読みを正確に知っていたら、こんな珍現象は起こらない。今の世の中、似て非なるものが一杯転がっている。本物が少なく確かなものを見極める努力が足りないのか?

 『興隆インド進まぬ女性の地位向上』 持参財が少ないと婚約者に殺された女性の話。2005年でも7000人近く殺されている。寡婦の再婚禁止、殉死を求めるサティーが残っている実態。時給18円で働く女の子によって支えれるマッチ生産地。推計1億3千万の14歳以下の児童が働く児童労働大国。

 本当に謎の多い国だ。核を保有し、IT大国で、経済発展著しく、中国と並んで21世紀の星になる国が・・・隣のベッドで、私が取ってきた新聞の半分を悠然と読んでいるカミサンよ、幸せと感じて呉れよ!

 時給18円の児童労働のコラムの下段に、日本では今年の夏のボーナスが初めて90万円になったと!ボーナスと縁が切れていても読んでしまう。

 飽き飽きする記事として、官主導利権サイクル・緑資源談合。

 1匹のミツバチが一生かかって集められる蜜はスプーン1杯分とあらば、甘味料疑惑もやむなしと思い。

 一国一城の主という言葉は、ヨーロッパと日本で通用しても、アメリカ中国では歴史上の事実がないので駄目。というコラムで、又賢くなったと感じてしまう。

 空腹を感じたら、一人で朝食作りだが、のんびり朝刊を読めた幸せを傷つけはしない。

 ただ、家に来たら一緒に寝るか、早朝ベッドに飛び込んできて新聞どころではなくなるRyoやYuが、ここ暫く顔を見せないのは淋しい。

2007年5月24日 (木)

愛について

 直ぐ80歳に手が届く者が投稿するテーマとしては気恥ずかしいが、勿論理由がある。

 一つは昨日の葬儀で、出棺の折、故人のご子息が会葬者に述べたお礼の言葉。父親に対する敬愛の念に溢れていて、清々しく心に沁みた。

 二つ目は、夜に見たテレビドラマ、「バンビーノ」大袈裟で、長ったらしいところがあっても、マンガを見る感覚で楽しんでいる。調理人を目指す主人公が、ホールの係を命ぜられる、失敗しながらスキルを磨き自分では完璧にサービスできたと思ったら、主任から愛が無いからダメと指摘される。

 改めて「愛とは?」を振り返る気になった。

 若い頃、「日本には恋はあっても、愛はない」と、読んだ記憶がある。作家の名前は忘れたが、男盛りだったので「確かにその通り」と、全面的に肯定していたから言葉は覚えていた。日本は、愛に宗教的な裏打ちがないからと合点したのだろう。

 愛といっても多種多様だ。試しに電子辞書の広辞苑を使い、逆引きで愛が後ろにつく熟語を調べた。

 ざっと数えて、55あった。「自己愛」「自愛」「他愛」「友愛」「博愛」「慈愛」「性愛」「情愛」「母性愛」「人類愛」「隣人愛」「教育愛」「郷土愛」「同性愛」・・・・愛する対象によって様々なのが、馴染みの熟語でもこれだけあり、愛し方愛され方でも「純愛」「切愛」「盲愛」「畏愛」「敬愛」「渇愛」「求愛」「純愛」「偏愛」「溺愛」・・・・と限りが無い。

 中には、好ましくない対象に強く執着する「貪愛」(トンアイ)とか、ひとあしらいを「人愛」(ニンアイ)とか、特別に愛することを「嬖愛」(ヘイアイ)と言うそうで、訳が分からなくなる。002_8

 要するに、人類は(東洋人だけかも?)愛については欲張りで、幅広い表現で本質を探ろうとしたのではなかろうか?(何でもないことをわざわざ難しくしているみたい????)

 関係なくなった愛もあるが、棺おけに入るまで、愛し愛される人間でいたい。

2007年5月23日 (水)

別れの言葉

葬儀に行った、亡くなったのは日本舞踊のお師匠さんのご主人、急だった。

 

  お師匠さんとは、15年以上のお付き合いで、発表会のビデオ撮影を引き受けている。去年と今年はご主人に撮影助手をしてもらって大いに助かった。ご主人は、大企業の役付きで海外を飛び回っていた経験を生かし、思い切り第二の人生を楽しんでいるようにお見受けした。しかし、ガンに侵された肝臓は徐々に命を蝕んでいて、繰り返し辛い治療に耐えておられたようだ。

出棺に当たり、遺族を代表し、脳神経外科のドクターであるご長男が挨拶された。久々に感動したので略記する。

「父は非常に几帳面で、緻密な計画をたて予定通り実行に移すタイプでした。旅行の時も、出発の2時間前に行って待つ慎重さがありました。でも、病の進行を自覚し、望むことは躊躇せず行動に移しました。昨年末、香港への家族旅行を提案したら、早速、用紙3枚の旅行計画がファックスされてきて実現しました。

出発の時、私が遅くなっても、ニコニコしながら搭乗口で父は待っていて呉れました。帰国時、今度は父が行方不明になりました。大騒ぎして探しましたが見付かりません。出発時間が迫り、仕方なくゲートに行くと、搭乗口に父が笑顔で待っていました。

土曜日に腹痛を訴えて入院した父は、今度は探しても見付からない行方不明になりました。私は、これで、辛い治療はしなくてもよくなったと、話しかけました。父は、あちらでニコニコしながら待っていてくれるでしょう。

あまり話が長くなると、予定が遅れると父に叱られそうなので、これで終わります。皆様お参りくださいまして有難うございました。」

沢山のお弟子さんを抱えている奥様は、お稽古のスケジュールをやりくりし、ご主人と、観光や治療に国内外の旅をされたそうだ。

「何で死んだ?」「どんな死に方ができた?」より「死ぬまで、どんな生き方をした?」を意識する葬儀だった。

2007年5月22日 (火)

最後の理事会

 民生委員を定年で辞める前に、地域の保育園の理事を勤めるように園長先生から頼まれた。

 この園長先生、クリスチャンであるが全然、宗教家らしくない。市の保育園長会の会長を務めているが全然、大物らしくない。権力的なものがお好きでないし、実力の無い権威は(力が無かったら権威ではないが・・・エセ権威)バカにするし、枠にはまったことがお嫌いだ。

 私より二歳お若いが、私は不思議と園長先生の頼みに逆らえない。

「民生委員ももう直ぐ辞めるし、無位無官、肩書きありませんよ、理事は、それでもいいんですか?」「そんなもん関係ありません、やってください」と、事の運びは簡単だった。

 理事会といっても、年に4回程度の会議に出席するだけ、提案される予算案や決算報告は、難しくて完全理解はほど遠い。でも、少子化にもかかわらず、人口密集地帯から離れた場所に園があるにもかかわらず。毎年定員オーバーで財政状況は極めて健全だ。経営も順調なので何時の会議もスムースに終了する。

 「入れ物より人が大切」を実証するみたいな保育園で、スタッフの定着率は良いし、何よりもボスの人柄が良い。

 ところが、2年前に副園長をしておられた奥様を亡くされた。ベストパートナーを失った園長先生は、病気もあって心身ともに弱られ、園長をお婿さんに譲られた。

 私も4年勤めた理事を退くことにして、本日は最後の理事会に出席した。一時、歩けないほど弱られた元園長先生が、今日は人が変わった様に元気な姿を見せられて安心した。

 会議は毎回和気藹々、議案よりも保育全般とか世相が反映する子供の姿とか、脱線して、理事のプライベートなことまで話題が集中する楽しい理事会だった。

 無関係になるのが残念で、「園の行事の記録ビデオが必要なら声をかけてください。」と、得意分野で貢献したいと約束をして帰った。

2007年5月21日 (月)

ギャップ

 最近は、欠かさず書いている5年日記と、ブログ記事とのギャップが大きくなっている。

 昨日の日記には次のように書いた。

 「2007/5/20(日)晴れ気温下がる。 朝、フレンチトーストを作って食べる。人質立てこもり犯人が捕まったが、警官1人死亡、1人重傷、長時間説得の末だ。アメリカなら簡単にスナイパーが片付けただろう。犯罪抑止力はアメリカの勝ちではないか?阪神3連勝行ったり来たり。久しぶりに庭にネコが糞をしていた、ちょっと油断するとこの様だ。昼はパスタ、簡単味付けが旨い。アプローチの草刈り、ゴミ袋4つ玄関まで堂々の道となる」

001_8  少ないスペースに書く日記だから、そのままでは通じない。ナマ日記はブログに載せたくないし、特に昨日は愛知たてこもり事件の記述が自分で釈然としないので別記事にした。

 日本では逮捕された容疑者の人権侵害が時々話題になるが、凶悪犯人逮捕に人権が尊重され過ぎないか?アメリカやロシアではテロは勿論、犯人を情け容赦なく射殺する映像等が公開され、それが犯罪抑止力を高めると公言する。犯罪発生率から考えて素直に受け取れないが、日本の凶暴な現行犯人が人を簡単に殺しても自分の命を補償され、幸せなことは間違いない。

 ギャップの生まれる訳の二つ目は訪問者への色目。最近、毎日50件近いアクセスが続いている。これだけマイブログに来てもらえると、生来の旺盛なサービス精神がムクムクと・・・唯の日記では申し訳なく、読み手本位の投稿をし始めた。

 仕方がない、へたばるまで二足の草鞋を履いて突っ走ろう。

 

2007年5月20日 (日)

疑問・四苦八苦

007_1 005_2 モコさんのコメントで推奨されていた、大阪中之島バラ園でのスナップ。狙いは誰もが一緒、カメラ持参の人にモテモテのバラ達。

 今夜は、実のところ、気温が高かったらビールをテーマにしたかったし、最近ヤケに新聞広告の多い海外旅行についても書きたかったが、気が乗らない。

 四苦八苦とまで悩まないが、窮余の策で5日ほど前ふと浮かんだ疑問を書くことにした。

 「四苦八苦」の四苦は「生老病死」だと知っているが、老病死の3苦は解っても、なぜ「生」が苦なのか引っかかった。調べたら、色々あった。

 生きている限り、老い病み死ぬ苦しみから逃れられないから・・・・

 生まれ生を受けるのに、自分に選択権がないから・・・・・

 人間は、何故生きているのかという疑問をもち続けるから・・・・

 どれも、正しいようで否定できないが、納得できない。生が楽とは思わないが生きていく限り喜び楽しみがある。

 どなたか宗教音痴の私に納得できる説教をコメントしてもらえれば有難い。

 現在は四苦を五苦にして「婚」も入れる不信心者が多いのではないか?

 八苦の残りの四苦は難しい。「愛別離」「怨憎会」「求不得」「五陰盛」

 字で想像がつくのは前の三つ、最後のは説明を読んでもお手上げだった。

 そこで、今時の四苦を考えた。「財・災・汚・情」

 金は無かったら勿論、有り過ぎても苦にならないか?

 天災だけでなく、人災も負けず劣らず恐ろしい。

 環境汚染だが、古今東西普遍的な汚職も苦の種だ。

 情念ではない。情報に振り回される現代社会は格差も生む。

 以上、仏罰が当たりませんように・・・・・・・

2007年5月19日 (土)

オムライス

 貰ったチケット「ベルギー王立美術館展」の有効期限が迫ったので、大阪中之島・国立国際美術館へ出かけた。目的はもう一つあった。中之島倶楽部で「オムライス」を食べること!

 初めての道は、道のりが遠く時間もかかる気がする。2回目からはそれ程でもない。食べ物も、美味しさに最初は感激しても2回目は期待外れが多い。気に入ったレストランのリピートはするが、同じ品を繰り返し注文するのは稀だろう。

001_6  中之島倶楽部の「オムライス」は、どうしてももう一度食べたかった。何しろ、1日限定200食で、お昼に行列ができる。前回は1時間近く待たされた。これだけ人気があるのに、このレストランは客の回転率を高めて儲けようという気が全くない。長く待っても、ゆったりのんびり食事が楽しめる。

 11時半を少し回った頃にドアを開けた。「何分待ち?」とウエイターに聞いたら。「どうぞ!」と席に案内された。「エ~~ッ。ラッキー」待ち無しの滑り込みだ。(5分もたたない内に廊下は行列で一杯になった)

 やはり、最初の衝撃はなかった。しかし、独特の香りがするソースを一匙ずつからませ、食べ初めから終わりまで、味に緩みがなく満足した。オニオンスープがついて、680円は安いと思う。このソースを使った他のランチメニューを今度は注文したい。

 「ベルギー王立美術館展」は、先日のエルミタージュより、近くでゆっくり見えて、展覧会で人でなく絵画を鑑賞をした気分になれた。知っているのはブリューゲル・ルーベンス・ドラクロアぐらいで17~19世紀の馴染みのない画家ばかりだ。この頃の作品は作家による特徴が捉えにくくモチーフが違うだけで同じに見える。でも、目の保養には充分だった。

 

2007年5月18日 (金)

盲導犬ナッチ

 朗読ボランティア仲間Sachikoさんから、メールが入った。盲導犬ナッチのホームページが開設された知らせだ。

 私がナッチに初めて会ったのは一昨年である。視覚障害者の方との交流会でボーリングをした時、ナッチがお母さん(飼い主のMさん)と参加した。

 どこのボーリング場でもそうだと思うが、目の不自由な方がプレーする時は、レーンの両脇の板が上がって、ガターが無くなる。だから、全盲の方も普通にゲームが楽しめる。ナッチも土足のままボーリング場に入り、お母さんのゲームにお付き合いした。

 初対面のナッチは盲導犬らしくないヤンチャな子だった。お母さんが座って投球待ちをしている間は、大人しく足元で腹這いになっているが、お母さんが立って投球体勢にはいると、たちまち動き回わり、私の靴を咥えて遊んだりする。好奇心極めて旺盛、全身から若さをふりまく若者だった。ただし、ボーリングが終わり、レストランで会食となると、さすがに訓練の成果が現れた。美味しそうな匂いの中、テーブル陰で身動きもしなかった。

 ナッチにはその後1・2度しか会っていない。Sachikoさんに教えてもらったURLにアクセスした。トップに現れたナッチの写真は、記憶にあるナッチより数段落ち着き大人っぽくなっている、懐かしかった。

 ナッチのお母さんMさんに、Sachikoさんから連絡してもらい、URLを公開しても良いとの許可をもらった。世の多くの人に盲導犬への理解を深めてもらえたらHP開設の努力が報われるとのこと。更新は頻繁にできないそうだが、時々訪問されるようお勧めする。

URLhttp://space.geocities.jp/linkyesnoyes/natti-folder/natti-home.html

2007年5月17日 (木)

趣味の違い

 完成した離れの部屋は、今のところ美しい。新しいからでない、畳やサッシの1部は古いものをそのまま使っている。要するに何も置いていないモデルハウス的だからだ。

 前に書いたように、離れに飾る絵は私の一存で決めた。とに角、私001_5 はシンプルにしたい。絵は、玄関・廊下に1枚ずつと、仏壇の横に観音菩薩の油彩1枚にした。

 私の育った家では、掛け軸、置物等部屋を飾るものは、季節に合わせて父親が納屋から出してきた。小学生の私も父親から伝授されて掛け軸の掛け方、仕舞い方を覚えた。飾り物は、最小限度にし、変化させるのは当然と思っていた。

002_7  家を飾るのに、夫婦で全く趣味が違う。居間にある現在は飾り棚と化したピアノの上は、旅の土産を中心に、玉石混淆で所狭しと置いてある。私の趣味と違って、オーバーデコレーションがお好きである。飾り立てるのはヨーロッパの聖堂や、宮殿で見せつけられたが、あちらは全て高級品で統一されているから、好き嫌いを超越し圧倒されて言葉も出ない。

 カミサンと趣味の違いで、要らんトラブルを起こしたくないから、黙っているが、願わくは、調度品が3分の1になった家に住みたい。

2007年5月16日 (水)

口の中だけでもサッパリと

 カットンからのコメントに応える意味で、高校生の親殺しにも触れたいが、何ともおぞましい事件なのでキーボードを叩くのが億劫だ。

 親の子殺しも珍しくない当世だから、かつては重罪だった親殺しも、普通の人殺しと変わらないのだろうが、訳の分からない殺され方は親も浮かばれまい。

 殺人者は相手が知り合いであったり縁続きの者だったら、死体fが見えない(死人から自分が見られない)ように何かを被せると聞いたことがある。自分の犯した罪の意識がそうさせるのだろう?

 肉親の死体を毀損するに至っては、常識の埒外だ。この若者は精神鑑定で異常と判定される可能性が高いだろう。どうして罪を償うか?澱の残る話であ001_4る。

 通っている歯科医から渡される知らせで、一生懸命歯を磨いて行くのに、殆どの歯に「磨き不足」の印がついている。歯ブラシを豚毛のにしたり、 固い毛で小さいのにしても、効き目がない。一昨日、遂に電動歯ブラシを購入した。

 一晩充電し、今朝から使い始めたが快適である。超音波電動歯ブラシとかで、軽く歯茎に当てるだけで汚れが落ちていくのを感じる。ゴシゴシともカシャカシャともお別れだ。ビーンという軽い音をたて歯磨きがすんでしまう。終わった後、舌先で歯を舐め今までにないツルツル感に満足している、口の中だけでもサッパリしたい。

 安売り歯ブラシ50本分の出費だが、これで残っている歯の寿命が延びたら惜しくはない。

2007年5月15日 (火)

またかい!

 朝のテレビニュースを見ながら又頭に血がのぼった。全国はちみつ公正取引協議会という、公正取引委員会から大勢天下っている社団法人が、混ぜ物をした蜂蜜に純粋の証紙を貼らせて儲けていたという話だ。各業者が製造する蜂蜜の品質検査をし、問題があっても公取委に報告しないで、結果的に消費者を騙していた。

 食品の混ぜ物で、過去に森永砒素ミルク事件や、カネミ油症事件のように毒物の混入で、消費者を殺したり障害者にした悪質な例があるから、まだ、糖分を水増ししたのに「純粋」の表示をするぐらいは罪が軽いといえばいえる、腹が立つのは、間接的にせよ公正取引委員会がかかわっていることだ。「ブルータスお前もか!」と言いたくなる。

 1961年、私は「石の王子」という児童劇の脚本を書いた。動機は当時の首相池田勇人の「私は嘘は申しません」という国会での言葉である。嘘をつ001_3 かない人間は果たしてあるのだろうか?

 文武に優れた王子が、神の国の神聖な果物を手に入れようとし、神の怒りに触れて石にされてしまう。一人残った実直な家来ヨハンは、王子を助ける方法を神に問う。神は、嘘をつかない人間に撫でさせると王子は生き返ると、嘘をつかない人間に出会うまで眠らないフクロウと吠えない犬をヨハンに与える。

 ヨハンは世界各国を旅して、嘘をつかない人を探す。エイプリルフールで騙されたり、選挙運動の候補者の嘘を見破ったり、回復不可能の患者に嘘で喜ばす医師にであったりの旅を続ける、中国では、上等の牛肉だよと、安い鯨肉を売りつける行商人に出会ったりする。この話は実話で、牛肉の大和煮の缶詰に鯨肉が混入されていたニュースをヒントにした。

 結局、見付からず王子の元に戻ったヨハンが「正直者は一杯いたけれど嘘をつかない人間はいません」と報告する。神はヨハンこそ嘘をつかない唯一の人間だと宣告し、王子を助けることができた。

 もう、半世紀近く前に書いた本なのに、はちみつ事件を見て思い出し引っ張り出してきた。

 現在でも生きているように懐かしいのは、悲しむべきなのか?喜ぶべきなのか?

2007年5月14日 (月)

私権について私見

 北京は今大変な状況らしい。13日の新聞に、「立ち退き拒否住民狙い、次々と・・謎の集団住宅破壊」の見出しで市街地再開発の障害になる住民の私権が侵されている様子が報道された。

 謎の多い中国だから、ゴネ得したい住民が無理難題を吹っかけて居座ったのかもしれない。行政が充分な説明を果たさずに強制執行的方法を業者に委任したのかも知れない。

 ただ、中国の場合、土地は当局(国家)のもの、開発業者が資金を出し当局との共同作業で都市の開発が進められているそうだから、突然市民を家から引きずり出し、家を破壊して更地にしてしまう謎の暴力集団は、当局(北京市→国家)の都合よさに協力しているのは言うまでもない。

 省みて日本は幸せだと思う、バブルの頃は悪徳不動産屋によって中国とよく似た事件も起こったが、現在、こんな乱暴な仕打ちを、所有権だけでなく、環境権・自由権も含めて受ける市民は、ほんの一部だろう。一応、私権を大切にする民主国家となっている。

 でも、たった60数年前、都市の空爆被害を少なくする政府のとった政策、強制疎開を私は忘れない。

 京都市の五条通・御池通・堀川通などは、強制疎開跡地が、広い道路となり、渋滞緩和に役立っている。しかし、当時、微々たる保証金で、住み慣れた家を破壊され追い出された家族の涙の所産であるのを忘れていない。

 今の日本が極楽に見えるのは、見えていないからかも?国のためなら私を捨てよと言われないかと、子供時代に滅私奉公で洗脳された私は、チョッとしたことでも、他国のことでも怖ろしい。

母の日・ハアハア

 母の日の起源は調べても諸説紛々だ。17世紀のイギリスであったり、南北戦争終了直後のアメリカで「子供達を戦場に送らない」母の宣言であったりする。

 定説となるのは、1907年のアメリカで、アンナ・ジャービスが教会で催した母を偲ぶ会が発展して、1914年に母の日を5月の第2日曜日に制定されたことだ。

 いずれにしても、世界中で記念日として定着しているらしい。カーネーションはアンナ・ジャービスの母が好きだったのが理由で、バレンタインデーのチョコレートのように業者の陰謀めいていない。

 昨日、完成した離れを見がてら、母の日のプレゼントをもって行くと2女と3女から電話があった。母の日に炊事で手を煩わすのは申し訳ないと、出前の寿司を注文してくれた。これは母より父への配慮だが、大食いの旦那が付いて来るので「鶏の炊き込みご飯」と「酢蛸のキュウリもみ」と「卵と若布の吸い物」を作っておいた。

015  騒音と縁のなかった我が家が、誰が誰に、誰と誰が話をしているのか分からない甲高い声に満たされた。その喧騒の中で2女がプレゼントを貰って喜ぶ母のスケッチをする。(本物はもっと若い)旦那と私は阪神の試合経過が心配で気もそぞろ・・・RYOは私のビデオカメラで騒ぎを撮る、YUは普段と変わらず新しいトイレでウンコを2回する。

 バラバラで過ごしていてはRYOとYUが満足しないので、トランプゲームを皆でして、お開きになった。

 4連勝したタイガースのスポーツニュースを見ながら、ブログへの投稿。

 ハアハア息の切れる母の日だった。

2007年5月12日 (土)

極楽往生と淋しい絵

 近所で葬儀があった。亡くなったのは89歳の女性、縁者が有力者でも有名人でもない、普通のお婆さんである。

 昨夜のお通夜には、粗供養の追加が要る程弔問客が押し寄せた。地域の誰もが知っていた女性だった。

 老人会の行事は欠かさず出席。社会福祉協議会の研修会や自治会主催の「ふれあいサロン」にもよく顔を出しておられた。私の知る限りでも、ご詠歌・シルバーコーラス・ハーモニカ・詩吟・短歌などのクラブに所属し楽しんでおられた。

 聞くところによると、老人会のカラオケクラブの会場で、皆さんと一緒に、1杯のビールを飲んで、好きな曲を1曲歌って、そのまま逝かれたそうだ。

 周囲は驚いたが、ご本人は絵に描いたような「極楽往生」である。身内の話で申し訳ないが、親父も、私達男兄弟3人と、家庭麻雀の最中に脳溢血で倒れ、意識を取り戻さずに絶命した。当時は心残りが多かったが、今になると羨ましい死に様である。

 ポジティブに生き抜いた者は、死に際が見事なのかも知れない。

 告別式の後、独りで京都へ電車で出かけた。目的地は教え子から案内状003_1が届いた汎具象会員小品展、寺町御池を下がったギャラリーだった。

  彼女のモチーフは、数十年前から中東等アジアの風景だ。久しぶりに接した小品だったが、初見で淋しさを感じた。「山をながめて」の題名をあらわす赤い服の女の子?の後姿から孤独が見える。手紙を書いて近況を尋ねることにしよう。

2007年5月11日 (金)

久しぶりだよ2連勝

 ブログに採り上げるのを控えていた。私は大方の関西人がそうであるように、阪神ファンである。かなり若い時分からファンだった。学生時代の友人に途轍もないトラキチがいて、阪神が優勝するまで結婚しないと宣言したので、応援の意味でファンになった。

 阪神は1964年(昭和39年)以来、優勝に縁がなかった。彼は待ちきれず結婚したが、私の阪神好きは彼の結婚と共に終わることがなく続いている。

 私の好きだった阪神は、不思議なチームだった。負けても負けてもファンが甲子園に詰めかけた。弱いようでも球史に残る名選手を出している。江夏・村山・田淵など、個性が強すぎて他のチームでは、居場所がない選手が、誰も真似のできない活躍をしながら負けを積み上げていた。

 阪神ファンは判官贔屓といえるし、マゾヒストともいえる。優勝を諦めても阪神というチームを諦めなかった。だから、1985年(昭和60年)21年ぶりに優勝した時は、関西の至る所でお祭り現象が何日も続いた。

 酒の飲めない私も、夜の街に繰り出して友人と祝杯を上げたが、見知らぬ友達の輪が広がって誰とでも抱き合い肩を組み六甲おろしを歌っていた。今もって、その時の酒代を誰が出したのか分からない。

 それから次の優勝まで18年かかった。私も年をとってしまって控え目のお祝いしかできなかった。2005年(平成17年)にも、リーグ優勝し、阪神の強さが定着したかに見えた。昨年度は2位になったが、それなりの強い猛虎の試合をしていた。

 それが、どうした!だらしのない9連敗するチームに成り下がってしまった。奇跡が起こっても、チャンピオンフラッグは手にできないだろう。しかし、昨日今日と連勝しただけで有頂天になる。

 今年もチャンスがあれば、声が嗄れても、筋肉痛で立てなくなっても、甲子園の外野席から応援したい私である。

2007年5月10日 (木)

久しぶり京都へ車で、

 京都市内へ車を走らせた、久しぶりだった。

 用事が3つ、先ず、大エルミタージュ美術館展を見に行く。悪天候で人が少ないと思ったが甘かった、ほとんどの作品は頭越しにしか見られない。印象派以前のが多く、細密で、綺麗で、上手で、空気まで描かれていて、100インチのハイビジョンテレビ画面を見ているようだった。歴史画的興味で人に邪魔されず2~3点でいいからゆっくり眺めて居たかった。

 期待のピカソ・モネ・マティス・ローランサン等、お馴染みの作家のは不思議と印象の薄い作品だった。ただ、ゴーギャンとヴァラマンクとシスレーの前では釘付けになった。

 003次は、出町で豆餅と巻き寿司と漬物を買う。たかが餅菓子と侮れない、「ふたば」というこの店で、行列に並ばずに買うことは出来ない。餅と餡の旨さは勿論だが、黒く見える豆はエンドウ豆、その香りが格別で他では味わえない。

 漬物は観光客に名が売れていなくても、地元で有名な「田辺宗」で買った。

 買った品々を手土産に、兄嫁の見舞いに行った。家で療養しているが末期の癌である、膵臓ガンの手術をして2年以上経過したがタフな精神を武器に開き直って生きている、兄の方が疲れ気味だ。不肖わたくし人の気持ちを明るくする自信がある、横になっている義姉の脇に座って、散々笑わせた。「ネエさんよりズット若いけどね」と断って、もみじさんの話もした。

 最後の用は、市会議員に当選した義弟へお祝いの品だ。義弟が我が家のコーヒーカップに興味をもっていたので、同じような品を贈り物にした。熱にも紫外線にも強く、食洗機にかけてもOKという漆器である。この器を扱っている数少ない店「なちや」で調達して、久しぶりの車外出が終わった。

 人の多すぎるのは馴染まないが、やはり京都は魅力的だ。

2007年5月 9日 (水)

立場を変えれば・・

 最初、馴染めなかった新しいトイレに負けた、古い方を窮屈と感じる。とに角広いのは気分がいい。そう言えば、有名な日本画家「榊原紫峰」の邸宅で、客用トイレを覗いたことがある、3畳の畳の間で中央に用を足す所が切ってあった、香炉から紫煙が立ち昇っていた。

 4月27日に書いた「何もそこまで」の便器に対する気持ちは変わらない。自動化は、ものぐさを許す、ボケてもフォローすると、機械にからかわれているようだ。

 しかし、需要があるから、こうした製品が供給されるのだろう。立場を変えてみなければ、今の私の感想は一方的である。

002_6  広さや、自動化された便器への過保護意識は、身体の自由が利き自分で用が足せる立場の感想だ。

 補助具を使う立場になれば・・・・・? 有難い!と思うだろう。車椅子を横付けできる広さに感謝するだろう。でも、残っている筋力や気力に影響しないか心配するに違いない。

 要介護になった自分でなく、自分が介護する立場になって考えたら霧が晴れた。

 ゆとりのスペースは複数で世話出来る、自動的に動いてくれる便器は介護者1人分の働きをするだろう。このトイレ、介護者の強い味方だとやっと気がついた。

 簡単なようで、立場を変えるのは難しい。己に対し無理解だと他を非難するのは身勝手かもね。

2007年5月 8日 (火)

見学で企業間競争を・・

 8日は「ふれあいサロン」、地域住民が交流し親睦を図る行事である。

 今回はサービスステーションに申し込んで、大阪ガスの、見て・触れて・005_1 体感できるショールーム『DILIPA』へ行った。

 往復のバス料金、ガス製品の紹介、ガス調理器を使った調理実習と試食、お土産までつけて無料である。厚かましく頼んだ、もう1箇所『コカコーラ工場』の見学もバスで案内してくれた。

 家庭用エネルギーは電気とガスで熾烈な競争をしているが、コスト面で優位だったガスが最近は分が悪くなっている、巻き返しをねらっての宣伝がかなりムキツケだった。

 それにしても、人件費の高い時節にショールームに勤務する女子社員の011 多いこと!調理実習では料理の先生2人とアシスタント5~6名までが加わって見学者の世話をする。正に至れり尽くせりだが、私のように既にオール電化にしている者はチョッと気がひける。それを、打ち消してくれたのは、電気に対しガスが優位だと繰り返えす宣伝文句だ。優位性だけなら我慢もするが、IH調理器の電磁波や過熱の不安を強調されると満足して使っている者にとっては「ホットイテンカ」となる。

 毎日の見学者に、少なからぬ宣伝費をかけても、TV番組1本のスポンサーになるよりは、ずっと少ないだろう。いずれにしても、強大なライバルがある企業間競争が、如何に大変かを垣間見る見学になった。

 もう1ヶ所の『近畿コカ・コーラボトリング』は、ゆとりがみられた。強力なライバルはペプシしかないと見縊っているのだろうか?世界的大企業の自負だろうか?

 会社の歴史とか、如何に良質な製品を消費者に届けているかを原材料や製造過程で説明するとか、地球環境保全の貢献を強調し、宣伝臭がなくスマートだった。

 でも、町の至る所に設置されているコカコーラ社の自動販売機がどれだけ電力を消費し、リサイクルはされるとしてもアルミやスチール缶の浪費には弁明の言葉はなかったように思う。

 企業も私みたいな根性の悪い消費者に見学させて元をとるのは容易ではない。

 

2007年5月 7日 (月)

創りだす

 宮崎駿監督の新作「崖の上のポニョ」が生み出されるまでのドギュメンタリーで感銘を受けた。そのことは5日のブログに載せたが、TV番組トップランナーを見て「劇団一人」の言葉に共通点を見付けた。

 「1を100にするのは、ある程度経験や技術があったらできるんですよ。難しいのは0から1にすることで、これで苦しむんです。100メモして1つ使えるかどうかですね」・・・正確ではないがこんな言葉だった。

 豊かな才能をもった人ですら創造の苦労は計り知れないものがある。平凡な私など真似しようもないが、新しいものを創りたい、新しいことに挑戦したいという気持ちだけは持ち続け生きている。

 「人に笑われないようにと思うなら、偉い人の真似をしたらよい。でも、こんなことしていたら生きる喜びなんかないぞ。下手でも格好が悪くても自分で創れ、その方が笑われても楽しいぞ。」

 尊敬してやまない先輩の言葉だ。こんな言葉に囲まれて過ごした学校があった。学芸会の劇は担任の教師が脚本を書く!職員会で決めるような学校だった。柔らかで吸収できる心をもった時代に勤務できた幸運を今も感謝している。

 さて、家の工事も終結しそうだし、私も卵を孵化させようかな。「感動独り合点」羽化した名前は決まっている。問題は体力と集中力、残量がどれだけあるか?

表現された顔

 離れの部屋に飾り付けを始めた、私の役目は絵を飾ること。

 先ず仏壇の横の壁の所に、油絵の仏画観音菩薩を掛けた。作者は、行動美術の会員だった西田秀雄先生。児童画の大家で教師としても超一流、最後まで現場から離れなかった私の大先輩だ。

 北の窓際には、フィレンツェで買ってきた水彩画を掛けた。 ウフィツィ美術館を出たところで、画学生と思われる女性から額縁より安い値段で手に入れた。フィレンツェの町を描いてあって私のお気に入りの1枚だ。

 玄関の入ったところの絵に迷ったが、写真の絵にした。RYOが古いカレン001_2 ダーの裏に書きなぐっていった不思議な絵だ。耳が大きいし私かRYOの自画像かとも思ったが、髪の毛が長いから母親かもしれない。何時も怒られているから笑っているようには見えない。目の上に赤い線を入れたのは心の内が出ているのだろうか?

 ただ、この絵は暗くない。「いらっしゃいませ、どなた?」と喋りそうだから玄関に掛けることにした。

 西田先生から聞いたことがある、「児童が描いた顔の目の位置で、その子の精神状態が分かる、真ん中より上にあれば明るくのびのび。下に目を描く子は暗くストレスが溜まっている。」と・・・・

 確かにRYOはストレスとは無縁だが、周りをストレスだらけにする天才である。

2007年5月 5日 (土)

こどもの日は休養日

 ここ数年、ゴールデンウィークは滋賀からRYOやYUが親と一緒に泊りがけで来ていたので、こどもの日は孫の日で、息をつく間もなかった。

 今年は離れの普請のお陰で、孫も子も寄り付かず、静かな静かな一日となった。

 静か過ぎが影響したのか、カミサンが体調を崩してグズグズ寝起きが悪かった。そこで家の片付けは一服することに・・・

 ここぞとばかり録画してある番組を立て続けに見てしまう。中でも3月27日に放映されたNHK番組「プロフェッショナル・宮崎駿」は見終わって消すのが勿体なく、DVD-Rに焼くことにした。

 天才が脂汗を流して創造する姿や、その過程で口にする言葉は、あまりにも重く居住いを正したくなる。このように大勢が苦闘して創造した作品を、シルバー料金1000円で観賞していいのかと思ってしまう。

 去年の今頃、手書きの画像をワープロ文章に挿入したくなり、タブレットをPhoto_8購入したが、写真の合成にはまってしまった。貝の炭火焼を豚の丸焼きに変えたり、カタツムリの変種トンツムリを作ったりした。

 Photo 今、タブレットはほこりを被っている。私の欲深さと移り気の犠牲になったといえる。

 限界を口にしながら映画作りを続ける天才、宮崎監督の執念の10億分の1でもあれば。タブレットは私の 作業台の上でピカピカしているだろう。

2007年5月 4日 (金)

ブログ訪問

 私のブログ「ダンボ独り言」も、5月2日で6ヶ月を超えた。よく毎日書くことがあって続くもんだ!とボランティア仲間に言われるが、別にネタに困ることはない。それよりも、日記にこだわり、ストックしてある書きたい事を控えるのが頻繁にある。

 「ダンボ独り言」6ヶ月間のアクセス総数は、6031回。1日平均32.78回だが、ご多分に洩れず、開設当初から徐々に減っている。それでも、リピート率は約10%で、有難いことに毎日アクセスしてくださる固定客が3人とあって驚く。

 アクセス地域は全国を網羅しているようだ、何処からURLを見つけてアクセスされるのか不思議だが、Googleで検索したら「ダンボ独り言」が、東京都知事選の記事で共産党や民主党のサイトに引っ掛かっているのだから、驚くことはないのかも・・・・・?

 私が、2日と間を空けずアクセスするブログがある。「もみじの日々」と「きっこのブログ」「てんとうむし幼児園の園長ブログ」だ。

 もみじさんには、コメントを入れたりコメントが返ってきたり。京都の住人より京都通と思える関東圏の方。過去の旅行も京都があり。最近も京都滞在旅行を堪能された。ほんのりユーモアで味付けされた文に惹かれてアクセスする。

 「きっこのブログ」は、人気ランキンブログ見つけた。このブログ、アクセスするには覚悟が要る。時間のゆとりがなかったら読み通すのに苦労する。右手1本で発信し続けているとあるが、ブログのプロ?だろう、何しろ、週間IN(意味不明)162,540。週刊OUT201,950と出ている、想像を絶する数字だ。ストレス溜まった時は最高だ「アベシンゾウでなくアベネツゾウだ」と、小気味よく切りまくる。

 「園長ブログ」は、何時も元気一杯、子供が自然な子供らしい環境で保育されている様子は、RYOやYUの姿とダブって楽しい。

 お客さんの訪問も、お気に入りの訪問も毎日欠けることのないブログである。

ケアノート

 今朝の新聞で、河瀬直美さんの「ケアノート」の連載が終わった。このコラムは、著名人の在宅介護体験記で、自分の家族の介護が如何に大変かの告白であり、自らも成長し変化する軌跡であり、介護環境の問題点など生々しく書かれてあって、欠かさず読んでいた。

 我が子達の世話をすることはあっても、世話してもらっていない今の状態が何時逆転するか分からない。その時に介護体験記を読んでおいたら、世話人へ感謝の気持ちを忘れないように思う。

 河瀬さん(気安く書いているが、数々の映画賞を獲っている才女)は、心身ともにつらかった妊娠中、92歳の認知症の養母に対し「今、頭をどついたら、すべてが終わる」という思いを抱き、被介護者を殺す悲劇に理解を示していた。

 監督業という激務をこなしながら、在宅介護を続けられるのは、隠さないで大変だという信号を発し、キャッチした家族や友人スタッフに助けてもらう。サービス業者にも遠慮しないで要望すると書かれている。

 介護を取り巻く状況は成熟し、現場の人は心優しく必死で頑張っている。でも、事業所でサービスの質の格差があり、質のいいサービスを提供する所が繁盛する仕組みが望まれるとある。

 民生委員をしていた時、制度の改革で「措置から契約」となり、福祉サービスの利用者が事業所を選択し契約すと変わった筈なのに、解せない言葉だった。

 いずれにしても、殺意をもって介護される老人になりたくない。ポックリ寺へ参詣するのも抵抗がある。とに角、生きていると自信満々にならず、生かしてもらっている感謝を忘れないようにしよう。

 先日、近所の医師O先生に尋ねた、「大動脈瘤が破裂したら苦しんで死にますか?」「大きく破れたら苦しいとか何とか感じる暇ないでしょう」

 ポックリ寺の仏さんより、現実的なご宣託があった。

2007年5月 2日 (水)

連休無縁

 大連休らしい。らしいと書くほど私の日常生活は変わらない。

 朝起きて仏壇にお茶とお水を上げる。仏壇は学校児童の安全を祈るため、管理職になった時買った。今は、先ず孫の息災を祈願する、後は身内、世間の心配事の順。願い事が多すぎて厚かましいから、自分の事では手をあわさない。

 食パンにチーズを載せて焼く、コーヒーを淹れても、つれあいが起きてこなかったら、一人で食べる。

 次にメールチェック。ブログにコメントが入っていたら、メールで知らせがあるので楽しみにしている。

 今のところ、家の片づけが日課である。母屋の部屋を占拠していた離れの007品々を元に戻す。この際、半分以上捨てたいが、ままならない。我が家には、娘達が結婚前に使っていた物、息子や娘達が下宿先から持って帰った物、同居していた娘家族の残した物が山ほど雑多に保存されている。それに、祖父母の分が加わるのだから、ノミの市が立つ。

 老人会会費を集める、集金先も連休に縁がなさそう。在宅していて半日で済んだ。

 連休中は外出したいと、全く思わない。好きに動くのに多い人出は抵抗勢力になり楽しみが半減する。

 こうしてブログに投稿して今日は終わり。おやすみなさい。

 

 

2007年5月 1日 (火)

情報センター

 携帯を持つまでは、高齢者の大半と同じ意見だった。「無くても困らない・面倒で操作が難しい・落としたら困る・わざわざ電話を持ち歩かなくても用は足りる、・・・etc 」

 何よりも自由が欲しい身は、携帯で縛られるといった偏見があった。

 携帯を東京の若者は生活必需品の2番目にあげた(1/26の記事)そうだが、そこまでいかなくても、今の私には無くては困る道具になっている。

 電話よりメールが多い。3年前ボランティアグループの代表をした時、役員になった熟女7名の内、メールアドレスを6人がもっていて、連絡はもっぱらメールに頼り重宝した。失敗もある、メールに夢中で電車のシルバーシートでも入力していた。気がつくと周囲の若者から睨まれていた。

 スケジュール機能やメモ帳・アドレス帳は記憶する手間を省いてくれるし脳に余分な負担をかけない。内臓された計算機で、単価計算し利口な買い物ができる。

002_5  何よりもカメラである。その為にメモリーを増設できる機種にした。アルバムは孫達の写真が大半だが、特売の品の値札を撮影し、帰えってからインターネットで比較する。週刊誌を買わない私だが診療所の待合室では漁り読みする。今日も、17年の寿命が尽きるハッブル望遠鏡の記事があり興味があるので早速バ004_1 シャ!

  最初から深入りしなかったのはウェブの活用だ。気になるタイガースの試合経過を外出中に見るぐらいだったが、携帯からブログに投稿する方法も覚えたので少し広がった。

 携帯は私の頼りになる情報センターになった。

 同年輩から異星人を眺める眼差しを受けることはあるが、使えなくて持てないよりも、使えて持てるにこしたことはない!とうそぶいている。

 現代病にかかるのは何も若者だけと限らないのだ。

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