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2007年4月

2007年4月30日 (月)

未体験なら!

 読売新聞、芥川編集委員のコラムに目を惹くのがあった。哲学者池田晶子についてのエッセー「原点を指し続けた人」だ。

 中でも「有名になりたい欲」と「抗加齢」についての池田晶子の言葉に共感した。いや、そんな言い方は僭越だ、鋭い指摘に感服した。

 抗加齢の風潮について

 「生きるとは年をとること、老いること以外の何ものでもないのに老いを拒もうとする。老いを価値とできない人生なんて、苦しみでしかないだろう。自分は年をとるのがうれしい。若さと健康、老いと病、それぞれが経験であり、時間軸に沿って経験を積むことで人は賢くなり、人生は味わい深くなるのだ。」と述べているとあった。

 前半は、成る程ご尤もと素直に言葉が入ってきた。でも、後半に割り切れないものが混じっている。人は生涯、学習する生き物で、加齢と共に深まる自分を発見したらプラスを感じるが、生活者として心身にマイナス要素が増え続けると、ジタバタはしないが、年をとるのがうれしい!と積極的に思えない。

 意地悪く、池田晶子さんの現在の本音はどうか?と、ネットで調べたら、2007年に46歳というお年で亡くなっていた。

 才色兼備といわれる池田晶子さんも、老醜甚だしい顔を鏡で見続けたら、違う言葉が出てきたかもしれない。

 いやいや、哲学者は体験とか体感などは無関係に、原点を目指し本質をつく崇高な人種なんだ。

 また一つ賢くなった。生きていくのは面白い。

 「自然に老いればいい。人生はほっといても価値なのだ。」とも書いてあった。これにはサ・ン・セ・イ

 

2007年4月29日 (日)

たそがれ筋肉

 体中の筋肉が、不随意筋になったように重い。事の起こりは昨日、植木屋さんまがいの労働をしたことだ。

 離れの改築が一段落したら、今度はカーポートを取り替えた。古い下着も、勿体ないと捨てないカミサンが、ペンキを塗って屋根を換えたらまだ使えるのに言いなりだ。何しろ請け負う工務店の主がRやYの父親で末娘の婿だから、倹約意識が狂ってしまう。

 今迄よりひと回り大きく立派なカーポートに入れる車をカリーナからベンツにしようと提案したが、勿論無視された。

 次はフェンスとなった。30年の風雪に耐えた柵は汚いし危険でもある。問題はフェンス沿いに植わっている木だ。抜いて捨てるに忍びないボタン・サツキ・レンギョウを専門家に移植してもらえというのに、手配しないままフェンス工事に来た。

 結局、私が穴を掘り、土付きの植木を運び、たっぷり水をやりながら植えてみた、多分、50%は根付かないだろうと無駄な努力を自嘲しながら・・

 もっと、無駄なのはフェンスの工事に来た職人さんが、肝心の工事よりも植木に時間をとられて予定の半分も仕事ができなかったことだ。

 久しぶりの肉体労働で、体が疲労の固まりになった。情けないがこれが現実だ。週1回の気功体操で、筋肉を柔らかく強くしているが、少しずつでも毎日のトレーニングが如何に大切か骨身に沁みた。

2007年4月28日 (土)

恩讐の彼方に

 朝刊にブッシュ大統領と安部首相がにこやかに手を差し伸べている写真が載っていた。首脳会談で北朝鮮について日米連携を改めて確認したのだ。メデタシメデタシ・・・

 死んだ米原万里さんなら、日本はアメリカの属領だから安部が尻尾を振って恭順の意を表していると言うだろうが、私はそんな拗ねた見方はしない。日米の首脳が、野球をしたり、ニックネームで呼び合ったり、肩を抱き合ったり、ハネムーンの夫婦さながら仲の良い写真を何枚も見てきたから、ブッシュ・安部の関係はまだ淡白に映る。

 でも、62年前は、両者は不倶戴天の敵だった。同じ空の下では生きていないというほど憎み合い殺し合った間柄だった。お互いに数十万の人命を失い、とりわけ日本は、主な都市が灰になり、広島・長崎では一瞬で20万人の市民が、飛び、砕け、溶け、炭になって命を失った。

 まだ62年前でしかないと、憎しみを胸に秘め割り切れない人もいるかもしれない。しかも、安部首相の祖父は、日本の戦争を押し進めた一人A級戦犯の岸信介、首相に返り咲いて日米安保条約締結の立役者になった。

 しかし、もう半世紀以上たっているのだ。殺し合った直後でも抱き合えるのが政治なのだ。

 わが町の市長選挙で、対立候補に肩入れしていた元市長やK府会議員が、相手候補が当選するやいなや駆けつけて祝福する豹変ぶり。こんなコマイ事に怒りを覚え不信感を抱いた私は、如何に無知で単純だったのか、改めて考え直した。

2007年4月27日 (金)

何もここまで

 離れの改装がほぼ完了。電気・水道が使えて待望のトイレが使えるようになった。

 今朝、母屋のトイレが占拠されていたので。シメた!とばかり、ニュートイレで我が不要なものの進水式をする。

 002_4 引き戸を開けたら、母屋の2倍の広さの床に据えられた便器の蓋が、人間を感知し軽い音を立てて上がる。最近はあちこちで出会うので驚きはしないが、我が家に来るとちょっと感動する。座った途端、予洗いというか尻の下でせせらぎの音がした。

 床は車椅子でも使用出来る広さだそうだ。確かにオムツをされるくらいなら、噛り付いてもここで用を足したい。快適なのに狭いトイレに慣れている脳味噌が落ち着かない。

 シャワーは強弱とマッサージ機能に、噴射位置もリモコンできるので今迄のように、微妙にお尻を動かし的を定める必要がない。

 「用を足した後、何もしなくて結構ですよ、流して3分後に蓋が閉まります。」と、設備屋さんの説明だったが、疑い深いたちなので回れ右して3分待つ、設備屋さんの言葉に嘘はなかった。

 結局、生存に不可欠な排泄のために私のした事は、「戸を開け」「ズボンを下げ」「紙で拭き」「ズボンを上げ」「戸を閉める」に尽きる。ここまでやるなら、括約筋が弱って乾燥機能では不十分な我々に自動清拭機能をつけて欲しい。

 いやいや、「ここまでやるか!」が本音だ。幼い頃、障子襖をカタンと音のするまで閉めないと、父母だけでなく姉兄からも「尻なし!」と叱られた。何事にも準備と後始末が一連の動作として要求された。

 機械が人間に代わりエネルギーを使って処理をする。僅かな筋力も使わない人間が、流行のジョウバなどでエネルギーを消費し筋力アップを図る。

 地球温暖化を止めるのは容易でない気がする。

2007年4月26日 (木)

サンパツ

 最近の車は故障しない。だから、車検から車検まで点検など不要と思っている。にもかかわらず、トヨタ自動車セールスY君の、実直な電話の声で今日の10時から12ヶ月点検を予約してしまった。

 Y君とは長い付き合いだ、彼の勧めで買ったのは、今乗っているカリーナだけなのに、付かず離れずのタイミングで連絡してくる。売る気があるのかないのか解らない不思議なセールスマンだ。

 点検は1時間ほどで終わると聞いて、直ぐ近くの散髪屋さんに予約を入れた。10時半ならOKとの返事。

 女性はむしゃくしゃした時、美容院でセラピーをすると聞いたことがあるが、私も似た心境だった。

 この散髪屋さんも大抵の男性がそうであるように通いつけの店である。高価なシャンプーや整髪料を使ってもいないし、店の作りも普通で、特別なサービスもない。そして、料金は¥3900とこの辺りでは高い。でも、完全予約制で判るように固定客をガッチリ掴んでいる。

 若人の髪形には縁のなさそうな主人の鋏は、我々みたいな中年以降の客を満足させる技術がある。ここで髪を刈ると伸びるのが遅い気がする。そんなことはないのだろうが、伸びても格好悪くならないのだろう。我が娘など伸びてる方がいい!というので、3ヶ月以上間を開けるのがざらである。

 刈ってもらいながら、外資系の傷害保険は、事が起こった時、手続きが簡単で対応が速かったと、延々聞かされた。体験談だから迫力があった。送られてくる外資系の保険申込書をゴミ箱に直行させるのは考えものだ。

 もみじさんから、コメントが付いた。私の京都情報が気に入ってもらったようで嬉しい。「もみじの日々」に載る旅行記が楽しみだ。

2007年4月25日 (水)

見かけによらぬ人と見たままの人

 「人は見かけによらぬもの」諺通り、見た目で人を判断してはならない。

 一流大学出身の芥川賞作家、金持ちの家に生まれ、衆参両院の議員を経験し、他の候補を蹴散らして東京都知事に再選された石原慎太郎先生。

 知的な風貌、貫禄充分、恰幅も良い。

 テレビでチラッと都知事が各党都議会議員控え室に挨拶回りしている姿を見た。民主党の部屋では「アンタ以外と握手したくねぇんだが!」と一人の手を触って30秒そこそこで退室。共産党の部屋では中に入らず「借りはきっちり返すから」と、息子の公私混同を追及した党へ、その筋の人みたいな台詞を残し通過した。挨拶でなく恫喝みたいだ。

 傲慢がスーツを着て歩いているようで、ホント「人は見かけによらない」

 反対に見た目そのままの人もいる。評価が功罪半ばして死んだエリツィン。名誉欲の塊で激情家、でも純情で金銭に淡白で、思想や原則は空っぽだった人柄はそのまま顔に出ている。次のプーチン大統領は秘密警察出身?といわれるとおり、政敵や批判者を暗殺したり、巨大になり過ぎた資産家を投獄するのが当たり前という人相だ。ロシア人は素直なのかな?

 「この人、あんまり賢くないのでは?」商業カメラマンで、モデルを数多く撮影している人が言った。目を見たら判るのかな?ヤメテクレ!彼の見ている写真は、先日わが町が選んだ市長ではないか!

 市民が間違った選択をした、と笑われないように、「見かけによらぬ人」であってほしい。未だに心を痛めている私がいる。

2007年4月24日 (火)

後遺症を克服して

 あっちへ行って「残念でしたね」と声をかけられ、こっちへ行っても「惜しかったな~ご苦労さん」と慰められ、治そうとしている傷がうずく。でも、ガレージの前に健気に咲いているボタンを撮影するゆとりが生まれた。

002_3  このボタン、勤務していた学校の職員室に大根島からきた行商のおばさんから買った、25年も前のことだ。買われた先に恵まれていたら見事に育ったろうに、手入れも肥しもくれない買主で、動く花には目がないのに、植物の花には冷淡だ。にもかかわらず、毎年忘れず2~5輪の花をつける。

 午後は、3ヶ月前のCT検査で3cmだった腹部大動脈瘤が、どれだけ成長しているか検査に行った、結果は前と変わらず。動脈破裂の確率は0に等しい。ヤレヤレ

 4センチになったら当院では手術を勧めます。「破裂の確率は」と尋ねたら5%、20人に1人は破れて・・・そうなれば70%以上は死にます。考えると20人に1人といっても瘤をもっている者がでビビる数字ではない。

 「破裂して出血が止まらなかったら、失血死でしょう?楽に死ねません?」私の質問が核心に触れる。「そうはいきません、苦しいし、もし助かったら後遺症が酷いです。」「何分ぐらい苦しみますか?」この質問には医師の答えはない、治す医者が死に様を説明できないのかな。「4センチで切れば傷跡は小さいし入院も10日程度、当院は手術経験豊富です。」と、先生が営業し始めた。でも、私はこの病院が嫌いでない。

 「他の原因で死ぬ気がするし手術はしないつもりです。」と宣言したら、「とに角、1年に1回ぐらいはCTで大きさを調べましょう。」と言われ妥協した。

 腹の中の時限爆弾は10年ぐらい先に爆発するようセットされている。

 

2007年4月23日 (月)

奇々怪々選挙裏舞台

 結果が凶とでた、仕方が無い。相手は半年以上前から準備し、建築業界、農協、商工会、それに自民党まで後ろ盾にしていた。こちらは短期間で素人集団が訳も分からず取り組んだ結果だ。1700差の負けは健闘したと自らを慰めるより仕方ない。それにしても、選挙では純粋な市民の感覚では不可解なことが起こるものだ。

 義弟の選挙事務所には必勝祈願のポスターが各方面から送られてきて貼ってある。義弟は無党派だから、自民・民主党からも寄せられている。私は違和感を感じているが義弟にしては持ってくるのを拒む必要はない。

 それでも、義弟は自分の運動の傍ら落選した候補者を公然と応援した。結果によっては議会活動で、自分が不利になるのも承知の上だった。

 前にも書いたように、私が熱く支援した候補者は、市長が後継者と明言し副市長と共に我々市民が感激するほど選挙戦を闘ってくれた。街宣車に乗り、街頭や各地の演説会で熱弁をふるった。地元出身で私も1票を投じた民主党のK府会議員も応援してくれた。地方紙に彼が相手候補の街宣車に乗ったと報道された時、顔色を変えて誤報だと弁解に来た。

 勝利の喜びに浸る相手候補の事務所がテレビに映った途端、目を疑った。Kが新市長の横でバンザイしているではないか?それよりもっと驚くニュースで、私の脳みそは混沌となった。テレビには映らなかったが、我々と共に戦った市長が、当選を阻止するのに必死となった相手を抱いて祝福したという話だ。

 所詮、政治家とはこんなものなのだろう、少しでも力のある方に尻尾を振るのが政治家としての正しく清い生き方なのだ。純粋とか節操とか正直とかを求める市民がバカでお人よしで幼稚なのだ。

 気の毒なのは落選して何の利用価値も無く政治の舞台から捨てられる?(裏取引があって重用されるかも?)私達の候補者だ!

 勝った負けたといっても本当の戦争ではないニッコリ笑って、わが町の口下手で何を言っているのか分かりづらい市長の手並みを拝見しよう。

             悪夢でも私に1ヶ月夢を与えてくれてありがとう。 

 付け加えると、義弟は今回も第2位で当選した。

2007年4月22日 (日)

フィナーレは?

 投票を済ませたら、覚醒しないまま日暮れまで過ごした。8時過ぎには選挙事務所で判定を待つ。雨模様だったので組織を持たない我が候補者は不利だがこれも天命だ。フィナーレを歓喜の歌で締め括れたら、運を嘆くことは無い。

 今回の選挙で、普通の選挙運動をしない候補者がいた。聞くところによると、インターネットを使っているとか。ポスターを張り、七つ道具は受け取っているのだろうが、選挙事務所はなく、宣伝カーも走っていない。ましてや、桃太郎作戦といって、街頭演説許可の旗を担ぎ、候補者が先頭に犬猿雉ならぬ支持者がついて徒歩で練り歩くことなど全く無い。

 この候補者が何票取るかはまことに興味がある。

 ヒントを得て最終日アイデアが浮かんだ。選管の説明でメールは電話と同じ扱いになると知り、次の文面で友人に次々メールを送るのは如何?と尋ねた。

 「○○市長として、市長会に出席しても恥ずかしくない市長を選びましょう」勿論、正常な市民の願いだから全く問題ないとのこと。

 そこで、もう一歩つっこんで「○○市長として、市長会に出てもまともに喋れる恥ずかしくない市長を選びましょう」では?電話の向こうで苦笑いが聞こえ「まあ、問題ありませんなぁ~」 相手候補は「口下手でも聞き上手」を売りにしている候補である。 しめた!事務所へ行って提案した。合法的な手段にもかかわらず、「迷惑メールみたいで・・・証拠が残るし・・・人間関係に影響しては・・・」と煮えきらない。諦めて、事務所に迷惑かけないと家に帰り、友人に一斉送信した。

 友人からは次々実行したと返信が入る、嬉しい。メールチェックしていたら、横からカミサンのケンのある声が突き刺さった。

「なんや、みんな女の人やん。」  

2007年4月21日 (土)

終わった!疲れた!眠い!

 最後の街頭演説を一番人の集まる私鉄駅前の広場でした。そりゃー自民002_2 党や自由党の党首が来たほどの群集にはならなかったが、市長と副市長が(手前ミドリのスタッフジャンバーが市長)応援に加わったのが大きい。

 お二人は午後8時から中学校の音楽室で開いた集会にも参加し、最後の最後まで(街宣口調になった・・)熱弁を振るわれた。清廉で汚い噂の煙もたたない市長が、自分の部下である立候補者を差し置いて、他都市のキャリア公務員を選んだのには訳がある。建設関係の部署を中心に勤め上げた部下が信用できなかったからだ。

 この歳で、熱く過ごした半月だった、今はひたすら眠りたい。明日、疲労が吹っ飛ぶ結果で終わって欲しい。

2007年4月20日 (金)

電話の向こう

 ここ数日何人の人と喋っただろう。万単位の票を獲得しなければ勝てない首長選挙に、選挙戦の実態を知らない私は、投網を使わず、一本釣りで勝負してきた。結果として数多くの人に話しかけ説得し納得してもらう非能率的方法しかなかった。

 過去の選挙は、規制があって義弟の選挙にも直接関与しなかったし、外野席で見ているだけだった。

 渦中に飛び込んだ今回、最初の1歩を踏み出すのに苦労した。例え知人とはいえ、話しかけ投票依頼を持ち出すのは難しい。でも、1歩踏み出せば何でもない。何が何でも当選させるという強い意志があれば何でもない。

 面と向かった説得は楽である、相手の反応が見やすい。今日は推薦状を書いた相手に電話した。一喜一憂とは正にこの事である。

「推薦状が届いていますよ、分かっています」確実に好意的な相手、喜び指数が跳ね上がる、晴れ。

「お久しぶりですね、選挙のことでしょう」晴れ後曇り

「ああ、はあ、そうですか(明らかに早く切れという気配)」見込みなし、雨

 電話の向こうにどんな顔があるか想像しながら喋るのは面白いが疲れる。

 、「人柄がいい」「信頼できる」「友人」「世話してくれた」「親戚」「同じ地区」「相手を市長にしたくない」etc 様々な思いや立場で、ばらばらの市民が共通の目的に向かって波を起こしている。企業・業界・政党をバックにつけた候補者から数ヶ月出遅れながら、地方紙の予想では五分五分と出た。

 後、1日だ。正直ホッとしながら、後1日しかない!という気持ちもある。

2007年4月19日 (木)

消えた?

 昨夜、Googleのランクについて投稿した後、裏を取るために「ダンボ」を再びGoogleで検索した。消えている!信じられないくらい早い段階で出てきた「ダンボ独り言」がない。だろ~なぁ~と思った、やく60万件もある中の30位までに入るとは!しかし、私は事実見た、一昨日何気なしに試した時に幻でなく出てきて、確認の為にクリックしたら我がブログが画面に現れた。過労による幻視とは思えない。

 意地になって「ダンボ独り言」を探したら、346位でやっとでた。企業の広報課長だったら首になっていただろう。寝床に入るのが2時になってしまった。朝、コメントでChikoさんに注意された。一緒に選挙運動しているだけにマゾではないが嬉しい。

 今日も、個人演説会を瀟洒な一戸建ての並ぶ新興住宅地で開いた。新住民が選挙に無関心なのは何処も一緒だろう。会場に30脚ばかりの椅子を並べて待機していたら。椅子の追加追加で倍の60人の聴衆だった。追い風が吹き始めていると感じた。

 帰ってChikoさんには悪いが、昨日の決着をつける記事を書くことにした。午後10時35分現在、『ダンボ』のキーワードで、「ダンボ独り言」のランクは約599,000件中342位。『ダンボ ブログ』で検索すると、約270,000件中140位だった。

 Googleは謎に満ちている、白昼夢を見させてくれた。視聴率に一喜一憂するプロデューサーの気持ちがチョッピリ分かる気がした。

びっくりGoogle

 今日も忙しい日だった。相手候補の推薦葉書が届いたので、その推薦人に電話した。幸い、古い知り合いだったので、我が町の顔になる首長にどちらが相応しいか尋ねた。しがらみを取り去って本音で答えてと頼んだら、翻意してくれたようだ。

 午後は、ボランティアの録音日、選挙騒ぎで原稿の下読みをサボったが、厚かましく2回のトチリでノルマを果たした。

 夜は個人演説会、悪天候で期待したほど聴衆が集まらなかったが、応援の市会議員(義弟)市長・副市長の弁舌は見事だった。候補者も負けてはいなかったが現職には敵わない。

 という1日だったが、同じような話題ばかりなので目先を変える。

 先日、NHKスペシャルでアメリカ企業が、グーグルの検索ランキング5位以内になるようにしのぎを削っている報道があった。その為には莫大な投資をしているとか?検索ランキングが一つあがると投資にみあう利益が得られるらしい。

 好奇心で、「ダンボ独り言」をGoogeに入力した。我がブログ関連項目が1ページ全部を占めている。次のページも、3ページ目の中ほどで切れた。私の目じりが下がった。なぜこうなるかは分からないが、欠かさず投稿していること、話題に変化をもたせていることではないだろうか?

 でも「ダンボ独り言」では、検索要素を絞り込み過ぎである。「ダンボ」ではどうか?暇も無いのに試した。

 オッ出たではないか!577,000件中27番目に出てきた。我ながら凄いと思った。調子に乗って「独り言」も検索した。流石にこれはランクが低かった。19,300,000件中547番目だった。(グーグルのランクは絶えず変動しているのをお忘れなく)

 企業でなくて良かった?!?

 

2007年4月17日 (火)

聖徳太子もお手上げか

 老人会!地域社会に根付いている組織である。65歳を超えると自動的に入会する?(させられる)古い村社会があるらしが、入退会自由の我が自治会では有資格者の半分以下しか会員になっていない。それでも、60人を超え、市から活動助成金が受け取れる。

 今日は我ら老人会の総会だった。昨年までは、会長が率先して「エエ加減でいこう!」と、会則不要論者だったので何事も生き字引の会員が仕切る曖昧模糊とした運営だった。でも、若い会員?が入会し始め、何処に出しても通用する会則が出来た。

 新しい公民館を使い、初めて会則に則った総会が開かれた。新役員承認、事業・決算の報告、計画案と予算案の提案議決と型通り総会が進行した。場数を踏んでいるからと、私が司会も議長も一人でするよう任された。

 事業計画案の質問を求めた時、常々会長のアバウトさに不満な人が、会員募集に関して会長に噛み付いた。誘発され予算案への意見も出るし、控え目だった自我が牙を剥いた。

 考えればシャンシャン総会ならぬ正常なものなのに、そんな場に不慣れな会員に冷たい緊張が漂った。険悪な空気を沈め、総会を楽しく軌道修正するのに「トラブル始末人」をした過去の経験が生かされホッとした。

 総会終了後、会食しカラオケ・ビンゴで親睦を深めたが、終わってから、言い争いが再燃した。和をもって尊しと出来ない老人会に聖徳太子もお手上001_1げではないだろうか?

 白寿目前の会員(写真手前の手拭を頭に載せた方)は泰然として己が世界で楽しんでおられる。長寿の秘密はここにあるのかも知れない。

2007年4月16日 (月)

同窓会?老総会?

 毎年4月に開かれる同窓会に行った。数えで80歳に到達した男女の集まりだから「老総会」がふさわしい。会場は京都以外の参加者を考えて京都駅前のホテルだった。

 出席予定29名がドタキャンで26名になったが、理由は何れも自分か連れ合いの体調不良、当然である。誰もわが身を振り返って文句はいわない。それより、立派なのはホテルがキャンセル料を請求しなかったことだ。超高齢化社会、ホテル業界も顧客獲得には苦労するようだ。

 司会者が「88歳まで生きる自信のある方?」と尋ねたら、誰も手を挙げなかった。態度とは裏腹に腹の中は生きる意欲満々だ、後の雑談で分かった、厚かましいから皆遠慮したとのこと。根性があるから杖を突き車椅子に乗ってでも老総会に参加する。本音はギネスに乗るほど続けたいみたい。

006  という訳で、来年の幹事に指名された。生きなければならない理由がまた増えた。

 タワー展望台の招待券をホテルが002_1 サービスしてくれたので登ってみた。花曇りならぬ本曇りの空の下、久しぶりに見る京都市街の俯瞰は新鮮だった。

2007年4月15日 (日)

戦国時代か?

 統一地方選挙後半戦の始まりだ。本日は候補者が届出をして弁慶の七つ道具ならぬ選挙の七つ道具(事務所の標札・運動用自動車表示板・乗車用腕章・拡声器表示板・街頭演説用旗・同腕章・立会演説立札)を選管から受け取る。

 選挙事務所でそれが到着すると待ちかねた候補者・来賓・支持者が一団となって「出陣式」が始まる。Photo_7

 事務所周辺には事務所開きの時と変わらぬ人数が集まっていた、上出来である。何故なら、市会議員選挙が同時スタートだから、来賓に市議は出席しないし、地元の市議の支持者もこちらに来られない。義弟も出陣式を始めているのに、他人のセレモニーに出ている私は異常といえる。

 姫達磨に小さな目を入れ、ガンバローと気勢を挙げて式を終わる。ガンバローでなくて、エイエイオーなら、七つ道具といい、出陣式といい、まるで戦国時代だ。そこまで時代を遡るなら、いっそのこと候補者の一騎打ちで当選を決めたらどうだろう。

 ペンは剣より強いと言うし、相手の肺腑を突く言葉もある。論説や討論で勝負をつけた方がスッキリする。

2007年4月14日 (土)

選挙と民度

 民度とは?調べると次の説明があった。(一部省略)

 国民や住民の生活程度、また、経済力や文化の発達の程度。各論 として、立憲民主主義の下での主権者としての自覚の程度を意味する場合が多い。

 実際問題としては、アジア諸国に対するナショナリズムの裏返しとして、これらの国々の一部の人が馬鹿なことをしたときに、国民・民族をすべてひっくるめてバカにするための罵倒語として使われている。欧米人がいくら馬鹿なことをしても「民度が低い」という表現をわざわざ持ち出す人はいない。これはとりもなおさず「日本の文化的民度の低さ」を示していると、客観的視点から指摘されている。またそのように指摘することによって、高見から人を見下す際に、この単語を使ったりもする。(末尾はヤケに複雑になる)

 確かに「民度が低い」という使い方はしても「民度が高い」という褒め言葉はあまり使われていない。

 何故、冒頭から「民度」を持ち出したか?理由は選挙である。有権者が主権者としての自覚があるのか疑わしい事例があるからだ。

 東京都知事選挙で、訳の分からない候補者が大勢名乗りをあげた、流石に良識あるマスコミも無視したし、東京都民も面白半分にしか対応しなかった。首長選挙の候補者は、資格さえあれば自由に立候補できるとはいえ、それなりの資質の持ち主でなければならない。知識と教養を備えリーダーとしての識見や好ましい人格が覗えたら、もう立派なものである。

 見るからに聞くからにお粗末な候補者が居て、その候補者を擁立したら裏に何かカラクリがあるとしか思えない。あやつり人形が賢くて自分の意志をもって動いたら人形師が困る。そんな黒子の人形師の存在を、常識ある人間は疑ってしまう。

 府県市町村の顔になる人物を選ぶ選挙に、こんなことがまかり通っては自虐的な意味を込めて民度が低いと言ってしまう。

2007年4月13日 (金)

南北戦争

 アメリカの話ではない、わが町の市長選挙である。

 南北に伸びたわが町は、古くから「南高・北低」と言う言葉があるという。経済でも行政でも、私鉄・JRの主要駅のある南部に重点が置かれ、北部は後回しにされてきたそうだ。

 最近はその情勢はかなり変わってきた。北部の丘陵地帯に官民の大型開発が進み、JRの新駅も作られて目覚しい発展をした。新興住宅地には学識経験豊かな人材や文化人が移住し、人口7万4千人の隣町と近接する地帯は近代化した商業圏が形成されている。

 にもかかわらず、市を動かす中枢に北部出身者が少ないという恨みつらみがあるらしい。新住民に属する私にはつまらんこだわりに思えるが、地縁血縁が人選の主な要素になる土地では笑い事にならない。だから、選挙、それも首長選挙となると、南北どちらに帰属するかが踏み絵となる。

 昨夜の地区長会議の後、南に居住する人がこぼしていた。北部に地盤のある我が候補者を支援する人間は、南部の市長候補が落選しようものなら、貴方はここに住めなくなるよ!と、脅されている・・・・・?

 日本には、まだまだ民主主義とは無縁の、村型社会が残っているのだ。

 今夜、青年会議所主催の「○○市市長選挙立候補表明者公開討論会」が開かれた、汚い手段を使うことの無いように、配慮されて、物足りない会だったが、3人の候補者の人柄や資質は感じとれた。

 90%以上、支持者を決めている会場の聴衆は、候補者の優劣がはっき005 りしていても、投票用紙の名前を変えることがないだろう。悲しいかな、訴える力が巧みで、若し白紙の聴衆なら最高の票を獲得しそうな候補者は間違いなく落選するに違いないことだ。

 掲載した写真は近所の川辺に咲く「ハナモモ」で、選挙のドロドロを癒してくれる。花は何時も美しくあって欲しい。

 

2007年4月12日 (木)

経験と行動

 市長選・選対本部で組織した地区長会議が開かれた。事務次長から告示までの予定や活動の概略を説明したが、参加者はあまり具体的な指示が無いので戸惑う人が多かった。

 私の義弟も2期目の市会議員選挙に立候補していて選挙事務所が50メートルと離れていない所にある。だから、片方の事務所だけに顔出しすることはなく、両方の事務所の様子を嫌でも比べてしまう。

 義弟は長く自治会活動をしてきたので、地域の推薦を受け、後援会も出来上がっている。何しろ新旧の住民が仲良く自治会行事を盛り上げている地域だから、初挑戦は2位の得票で当選した。今回も選挙戦に入ったら前の経験が生かされて、皆さんが無駄なく活動を開始している、選挙のプロは居なくても経験は大きい。

 市議選と市長選ではスケールが違うから比較に無理があるが、義弟の事務所は、PCへデータ入力をしたり推薦葉書を手書きする女性スタッフが3人。他のスタッフはスケジュールにあわせて行動し、事務所に屯する人数は僅かである。

 公職選挙法で事前運動に触れる活動が縛られていので、選対から地区組織に具体的指示が出し難いのは理解できるが・・・・・

 「経験がものをいう」この台詞を毎日実感しながら過ごしている。組織のカナメには経験者が必要だ。

 あ~詰まらんブログだな~こんなことしかない日は晴天でも寒々している。

2007年4月11日 (水)

ちょっと息抜き、オシリの話

 尾てい骨あたりに違和感がある。指先で触るとかさぶたができている。もう下半身の病気とは無縁の歳になっているので、気味が悪い。カミサンに言ったら「自転車!」と、即座に呆れた声が返ってきた。

 成る程、選挙事務所が近いので、自転車で往復しているし、2日おきにバッテリーの充電をするほど乗り回している。鞍擦れならぬサドル擦れしたようだ、ホッとした。お尻絡みで孫を思い出す。

 「でた~~~」大声でYUがトイレから呼ぶ。4歳児の癖に出すものは成人並、あまり見事なので娘が写メールで公開する程だ。

010  「モーモーして」と、四つん這いにさせて拭いてやると、ペーパーが全く汚れない。シャワレットを使わないから濡れもしていない。羨ましい!

 こちらは、何枚も使って苦労し血の混じる汚れを取っているのに・・・・・(尾篭な話でごめんなさい)年々緩む括約筋を鍛えようと、風呂で閉じて緩めてのコウモン運動をしているが、さほどの効果が無い。ホント羨ましい。

 付け足すと、YUの兄貴RYOは、小学生になった頃からトイレの鍵をかけて大人を締め出すようになった。健康チェックのために見たい便も公開しない。YUが3食ごとに3回出すのと対照的に、神経質で便秘気味。用を足した後大量のトイレットペーパーを使うらしく、この前も我が家のトイレを詰まらせて大いに迷惑した。

 兄弟でもどうしてこうも違うのだろう?

 推薦葉書を100枚手書きして、溜まったストレス解消ブログ!

 (添付の写真は本文と関係ありません)

2007年4月10日 (火)

プレゼント

 市長選挙告示を5日後に控えて、後援会の集いを住民センターで開催した。どれだけの方々が集まるか全く予想がつかなかった。ホール用の椅子は約210脚、並べながら半分は埋まってくれと念じていた。

 定刻が近付くにつれ、車が続々とやってくる。開会前のアトラクションのマンドリン演奏が始まった頃は満席で慌てて折りたたみ椅子を補給する事態となった。

 応援する候補者を後継者として現市長が表明したのが大きい。今夜は市長と副市長、市長与党の市会議員に列席してもらい盛会で終わった。

 スタッフが若かったらハイタッチして喜んだことだろう。努力の甲斐があった、皆さんから大きなプレゼントを貰った。これをエネルギーにして選挙が戦える。

001  家に帰ると、神戸のDさんから宅急便が届いていた。毎年のように春を迎えると、イカナゴの釘煮を頂く。今年はイカナゴが不漁とかで、アップル・レーズン・レモンのケーキ。ジャムとシイタケの佃煮の詰め合わせになっていた。全て彼女の手作りである。店に出してもおかしくないラッピングしてある。中の手紙に「S子の作品の色々で春のお便り」とあった。

 有難いことだ、今日はビックプレゼントを二つ頂いた。

2007年4月 9日 (月)

権力者は反省しない

 予想通り、東京都知事は石原慎太郎の独走で当選した。浅野と吉田を足しても40万票以上の差があっては、反石原勢力の完敗だろう。

 読売新聞の編集手帳に、「1期目には物議を醸す発言や評価の分かれる政策はあっても、醜聞めいたものとは無縁だった人が(不明朗な海外出張旅費・都事業の公私混同)不思議でならない。国に物言う押し出しの良さや指導力には魅力を感じつつ、ときに傲慢と映る説明不足にがっかりした人も多いと聞く・・・」とあった。そして、おごりを戒めている。

 日本の権力者の番付でいえば、そこらの国務大臣より上で、総理大臣と肩を並べる知事である。傲慢にならなかったら神に近い人間だろう。

 それに、貧困・無学・忍従・被差別・不自由等と無縁の人生を送り、一橋大学在学中に、陰茎で障子を突き破る小説を書いて芥川賞を獲った幸運児である。慢心がなかったら仏に近い人間だろう。

 でも、感心するところがある。息子がテレビのバラエティ番組で散々な目のあっていても干渉しないところだ。吉田茂の長男健一(英文学者)が無頼の生活をしていた。側近が対面上手を打とうとしたら、吉田茂は「親は親子は子だ、放っておけ」と、止めたという話を記憶しているが、それに似ている。

 恐いのは、核武装も容認するような国粋主義だろう。東京オリンピックが誘致できたら、ヒトラーが国威宣揚にフル活用したベルリンオリンピック同様になるのでは?

 いずれにしても、神でも仏でもない人間だから、自然とぼろを出しこけるに決まっている。その時、行動を起こさない東京都民ではあるまい。

2007年4月 8日 (日)

オヤッ?

 統一地方選挙前半戦、府会議員選挙の日だ。私の推す市長と市会議員が政治活動を円滑にするために、当選して欲しい府会議員があるので、棄権するわけにはいかない。

 午後1時半から、地域の福祉部行事恒例の「ふれあいサロン」だった。今回はボランティア仲間に紙芝居をしてもらい、皆がゲームをして楽しんでもらったPhoto_6

 投票所の学校は、新しく建った公民館の隣にある。校門をくぐった玄関前に写真のポストが立っていた。一瞬オヤッ・・・・・冷静に考えたらレトロな置物に違いない。でも、30歳代後半の人達にとっては生きている。勘違いして葉書を放り込まないか心配になった。

 投票を終わって、ポストの前で立ち止まり、その重厚さを目と手で味わった。今の立方体のポストに比べ確かな存在感がある。

 こうして、学校で何時までも生き残って欲しい。

2007年4月 7日 (土)

吐き気するほど悲しい

 朝刊の記事に吐き気がした。「2児放置1歳死亡」の見出し、北海道の21歳の母親が育児放棄し、1歳の子供を餓死か低体温死させ、4歳の長男は、生ゴミ生米で死を免れたとの記事だった。母親は2人を殺すつもりで家を空け1ヶ月あまり帰らなかったそうだ。

 育児が煩わしくなったと殺す親は、他にも多く新聞種になるが、飢死させるなんて許せない。戦後、口に入るものなら何でも食べようとした極限の飢えを経験した人間は理解できるだろう。飢えたら人間は己の尊厳を捨て、獣にでもなる生き物なのだ。

 こんな犯罪人には、不通の刑罰では物足りなく思うのは私が異常なのだろうか?

 スタンリー・キューブリック監督のSF「時計仕掛けのオレンジ」で、強盗強姦殺人を犯した人間を矯正する場面があった。瞼を機械で閉じられなくし、目薬をさしながら、強制的に映画を見せ続ける、暴力・暴行・戦争等を延々上映し止めてくれと悲鳴をあげるまで。矯正期間が終わった時犯人は暴力に対して条件反射で吐き気を催し抵抗できない人間に改造される。

 釈放された後、彼の被害者だった人たちの復讐に抵抗できず、自殺を図るがその彼を非人道的矯正プログラムを糾弾する反政府勢力に利用されるところで映画は終わる。

 自由を奪われる刑務所がどれほど苦しいか経験が無いので分からないが。子供を飢え死にさせるような母親には、被害者の子供の味わった飢えを体験さる刑罰もあってよいと思う。

 滋賀に帰ったYUが熱を出していると電話で知らせがあると、心配で心臓が締め付けられるジジは、こんな不幸な子供の死に吐き気がするほど悲しい。

2007年4月 6日 (金)

月並みだけど止まない雨は無い

 2月15日の記事「一寸先は?」の親友から封書が来た。

 彼ほど多趣味な男も珍しい。油絵・サボテン・陶芸・写真・ドライブと次々に凝って相当なレベルに到達する。特に焼き物と写真はセミプロで、数々の賞をとっている。

 004被写体を求めて全国を走り回っていた彼が、事故で何もかも失った。失意の彼を激励しようと企画した会も、彼の体調不良と精神的ショックで未だ出来ない。

 その彼から、ぼつぼつメールが入り始め、とうとう以前と同じような封書が到着した。中に、久しぶりに府立植物園に行って撮ったこと、デジカメに慣れていないので夜景が難しいこと、外を歩くのは気持ちいい。と手紙が入っていた。

 嬉しい!時がたったことに感謝する、先ず、彼が立ち直って呉れることが望みだったので嬉しい!

2007年4月 5日 (木)

マーフィー頼み

 今の公職選挙法では、選挙運動が十重二十重に制限されている。(第13章)告示されてから投票までの1週間だけ、堂々と政策を述べ己を宣伝し、投票依頼ができるようだ。

 政治離れしている有権者への働きかけとしては、あまりにも時間が少ない。そして、告示の日には選挙戦はほとんど終わり、勝敗は決まっているという人もいるほど、矛盾に満ちている。

 私が、ドップリ浸かっているわが町の市長選挙。支持し応援している候補者は立候補者3人の中で知名度が最低と思われる。極めて不利である。

 顔写真の入った後援会加入のパンフをポスティングしただけで、選挙管理委員会から直ちにクレームがつく。私はローラー作戦で知り合いを捕まえては「わが町の顔として、彼がベターだと思いますよ」と、説いて回るより方法が無い。すると、政治に関心のある相手からは必ず反撃される。

 開発が偏り税金が大量投入されていることに触れていない。農村に配慮されたマニフェストでない。児童問題特にいじめや虐待をどう考えているのか分からない・・・・etc,

 こんな人はマダましである。貫禄が無い、ルックスが冴えない、以前の職場で人気が無かった・・・・等の誹謗中傷もされる。

 何が何でも勝って欲しい!そう願っている心がぐらつく。

 「まずは『成功地図』を、心に焼きつけよ」具体的で鮮明な成功するための自己イメージの構築に専念する。」

 「こんな足を引っ張る連中とはきっぱり決別を」くだらない意見や忠告に惑わされず、感情的エネルギーや想像力の無駄使いをしない。

 マーフィーの本から、今の私に必要な上のようなタイトルを探しては、マイナス思考から抜け出している。

 1冊¥560は安かった。

 

2007年4月 4日 (水)

マーフィーの成功塾

 RyoとYuが泊り込むと、生活パターンが一変する。昨夜もRyoの気を静めるため、寝床で一緒にパソコンを触っていた。Ryoが寝てから投稿するつもりだったが睡魔に勝てなかった。これで、ブログ投稿をパスしたのが3回目。

 近所で、スタッドレスをノーマルタイヤに交換してもらった。この店でタイヤもナビもバッテリーもアルミホイールも買っている。交換にあたって、ノーマルタイヤの2本にひび割れが多いので交換された方が心配ないと言う。折りしも、見事にバーストしたタイヤを持った運転者がミニバンに乗って入ってきた、恐くなって頼むことになる。

 マスターに「何時も買ってるから、安くしてな」「では、これくらいで・・」差し出した計算機の表示は「¥23,980」高いか安いか分からないので言い値通りに交換を頼んだ。最近は車に関係したことは何事も面倒くさい、それに、交換だけでなくバランスなど点検をしてくれるので、任す事にしている。

 交換待ちに、筋向いのローソンへ行った。手にとって買ってしまったのが「マーフィーの1分間成功塾」潜在意識に働きかけるとか、正しい願い方のポイントとか、直感にはとてつもない情報量があるとか。合理性を正面に押し出しながら、精神主義なのに違和感があっても、私の心理に今はプラスになりそうなので、眺めている(読むと言うほどの活字が無い)

2007年4月 2日 (月)

自慢しない自慢

 昨夜のことだ、自治会の総役員会があった。新年度役員の初顔合わせということで、夕食が出た。自治会活動で酒食が出るのは年に3回だけなので、大いに盛り上がる。

 防犯委員のOさんと同じテーブルになり、時期が時期だけに選挙の話になった。私が支持する候補者の為に活動していることを言うとOさんが、「私は立場上できません。こういってなんですが、警察本部長賞を貰っているので、変な事をしたら本部長の首が飛びますからね」と、真面目な顔でおっしゃる。私も民生児童委員をしていた時、同じように地位利用に抵触しないように選挙運動は控えた。でも、違反をしても表彰者がその地位を失うとは思わなかった。

 表彰状・感謝状・○○状、私は受け取りはするが、人に言ったり、長押の上に飾ったりはしない。例外として、私の部屋に掛けてある賞状は、わが町で健康に関する標語・川柳を募集した折の町議長賞だ。

「骨折らぬ 子の食事には 骨折れる」 応募の広報を見て反射的に浮かんだのが、入賞した。テレホンカードにも使われたので嬉しくて飾ってある。

 厚生労働大臣や知事の感謝状は、賞状を出している方々は何の繋がりもなく顔も知らない相手に麗々しい言葉を連ねて書いてある紙だ。そんなものを有難がるほど私は素直でない。それに、芥川の侏儒の言葉に毒されている。

 「軍人は小児に近いものである。-中略-この故に軍人の誇りとするものは必ず小児の玩具に似ている。緋縅の鎧や鍬形の兜は成人の趣味にかなった者ではない。勲章も-わたしには実際不思議である。なぜ軍人は酒にも酔はずに、勲章を下げて歩かれるのであらう?」

 でも、素直に偉い人から表彰されたのを自慢できるOさんが羨ましくなる。自慢しない自慢は嫌味の固まりだ。私の中で押さえ込まれている自己顕示欲の反撃が恐ろしい。

2007年4月 1日 (日)

NHK

 今夜、「富人と農民工」というNHKのドギュメンタリー番組を見た。眉をひそめるような、中国社会の貧富の格差拡大が描かれていた。

 こんな深刻な社会問題を中国の指導部は放置しているとは思えないが、このような事実を知っているのだろうか?

 NHKの番組は中国では放映されないだろう、検索エンジンのGogleまで、中国では制限をかけてアクセスできなくしていると聞く、如何に改革開放をうたっても、情報規制しなければ体制が崩壊する心配があるからだろう。

 世界中に華僑が経済で成功を収めている、中国人のDNAに商才に長けている因子が含まれているとしか思えない。だから、統制から自由経済に移行した本国で貧富の格差が開くのは当然だろう。

 NHKの番組を見ているうちに、「下見れば我に勝れる者はなし、傘取りて見よ空の広さを」という言葉が脳裏を掠めた。江戸時代は農民の不満を和らげるために被差別部落民を蔑視させ、「下見て暮らせ!」と洗脳した時代だったと思い出した。

 「日本に進行している格差社会も、中国に比べたらまだまだましだ!」と思っている自分を発見した。番組は中国の国内問題であって、中国で放映されることで価値がある。でも、それは無理だろう。

 放映の目的は何か?真実を知らせる?日本人が中国の理解を深める?ひょっとして日本の格差不満を薄める、役割を果たしているではないか!とひねくれ者の私は邪推してしまう。

 

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