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2007年4月14日 (土)

選挙と民度

 民度とは?調べると次の説明があった。(一部省略)

 国民や住民の生活程度、また、経済力や文化の発達の程度。各論 として、立憲民主主義の下での主権者としての自覚の程度を意味する場合が多い。

 実際問題としては、アジア諸国に対するナショナリズムの裏返しとして、これらの国々の一部の人が馬鹿なことをしたときに、国民・民族をすべてひっくるめてバカにするための罵倒語として使われている。欧米人がいくら馬鹿なことをしても「民度が低い」という表現をわざわざ持ち出す人はいない。これはとりもなおさず「日本の文化的民度の低さ」を示していると、客観的視点から指摘されている。またそのように指摘することによって、高見から人を見下す際に、この単語を使ったりもする。(末尾はヤケに複雑になる)

 確かに「民度が低い」という使い方はしても「民度が高い」という褒め言葉はあまり使われていない。

 何故、冒頭から「民度」を持ち出したか?理由は選挙である。有権者が主権者としての自覚があるのか疑わしい事例があるからだ。

 東京都知事選挙で、訳の分からない候補者が大勢名乗りをあげた、流石に良識あるマスコミも無視したし、東京都民も面白半分にしか対応しなかった。首長選挙の候補者は、資格さえあれば自由に立候補できるとはいえ、それなりの資質の持ち主でなければならない。知識と教養を備えリーダーとしての識見や好ましい人格が覗えたら、もう立派なものである。

 見るからに聞くからにお粗末な候補者が居て、その候補者を擁立したら裏に何かカラクリがあるとしか思えない。あやつり人形が賢くて自分の意志をもって動いたら人形師が困る。そんな黒子の人形師の存在を、常識ある人間は疑ってしまう。

 府県市町村の顔になる人物を選ぶ選挙に、こんなことがまかり通っては自虐的な意味を込めて民度が低いと言ってしまう。

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